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7月5日(水)

7時半起床。
着替えて朝食レストランへ。
朝食はブッフェ式で、卵や生ハム、チーズなど。
朝っぱらからTちゃんの機嫌が悪くて、ビクビク。
Tちゃん、すぐ機嫌悪くなるからこわいんだもん;

そそくさと朝食を済ませ、チェックアウト。
地下駐車場に行くと、係員がにっこりしてトランクに荷物を積んでくれた。
パーキングチケットを見せて、というので、持ってないというと、なにやらフロントに電話して、「OK。いらないそうですよ」。
ラッキー!実は、駐車場代が15ユーロかかることは知っていたんだけど、昨日フロントで何も言われなかったから黙っといたんだよね。ウヒヒ。俺って悪いやつかなぁ~~~vv

早速車を出して、高速にのる…つもりが、またしても渋滞と一方通行と大きな道に悩まされ、一時間くらいローマ郊外をウロウロする。…クソッ。
ようやく高速にのり、ポンペイへ急ぐ。
南イタリアの人は運転が荒い、とは事前の情報収集でわかっていたけど、ほんとに南に行くほど運転マナーが悪くなってくる。
車も多くなってきて、そのくせ道幅は狭くなってくるので、運転にはかなり神経を使う。
ちなみに、ローマの手前からは運転はずっとgucciが担当。
運転は得意なほうだし、信州の山道と名古屋の交通量で鍛えられたので、悪路でも都会でも、基本的には大丈夫v しかも12年間無事故無違反。へっへっへ、えらいでしょー。

ポンペイへ向かい高速を飛ばしていると、やたらとバイクが目に付くようになる。
このバイクたち、すんごくマナーが悪くて、車間距離考えないで車線変更してきたりするので、あぶなっかしくてしょうがない。
んもー!あんたたち事故っても知らないからね!と悪態をついていると、しばらくして事故渋滞に遭遇した。
ノロノロ運転で走る私たちの右側に、転倒したバイクと、それが衝突したであろう車、警察の車両が見え、そして道路の真ん中に、白い袋に包まれた遺体が……

…嫌なものを見てしまった。
しばらく、車内が無言になる。
私たち3人とも、病院で働いているので、遺体を見るのはそんなに珍しいことではない。ないけど…それはほとんどが、病院のベッドの上で、眠るように目を閉じているご遺体。
それまでも注意して走っていたけど、いっそう注意してスピードを出さないよう心がける。

インターを降りて、ポンペイを目指す。
すると再び、車線規制が行なわれていて、またしてもビニールに包まれた遺体が道路に横たわっている…。
今度は若い女の子のようで、ビニールからピンクのスニーカーに包まれた足が出ている。
現場検証をしているのか、先ほどと同じく遺体のまわりには誰もおらず、放置状態。

…なんなんだ、この国は!!!

もう、ものすごく心が重くなると同時に、怒りが湧いてくる。
現場検証よりなにより、まずは被害者を助けられる可能性を考えないのか!?死んでるって誰が決めたの!?
私がこの女の子の家族なら、どうしてすぐ病院に搬送してくれなかったの、もしかしてなにか手があったかもしれないじゃないの!って半狂乱になるよ。
日本では明らかな死体(死後硬直が始まってるとか)以外、とりあえず病院に搬送されてくるし、医者のほうも、残された家族のために、例え死んでたとしても心臓マッサージくらいする。
少なくとも、遺体を道路上に放置しておくなんてことは絶対にない。
事故現場には野次馬の人だかりができていて、中には面白がって写真を撮ったやつも絶対いたと思う。そしてその写真が海外のアングラサイトに掲載されて…

ああ、いやだいやだ!
日本に住んでてよかった!そして絶対に海外では事故らないようにしよう、と改めて誓う。
短時間に2回も死に遭遇してしまい、3人ともかなりグロッキー…


