『―――後悔〜恋人の意味〜―――』 |
「私、この世界に残ります!」龍神の下から地上に戻った花梨はそう宣言した。「頼忠さんが恋人にしてくれるまで諦めませんからっ!!」 「神子、殿――――――?」 その時、この世界に残って欲しい、と懇願つもりだった頼忠、機会を奪われ、口を開けたまま少女を見つめる事しか出来なかった・・・・・・・・・。 「頼忠さん、どうして私を恋人にしてくれないんですか?」 あの神泉苑での宣言の後、頼忠に会う度に繰り返して尋ねるが。 「あの、ですから今はこの世界に慣れる事の方が重要かと思いますが。」 「そんな事ばっかり言って誤魔化さないで下さい!」 「・・・・・・・・・・・・。」 頼忠だって本当は花梨と恋人同士になりたい。なりたいのだが。 『どうもおっしゃっている意味を理解しておられないような気がする・・・。』 恋愛事には疎かった花梨、みんなの前での「恋人になりたい」発言は似合わない。 「恋人はいるの?」 「いません。」 「好きな人は?」 「・・・・・・・・・・・・。」 さすがにこの状況では、貴女をお慕いしています、とは言えない。 正式な婚儀を済ませると、世間から夫婦と認められる。そして、その婚儀を済ませないで、夜、通うのが恋人だ。それも、ただ逢いに行って言葉を交わすだけでなくて。 貴族ではないが、龍神の神子であった花梨の元へ正式な婚儀を済ませないうちに通って良いものだろうか? いや、そんな事よりも重大な疑問が。 「なら、私だって良いじゃないですか!試してみませんか?」 「そういう訳には・・・・・・。」 花梨の言う「恋人」の意味は、頼忠とは大きく違うようだ。完全に理解していないと分かると、予想していた事とは言え落胆してしまう。 『そりゃそうだろうな。』 髪にからまった枯葉を取る為に近付いただけで真っ赤になってしまう少女。そんな花梨の頭の中には、「夜の逢瀬」は思い浮かばないだろう。 その少女の言う「恋人」とはどんな関係なのか、尋ねる気力は無い。 「恋人」の意味を理解して欲しいが、そうしたら、なりたいとは言ってはくれなくなるのだろうか? 「私の事は嫌いですか?」 「そんな事はありません!」間髪入れずに答える。 「なら。」花梨は人差し指を頼忠の胸に突きつけた。「策略を練って、断れないように陥れてみせますっ!」 「策略・・・?」 「首を洗って待ってなさいっ!」 真面目な顔で言うと、満足したようににっこり笑顔で立ち去って行く。 花梨の策略がどんなものか想像も出来ない頼忠は、不安げな顔で見送った。 万が一成功した時、自分は今までのように理性を保つ事など出来るのだろうか?世間ではそういう関係だと思うのに。そういう態度で接してくるのに。 蛇の生殺し、ではあまりにも辛すぎる。 「理解した上でそう願って下さるのなら、今すぐにでも喜んで通いますのに・・・・・・・・・。」 頼忠がため息を吐いている頃、花梨も同じくため息を吐いていた。 「何でダメなんだろう?」 花梨は恋愛経験ゼロだ。だが。 花梨が転びそうになった時、抱きとめて助けてくれた。その時、頼忠の顔があまりにも近くにあってワタワタとしてしまったら、残念そうな顔をして離れた。 どんな美人の側にいても、頼忠は花梨を見ている。それに気付いて花梨が頼忠の方を見ると嬉しそうに微笑んだ。 そんな事が二度三度と繰り返されれば、花梨にだって頼忠が花梨に特別な想いを抱いているのは分かる。勘違いなんかじゃない。勘違いだったら詐欺だ。 それなのに、何故? 「まぁ、理由は後でゆっくり問い詰めてやる。」 他人の心の中を想像したって時間の無駄というもの。今はやるべき事、花梨を好きだと認めさせて恋人にして貰う事が先だ。 しかし宣言したものの、策略を練って計画を立てるなんてまどろっこしい事は出来ない。ならば、一番手っ取り早いのは賭け事をして勝つ事。それならば、言い訳など出来やしないだろう。 「武士に二言は無いって言うしね。」 でも。 「私が頼忠さんに勝てる事なんてあったっけ?」 運動体力腕力関係は問題外。双六とか碁とかの遊びは、ルールさえ知らないのだから、説明、助言する者が必要だ。