『―――慣れる慣れない―――』



頼忠が恋人の元に挨拶に伺おうと室に向かった時。

ドタッ!ガタン!

もの凄い物音と同時に。

「わっ!きゃあー!」

恋人の叫び声が聞こえた。


「花梨殿っ!」頼忠が慌てて室に飛び込んだ。「ご無事ですか?」
「あ・・・。」
「か、りん、殿?」
「へへへ。裾、踏んじゃった♪」
「あの・・・そのお姿は一体・・・・・・・・・?」
照れくさそうに笑みを浮かべる花梨を呆然と見つめる。
「あははは。」作り笑い。「紫姫が疲れた顔をしていたから遊び相手になろうと思ったの。そしたら何時の間にか、こうなっちゃった。」
「・・・・・・・・・。」
何時もの気軽な衣ではなく、裾の長い袴に何枚もの袿を重ね着した姿。しかも、長いかもじを付けてうっすらと化粧までしている。その姿は姫君と変わらない。
「一人じゃ歩けないの。」起き上がろうとするが、袴の裾を踏みつけ、再び転びそうになる。「わっ!」
「大丈夫で御座いますか?頼忠にお掴まり下さい。」慌てて腕を出し、抱き抱えるように支える。「お怪我はなさっていませんか?」
心配そうに見つめる。
「大丈夫。―――ふぅ。」大きなため息。「頼忠さんが来てくれて助かったぁ。」
「・・・・・・・・・。」
苦笑。
「何でこんなに裾が長いの?歩きにくいったらありゃしない。」ぶつぶつ文句を言う。「頼忠さんもそう思うでしょう?」
「・・・・・・・・・。」
「それより。」頼忠に女物の衣装についての意見など期待していない。話を変える。「ねぇ、簀子に出るから支えて?」
「簀子に、出られるのですか?」
心が騒ぐ。―――色とりどりの華やかな衣装を身に纏った花梨。化粧までしている花梨。愛らしいその姿を、何処の誰とも解らぬ無粋な男どもの眼に触れる危険性がある外へ?―――駄目です。絶対に駄目です。
「ねぇ?」
「今日は我慢なさい。」
「えぇ〜〜〜?」眉を顰める。「何で?部屋の中にいてもつまらないよぉ!」
「折角のその衣が汚れてしまいますよ?」
真面目くさった顔で答える。
「うっ!」汚れる・・・・・・それは避けたい。これは花梨の為に用意したものだとは言っていたが、とても豪華な物。汚すのは勿体無いし、申し訳ない。「むぅ・・・・・・・・・。」
「この頼忠が花梨殿の話し相手を務めます故、室の中でお過ごし下さい。」
元気を無くしてしまった恋人を慰めるように言うと、途端に笑顔が戻る。
「本当?ねぇ、一日中、相手してくれる?」
「はい。」
「やったぁ!」腕に抱きつく。「それなら我慢する。」
「・・・・・・・・・。」
苦笑い。

だが。

「ねぇ。この袿、脱ぎたいから手伝って?」
「えっ!?」
夢にまで見た、今現在一番欲しい言葉が聞こえた。
「七枚だか八枚だか重ね着していて重いの。」
「・・・・・・・・・。」
脱ぎたい・・・脱ぎたい・・・脱ぎたい・・・・・・?
「ボタンも紐も無いから、ちょっとでも動くとすぐに着崩れしちゃうし。」
「・・・・・・・・・。」
手伝って・・・手伝って・・・手伝って・・・・・・?
「肩こっちゃう。」
「・・・・・・・・・。」
脱がしたい・・・脱がしたい・・・脱がしたい・・・・・・。
「頼忠さん?ねぇ、頼忠さん!」
「あ・・・・・・。」走り出し始めてしまった理性を、何とかして連れ戻す。「何で御座いましょう?」
「どうかしたの?」
不思議そうに見つめてくる。
『くっ!可愛い。脱がしたいっっ!!』
だが、どんなに願おうが、本人が頼もうが、言っている言葉の意味は違う。我慢するしかない。
「紫姫の願いを叶えたのでしょう?一日位、我慢なさい。」
「むっ!これ、重いんだよ?十キロはあるよ?」
「じゅっきろ?―――それでも、です。」
「む〜〜〜!」頬を膨らます。「今日の頼忠さん、イジワル。」
「イジワルなどしておりませんよ。」苦笑。「さあ、お座り下さい。」
手を取り、裾が邪魔にならないように押さえながら促したのだが。

