『―――神子姫危機一髪?〜頼忠〜―――』 |
京の危機が去った後、龍神の神子の存在が明らかにされた。 しかし、その姿を見た者は少なく、噂が噂を呼んでいた。 曰く。 その姿は幼げではあるが愛らしい。 素直で優しい性格。 龍神に愛されるだけあって、純真で清らかな心の少女だと。 そして何より、八葉と呼ばれる身分も年齢もばらばらな八人の男達全員を魅了したと言う事実が、年頃の公達という公達が少女に対する恋心を募らせる事となる。 そして、ここにもそう言う一人の公達がいた。 家柄は申し分無いのだが、あまりの間抜けっぷりに父親さえ呆れ、顧みる事も無かった為に出世コースからは外れていた。 しかし、自分と言う者を知らず、野心だけは一人前に有り。 「龍神の神子ともあろう方がそこいらの公達ふぜいを相手にする筈が無い。この私こそ、神子に相応しい!いや、私を待っているに違いないっっ!!」 と、幸せな思い込みをして誰よりも熱心に恋文を送っていた。 しかし、毎日毎日、一日に何通もの文を送ろうが返事が来る事も無く、二ヶ月もの月日が過ぎようとしていた。 「幼く純真な姫には、この私の愛情溢れる文は気恥ずかしいのだろう。そろそろ直接お逢いしに行かなくては可哀想だ。」 うんうん、一人頷き、 「それならば、善は急げじゃ。今宵伺う事にしよう!」 ニタニタ笑いながら呟くその無気味さに、女房達は一人二人と自分の局へと逃げるように下がっていった。 『新しい勤め先、探した方が良いかも』と内心考えながら・・・・・・・・・。 「神子様、頼忠殿から文が届いております。」 女房に手渡された文箱を開けると、梅の香りがふわりと漂う。紫苑色の文に添えられた白梅の枝。仕事の都合で今日は伺えない、と言う内容に顔を曇らせるが、白梅の花は頼忠のイメージそのまま。 頼忠の傍にいたくてこの京に残ったのに、神子時代に比べるとあまりにも逢えない日が多い。仕事を疎かにしない生真面目な性格も好きになった理由の一つだから、我が儘は言いたくは無いのだけど、寂しいと思う気持ちは抑えきれない。 梅の花をしばらく見つめていたが、ある思い出が頭に浮かび、花梨は頬がだんだん紅く染まっていくのを止める事が出来ず――――――。 その夜、屋敷を抜け出した花梨は、神泉苑の湖の辺に一人立っていた。 想像していた通り、満天の星が湖に映っていた。そして、湖面を紅白の梅の花びらが泳いでいる。その幻想的な美しい光景に、来た目的も忘れて見つめていた・・・・・・・・・。 「神子殿!!」 との声に我に返り、後ろを振り返ると頼忠が自分を睨みながら近付いて来た。 「このような刻限、御一人では危のう御座います。」 悪戯がバレた子供のように身を竦めた花梨だったが。 「梅の花、ありがとう。あのきれいな花を眺めていたら、初めての庚申の夜の事を思い出したんです。」 怪訝そうな表情をする頼忠。 「ほら、頼忠さんがここに案内してくれたでしょう?梅の花が湖面を泳ぐって教えてくれて。ずっと見てみたいって思っていたの。」 それに梅が願い事を叶えてくれるって言っていたから試したくて、と笑う。 「・・・・・・・・・覚えておいででしたか。」 やっと表情が柔らかくなった頼忠とは反対に、笑みが消える。 「・・・・・・梅の花の代わりに私の願いを叶えてくれるって言ってくれたあの時の言葉は、今でも有効ですか?」 下を向き真面目に、少し心配そうに小さな声で言う花梨の姿は儚げで。 「貴女の願いを叶えるのは、私の喜びです。」 なんなりとお申し付けください、と言うと花梨の正面に立つ。 花梨は緊張して震えるが、自分を見つめる優しい瞳に出会うと勇気を振り絞る。 神社で御参りするように、自分の顔の前でパンッパンッと手を叩くと合わせた手の親指部分を胸に引き寄せ、目を閉じはっきりした声で言う。 「頼忠さんが心変わりしませんように!ずっと傍にいてくれますように!!」 一瞬、呼吸が止まる。 次の瞬間、頼忠は花梨を腕の中に閉じ込めた。 「貴女のお望みのままに。・・・・・・いえ、嫌だと泣き叫んでも、もう貴女の傍を離れる事など出来ませんっ・・・・・・!」 強い力で抱き締められながら、苦しげに、熱っぽく耳元で囁かれては立ってなどいられず―――――――。 両腕で抱き上げた少女は首筋まで真っ赤で、嬉しそうに、でも少し困ったような表情で。 