『さっきのお化けみたいのって何なの?』
この京に連れて来られた日、花梨は星の一族と名乗る少女に色々と質問をした。
『あれは怨霊です。この京は今、怨霊が蔓延っているのです。』
『蔓延っているって、あんなのがたくさんいるの?』
『はい、その通りで御座います。神子様、どうかその龍神のお力でこの京をお守り下さい。』
『何で私が守らなきゃいけないの?』
『龍の宝玉があなた様を龍神の神子と選んだのです。神子様しか、この京を救えません。京は今、見えない危機にさらされているのです。どうか、神子様、この京をお救い下さい・・・・・・・・・。』
『・・・・・・・・・。』
丁寧に答えてはくれたが、私に拒否権は与えられなかった。



『―――雨宿り〜信頼〜―――』



「どうしたら信じられるの?」
広い室にたった一人残された花梨は呟いた。
ここは怨霊があちこちにいる世界。住まわせてもらっている屋敷やその周辺にはいないと言うが、それを信じるのは難しい。いや、信じたい。その方が安心出来て嬉しいのだから。
だが、そう簡単にはいかない。信じたいと思ってはいても、実際に怨霊に襲われたのだ。ここは安全な場所だと言われたって、あの時の恐怖心は忘れられない。この世界のどこかにいると分かっている状況では。
「眠れるかな・・・・・・?」
草木が風に揺れる音、動物が走り回る足音でびくついてしまうこの状態で。
「ううん、寝なきゃ。」
眠れそうにないが、眼と身体を休めようと褥に横になると無理矢理眼を閉じた。



「八葉を探しに行きます。宜しくお願いします。」
「分かりました。お供致しましょう。」
朝早くから来てくれた男性にお願いすると、承諾してくれた。一緒に探してくれるのは、花梨がこの世界に連れて来られて最初に出会った源頼忠という名前の武士。『武士』という言葉から想像するそのままの雰囲気の男で、言動はとても礼儀正しいのだが、側にいるのがとても怖い。それは男の見た目や武士という生死を賭けた職に対する偏見ではなくて・・・・・・。


「えっと、人を探すのだから、人が集まるような場所に行きたいんですが。」
「では、神泉苑にお連れ致しましょう。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
そうして向かう中、沈黙。この京の事について訊きたい事はたくさんあるのだが、話しかけ難い雰囲気の男だ。
「綺麗な場所ですね。」
「・・・・・・・・・。」
辿り着いて八葉らしき人がいないか歩き回る。黙っているのも辛く、花梨は勇気を振り絞って話し掛けた。
「あの、この京には龍神の神子は既にいるって言ってましたよね?」
「はい。院に憑いていた怨霊を一瞬で消し去るほどの強い力をお持ちだとか。その為、院はその龍神の神子を大変信頼しております。」
「頼忠さんはその神子を信じているんですか?」
「それを判じるのは私ではありません。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
つい視線が足元にいきそうになるのを堪え、顎をあげる。
「怨霊って何時頃から出るようになったんですか?」
「怨霊は昔からいます。しかしこれほど沢山出て来るようになったのは、ここ10年ほどです。」
「何が原因でしょうか?」
「天災が続いたのが原因だと言われております。」
「龍神の神子が京を救うんですよね?でも天災って、龍神の神子がどうこう出来るんですか?」
「申し訳ありません。私には分かりかねます。」
質問すれば答えてくれる。だが、それは事実を述べるだけで、意見は言わない。そして、世間話的なおしゃべりには合槌さへ返ってこない。無表情で沈黙のままいられると、何か間違った事をして呆れられているのではないか怒っているのではないか、と不安になる。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
最初の日に襲い掛かって来た怨霊を倒したのはこの男だ。何かあった時には守る力を持っているのは分かっている。しかし、この男を信じて良いのかは分からない。本当に花梨を助けてくれるのだろうか?


「それらしい人はいませんね。」
沢山の人がいる。その人ごみの中を歩き回った後、花梨は頼忠にそう言った。
「・・・・・・・・・。」
だが、相変わらず反応なし。
「んっと・・・、折角来たんだから力の具現化をしてみますね。」
ボソボソと呟くと、頼忠の視線を避けるように背中を向けた。
『相変わらず落ち着きのない娘だ。』
頼忠は三歩離れて観察する。そして初めて出会った時と同じ印象を受けていた。
―――院に仇なす者か、確かめよ―――
落ち着きが無いのは、頼忠の隙を窺っているからではないか?計画が露見しないように警戒しているのではないか?
初めて出会った日は不思議な力を見せつけたが、そんな疑いが拭いきれない。
「龍神様・・・・・・・・・。」
薄ぼんやりとした光が少女の身体から放たれたが。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・失敗しちゃった。」申し訳なさそうに微笑んだが、頼忠が何も言わないでいるとすっと笑みが消えた。「えっと、他の場所に行きましょう。」
出口に向かってスタスタと歩き出した。
「・・・・・・・・・。」



