『―――願い事―――』 |
ぽかぽかと良い天気で気持ちまで元気になってしまう、そんな日の出来事。 抜き足差し足忍び足。 周りを何度も見て誰もいない事を確認。 「よし、今だっ!」 花梨は門から飛び出した。 と。 「神子殿・・・・・・・・・。」 怒りのこもった低い声で呼ばれて、花梨はびくっと立ち止まった。恐る恐る振り返れば、予想通りの人が。 「・・・頼忠さん。」 敷地内はしつこい位念入りに確認したけれど、門の外に誰がいるかなんて見えないのだから解る筈も無い。悪いタイミングで飛び出してしまったと嘆いても、今更どうしようもない。 「お願い、見逃して!」顔の前でパンっと手を合わせて拝む真似をする。「こんな良いお天気なのに、家の中にいるなんてもったいない!ちょっとだけ、すぐに帰って来るから!ねっ?」 「今日は、帝側の八葉とお出掛けになる予定ではなかったのですか?」 「うん、そうだったんだけど、みんな急用が出来て来られないんだって。だから、役目はお休みにしたの。」 「それでしたら、私がお供を致します。」 「本当?それだったら、出掛けても良いの?」 「はい。」頷く。「ただ、紫姫にご連絡をして参りますので、少々お待ち願います。このまま外出なさると、ご心配をお掛けしてしまいますから。」 「は〜〜〜い♪」 「市が開かれているって聞いたんですけど、行っても良いですか?」 「かしこまりました。お連れ致しましょう。」 「やったあ♪有難う御座います!」 「へぇ、人がいっぱい居て賑やかですね。」 きょろきょろきょろ。 「うわぁ、これキレイ!」 ウロウロウロ。 「凄〜い、細かい細工だぁ。」 ふらふらふら。 歓声を上げてあちこち動き回る姿は、どこにでも居る普通の女の子と変わりは無い。 だが、『龍神の神子』と騙る偽者かと疑っていた頼忠を許し、そして『従者』に礼を言う不思議な少女。そして、この少女が己の『主』、頼忠はこの幸運に感謝し始めていた。 「・・・・・・・・・。」 落ち着きが無く動き回っていた花梨が、一つの店で立ち止まっていた。そして、商品である布飾りを手に取って、不思議そうに眺めている。 「いかがなされましたか?」 「うん?これ・・・何か良い匂いがする・・・・・・・・・。」 「あぁ、香袋ですね。」 「香袋?」 「これの後ろのここに。」ひっくり返して、隠しポケットを指差す。「香りの元となる物を入れて、見た目と共に香りを楽しみます。」 「へぇ・・・可愛い。」 色々な物を手に取っては、一つ一つ匂いを嗅いでいく。 「お気に召した物がおありでしたらお求めになりますか?」 そう言って懐から財布を取り出すが。 「ん?あ、見ているだけで良いよ。」 そう言う割には、物欲しそうにしていて店から離れられない。 「・・・・・・・・・。」くすりと笑みが零れてしまう。「では、お一つ頼忠がお贈り致しましょう。先日の無礼のお詫びです。どれが宜しいですか?」 「え?いいよ、そんな――――――。」断ろうとしたが、たまたま手に取った香袋の匂いが漂った瞬間、口を閉じた。 「神子殿?」 「これ・・・頼忠さんと同じ匂いがする・・・・・・・・・。」 「あぁ、梅香の香りですね。」 「・・・・・・・・・・・・梅香。」香袋に顔を近付けて、匂いを嗅ぎながら考える。「これが欲しい。」 「これで宜しいのですか?」 「うん。有難う御座います。」 遠慮していたのに頼忠と同じ香りと解った途端、欲しがり出した少女に不思議に思うが尋ねる事はせず、お金を払うと店を後にした。 そのまま帰宅したのだが、行きと違って帰りは歩いている間中、花梨は一言もしゃべらない。ただ香袋を大事そうに抱き締めている。そんな少女の姿を、頼忠は密かに首を捻って見つめていた―――。 夜。 頼忠が警護の為に花梨の室の前の庭に行くと、花梨は簀子で頼忠を待っていた。 「頼忠さん!」 「神子殿、夜に一人で外に出られては危のう御座います!」 顔色を変えて走り寄ったのだが、花梨は笑顔で向き合った。 