記念日 |
「お誕生日、おめでとー!」 「―――は?」 玄関の扉を開けた頼忠は、いきなり恋人から祝いの言葉と共に花束を渡されて眼を丸くした。 「今日は頼忠さんのお誕生日だよ。お祝いしようね。」 野菜などの入った袋をキッチン入口付近に置くと、戸棚から花瓶を取り出して先ほど頼忠に手渡した花束を手早く、だが綺麗に活けた。 「ありがとう御座います。」 「食べ物の好き嫌いは無いって言っていたよね。」 「はい、ありません。」 今度はキッチンで調理器具を取り出す花梨を見つめる。 「こっちに戻って来てから勉強を始めたんだ。だからまだ下手だけど、それは我慢してね。」 「貴女が作って下さるものですから大丈夫ですよ。」 「あ〜、大人しく座っていて。今日の主役は頼忠さんなんだから。」 纏わりつき手伝おうとする頼忠に椅子を指差した。 「しかし貴女に私の世話をさせるのは―――。」 「違う、世話じゃなくてお祝い。恋人の為に頑張る女の子を見守るというのも男の役目なんだよ。頼忠さんには辛いだろうけど、はい、座って座って。」 「はい・・・。」 言い包まれた気もしなくは無いが、恋人の為、頼忠の為に頑張りたいと思ってくれるその気持ちが嬉しい。 「あちっ!」 「うわぁぁぁ、ジャガイモが煮崩れたぁ!」 「焦げちゃった。でも皮の方だから大丈夫だよね。」 心配で落ち着かないが。 「御馳走様でした。とても美味しかったです。」 「あははは。」 苦笑。お世辞にも美味しかったとは言えない料理。だが、花梨が作った、というだけで頼忠は嬉しそうだ。それだけでも頑張ったかいがあった。もっと勉強しようと密かに誓ったが。 「じゃあ、食器洗うからテレビでも観ながら寛いでいて。」 「いえ、お手伝い致します。」 「だから今日は―――。」 「頼忠の誕生祝いなのでしょう?」 「うん。」 「私は貴女と一緒に何かをするのが楽しいのです。後片付けでも同じです。ですから、お願い致します。」 「う・・・・・・。」優しい微笑みで言われては断れない。「じゃあ、うん。一緒にやろう。」 確かに二人でやるのは後片付けだって楽しい。そして早く終わる。 食後のコーヒー、ココアをそれぞれ飲みながらのんびり。 と突然、花梨は深刻な顔で立ち上がった。 「私の馬鹿ぁ!誕生日プレゼントを用意してなかった!!」 料理の勉強に全神経を遣ってしまっていた。 「ぷれぜんと?―――あぁ、贈り物でしたか。」 「何てこった。お祝いったらプレゼントなのに、どうしようどうしよう?」 しかも、その料理本や材料でお小遣いは消えている。座っていたソファの前でウロウロウロ。 「お花を下さいましたよ。手料理も。」 「花は家の庭に咲いていたお花だもん。それに、プレゼントって言ったら基本は形で残る物でしょうが。」 「・・・・・・・・・。」 手料理だって初めてなのだから嬉しい思い出として記憶に残るのに、それでは不満なのだろうか? 「ねぇ、欲しい物は何?遅れるけど用意するから。」 「欲しい物などありません。私は貴女のお傍にいられるだけで幸せなのですから。」 「それじゃ駄目なの!初めて恋人のお誕生をお祝いするんだもん。私にとっても頼忠さんにとっても一生の思い出になるような贈り物をしたいの!」 涙目で訴えている。何をそんなに必死になっているのか、頼忠には全く分らない。しかし欲しい物など無いのだ。適当な事を言って誤魔化す事も出来るが、花梨に対しては正直でありたい。 「申し訳ありませんが、私には欲しい物など本当に無いのです。」 「でもそれじゃあ!」 「欲しいのは物ではないのです。」ゆっくりと立ち上がると、恋人を抱き締めた。「物では。」 「っ!」 途端、身体が強張り、顔が青冷める。 「・・・・・・・・・。」 そんな恋人に残念に思いながら腕を離した。一歩下がろうとしたが。 「花梨?」 何時の間にか、頼忠のシャツをギュッと掴んでいた。 「怖い・・・・・・。」 「御心配なさらずとも、貴女の御心に反する真似は致しませんよ。」 頬に掠めるだけに接吻をする。 「そうじゃなくて・・・・・・・・・。」 「では、何が怖いのですか?」 怯えさせないように優しく尋ねたのだが。 「頼忠さん・・・、向こうでは何人もの女性とした事があるんでしょう?」 「ぐっ!」 言葉が詰まった。頼忠だって26歳の健康な男だ。恋愛感情抜きで恋人関係になった女だっているし、武士としての役目の後の異常な興奮状態を冷ます為にその筋の女を相手にした事だってある。それを説明しなければならないのか? と、悩み始めたが。 「頼忠さん、格好良いからすっごくモテるよね。綺麗な女の人達を相手していたんでしょう?」 「・・・・・・・・・?」 「でも私・・・・・・、痩せっぽちで胸なんかぺっちゃんこ。顔だって美人でも可愛くないのに、身体もつまんないと思われたら・・・・・・。」 大人の女性を相手していて、こんな子供は見慣れていないだろう。物足りないと、不満に思って当然。だが、当然でも嫌だ。 ぽろぽろと涙が溢れ落ちた。 