『―――ご褒美―――』



久し振りの恋人の来訪。
大喜びで出迎えた花梨だったが―――お説教されてしまった。



「花梨殿。」
頼忠の抑えた静かな声に、花梨はピクっと首を竦めた。
「だって・・・・・・。」
「だって、ではありません。いくら食欲が無いからと言って、食べなければ体力が落ちてしまいます。貴女は、ただでさえ痩せているのです。今日は無理にでも、召し上がっていただきます。」
そのきっぱりした言葉に、半泣き状態の花梨。
「ほら、少しだけど食べたもん。」朝ご飯の膳を手で指し示しながら、頼忠の許しを得ようと必死に言う。「食べたんだから、今日はこれで許して。ね?」
「駄目です。」首を横に振る。「昨夜、眩暈を起こして倒れたそうですね?紫姫にこれ以上、ご心配をお掛けしてはなりません。」
花梨が何日も食事をほとんど食べてくれない事に困った紫姫、今日こそは何が何でも召し上がって貰おうと頼忠に知らせたのだ。当然、驚き大慌てでやって来た頼忠、紫姫の期待に沿う態度で迫っていた。
「一瞬だもん。大した事は無かったんだし――――――。」
「私も。」花梨の言葉を遮る。「心の臓が止まるかと思いました。」
文を読んだ時の事を思い出しただけで、震えが来る。もう、あんな思いはしたくない。
「・・・・・・・・・・・・。」
花梨は俯いて目の前の膳を見つめる。誰にも迷惑は掛けたくない。心配も掛けたくは無い。特に恋人である頼忠には。だけれど、季節の変わり目であるここ数日、気温の差が激しすぎて身体がついていかない。食べなければいけないと解っていても、喉を通らないのだ。
「・・・・・・・・・。」情け無い顔で膳を見つめている少女に、一つの提案をした。「でしたら、その膳を全て召し上がりましたら、ご褒美を差し上げましょう。」
「ご褒美?」
「はい。」
「ご褒美って何?」
「花梨殿の願う事なら、何でも宜しいですよ。欲しい物でも行きたい場所でも、この頼忠が叶えます。」
花梨が願えば頼忠はどんな事であろうと叶えるのだから、『ご褒美』にはならない。だが、普段の花梨は我が儘を言えないから、これは口実になる。
「欲しい物なんて―――。」考え込む。と、ぱっと顔を輝かせた。「今、すっごく欲しいモノがある!よし、頑張って食べる!」

顔を顰めながらも、食べ物を少しずつ口に入れていく。もぐもぐもぐ。ごくん。
「何でも良いんだよね?」
もぐもぐもぐ。ごくん。
「はい。この頼忠が差し上げられる物でしたら、どんな物でも、事でも。」
もぐもぐもぐ。ごくん。
「よしよし。」にこにこにこ。
もぐもぐもぐ。ごくん。


「食べ終わったぁ!―――ご馳走様でした。」にっこり。
「頑張りましたね。」にっこり。「ご褒美は何が宜しいですか?」
「わぁ〜〜〜い♪」トコトコと頼忠の傍に近寄って膝を付くと、腕ごと頼忠を抱き締めた。「頼忠さん、も〜らい♪」
「はい?」ぱちくり。「花梨殿?」
「今日一日、頼忠さんは私もの。帰っちゃダメだからね?」
「・・・・・・頼忠は、元々から貴女の物ですが。」
「普段の頼忠さんは、頼忠さんのものです。お仕事を持っていて、友達もいる・・・。」ぽすっと肩に頭を乗せる。「でも、今日は私だけの為に、私の傍に居てね?」
「貴女が望んで下されば、何時でも、何時までも・・・・・・。」
可愛くて愛しくて。何があろうとどんな状況であろうと、お守りし、そしてお傍に居よう。首を回し、愛しい少女の額に口付ける。
「一日、ゆっくりと過ごそうね?」
「貴女のお望みのままに・・・・・・・・・。」



―――今日一日、頼忠さんは私の物。帰っちゃダメだからね?―――



頼忠が花梨の傍を離れたのは、日付が変わって大分時間が経ってからだった。






食欲の無い花梨ちゃんが「美味しく食べられた」お話。(・・・オヤジ真っ青。寒い!)
結局。
ご褒美を貰ったのは、頼忠の方であったとさ♪

2005/04/21 18:52:00 BY銀竜草