『可愛い・・・・・・・・・。もう少し、困らせてみたい』と悪戯心が湧き。 額に口付けを落とす。 反射的に目を閉じる花梨の唇に触れるだけの口付けを落とし―――更に、深く口付ける―――。 花梨が正気を取り戻したのは、かなりの時間が経った後。 「少しは手加減して下さいっ!」 と、真っ赤な顔で怒るのだが、貴女があまりにも可愛らしいから、と愛しそうに自分を見つめる瞳に気付いてしまえば怒る気も失せてしまう。 それでも、『これでは私の心臓が持たない』と思うから、『私は怒っています!』との演技をしながらズカズカと屋敷に帰るべく歩き出す。 頼忠はその花梨の態度の本音を見抜いて苦笑し、花梨の隣に並んで歩き出した。これでは、花梨との結婚はまだまだ先だな、と思いながら・・・・・・。 「あっ、もうここで大丈夫ですよ。」 抜け出した屋敷の土塀の崩れかけた隙間から滑り込んだ花梨は頼忠に手を振るが、少しでも長く傍にいたいと思う頼忠は、ここで別れるつもりは無い。 「念の為、室の前まで送ります。」 と言うと、無理矢理その隙間から入り込む。 花梨は驚いた顔をするが、結局、同じ気持ちだから何も言わず、頼忠の手を握ると再び並んで歩き出した。 花梨の室に近づくにつれ、頼忠は何とも言えない違和感が大きくなってくるのを感じた。 武士として研ぎ澄まされた神経が『危険』を知らせる。妻戸に近づこうとした花梨の手を強く握り締め、歩みを止めた。 驚いた花梨は頼忠を見上げ、そこに緊張した表情を見つけると、開きかけた口を閉じ、瞳だけで、どうしたの?と尋ねた。 「貴女の室の中に人の気配が致します。確認してきますので、ここを動かないでいて下さい。」 花梨の姿が隠れるほどの大きな木の陰に連れて行くと、耳元で囁いた。そして、己の気配を消しながら妻戸から入り込んだ―――――――――。 そして・・・・・・・・・。 「ぎゃあ――――――っっっ!!!」 京中に聞こえんばかりの大きな叫び声が響き渡る。 別当を筆頭に検非違使達が四条の尼君の屋敷の神子の住む対に駆け込むと――――――。 愛しい少女の帳台で眠る男の姿に我を忘れた頼忠が、凄まじい形相で男の首筋に抜いた太刀を突き付けていた。そして、そんな今にも斬ろうかという態度の頼忠の腕にしがみ付いている少女の姿があり。 男は忍び込む事に成功はしたが、肝心の神子の姿は無く、すぐ戻ってくるだろう、と考えて待っている内に待ちくたびれて、つい眠ってしまったのだった。 人の気配に起きると、恐ろしい形相の男に太刀を突き付けられていて。 恐怖で青ざめ震えは止まらず、滝のような汗が流れ、袴をぐっしょりと濡らしてしまう。 その傍には、そんな三人の姿を見たために腰を抜かして呆然としている幼い姫と、そんな状態の姫を慌てながら介抱する同じ顔の若君。 その周りを、慌てふためいて右往左往している数十人の女房、家司達・・・・・・・・・。 結局、冷静な判断力の持ち主である検非違使別当がその場を鎮めたのだった。 その騒ぎは都中の話題となり―――騒ぎの中心の公達の父親は面目を失って屋敷に籠もり、馬鹿息子に出家を迫って追い掛け回しているとの噂が流れた。 そして――――――。 「貴女の御身は、この私が必ずお守り致します。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 にっこり微笑む頼忠に、花梨は情けない表情を浮かべる。 「貴女の心の準備が御出来になるまで、無体な事は致しません。」 との誓いを立てられても―――単姿の二人が一つの褥で眠れるわけが無く―――寝不足の日々が続く花梨であった・・・・・・・・・。 後日談。 人は何事にも慣れる、という生き物であり。 頼忠の腕の中でも無防備に眠れるようになり・・・・・・。 無意識に抱き付く、という事もあり・・・・・・。 今度は、無邪気な恋人の寝顔を見ながら、欲望と理性の争いの中で眠れぬ夜をすごす事になった頼忠であった―――――――――。 注意・・・パソコン版おまけイベント庚申の夜 ・・・・・・・・・・・・・・・何じゃコリャ?こんなEDで良いのか? でも、これ以外の結末が思いつかなかったのだわ。(←大真面目) だからこれで終わりっっ! 2004/02/24 16:49:40 BY銀竜草 |