次にやって来たのは東寺。しかし花梨は考え事に没頭していた。
「花梨殿?」
来たというのに、ズンズン奥へと歩いていく。呼びかけたが、聞こえているのかいないのか。
『頼忠さん、機嫌が悪いのかな?でも、笑っている顔見た事ないし。やっぱりこんな子供の相手をするのが苛立たしいのかな?』
「・・・・・・・・・」
『そりゃそうだよね、話の成り行きで子供の世話する事になっちゃったけど、面倒なだけだよね。迷惑・・・・・・。』
一人納得し、ため息を吐く。
「花梨殿。・・・・・・・・・。」
再度呼びかけるが、反応なし。何か考えがあっての行動には見えないが、頼忠の役目はこの少女の側を離れぬ事。黙ってついて行く。
『私の事を偽者の神子と疑っているんだろうな。神子らしい事は何一つしていないんだからしょうがないけど。』
八葉を探し始めて3日。しかし、一人も見付ける事は出来ない。それっぽい人さえ、出会えてはいない。力の具現化をしても、その土地の力は上がらない。成果は何も無い。
眉間の皺が深くなるにつれ、気分は落ち込んでいく。
「・・・・・・・・・。」
頼忠の眉間にも皺が寄った。
厚い雲が空を覆い始めている。雨が降りそうだが、今現在の従うべき相手であるこの少女の考えを聞かぬまま、意見するなど出来ない。
『そもそも私だって自分が京を救うなんて信じられないし。じゃあ、何で私はここにいるんだろう?』
「・・・・・・・・・。」
『・・・・・・・・・頼忠さんってロボットみたい。無表情だし、考えは絶対に言わないし。怒っていると言うよりも、感情が無いと言った方が―――。』
「花梨殿!」
「え?」いきなり大声を上げられ、立ち止まろうとしたが。「あっ!」
頭で考えた事と身体の動きは違っていた。足は一歩前に行こうとしたが、そこには大きな石があって、身体だけが前に流れた。
受け身をとるべく手を前に出さないといけないと分かっていても、身体が驚きで固まっている。
『転ぶ!』
息が止まったが。
さっと横から出てきた腕が花梨の身体を支えた。
「大丈夫で御座いますか?」
「・・・・・・・・・。」
「花梨殿、お怪我はありませんか?」
「あっと・・・えっと・・・・・・、大丈夫、です。ありがとう、御座います・・・・・・・・・。」
頼忠が助けてくれた事にびっくりし、つっかえつっかえお礼を言った。花梨が一人で立てるまで黙って支えてくれている事にも驚いていた。
「―――こちらへ。」
「え?―――うん。」
しかし手が離れた途端、指示された。衝撃的とも言える事が続いて考える事が出来ない。促されるまま走る。
と、ポツリポツリ、雨が降ってきた。


「うわぁ〜〜〜、凄い雨!」
近くの小さなお社の軒下に駆け込んだ。まだ昼間だというのに、辺りは真っ暗だ。息を整えている間に雨足が強くなっていく。
「濡れてしまいましたね。これでお拭き下さい。」
「え?」
差し出された手に握られた手拭いを穴が開くほど見つめる。しかし何時までも受け取れない花梨に、頼忠は小さくため息を吐いた。
「ご無礼、失礼します。」
そう言うと、その手拭いで花梨の髪や肩を拭い始めた。
「・・・・・・・・・。」
「では、傘と車の手配をしてきますので、ここでお待ち頂けますか?」
「え?行っちゃうの?」
頼忠の胸元を見ていた花梨は、手拭いをしまい、一歩離れた頼忠をぱっと見上げた。
「このままでは帰る事が出来ません故。すぐに戻って参ります。」
「ダメ!」
思わずそう叫んで出て行こうとした頼忠の腕を掴んだ。
「花梨殿?」
頼忠が振り返り花梨と眼が合う。と、花梨は自分の行動にびっくりしたように眼を見開き、頼忠の腕を放した。一歩下がると、背中が建物の壁にぶつかった。眼が泳いでいる。
「あ、あの、えっと、あの・・・・・・。・・・・・・・・・。」
花梨は何かを言い掛けたが、何も言わずに下を向いてしまった。落ち着きなく動いていた手が堅い拳となり、お腹辺りを押し付ける。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
沈黙が続く。頼忠は、何を言おうとしたのか問おうと口を開きかけたが。
「っ?」
「っ!」
突風が吹き、その風によって桶がガンガンガンと大きな音をたてて転がっていく。同時に、少女の身体がビクッと大きく揺れた。そのまま小刻みに震えている。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
『・・・・・・違う世界から来たと言っていたな。』
ゆっくり大きく息を吐きながら開いた口を閉じた。
見知っている者もいない土地にたった一人連れて来られたのだ。それも平和な世界から怨霊が蔓延るこの京に。それが本当ならば、混乱し、心細く思うのも無理は無い。
外の方を向いて雨の状態を確認すると、立ち位置をずらした。