気を取り直して、ポンペイの駐車場へ到着。(ポンペイは現在も人が住んでる町の名前なので、正確には遺跡部分はポンペイ遺跡と言うべきかもしれないけど、ここではポンペイとします)
ポンペイに駐車場は2つあって、ひとつは私達がいまいる、メインのエントランス前。
劇場(これも遺跡の一部分)の近くにある。劇場はポンペイの外れに位置しているので、そこからポンペイの中心部まではかなり距離がある。
もうひとつは秘儀荘の近く。秘儀荘も外れにあるので、たとえ秘儀荘側から入ったとしても、遺跡の中心部まではかなりの距離。
どっちから入っても同じだけど、秘儀荘だけは見逃したくないので、できれば秘儀荘前から入りたかったなー。でも今から反対側の駐車場を探してさまようより、中に入って遺跡を見ながら秘儀荘まで歩いたほうが有意義だよね。ということで、れっつごー!…とそのとき、
「えー歩くのいや~。日焼けするしー。秘儀荘のほうから入ろうよー」
…またしてもTちゃんが(T_T)

仕方ないので秘儀荘前の駐車場目指して、ポンペイの壁に沿って車を走らせる。
「ポンペイに沿って走ったら反対側に出るでしょ」とはTちゃんの談。理屈的にはそうなんだけれども~~~;こういうごみごみしたとこで、必ず道が一本しかないと思うなよ!
案の定、ここをまっすぐ行きたいのに!という場所で一方通行が出現したり、道が行き止まりだったりで、結局一回りしてもとの駐車場に戻ってきてしまった。
この一時間はなんだったんだ、一体…。
遺跡に入る前にぐったり。

路上のパーキングエリアに車を停めて、まずは腹ごしらえすることに。腹が減っては戦はできん!
遺跡の中には当然水を飲む場所も、休憩する場所も、もちろん売店もなにもないので、ここで水も確保しておかないと大変なことになる、らしい。(←ネットでの情報による)
そのへんのカフェに入り、南イタリア名物のピッツァマルゲリータとコーラで昼ごはん。
昨日のより味は落ちるけど、なかなかおいしいv
奥を見ると、ちゃんと焼き釜で焼いている。イタリアはこれが普通なのかな。うらやましい。

遺跡のチケット売り場でチケットを買い、入り口の屋台でガイドブックを買って、いよいよ中に入る。
カンカンに照りつける南イタリアの太陽は強烈で、肌がじりじり焦げるようだ。
ただ、湿度が低いので、じっとり汗ばむという不快感が無く、歩きやすい。日陰に入ると急にすっと涼しくなるかんじ。

私とTちゃんは日傘を差して日差しをやわらげ、Aちゃんは帽子で熱中症対策。
欧米人は肌を限界まで露出して、小麦色の肌になるのを楽しんでいる。
途中で会ったアジア人の女性は、私たちと同じく日傘で完全防御。
この、人種間の差!面白い。
レディでもないのに日傘のアジア人、欧米人にはどういうふうにうつってるんだろう。
いつもは郷に入っては郷に従え、がモットーのgucciデスガ、今日だけは勘弁してくれー(笑)

ポンペイはほとんどが石畳(しかも、ひとつの石が大きすぎる)におおわれていて、ゴツゴツとしてとても歩きにくい。
でも、いろんなテレビ(主に世界不思議発見(笑))で見たポンペイを、今私が歩いてると思うだけで、わくわくしてくる。
(ご存じない方のために説明しておくと、ポンペイは2000年前にベスビオ火山の噴火によって突然、そこに住む人たちとともに火山灰の下に埋まってしまった町で、20世紀になって発掘され始めたんだそう)

ポンペイの歩道と車道(というには歩道のほうが高くなりすぎてるけど)、

たくさんの馬車が通行したわだちの痕跡、
家々の床に残るモザイク画(モザイク画でその家が作られた年代がわかるんだって。最初はシンプルな幾何学模様だけだったものが、のちに絵と変わらないほど細かなものになる)、
カラフルに塗られた壁や天井(赤と黒と黄色の壁なんて、日本人の感覚では落ち着かないよねえ(笑))。
裕福な家、貧しい家、洗濯やさん、パンやさん、居酒屋、公衆浴場…