それではインチキになってしまう。貝合わせは苦手だし、じゃんけんとかアミダくじ、という訳にもいかない。 いくら考えても、勝負出来るモノが無い。 「じゃあ、頼忠さんの苦手な事って何だろう?」 武士として精神も鍛えているのが原因か、苦手な事などなさそうだ。勉強に関する事は苦手だと言っていたが、それは花梨だって同じ事。いや、文字もロクに読めない分、花梨の方が不利だ。女性の扱いは苦手らしいが、それでどんな勝負になる? 「んっと、えっと、あっと・・・・・・。で、これだと?・・・・・・・・・ううん、駄目だ。あれだったら?・・・・・・絶対に無理。」 神子時代の日常を細かく思い返しては諦める。そんな風に長い事考えていたが。 「そういえば・・・・・・・・・。」 親睦を深める為に開いた宴会で頼忠が言った言葉を思い出した。 『いえ、私は遠慮致します。』 すくっと立ち上がった。 「そうだ、これだ。これに賭けてみよう。駄目だったら、また他を考えれば良いんだしね。」 決意した花梨、走って食事の配膳をする女房の所に相談しに行った。 そんなある日の夜、警護をする為に四条の屋敷を訪れた頼忠は、用事があると花梨の室に連れて行かれた。 そして、その花梨の用件とは、 「勝負して下さい。」 だった。 「・・・・・・・・・は?」 「私が勝ったら、望みを叶えて下さい。頼忠さんが勝ったら、頼忠さんの望みを叶えますから。で、私の望みは分かっていますよね?」 拒否する事は許さないというように、挑むような、喧嘩腰のような、そんな眼で睨まれ、承諾するしかなかった。 「・・・・・・・・・。それで、何で勝負するのでしょうか?」 「うん、これで。」 女房が数人、入って来た。持っている膳には、徳利が何本も載っている。 ―――まさか、酒? 女房は徳利と杯を並べて置くと、頼忠に笑いを噛み殺しているような奇妙な目配せを送って下がって行った。 「あの、花梨殿は酒を飲まれた事は無かったのでは?」 徳利から花梨に視線を移した。 確か以前、翡翠に勧められた時、未成年だから飲めないと断っていらしたが? そう尋ねると、花梨は大きく頷いた。 「うん、無い。でも、この世界で生きる事に決めたんだから、こっちの決まりに従うべきよね。彰文くんが飲むんだから、私だって良いんだ。」 「・・・・・・・・・。」 「私のお父さんは酒豪だから、私も飲める筈。」 不安げな表情の頼忠に、花梨は密かに微笑んだ。 何度か宴会をしたが、頼忠は何時も一口か二口しか飲まない。周りが勧めても、断っていた。 アルコールの場合、酒豪も下戸もいる。断っているんだから、頼忠は下戸なんだろう。それならば、花梨にも勝てるかもしれない。 まぁ、負けたって困る事は無いのだ。 小さな杯2つに酒を注ぐと、その内の一つを頼忠に勧めた。 「いざ、勝負開始!」 そう宣言すると一気に飲み干した。頼忠も口をつける。 『ん?』 一瞬、首を傾げたが、すぐに飲み干した。 「へんな味〜。でもこれなら飲めそう。」 花梨は顔を顰めたが、空になった両方の盃に酒を注ぐ。 『女房殿・・・・・・。』 心の中で頼忠は苦笑した。 花梨が酒を飲んだ事が無いのは女房も知っていたようだ。そして、頼忠が酒を飲まなかったのは、その宴会の後に警護の任務があったからだという事も。 どうせ花梨は勝てない。そして、初めてでは飲み方、限度が分からない。何かあっては困る、という事で水で薄めた、いや、水の中に酒を垂らした、という代物を用意したようだ。 しかしこれでは、どんなに飲んでも酔えない。引き分けだったらどうなさるおつもりなのだろう? そんな頼忠の疑問には気付かず、花梨は張り切って言った。 「さあ、どんどん飲むよ!」 2杯目。 3杯目。 平気な顔をして飲み干した頼忠に、花梨は首を傾げた。しかし、黙って酒を注ぎ直す。 4杯目。 5杯目。 「・・・・・・・・・。」 頼忠は何も変わらないが、花梨の頬も首も紅く染まっている。白い筈の腕まで。 「花梨殿、ご無理なさらず―――。」 「大丈夫!さぁ、次っ!」 半分怒ったような顔色で叫んだ。 6杯目。 7杯目。 そして、8杯目。 