「今日は香袋、有難う御座いました。はい、これ!」小さな白い袋を頼忠の手に乗せる。「御守りなの、あげる!」 「え?あの―――。」主から頂戴するとは畏れ多い。辞退しようとしたのだが。 「でね、これは中に小さな短冊が入っていて、お願い事を書くの。」話を全く聞いていない。「これなんだけど、小さすぎて筆で書くには辛すぎるから、私のペンで代わりに書くね。で、頼忠さんの願い事って何?」 「・・・・・・・・・。」頼忠の気持ちなどお構い無しに話が進んでいる。「いえ、特にはありません。」 「ほら、手柄を立てたいとか出世したいとか。お金持ちになりたいとか苦手な物を克服したいとか、何かあるでしょう?」 「・・・・・・いえ、ありません。」 「・・・・・・・・・・・・(じぃぃぃぃ)。」 「・・・・・・・・・・・・。」少女の視線が痛い・・・・・・。取り敢えず、何かを言わねば。「神子殿の願い事とは何でしょうか?」 「私?」 「従者は主の願いを叶える者です。ですから、神子殿の願い事をお書き下さい。」 「え〜?それじゃあ、御守りを頼忠さんにあげる意味が無いじゃないの〜〜〜!?」 「しかし、私の願いは神子殿の願いを叶える事です。」頼忠は頑固だ。一歩も退く気配を見せない。「この頼忠に叶えて欲しい願い事とは何でしょうか?」 「むぅぅぅ・・・・・・。」頭を抱えてしまう。「頼忠さんに叶えて欲しい願い事?」 「はい。」 「んっと、んっと・・・・・・。」 無茶をしないでとか怪我しないでとか命を大切にしてとかお願いしたい事はいっぱいいっぱいあるけれど。でも、これだと何だかんだ言って何時も断られているからなぁ・・・・・・・・・。 と、その時、一番の願い事が思い付いた。 「ねぇ、『神子』の願いじゃなくて『高倉花梨』のお願い事なんだけど、良い?」 「はい、構いませんが。」 「じゃあね・・・・・・。」すらすらと書く。「はい、この『願い』を叶えてね♪」 「・・・・・・・・・。」手に取って読もうとするが。「あの・・・この文字は何とお読みするのでしょうか?」 漢字でもかな文字でもない、見たことの無い文字。 「あぁ、読めなくて良いの!私の世界の外国の文字だから。」 口では絶対に言えないけれど、『主』じゃない私に気付いてくれるかもしれないと言う、微かな望みに掛けてみよう。 「あの、読めなければ叶えたくても叶えられませんが。」 「うん、大丈夫大丈夫。」にこにこと上機嫌だ。「うわあ、嬉しい!頼忠さん、叶えてくれるんだぁ。」 「え?あの・・・・・・?はい?」頼忠困惑。 「楽しみに待っているからね。じゃあ、お休みなさ〜〜〜い。」 スキップしそうなぐらい、はしゃぎながら歩き出す。 「神子殿!?」 少女が妻戸から消え去る前に、必死になって声を掛けたのだが。 「これは頼忠さんにしか叶えられない事だから。他の人には頼めないの。」 本当の私、『高倉花梨』を見ていれば解るから。『花梨』の想いがどこにあるか。―――叶えるかどうかは別として。 「私だけ?え???」 余計に解らなくなったのだった・・・・・・。 頼忠が悩みに悩んでいる頃。 肝心の花梨は、枕元に置いた頼忠が贈ってくれた香袋の香りに包まれて、幸せな夢、頼忠が願い事を叶えてくれた時の夢を見ながら眠っていた。 次の日から。 「頼忠さん、楽しみにしているからね♪」 花梨は、頼忠が解らない事を承知で満面の笑みで言う。 「は・・・い?」 頼忠は、叶えたくても解けない暗号で悩む日々が続くのだった。頭の中は何時も『神子殿』の事でいっぱいにしながら――――――。 |
YORITADA![]() KARIN |
注意・・・第2章初めの頃。花梨→頼忠。 花梨ちゃんが恋の駆け引きをしています。 某課題創作で、長くなりすぎるから、という理由で断念した部分。頭の中で手直しして書いたらこうなりました。 おっ?狼が居ない!やれば出来るじゃないか。凄いぞ、銀竜草♪(自画自賛) 2004/12/13 17:52:48 BY銀竜草 |