「っ!」
頼忠が身体を動かし、握った拳に力が入る。しかし、頼忠が軒下から出て行く様子はなく、密かに全身の緊張を解いた。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
雨音を聴きながら眼の端で頼忠の袖を見つめる。
怨霊が怖いのは確かだ。だが、この頼忠をも怖がっていた筈。それなのに側にいて欲しいと思う自分に驚いていた。一刻も早く屋敷に戻りたいのに。あっちの方が人が大勢いる分、ここにいるよりもまだマシだと思えるのに。なのに何故、頼忠を引き止めてしまったのだろう?
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
しばらくすると急激に雨足が弱くなった。覆っていた厚い雲が切れ、薄暗い空がところどころ顔を出し始めた。まだ降っているが、この程度なら濡れたって大した事にはならない。もう少し待てば完全に止むだろう。帰れる、と嬉しさのあまり笑みが浮かぶ。
しかし身動ぎして周りを見た瞬間、笑みが消えた。
花梨の足元は乾いている。しかし、花梨が立っている場所以外は左右ともにびしょ濡れだ。斜め前を立っている頼忠の衣を見ると、腹部辺りから足元までぐっしょりと濡れていた。
『まさか・・・・・・、私が濡れないように盾となっていたの・・・・・・?』
無表情で無言。だから感情など持っていない怖い人なのかと思っていた。だが。
転びそうになった時に手を差し伸べたり、一人で立っていられるまで急かす事なく身体を支えてくれていたり。歩く速さも合わせてくれたし、人ごみで他の人とぶつからないように気を配ってもいた。
思い返せば、頼忠はずっと花梨を守ってくれていたではないか。
『・・・・・・・・・。』
話の成り行きで面倒を見る事になってしまったが、義務を果たす、約束を守るだけなら、気を付けろ、の一言で十分だ。今だって優しい言葉で丸め込んで車の用意をしに行けば良い。自分の身体を盾にする必要なんてないのだ。
『・・・・・・・・・。』


「雨が止んだようです。もうすぐ日が暮れますから屋敷に戻られた方が―――。」
話し掛けながら振り返ったが、花梨が泣いている事に気付き言葉が止まった。
「・・・・・・・・・。」
「花梨殿、どうなされました?御気分が悪いのですか?もしやお風邪をお召しになられたのでは?」
「・・・・・・・・・。」
動揺し早口で尋ねる頼忠に、花梨は黙ったまま首を激しく左右に振る。
「では、私はあなたに何か不愉快な思いをさせてしまったのでしょうか?」
そう訊いた瞬間、花梨が「違う!」と叫んだ。
「では・・・・・・?」
「そうじゃなくて・・・。」ぎゅっと眼を瞑って大粒の涙を落とす。そして眼を開けると頼忠の眼を真っ直ぐに見つめた。「ありがとう御座います。頼忠さんのおかげで怪我も風邪も引かずに済みました。」
そうはっきりきっぱり言い切った花梨を、呆然と見つめ返す。この京は身分社会だ。頼忠に、武士にお礼を言う者などいない。例え役目を立派に果たした時でさえも。
驚きのあまり返事も出来ない頼忠に。
「そして、ごめんなさい。」
今度は謝罪の言葉を続けた。
「あの、何がでしょうか・・・・・・?」
ようやく声が出た。
疑い、花梨が龍神の神子を騙りこの京に、院に対して良からぬ企てを企んでいるのではないか、との考えが頭を掠める。
しかし花梨は頼忠の考えなど気付かずに微笑んだ。
「ううん、理由は言えない。だけど謝りたかった。ううん、謝らなきゃいけないと思ったの。」
「・・・・・・・・・。」
疑惑が膨らんでいく。
「―――っと、頼忠さん、大丈夫ですか?寒くありませんか?」
急に真面目な顔つきに変わると、懐から手拭いを取り出し、頼忠の腹部辺りを拭き始めた。慌てて一歩下がり、同時に花梨の手を掴んで止めさせる。
「大丈夫です。私にそのようなお気遣いはいりません。」
「大丈夫って、びしょ濡れだよ?このままだと風邪を引いちゃうよ。」
「私は武士ですから、鍛えております。」
繰り返すと花梨の眉間に皺が寄った。
「だからって濡れたままじゃ駄目だよ。夜は冷えるんだから。」
「いえ、大丈夫です。」
「頑固者!」
更に繰り返したら、花梨は怒りだし、怒鳴った。
「申し訳ありません。しかし―――。」
「分かった。じゃあ、今日はこれで帰ろう!」
頼忠の言葉を遮り、手を引っこめるといきなりズンズン歩き出した。
「はい。」
少女の言葉と行動に違和感がある。それが何か、考えながら歩き出す。そんな頼忠の数歩前を歩いていた花梨が急に振り返った。
「今日はゆっくり休もうね。その代わり、明日から頑張ろうね!明日こそ八葉を探し出そうね!」
「っ!?」
驚き、足が止まった。
謝罪の言葉は、罪悪感から出た言葉かと思ったのに。違ったのだろうか?
「どうしたの?」立ち止まったままの頼忠を不思議そうに見つめた。「日が暮れちゃうよ?真っ暗になっちゃうよ?ほら、急いで急いで!!」
頼忠の左手首を掴むと引っ張るように歩き出した。歩いているというよりは、速足駆け足に近い。
「花梨殿、大丈夫です。大丈夫ですからお手をお放し下さい。」
そう言って少女の歩く速さに合わせるが、花梨は笑うだけで放しはしない。
「花梨殿!」
結局、花梨に手を引かれて屋敷に戻った。