花梨の盃を持つ手が震えている。大きく傾いた。 「花梨殿。これ以上はいけません。」 落とす前に、頼忠が取り上げた。 「あ!ラメ、飲むんらから・・・・・・。」 取り返そうとするが、身体が揺れた。 「花梨殿!」 慌てて盃を放り出すように置くと、花梨の身体を抱きとめた。 「イヤぁ・・・。飲むのぉ・・・。飲むんらからぁ・・・・・・。」 遠くにある盃に手を伸ばすが。 「なりません。お身体に障ります。」 腕を掴んで離さない。 「ヤラヤラヤラ。勝つまで飲むんらもん・・・・・・。絶対に頼忠しゃんの恋人になるんらもん・・・。」 頼忠の胸の中でもがき、駄々をこねる。舌は回らず、幼い童のような口調だ。だが、瞳を潤ませ甘えるような話し方は、頼忠の胸をポカポカと叩いている姿は可愛すぎる。 このまま襲いたくなるが、どこか落ちそうになる理性を繋ぎ止める。 「花梨殿。頼忠は貴女のものです。私は何時でもお傍におります。ですから、ご安心下さい。」 深く抱き締め、耳元で囁いた。 「・・・より・・・ただ・・・・・・・・・さ・・・・・・・・・。」 「お慕いしております。」 「んん・・・・・・・・・。」 こんな近くにいられるなんて、抱き締められるなんて、幸せすぎて胸がいっぱいになる。夢心地のまま、抱き締めていたが。 「・・・・・・・・・ぎもぢ・・・わる・・・・・・い・・・。」 花梨が苦しそうに呟いた。 「花梨殿!?」ギョッと眼を剥いた。「誰か女房でも、いや、紫姫をお呼びして参ります!」 花梨を床に寝かせようとしたが、花梨は頼忠の衣を掴んだまま。 「み、ず・・・が・・・・・・欲し・・・・・・・・・い。」 「水?水ですね!」 近くにあった徳利から注いで口元に持って行ったが。 「・・・うっ!?―――ゴホッゴホッ。ゴホッッ!」 むせた。 「あ!申し訳ありません。」 水のような代物とはいえ、酒が入っている。そんなモノを飲ませてしまい、余計に慌てる。 だがその時、膳に竹筒が置いてあるのに気付いた。これならば。 「花梨殿、水です。こちらをお飲み下さい。」 何とか開けて口元に持っていく。 「ゴホっ。」 コクン。 「ゴホゴホ。」 コクン。 「コホ。」 コクン。コクン。コクン。 零しながらも少しずつ飲む。背中をさすっていると落ち着きを取り戻したようで、花梨は竹筒を頼忠に渡した。そして頼忠の胸に寄り掛かった。 「花梨・・・殿・・・・・・・・・。」 口の中に湧いてくる唾をごくりと飲み込んだ。 潤んだ瞳。疲れが見える顔。頬も首も紅く染まっている。吐息が熱い。 ぐったりと身を預けて来る花梨の表情と身体の熱は、激しく睦み合った後の女のようにも見える。 頼忠の中の男の性が目覚めてくる。 『いやいやいや。落ち着け、頼忠。』 頼忠が稽古の後で衣を脱いで身体を拭いていると、恥ずかしがって近寄って来ない花梨。花梨が正常な時なら、このように抱き締める事はおろか、御手に触れる事も許されない筈だ。 それに、実際に飲んだのは盃2杯程度の酒。3杯まではいかないだろう。そんな量で悪酔いしてしまうほど幼い少女だ。まだ早い、早過ぎる。 眼を強く瞑ると、全神経を集中させて欲望を紛らわす。そして己に言い聞かす。 「大丈夫ですか?御気分はまだ悪いのでしょうか?」 「・・・うん・・・・・・、ダメ・・・・・・・・・。傍に・・・・・・いて・・・・・・。」 「承知致しました。このまましばらく、お傍におりましょう。」 「うん・・・・・・、ありが、とう・・・・・・・・・。」 安心したように呟くと、顔をスリスリと擦りつける。 『・・・・・・・・・・・・。花梨殿はまだ、準備が整っていない。御心を傷付けるだけだ。耐えろ、頼忠。』 どんなに紛らわせても湧き上がって来る欲望。せめてこれ位、と膝に乗せて深く抱き締めた。 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 酒が花梨の意識を奪い去るまで、身体を揺すってあやしていた。 翌朝、 「花梨様、今日はお寝坊さんですね!」 身支度を手伝う役目の女房が元気良く室に入って来た時、花梨は頼忠と抱き合い重なり合って眠っていた。