「体当たりっ!」
突然、花梨がぶつかって来た。
「わ!」
バランスを崩して倒れ込むと、花梨が重なるように上に乗っかった。
「女の人がどんなに大変か。」にこにこ。「この衣装の重さ、頼忠さんにも体験させてあげる!」
「・・・・・・・・・。」
重いとかそう言う事ではなくて・・・・・・・・・。
「どう?」
「・・・・・・・・・。」
どう、とおっしゃられましても・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
夢のようなこの状態を、どうして楽しまずにいられようか?
「何で頼忠さん、笑っているの?」
「・・・・・・・・・。」
笑っているのではなくて・・・ニヤけてしま――――――。
「重くないの?苦しくないの?」
「・・・・・・・・・。」
貴女がこの私を押し倒すなんて。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「うんともスンとも言わないんじゃあ、つまんないよ!」怒って起き上がろうとしたが。「ん?頼忠さん?」
「・・・・・・・・・。」
「ちょっと?え?」頼忠の腕が背中と腰に回されていて、動けない。「頼忠さん!腕!どうしたの?」
「・・・・・・・・・。」ぱっと上半身を起こすと、黙ったまま身体を引っくり返した。「花梨殿。」
「わっ!ど、どうしたの?」
何だか・・・・・・雰囲気が違・・・う?
「・・・・・・・・・。」眼を見開いて驚いているその顔を見ていると、つい意地悪したくなる。「この衣を脱がせても宜しいのですか・・・・・・?」
熱の込もった視線で瞳を射抜く。同時に、肌蹴た袿の中に手を差し入れ、肩の辺りを撫でる。
「・・・・・・・・・。」
瞳が更に開かれる。
「貴女のお望みのままに致しますが・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・。」口がパクパク。心臓はバクバク。「け、けっこうですっ!頼忠さんは何もしなくて良いですから!!」
「・・・・・・・・・。」苦笑。分かっていた事でも、ちょっぴり残念だ。「さようで御座いますか。では。」
視線から逃れる為に横を向いてしまった為に、少女の白いうなじが曝け出てしまっている。そこに口付けを一つ落とすと、起き上がった。
「っ!」
いきなりの温かくて柔らかい感触にピクリと反応。だが、身体を押さえつける重みから解放された瞬間、起き上がって走り出そうとする。が。
「わっ!」
またもや裾を踏みつけ、転びそうになった。
「花梨殿。」さっと腕を少女の身体に回す。「お逃げにならずとも大丈夫ですよ。」
「・・・・・・・・・。」今頃、当たり前の事に気付いた。『男だ。頼忠さんって男だったんだ。それも・・・大人の男性・・・・・・・・・。』
「貴女の御心に反する事は致しませんから。」
「・・・・・・・・・。」何時も固っ苦しいほど礼儀正しくて優しかったから、考えた事は無かった。―――頼忠さんがそういう事を望むとは。私を、そういう対象とするとは。『大人の女性として見て貰えていたのは嬉しいけど・・・こ、心の準備が・・・・・・。』
もぞもぞもぞ。どうしたら良いのか解らなくて、落ち着かなくて、頼忠の腕の中から逃げようとする。
だが、花梨の気持ちなど解らない頼忠、そんな態度は気に入らない。
「・・・・・・・・・(むかっ)。」この頼忠をお厭いになられるのか?頼忠の想いを受け取り、そして返して下さったのではなかったのか?逃げる気力を奪おうと、ぎゅっと強く抱き締める。「そんなにお嫌ですか?」
・・・・・・・・・。」ボソボソと声が小さくなる。「い、嫌だという訳では・・・・・・・・・。
『ん?』驚いて顔を覗けば、嫌悪の表情は見られない。『嫌がっては・・・・・・いないのか?』
・・・・・・・・・(うるうる)。
涙目だが、穿いている袴よりも紅い顔色。恥ずかしがっているだけのようだ。
「・・・・・・・・・。」幼さの残る少女。この可憐な花を手折るには、まだまだ早すぎるようだ。「何時か。何時の日にか。貴女の衣を脱がせる役目を、この頼忠に下さいますか?」
・・・・・・・・・・・・・・・うん。
「・・・・・・・・・。」
クラリ。眩暈で倒れそうだ。
でも、もう少し待って?もう少し、私が大人になるまで。
「・・・・・・・・・。」胸にある愛しい少女の頭に頬を乗せると、眼を閉じた。「お待ち致しますよ、何時までも。貴女だけを。」
承諾のその言葉だけで、今は我慢しよう。花梨と言う花が開くまで。
・・・・・・・・・ありがとう。
「・・・・・・・・・。」
・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・。」
あの・・・・・・・・・・・・。
「はい、何で御座いましょう?」
は、放して下さい。」もぞもぞ。「落ち着かないんだけど・・・・・・・・・。
「申し訳ありません。しばらくこのままで・・・・・・・・・・・・。」
放したくは無い、離れられない。
え・・・・・・・・・?
「・・・・・・・・・。」
あの・・・心臓が暴れているんだけど・・・・・・・・・。
「そのようですね。私にも鼓動が伝わっております。」
だったら・・・・・・・・・。
「駄目です。慣れて下さい。」
慣れて下さらないと困ります。何時までも衣の上から抱き締めるだけでは辛すぎます。
・・・・・・・・・でも、あの、その・・・・・・・・・。」もぞもぞ。「これって・・・・・・・・・慣れる、の?
頼忠さんの言葉でも、そんなの、信じられないんだけど。
「・・・・・・・・・いえ。」慣れて・・・欲しくないかもしれない・・・・・・。私を一人の男として、何時までも意識していて欲しい。「慣れないで下さい。」
???・・・・・・・・・言っている事が矛盾していますけど?
「両方とも、本当の事ですが。」
頼忠さん、訳分かんない・・・・・・。
諦めたように身体を預けてくれた少女を、頼忠も力を抜いて優しく抱き締める。
「・・・・・・・・・。」
・・・・・・・・・。



その日。
緊張して身を固くしていた花梨を、頼忠は一日中、放さなかった。
途中、様子を見に来た女房がそんな二人を見て静かに立ち去った事に、花梨は、気が付かなかった。






注意・・・京ED。まだそういう関係になる前の二人。

この時代の衣装を身に纏ったら、まともに歩け無そうだなぁ・・・と思っただけ。
ちなみに、最初に付けた題名は『脱がす』、そのものズバリな内容ですね(苦笑)

2005/09/17 18:14:39 BY銀竜草