↑これは居酒屋さん。
歩くごとに、本当にここがひとつの大きな町だったんだと実感する。
小さな家がたくさん寄せ集まってる通りがあると思えば、比較的大きな家が建っている場所もあり、しばらく歩くと商店がたくさん並んでる通りがあって、壁になにか文字の落書きがあって…
ふとした瞬間に、ここが遺跡なんかではなく、現在も人が住んでる町なんじゃないかと思ってしまいそうになる。

5、6時間はいたと思うけど、とてもすべてを見ることは出来ず(当たり前か)、ポンペイのメインストリートを歩いて、ときどき横道を覗いただけ。次に行くことがあったら、2日間くらいかけて見て回りたい!できればもうちょっと涼しいときに(笑)
以下、あまりにも見たものが多いので(ていうかすべてが見所)、印象に残ったものを箇条書き。

★壁画の中に、天使を描いたものがあった。2000年も昔から、天使の概念があったなんて!

↑鮮やかな空色の壁に天使!
★ほとんどの建物に天井がないのは、火山灰の重みで崩れてしまったから?それとも燃えたのかな。天井は何で出来てたんだろう。
★家の中にある、石のようなものでできた巨大な扉。一体、どうやってこんなものを開け閉めしたんだろう…と思ってよく見てみると、そうか、これは石膏だ!ドアは木製だったので、灰の中で腐ってしまって、できた空洞の中に石膏を流して作ったドアを取り付けてあるのね。
★ある程度の大きさの家は、必ず真ん中に吹き抜けがあって、床に水のたまるスペースが作ってある。いいなあ、家の中に水のある生活。風通しもよくて、豊かな暮らし。2000年前のポンペイに住んでみたい。奴隷かもしれんが…(笑)
★ポンペイには野良犬が多い。こんな食べ物もないとこに、ナンデ?

★観光客が中に入れる家、入れない家があり、入れない家も、中を覗くと壷が転がってたり、なにかの作業台があったり、壁にカラフルなフレスコ画があったりする。

↑ペニス(でかすぎ)を量りにかけている豊穣の神プリアポスの絵。卑猥だ。こんなもんが入り口にある家って。
玄関には猛犬注意の絵(ジョジョで有名なやつ!会いたかったよーーっ!!)。

決して2000年後に観光客に見せるために作られた町なのではなく(ディズニーシーのにせものの町並みのように)、ひとが住んで、生活してた町。すべて、誰かの家だったものだ。考えれば考えるほど、すごい!この一言に尽きる!
★2000年前のポンペイのひとたちは、こんな立派な家を建て、今と変わらないくらいの贅沢な調度品に囲まれ、パンをパンやで買い、居酒屋でワインを飲み、公衆浴場で清潔を保ち、選挙をし、ときには売春宿で女を買い、… 2000年前の日本といえば、卑弥呼の時代ですよ!
★町の真ん中にある広場の近くに、出土したものを無造作に保管してある建物があった。

覗いてみると、棚には各家から掘り出されたであろう、壷や食器が積んであり、床には火山灰に飲み込まれて死んだひとたちの石膏型が…(これも、遺体が腐って空洞になったところに石膏を流しいれて型を取ったもの)。噴火のときに変な匂いがしたのか、それとも空気が熱かったのか、口元を手で覆ってしゃがんだまま亡くなった少年。カッと見開いた眼の表情までわかる老人(?)の石膏…。死亡して、倒れるとか、目が閉じる、とかいうなんでもない動きすら許さず、そのときの一瞬の状態を、永遠ににとどめてしまうほどの熱。
★それにしても暑い。


ポンペイ一の見所である、秘儀荘目指して、歩く、歩く、歩く。
興味をひかれるものが多すぎて、一直線に秘儀荘に向かおうと思っていても、つい寄り道してしまう。
やっとのことで、秘儀荘へたどり着く。

…が… あれ?

