『―――無題・前半―――』



ざわざわざわ。
「几帳はこれで良いかしら?」
「あれは向こうの方が宜しくなくて?」
パタパタと女房が走り回るのを、花梨は落ち着き無く扇を弄びながら眼で追っていた。
「それは取り替えるのよ。」
「ほら、あれを持って来て!」
御帳台から手回りの品々まで、善美を尽くした物で飾り立てる。
「・・・・・・・・・大変な騒ぎになっちゃった。」
ぽつりと呟くと、隣に座っていた紫姫がにっこりと微笑んだ。
「お姉さま、当然ですわ。おめでたい事ですもの。」
「それはそうだけどっ!」
真っ赤になって俯く。
「花梨様。」古参の女房が近付いて花梨の手を取った。「私達も嬉しいのですから、気になさる事はありません。」
「そうですわ。」若い女房が笑顔で言う。「頼忠殿ったら、花梨様を大事になさるあまり、行動には移して下さらないんですもの。見ているこちらがじれったくって仕方がありませんでしたわ。」
「まさか花梨様が動くとは思いもしませんでしたけど。」
「・・・・・・・・・。」
笑顔で会話する女房達に、花梨は曖昧な笑みを返して扇で顔を隠した。


そう、この騒ぎの発端は花梨が作ったのだ。頼忠に文を贈ると言う行動で。
「恋文は恋文だったけど・・・求婚のつもりじゃなかったんだけど。」
書き上げた文を届けてくれるように女房に頼んだのだが、内容が内容だっただけに騒ぎとなってしまったのだ。
「相手が頼忠じゃあ、十年待ったって求婚出来そうもなかったし、しょうがないよな。」
イサトくんが呆れていた。
「女人の花梨さんにこのような行動を取らせるとは・・・・・・。」
怒りながらも眼が笑っていた幸鷹さん。
「頼忠さんったら、ありがとう御座いますの一言しかくれないんだもん。」
周りが盛り上がってしまって、頼忠の意思などそっちのけでそれこそあっと言う間に婚儀が決まってしまったのだ。
「良いのかなぁ?」文句も希望も言わないから不安だ。「でも勝真さんは嬉しそうだったって言っていたし・・・・・・うん、良い事にしよう。喜んでいるって。」
『ホントかよ?』心の中で独り突っ込んだ。



夜。
「失礼致します。」丁寧な挨拶と共に、入って来た頼忠。「花梨殿。ご機嫌はいかがでしょうか。」
「こ、こんばんは。私は元気です・・・・・・。」その涼しげな雰囲気の男を見て、はたと気付いた。『うわっ!い、今頃気付いたけど、婚儀って事はそういう事だよね?これからこの後!』
もそもそと手が落ち着かなく、着ている衣の端を握ったり引っ張ったりしてしまう。
婚儀、頼忠を陥れて結婚を承諾させてしまった気がして申し訳なく思っていたのだが、思えば、その結婚相手は自分だ。つまり、『妻』になるのだ。花梨が。頼忠の。
『どどどどどどどうしよう?どうしたら良いの???』
嬉しいけど恥ずかしい。そして怖い。何をどう言ったら解らない。パニック状態となって逃げ出した気分に襲われた。
「花梨殿?」
「(びくっ)・・・・・・・・・。」
心配そうに花梨の名前を優しく呼んでくれるけど、返事が出来ない。
「・・・・・・・・・。」迷っているようだったが、すっと近付くと花梨の横に座った。「頼忠の事が怖いですか?」
「頼忠さんの事が怖いんじゃなくて・・・・・・・・・。」しどろもどろ。「あの・・・その・・・・・・。」
言葉に出来ない。まさか、夫婦の営みが怖いだなんて・・・・・・恥ずかしくて言えない。
「・・・・・・・・・・・・。」花梨の肩に腕を回すと、胸に抱き寄せた。「抱き締める事はお許し下さいますか?」
「(びくっ)・・・・・・・・・。」
「頼忠の夢だったのです。このように。」花梨の頭に頬を乗せる。「腕の中に貴女を閉じ込める事が。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「今宵はこのまま・・・・・・・・・。」
「え?」
驚いて見上げると、頼忠は優しく見つめ返した。
「このような日が訪れようとは思ってもいませんでした。」そう言うと、花梨の頭を再び胸に抱き寄せた。「幸せを噛み締めさせて下さい・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」戸惑いつつも、身体を預ける。『何もしないって事?・・・・・・良いのかな?』
「・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
ただ抱き合い、お互いの存在を確かめ合う。だが。
「やはり寛げませんか?」
頼忠はもじもじと落ち着きの無い少女に苦笑して話し掛けた。
「(びくっ)・・・・・・・・・。」
「では、何かお話致しましょうか?気が紛れましょうから。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「この京にある伝説です。京が危機に陥った時、龍神の神子が天から遣わされました。そして、八葉と呼ばれる八人の男達と共に京を守られたと伝わっております。」
「天から?」
「はい。他の世界から呼ばれたと言われておりますが、あまりの清らかさに天女だったと信じられております。」
「八葉さん達は京の人だったの?」
「多くは京の人間だったようですが、過去には地方に住む者や神子と共に天から遣わされた者も居たようです。」
「結局、その神子さんは天に還ったの?」
「そのように伝わっておりますが、よく解っておりません。」
「ふ〜〜〜ん・・・・・・。」
「都合の良いように書き換えられる事はよくある事ですから。」
「故郷に還れたのならそれが一番良いんだろうけど。」考え込みながら続ける。「守り抜くほどこの京が大切だったのなら、還るのは辛い事だったかも。」
「え?」驚き訊き返す。「還りたくは無かったと?」
「うん。だってほら、他の世界から連れて来るって事は、京の人達ではどうしようもないほど危機的状況だったんでしょう?そんな世界を救うのって簡単な事じゃ無い。大切に想う人がいるとかじゃないと、出来ないと思うけど。」
「・・・・・・・・・。」
「私、何かヘンな事を言いました?」
バカな事を言って呆れられたのかと心配して、黙り込んでしまった頼忠に尋ねるが。
「いえ・・・・・・。そのような事は考えた事がありませんでしたので、驚いただけです。」ぎゅっと強く抱き締められた。「還りたくはなかった、という可能性もあるのですね。」
「・・・・・・・・・。」頼忠さんも、天女と信じていたのかな?清らかで優しい人、とのイメージを持っていたのかな?でも・・・・・・そんな事、信じられないもん。「還ったか還らなかったかは兎も角。その神子さん、幸せになっていると良いね。」
「そうですね。そう願っております。」

一晩中、そんな会話をして過ごしたのだった。



翌朝。
当然、花梨は寝坊した。
その事について、噂好きな女房達が意味深な会話をしていたのを、花梨は知らない――――――。






さて。これはどの作品の続編でしょう?

書きたかったのは。
初夜を怖がる花梨ちゃん。
それに気付いて我慢する頼忠。

EDは頭の中に浮かんでいるけど、後半部分を書けるかどうかは不明。
つーか、艶描写が書けないのに初夜話を書こうとするなよ。(独り突っ込み)

2005/11/08 22:14:52 BY銀竜草