最愛の人



「花梨、動かないで。」
「え?」
隣を歩いていた頼忠にいきなり言われて、花梨はだるまさんが転んだの遊びのように中途半端な体勢で止まった。
「御髪に花びらが。」
すっと手を伸ばし、髪からその花びらを取った。

―――はい、どうぞ―――

「あ、ありがとう。」頼忠の手から離れて舞う花びらの行方を見ていたが。「頼忠さん?」
頼忠が何時までも髪を梳くように触れている事に気付き、見上げた。

―――気に入っていたのだろう?―――

「どうかしたんですか?」
「え?―――あぁ、すみません。」
突然思いだした記憶。慌てて手を離した。
「別に謝らなくて良いんですけど。でも、何を考えていたんですか?」
「いえ、別に何も―――。」
首を振って否定しかけたが、花梨にじっと見つめられて言葉が止まった。しばらくの間見つめ返していたが、大きなため息を吐いた。
「翡翠に初めて出会ったあの日、翡翠に櫛を贈られましたが、あれは今も大事に使っているのですか?」
「翡翠さん?櫛?」一瞬きょとんと首を傾げたが、すぐに頷いた。「あぁ、男の子のフリをしていた時に貰った櫛ね。」
ヤキモチを焼いていそうな瞳に思わず笑みが浮かんだ。
「私と同じぐらいの歳の女房さんにあげちゃったよ。男の子が女物を大事に持っていたらヘンでしょ?あんな素敵な櫛、使わないと勿体無いから。」
「そうだったのですか。」
「うん。」眉間の皺が消え、内心安堵する。「恋人以外の男性からの贈り物は貰えないもんね。」
安心させたくて付け足して言ったのだが、途端、頼忠の口元が真一文字に引き伸ばされた。
「では、私からなら受け取って下さるのですね?」
がしっと花梨の手首を掴むと、強引に歩き出した。
「え?いや、何か欲しい訳じゃなくて―――って、頼忠さん!?」
「いらっしゃいませ。」
「いらっしゃいませ。」
「いらっしゃいませ。」
近くあった宝石店に連れ込まれ、慌てた。アクセサリーは嫌いでは無い。むしろ好きだ。だが、強請ったつもりはない。頼忠の袖を引っ張り帰ろうと促すが、頼忠は寂しそうに花梨を見つめた。
「頼忠からでも受け取るのを拒否なさるのですか?」
「あ、あの・・・・・・、ううん。ありがと。」
私を恋人と想って下さらないのですか?瞳がそう言っている頼忠に、これ以上何も言えなくなった。黙ってショーケースの中を見て回る。
『うわぁ・・・、高っ!』
安い手頃な物を選ぼうと思ったのだが、そんな商品は一つもない。顔を上げて店内を見回し、青冷めた。入口付近には制服を着たガードマンがいた。装飾品も色調も重厚な雰囲気が漂っている。店員は全員、洗練された美しい女性だ。どう見てもここは高級店。場違いな場所に紛れ込んだのは明らかで、落ち着かない。
『どうしよう?』
頼忠にとって、花梨が恋人、頼忠からの贈り物を受け取る、というのが重要なのだろう。しかし気軽に強請れるような値段では無い。
「何かお気に召した物はありますか?」
一人の若い店員が近寄り、にこやかに、だが全く笑っていない瞳を花梨に向けた。
「い、いえ、まだ・・・・・・。」
ボソボソと呟くように答えた。
「妹さんへの誕生プレゼントですか?」
もう一人の店員が頼忠の側に行き、首を傾げて上目遣いで話し掛けた。
『私じゃ頼忠さんに似合わないって分かってるもん。でも、私が頼忠さんの恋人だもん。』
広くはない店だ、頼忠の気を引こうとしている声が聞こえる。悔しくて悲しいが、そんな気持ちを抑え、選んでいるフリをする。
「いえ、恋人に贈りたいのです。」
頼忠は花梨の背中から眼を離さずに返事をした。
「恋人?この女の子がですか?」
「えぇ。―――花梨、いかがですか?」
店員の視線の冷たさに気付かないまま、花梨の傍に歩み寄った。
「んっと、ちょっと待って。」
兎に角ここを出たい!―――この店には気に入った物は無いと他の店に行くのはどうだろう?友達と行く店なら可愛くて安い物が沢山ある。花梨に相応しい物が。それにアクセサリー以外の物だって、これが欲しいと言えばそれで納得してくれるのではないだろうか?―――そんな事を考えながら隣のショーケースへと移動したのだが、そこにあったシリーズの商品説明の前で足が止まった。
「・・・・・・・・・。」
「花梨?」
「・・・・・・・・・。これ、これが欲しい。」
一つの指輪を指差した。
「どれ、これでしょうか?」
「うん。」
店員に合図して取り出して貰うと、掌に載せたり指に嵌めたりして色んな角度から眺める。そんな花梨を見ながら頼忠は首を捻っていた。
『何故これなのだ・・・?』
色とりどりの7個の石が並んでいる指輪。確かにそれは美しい指輪だが、石の並び方に規則性は無く、花梨の普段の好みとは全く違う。指輪以外だって四つ葉のクローバーやハート、星といった可愛らしいものなど幾らでもあるというのに、どうしてこれなのだろう?正直、他の物の方が似合うと思うのだが。
しかし、花梨がお気に召した物が一番だ。
「良い?」
「えぇ、勿論です。」
ちょっぴり緊張して訊く花梨に、頷いた。花梨から受け取る為に下を向いたその時、その商品説明が眼に入った。

