『―――運命―――』



「神子殿。」
「・・・・・・ごめんなさい。」
繰り返される頼忠の懇願に、花梨は同じ言葉を返す。
「この頼忠を信じる事は出来ぬと、そうお思いなのですか?」
「そんな事は―――っ!」
ぱっと顔を上げるが、苦しくて瞳を逸らした。
「・・・・・・・・・。」
重苦しい時間がゆっくりと流れる。頼忠の強い視線が辛くて花梨は足元に咲く赤い花を見つめていた。
「ごめんなさい・・・・・・。」
先日、想いが一方通行じゃない事を知った。だがその瞬間、歓びよりも苦しい現実が花梨を包み込んだ。
―――お役目が終わった後も、この京に残って下さいませんか?―――
頼忠からの初めてのお願い、それはとても嬉しい。だが、全てを捨て去って男の胸に飛び込むには、知り合ってからの時間が短すぎる。向こうの世界を、家族を捨てる覚悟は決められない。
「神子殿・・・・・・、私は貴女と離れて生きていく事は出来ません・・・・・・・・・。」
苦しげに呟くと、少女の細い身体を抱き締めた。
「頼忠さん・・・・・・・・・。」
花梨だって同じ想いだ。だがそれでも、頼忠だけを心の支えに生きていくには足りない。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
何か、他の何かが欲しい。逃れように無い、絶対的な運命が。
「神子殿・・・。」
身体をよじって離れる花梨を、頼忠は絶望の眼差しで見つめた。だが花梨は思い詰めたような瞳で真っ直ぐ見つめ返した。
「だったら試してみます?」
「試す?」
「うん。」一瞬空を見上げ、そしてすぐに瞳を頼忠に戻した。「私を京に連れて来たこの運命が、この京で、頼忠さんの傍で生きろと言っているのか、訊いてみませんか?」
少女の言葉を頭の中で繰り返すが、意味が分からない。
「誰にお尋ねするのですか?」
「運命に。」下を向く。囁くような小さな声になる。「夜、妻戸の鍵を開けておきます。」
「神子殿、それはっ!」
一瞬にして顔色が変わった。
「それでも運命が私を拒絶したら、私は自分の世界に帰ります。」
「し、しかしそれは・・・・・・・・・。」
動揺で声が震える。
「頼忠さんが運命を試してみようと思わないのなら、それはそれで構いません。」後ろを向くと歩き出した。「私達はそれだけの仲だった、というだけの事ですから。」
「・・・・・・・・・。それだけの・・・仲・・・・・・・・・?」
小さくなっていく背中を見つめていた。



夜、頼忠は簀子に立ち、妻戸を睨み付けていた。
夕刻過ぎに女房が何時もと変わりなく格子を下ろし、妻戸に鍵を掛けた。そして屋敷の者が寝静まった頃、妻戸の中からカチリと小さな音がした。そう、花梨が留め金を外した音。
「神子殿・・・・・・。」
少女の言う、運命を試す行為をしても良い事なのかいけない事なのか、頼忠には判断出来ない。だが、しなければ必ず少女を失うという事だけは分かる。
そしてこれは、少女の『覚悟』だ。これからの人生を全て賭けた、賭け。では、頼忠の『覚悟』は何なのだ?少女を賭けるのか?
過去、現在、未来の中での頼忠の全てを一つ一つ、指を立ち上げながら頭に中に書き出す。そして何が大切で何を切り捨てられるのか、指を折って考える。
「私は・・・貴女を失う事だけが耐えられない・・・・・・・・・。」
握り締めた手を胸に当てると、顔を上げて妻戸を再び睨み付ける。
だったら、貴女以外のものを、頼忠の全てを賭けよう。もしも運命が拒絶したら貴女はご自分の世界に帰られる。その時、私は頼忠の全てを捨てよう。貴女以外のもの全てを。
「神子殿。私は、私達がどちらの世界で生きる運命なのか、尋ねましょう。」
妻戸に手を掛け、開けた――――――。






注意・・・第4章頃。

2007/05/15 16:14:19 BY銀竜草

本編とは全く関係ないのですが、発想の元が同じだったので参考に。

※掲示板から再掲

2009/05/19 00:18:57 BY銀竜草

※ブラウザを閉じてお戻り下さい※