「神子様、頼忠殿と何かあったのですか?」
屋敷に戻って来た花梨に、紫姫が尋ねた。
花梨がこの世界に来てからというもの、強張った顔しか見た事が無かった。緊張しているのは分かったが、解す術を知らなかった為に敢えて口にしなかったのだ。それが今、表情が柔らかだ。
「うん、頼忠さんが誠実で信頼出来る人だと分かったの。だから嬉しいというか安心したというか。」
「それは良う御座いましたわ!」紫姫はにっこり微笑んだ。「龍神の神子と八葉は信頼関係が大切です。これで神子様のお力も強くおなりになりますわ。」
「そうなの?」
力って、そんな簡単に強くなるものなのか?花梨は首を傾げた。
だが、この世界は『気』というものが重要らしい。『気』が何なのか花梨にはよく分からないが、『心』に関係しているようだ。『心』というか『心理』『精神』というか。
そうだとすると、緊張と恐怖で震えていた花梨では結果が出なくて当然だったのかもしれない。だけど頼忠を信頼し、『気』を安定させた今の花梨ならば。
そして龍神の神子として頑張れば、何時か頼忠の信頼を得られるだろう。誠実で強いあの頼忠が味方になってくれれば、向かうところ敵なしになれる。
「うん、そうだと良いね。」笑顔になった。「明日から頑張るから。どんな人が八葉なのか、楽しみにしていてね。」
「はい!」
花梨が力強く言うと、紫姫は更に嬉しそうに微笑んだ。


「・・・・・・・・・。」
龍神の神子を名乗る少女を四条の屋敷まで送った頼忠は、門を出ても武士団に戻る気になれずに屋敷を見上げていた。

『紫姫、紫姫!』屋敷に着いた途端、騒いだ。『着替え、何か無い?頼忠さんが私を庇ってズブ濡れになっちゃったの!』
『花梨殿、私は身体を鍛えておりますから、お気遣いなく―――。』
その日幾度目かの説明をしようとしたが。
『ダメダメダメ。どんなに身体を鍛えたって風邪を引く時は引くんだから、大人しく言う事を聞きなさい。』
説教をされてしまった。

花梨という名の少女は、京を救う龍神の神子にはとても見えない。だが、京を仇為す者とも思えない。誰かに騙されている、利用されているという可能性は残っているが。
「あなたは・・・・・・・・・、他の誰とも違う・・・・・・・・・。」

『今夜は暖かくして休んで下さいね。』
『ありがとう御座います・・・・・・。』
それ以外、何といえば良かったのだろうか?

似たような者さえいなかった。とても不可思議な反応をする少女。
「・・・・・・・・・。」
先程まで少女の小さな手が触れていた所、左手首を無意識の内に掴む。
頼忠の頭と心が、少女のどこに何を感じて混乱したのか、見付けだそうと今日の出来事を一つずつ思い返していた。





※勝真×花梨で愛を綴る十五のお題・06・雨宿り※

注意・・・頼忠&花梨。序章第三日目。

2009/05/21 03:15:10 BY銀竜草