「・・・・・・・・・。」 「それに経験って言ったら、頼忠さんに無理やりされたキス一回と優しく触れるだけのキスが数回だけでどうしたら良いのか分かんないし・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「せめてこっちでの生活で役に立とうと思っていたのに、頼忠さん、何でも出来て手伝える事なんてなかったし。」 こちらの世界に戻って来る前から、頼忠が大人の男というのは分っていた。遅かれ早かれ、そういう関係を望むのは。だが、その期待に応える事は出来ない。だからそれ以外の事で心をがっちり掴んでおきたかったのに。 「・・・・・・・・・。」 確かに龍神は最低限以上の知識を授け、生活環境を整えてくれた。しかし慣れぬ生活は精神的な負担が大きい。それを支えたのは花梨だったのだが、本人は全く気付いていない。 つまり、こういう事なのか?身体や行為ではがっかりさせてしまう(と思い込んでいる)から、他の事(料理などの世話)で喜ばせようと必死だった、と。 じんわりと心が温まっていくと同時に、身体も熱くなっていく。 「向こうでは乱暴な言葉遣いしていたし、おしとやかな態度もしていなかった。だけど、男のフリをしていたんだもん。だから私だって女の子らしいところがあると料理を勉強しているけど、不器用で手際が悪いから何時まで経っても全然上達しないし―――って、頼忠さん?」いきなり抱きかかえられ、とっさにしがみ付いた。「どうしたの?どこに行くの?」 「ソファではお辛いでしょうから。」 リビングルームを出、寝室のドアを開けた。 もう耐える事など出来ない。こんな可愛い花梨、抱き締めずにはいられない。不安だと仰るなら、幾らでも証明致しましょう。私がお慕いしている女人は貴女なのだと。貴女以外、欲しいものなど何一つ無いのだと。 「え?ちょ、ちょっと!え〜?」 ベッドに下ろされ、大慌てだ。だが、頼忠はそのすぐ隣に座ると花梨の腰に腕を回して背中から抱き締め、もう片方の手で頬に触れた。 「お忘れですか?私は貴女の胸に顔を埋めた事があります。それに、添い寝もさせて頂きましたので、体形は存じております。」 「だったら・・・何で・・・・・・?」 「はい。だからこそ、貴女が欲しくて欲しくてたまらなかったのですよ。毎夜夢を見ていましたから。」 「うっ!」 何でそんな事をはっきりと言うんですか!? 恥ずかしさのあまり絶句していると。 「そうそう。」からかいを含んだ口調で続けた。「貴女の肌が美しいのも存じておりますよ。絹のように、滑らかで素晴らしい感触だという事も。ですから、そのような御心配はいらないのです。」 「へ?な、何でそんな事を知って―――って、あ〜〜〜!あの時、やっぱり見たんじゃない!」 ウソツキ、と叫びながら振り解こうともがいたが、頼忠の腕は力を増して逃げられない。 「頼忠に抱き締められるのは、いかがですか?」 さりげなく質問をすると、花梨は昔の事よりも今現在の頼忠に意識を向けた。 「ど、どうって・・・・・・。」 「お厭いでしょうか?」 「えっと・・・・・・・・・。」包み込まれているから、背中から腕から頼忠の体温が伝わってくる。何時もよりも熱い気もするが、花梨が怯えているからだろうか?でも。「嫌じゃ・・・ない。」 「では、これはいかがですか?」 「っ!」 頬に触れていた手が下に滑り落ちて行き、柔らかい膨らみの上で止まったのだ。心臓が跳ねた。 「どうですか?気持ちが悪いとか、怖いとか、どんな感じでしょうか?」 耳元で優しく尋ねながらゆっくりと撫でる。 「あ、あの・・・・・・・・・。」 ドクンドクンと心臓が暴れている。苦しいし、怖い。だが、この感覚も嫌じゃない。むしろ・・・・・・。 「花梨・・・・・・?」 首筋に顔を埋め、舌を這わす。シャツの下から手を差し入れ、直接肌を撫でた。 「っ!・・・・・・・・・・・・。」 胸の膨らみを覆っていた布が上にずらされ、代わりに頼忠の手が包み込むと、全身が震えだした。強く弱く揉みし抱かれると、全身の力が抜けていく。頼忠に寄り掛かった。 チュッ。 痕がつくほど強く吸い上げられたが、痛みとは違う感覚が全身を走った。自分の感情なのに、もう何が何だか分からない。 「花梨、お慕いしております・・・・・・・・・。」 「・・・・・・ん・・・・・・・・・。」 低い声で甘く囁かれると、何も考えずに眼を閉じた。そして頼忠の望み通りの反応をしている事に気付かないまま―――。 頼忠の誕生日、その日は頼忠の願いが叶った日。そして、花梨の不安が消え去った記念日となった――――――。 |
注意・・・現代ED。初めての頼忠の誕生日。 本編と終章の間。 課題創作では年齢制限の必要な物は書かない筈ですが、この程度ならば大丈夫だろうと。 2007/07/08 02:17:55 BY銀竜草 |
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