恋敵 |
「うわぁ・・・・・・。」りんは室の中から外を見、そして驚きの声を上げた。「朝はあんなに晴れていたのに、いきなりどしゃ降りの雨が降り始めた。また泰継さんの天気予報が当たった。凄いなぁ。」 まともに見る事の出来ない庭をしばらく眺めた後、室の中に視線を戻した。そして、ため息を吐いた。 「折角一日休みにしたのに、何でみんな此処にいるんだ?」 思い思いに寛いでいる八人の男達を見回しながら訊いた。 「あの、御迷惑でしたか?」 彰紋が読んでいた書物から顔を上げ、心配そうに訊いた。 「いんや。」首を振った。「一人でいたってやる事が無くて退屈だからね。来てくれたのは嬉しいよ。でも、最近忙しかったし、片付けなきゃいけないような用事はないのか?」 嘘をついた。女子高に通っている為か、花梨はあまり男に慣れていない。そのせいか、八人も集まると男の体臭が室に充満し、落ち着かないのだ。だが、その事を言う訳にはいかない。 『まぁ、みんなは私の事を女の子として意識している訳でもないんだし、ね・・・・・・。』 何も気付いていないりんは密かに呟いた。 八葉は不自然な瞬きを繰り返した後、気真面目な顔で言った。 「私はこの屋敷の警護を任されておりますので。」 「俺は町を見回るのが仕事だ。これだけ雨が降ってりゃ、仕事にならない。」 「寺にいたってこき使われるだけだからな。」 「あそこは結構騒がしくて、静かに読む、なんて事は出来ないんです。」 「散策は出来ませんが、情報や意見の交換をするというのも大切な事ですから。」 「院からお言葉を承りましたのでそれをお伝えに参りました。」 「私は神子を守る為に存在している。」 「ふ〜〜〜ん・・・・・・。」 一人一人の顔を順々に見ていたりんの眼が、翡翠の眼と合った。と、翡翠が楽しげに口を開いた。 「私は君のその可愛いお顔を拝みに来たのだよ。」 「はいはい、そういうのは女性に言って下さい。」呆れたように手を上下に振った。と、思い出したように言った。「みんな、恋人に逢いに行かなくて大丈夫なのか?こんなに長い間ほったらかしにしていたら心変わりされてしまうよ。」 「恋人?」 勝真を始めとして何人かの男がはっとしたようにりんを見つめ、そしてすぐに逸らした。 「通っている女なんかいない。」 「へ?何で?」 「何で、て何がだよ?」 イサトが訊き返した。 「そんな優れた容姿なんだから、選り取り見取り、選び放題だろうに。なのに誰一人として恋人がいないなんて信じらんないよ。」 「信じる信じないはお前の勝手だ。だが、俺達が嘘をつく理由など無い。」 勝真が不機嫌そうに言った。 「今は八葉の役目が一番重要なのです。女人の事を考えている余裕はありません。」 再びりんに視線をやり、やっぱりすぐに逸らしながら幸鷹が答えた。 「ふ〜〜〜ん・・・・・・。」 イマイチ納得出来ない顔で頷いた。 「そういう神子殿はどうなんだい?向こうの世界に恋人はいるのかい?」 翡翠が興味津々な顔つきで訊いた。 「ん〜〜〜?ボクは向こうの世界じゃじょしこー・・・・・・・・・。」 はっと気付き、首を振った。 「じょしこー?」 「ううん。あっと、えっとね。ボクの通っていた学校は同性しかいないんだ。だから出会いなんてほとんど無くて恋人なんか夢の夢だったよ。」 「りんさんも・・・男の世界、だったんですね・・・・・・。」 彰紋がぼんやりと呟いた。 「じゃあ、お前はどういうのが好みなんだ?」 「好み?好みか・・・・・・。」 イサトに訊かれ、りんが考え込みながら八葉の顔を順々に眺め回す。 「・・・・・・何で俺達の顔を見るんだ?」 りんの頭の中を探るような眼差しで勝真が言った。 「え?―――あ!女の子だっけ訊かれたのは。そう、女の子の好みは・・・・・・。」 女の好み以外に何を答えるつもりだったんだ?まさか、まさかお前は男が好きなのか? 慌てた様子で考え込むりんを見ながら、男はそれぞれ考え込む。 「うん、ボクは可愛い子が好きだよ。顔もそうだけど、やっている事が。ほら、紫姫のような一生懸命な女の子って可愛いよね?――――――。」 しかし男達の耳にりんの声は入るが、右耳から左耳へと通り抜ける。代わりに頭の中に妄想が広がっていく。 『だとすると・・・・・・・・・。』 もしかして、私も、俺も、僕も、オレも、その対象になるのか? チラリチラリと周りの男の顔を窺い合う。 「無理をさせたくないっていう深苑くんの気持ちも分かるんだよなぁ。」 『結構悪戯とか遊ぶのが好きなようだし、そういう事の出来る相手が楽しくて良いだろう。』 『少々幼いところもある方ですから、相手は大人が似合います。』 牽制し合うように見回したが、その時、御簾付近に座っている頼忠と眼が合った。 ―――神子殿に近付く者は、例え八葉であろうと容赦はせぬ・・・・・・っ!!――― 恋敵は全て排除するとの殺意の籠った瞳に思わず。 「違う、私はお前とは違います!」 幸鷹が大きな声で叫んだ。私は女人が好きなのです。男が好きなお前とは違う。 しかし次の瞬間、口に出してしまった事に気付いた。慌てて顔を上げて周りを見回すと、やはりというか残念ながらというか、みんなの注目を集めてしまっていた。 「あ、あの・・・・・・幸鷹さん、どうしたんですか?」 「な、何でもありません。少し考え事をしていただけですから、気にしないで下さい。」 にやにやと含み笑いをする翡翠と眼が合うと心を見透かすようなその瞳に動揺し、ぷいっとそっぽを向くと幸鷹にしては珍しくぶっきらぼうに言った。 「え?あ、邪魔してしまってご免なさい!」 そんな態度に驚き、慌てて大きな声で謝った。 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 頼忠の眼を見てしまった八葉、居心地悪そうに身動ぎをし、先程までしていた行動に戻った。 『どうかしたの?』 さすがに急に変わった雰囲気に気付き、頼忠に眼で尋ねる。 『何でもありません。神子殿はお気になさらずに。』 眼を軽く伏せると、首を横に振った。 『ふ〜〜〜ん、そう・・・・・・。』 納得のいく答えでは無いが頼忠は説明する気も無さそうで、首を捻りつつ手直にあった絵巻物を広げた。 『やっぱり・・・。』 『りんも・・・・・・そうなのか・・・・・・・・・。』 『あぁ〜〜〜あ、ただの噂だと信じていたのに・・・・・・。』 眼の端で盗み見していた男達、その二人の会話をどう読んだのか、がっくりと肩を落とした。 『だからお前達は何を勘違いしているのだ?』 疑いが確信へと変わっていくのと同時に否定から諦めへと表情が変わっていく男達に、説明出来ないもどかしさと安堵感で複雑な心境の頼忠であった。 |
注意・・・『夜を越えて』本編第13章前後頃。 ちょっとおふざけで書いた作品。 本編に入れるかどうかで迷ったのですが、心理描写が本編の方と上手く流れてくれなかったのと、有っても無くてもどーでも良い、という内容だったのでボツと致しました。 本編に入れようとすれば未完ですが、入れようとしなければこれはこれで完成品。 この設定では他で使い回す事も出来ないので、参考としてここにUP。 2008/01/20 00:09:15 BY銀竜草 |
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