―――衣は身に纏ったまま。 頼忠が女房のその声に飛び起きた直後。 「頼忠・・・・・・・・・っ!!」 異変を感じ取って深苑が花梨の室に飛び込んで来た。頼忠の存在に気付き、顔色を変えた。何時もきっちりしている頼忠の衣に皺が寄り、乱れてもいる。 「警護を任せたのは、お前が神子を守ってくれると信じていたからだ。それは神子の名誉を守る事も当然、含んでいた。それを理解していると思っていたが!?」 身体を縮込ませて座っている頼忠のすぐ前で仁王立ちした。 「・・・・・・・・・。」 「まさかその信用を利用して神子の室に入り込むとは・・・・・・っ!それでも武士かっ!?」 「・・・・・・・・・申し訳ありません・・・・・・・・・。」 貴族らしく上品に罵倒する深苑に謝罪するも、花梨が一晩中足の上に乗っていた為に痺れた足が痛くてまともに聞いていない。 花梨は二日酔いらしく、女房に寄り掛かって顔を顰めながらこめかみを押さえている。 「どう責任を取るつもりだ?」 何も無かった。しかし、真実が何時も信じて貰えるというものではない。そして、この京の常識では、姫君の室で一夜を共にした、とはそういう事だ。 そして、深苑は完全にそんな誤解をしていた。それ以外は考えられない。 「・・・・・・・・・。」 事情はどうであれ、花梨が酒を飲んだ原因は頼忠だ。だから、看病はするというかしたい。が、それだと余計に悪い噂が広まってしまうのではないか?だとすると、謹慎するぐらいしか思いつかない。 答えられないでいると。 「まさか、一夜の遊び、で済まそうなどと考えているのでは――――。」 深苑の言葉に驚き顔を上げたが。 「まさかっ、―――ぐわぅっ!」 急に動いた事で、足の痺れが一気に押し寄せ、電流に打たれたように身体が大きく跳ね、そして固まった。 ゆっくり身体を安定させながら俯き、深呼吸をする。 「何の事?深苑くん、何で怒っているの?」 意味が解らない花梨、コソコソと隣の女房に尋ねるが、女房は苦笑するばかりで答えられない。 「図星か?」顔の険しさが増した。「龍神の神子が警護の武士に弄ばれ捨てられた、などという噂が京の町に広まるのは時間の問題だ。いや、もう既に広まっているだろう。このままでは剃髪するしかあるまい。管理不届きという事で、私も紫も同じく、仏門に入る事になる。」 夜、3日間通い続けて正式な婚儀と認められる。だが、その前に通うのを止めれば、その女を妻としない、遊び、という事だ。 男に捨てられたなどという噂は、姫にとっては死刑宣告にも等しい、不名誉な事。それが龍神の神子ならば尚更だろう。 「・・・・・・・・・。」 クドクドと愚痴る深苑を前に、頼忠は昨夜の苦しみは何だったのだと自問自答していた。 もう花梨が大人になるとか常識を知るとか、そういう状態になるまで待っている余裕が無くなった。それが花梨にとって嬉しい事なのか、哀しい事なのか。 『―――そんな事、知るか。』 諦めと同時に開き直った。 「紫は何時か迎える神子の婚儀を楽しみにしていたというのに―――。」 大きく息を吸うと、花梨に向き直った。 「花梨殿。勝負は花梨殿の勝ちで御座います。貴女の望みを叶えるべく、今宵、こちらに伺わせて頂きます。」 平伏して言うと、花梨はぱっと笑みを浮かべた。 「本当?やったぁ!」 はしゃぐが、その拍子に頭がズキンと痛み、泣きそうな顔に変わった。額を押さえながらも、頼忠に微笑む。 「じゃあ、楽しみに待っていますね!!」 「・・・・・・・・・。」 やっぱり解っていない花梨に同情しなくもないが。 もう一度大きく頭を下げると立ち上がった。期待と怒り、そして苦笑いの視線を感じながら室を出た。 そして夜、約束通り四条の屋敷を訪れた頼忠、花梨に恋人の意味をたっぷりと教えた。深苑の怒りの理由も一緒に。 意識を失う直前、花梨は頼忠の言葉に従う―――京の常識を勉強する―――べきだった、と後悔したのだった。 |
※勝真×花梨で愛を綴る十五のお題・05・後悔※ |
注意・・・京ED。 恋人どころか、夫婦になってしまいましたね。 2009/08/13 01:58:41 BY銀竜草 |