Diamond・・・・・・ダイアモンド
Emerald・・・・・・エメラルド
Amethyst・・・・・アメシスト
Ruby・・・・・・・・・ルビー
Emerald・・・・・・エメラルド
Sapphire・・・・・サファイア
Tourmaline・・・・トルマリン
―――DEAREST〜最愛の人〜―――

「ん?」
驚いてぱっと花梨の顔を見ると、花梨はわざとらしく問い掛けるように首を傾げた。
「・・・・・・・・・。」
眩暈を感じ、眼を閉じた。全身に悦びの感覚が走る。ゆっくりと眼を開けた。
「えへへへ。」
「・・・・・・・・・。」
手を伸ばして花梨の腕に触れた。はにかみながらも悪戯っぽく微笑んでいる。夢を見ているのでは無い。この花梨は本物、頼忠が慕う花梨だ。もう片方の手に持っていた指輪をショーケースに置くと足を一歩前に出し、そのまま引き寄せ抱き締めた。
「ちょ、ちょっと頼忠さん!?」
動揺し、声が引っくり返った。
「ありがとう御座います・・・・・・。」
「お客様、他のお客様の御迷惑になるような行為はご遠慮下さい。」
店員が怒ったような声音で注意をするが、頼忠は全く気付かない。
「いや、だからね、落ち着いて。ねぇ、ちょっと放して!」
沢山の突き刺さるような鋭い視線を浴びて、花梨は頼忠の腕を解こうと必死になる。だが、頼忠は離れるどころか腕には更に力が増した。
「ありがとう御座います・・・・・・・・・。」
「お客様?―――お客様!」
『うぅぅぅ、こんな所で困るよ・・・・・・。』針の筵(むしろ)に座らせられた気分。だがやっぱり。『うん、嬉しいかも・・・・・・。』
暖かな恋人の腕の中で幸せを噛み締めていた。






注意・・・おまけ『記念日』の後、本編終章の前辺りか。

この「DEAREST〜最愛の人〜」との言葉遊びのアクセサリーがあるのを、昔読んだ本で知りました。それからずっとこのネタで作品を書いてみたいと思い続け、やっと夢が叶いました。きっかけを提供して下さったひよ様、ありがとう御座います♪

この設定の二人なので、こちらにUP。

2008/05/01 01:55:05 BY銀竜草




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