『―――背中の効能―――』 |
頼忠が恋人に逢いに行くと、花梨は室のど真ん中でうつ伏せの姿で転がっていた。 「花梨殿?どうなさったのです?ご気分が悪いのですか?」 慌てて近寄ったのだが、返って来たのは不機嫌な声。 「ふて寝しているだけ。」 「は?」 「機嫌が悪いの。」むっくりと起き上がると、四つん這いでもぞもぞと動き頼忠の背中に回る。そして、腕を回して頼忠に抱き付くと、背中に顔を埋めた。「今日は色々とツイていなくて・・・・・・。」 「はぁ。」 「誰かさんが一晩中イジワルするから、朝寝坊しちゃうし。」 『うっ・・・・・・。』 心当たりがある、じゃなくて、不機嫌の原因は私か!? 「女房さん達に迷惑を掛けちゃったから後片付けを手伝おうとしたのに、お膳を引っくり返しちゃって余計な仕事を増やしちゃうし。」 「・・・・・・・・・。」 「頼忠さんに文を贈ろうと思って一生懸命に書いたのに、最後の最後で墨を垂らしちゃうし。」 「それぐらいお気になさらずとも宜しいのに。」 花梨から貰える筈だった文が届かない方が何百倍も残念なのに。 「駄目!誰が目にするか解らないんだもん。字は下手だし和歌も添えられないのに、その上汚れた紙じゃあ、常識も礼儀も知らない女を恋人にしているのかって、頼忠さんが恥をかいちゃうじゃない!」 「・・・・・・・・・。」 まぁ、花梨がそういう女だと誤解されてしまう危険性があるのでは、諦めるしかないか。 「よそ見して歩いていたら柱におでこをぶつけるし。」 「怪我は?お怪我をなさったのですか?」 驚いて振り向こうとしたが、恋人は腕に力を込めてしまい振り解けない。 「大丈夫。星がちらついたけど、たんこぶも何も無し。」頭をこつんとぶつける。「それより、動かないで。今、荒れて渇いた心を潤しているんだから。」 「は?」 「今夜は満月だって言うからススキを飾りたかったのに、今日に限って誰一人来てくれなかったし。」 「今日に限って?」 「そう、今日に限って。何時もなら、八葉の誰かしらが会いに来てくれるのに。」ため息。「ススキ、採りに連れて行って欲しかったのに。」 「そう、ですか。毎日、誰かとお会いになられているのですか。」 一度もそんな事、おっしゃった事は無かった。秘密にしてくれとでも、あいつらが口止めをしていたのか?―――油断も隙も無い。これから気を付けねば。 「お月見したかったのに、雨降るし。」 「・・・・・・・・・。」 「はぁ・・・・・・。」ため息。 「・・・・・・・・・。」 ご機嫌を治して差し上げたいが、何をどうすれば良いのか?どんな言葉を掛ければ良いのか?密かに考えていたのだが。 「・・・・・・・・・。」不機嫌そうな声が少しゆったりとした声音に変わった。「男の人って背中にその人の歴史を背負っているよね。人間性が表れている。」 「そう、なのですか?」 「うん。だから頼忠さんの背中が好きなの。優しくて暖かくて・・・・・・。」 「好き?この背中が、ですか?」 「うん。安心するって言うか癒されるって言うか・・・・・・。」言葉を探す。「何だか嫌な事の全てを吸収してくれるって言うか・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「穏やかな気持ちになれるの・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」罪を背負った背中。穢れた背中。頼忠にとって苦しい過去を刻んだ背中なのだが。『貴女はこの背中を好きだとおっしゃるのですか?』恋人の心を癒す事が出来るのなら。この背中で安心するというのなら。己自身はこの背中を好きになれなくても、厭わずに済むだろう。『ありがとう御座います・・・・・・・・・。』 一人喜びを噛み締める。 だが。 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」ん?静かすぎる?「花梨殿?」 「すぅ・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」苦笑。 昨夜は無理をさせ過ぎてしまったのだから、ゆっくり眠らせてあげたい。この頼忠の存在で穏やかな気持ちになれると言うのも嬉しい。 それも本当の気持ちだが。 「・・・・・・・・・だからって。」 安心するとは言っても、今、眠ってしまう事も無いのに。折角逢いに来たのに、一人で寝られてしまうのは寂しいのだ。寛ぎすぎるのも問題だ。 「・・・・・・・・・動いても大丈夫だろうか?」 背中に寄り掛かった状態では辛いだろう。だが、動いたらその拍子に倒れて頭かどこかをぶつけてしまうかもしれない。それでは起きてしまうし、怪我をする恐れもある。しかし、このままだと抱きしめる事はおろか、寝顔さえ見られない。 「・・・・・・どうすれば良いのだ?」 一人悩むのだった。 |
注意・・・京ED。秋。 何だかよく解らない内容となってしまったけど、一応、ここで終了。 2005/09/13 01:23:19 BY銀竜草 人間、疲れると誰かに癒して貰いたくなりますよね。 ・・・・・・はい。銀竜草は只今お疲れモード。 2006/04/17 23:44:13 BY銀竜草 |