あの絵がない。あの、ポンペイの赤で描かれた絵が…。
ここが秘儀荘ではないのかな?と何度も同じ場所をぐるぐるするも、やはり地図上ではここしかない。
あまりの暑さと疲労に、もうあの絵は諦めようかとも思ったけど、いやいや、ここまできてそれは!と遺跡のすぐ外の売店のおじさんに聞いてみることに。

するとおじさん、すぐそこだよ。と私の後ろを指差した。
振り返ると、そこには、本やテレビで見た、あの絵が…!



や、やっと見れた~(T_T)
ほんの10畳ほどの部屋の壁に、ポンペイレッドを背景に、人物画が並んでいる。
うーん、圧巻。
他の家にも、人物画が描かれている壁はあったけど、こんなにたくさんの人が並んでいたとこはなかったな。
なんの意味があってこんな絵を描かせたんだろう。なんのための部屋だったのかな。
壁紙のつもりだったんだろうか(だとしたらえらい派手な壁紙だ)。それとも部屋中にポスターを貼ってるようなもの?
それにしても、2000年前の絵がこれだけ鮮やかに残ってるなんて…!

ひとしきり秘儀荘の絵を眺め、達成感を得た私たち。
さあ、ではポンペイをあとにして、今日の宿へ向かいますか!
…とはいうものの、駐車場にたどり着くためには、今来た道をもう一度歩かなくてはいけない。どへー;
幸いにして、そろそろ日が傾いてきつつあったので、行きよりはずいぶん涼しい。…か?(笑)
ときどきわき道に入って無名のお宅(といっても2000年前の)の玄関を覗き込んだり、誰もいなくなった居酒屋さんのカウンターで店主と客ごっこをしたりしつつ、ぶらぶら戻る。
観光客の少なくなったポンペイの町は、夕暮れとあいまってとても神秘的で、ずっと見ていたかった。


車に戻り、暮れていく空に焦りを感じつつ、一路今夜のホテルのある、ソレントへ。
ソレントのインターまでは、ほんの30分ほど。
インターからの細くてウネウネした道を走り、崖の中腹に建つデザインホテル、メゾン・ラ・ミネルベッタへ到着ー。
このホテル、日本や海外の雑誌にも紹介されていて、泊まるのを楽しみにしてたんだよね!!
崖の上の駐車場に車を停め、エレベーターで崖を下へ降りると、そこがホテルのロビー。
とてもロビーとは思えない、リゾート感満載の空間で、バウチャーを見せてチェックインする…つもりが、ここでトラブル発生。
ホテル側が予約メールの「3人で宿泊」というのを見ていなくて、2人部屋しかないというのだ;
ええええ!?そんなんアリ!?
しかも、日本なら平謝りの痛恨のミスを、3人で宿泊なら電話してもらわないと…と逆にこっちを攻める口ぶり。
よし、ここはキレどころのはず!キレちゃうぞー!と文句を言いかかったそのとき、客室係からOKが出て、今空いている部屋にエキストラベッドを入れてくれることになった。
よ、よかった!今から別のホテルを探すだなんて、このバカンスシーズンに絶対無理だもん;

フロントのお姉さんにお部屋まで案内してもらう。
このホテル、崖の上…というか崖の中に建てただけあって、ロビーが地下一階にあり、客室は地下二階、地下三階、と、普通の建物とは逆になっているらしい。
案内される途中、フロントのお姉さんが、大学で日本語を勉強したの、と言うので、お部屋に着いたときに「ありがとう!」というと、嬉しそうに「ドーイタシマシテ!」と返ってきた。

私たちのお部屋はNo.7。
ドアを開けたとたん、3人ともわぁっと歓声をあげてしまう。
壁は大きな窓になっていて、ソレントの海が真下に見える。窓際には船の模型やインテリアの本。

部屋はネイビーブルーと白でスタイリッシュにまとめられていて、タイルの床がとっても素敵!

バスルームもすっごくかわいい!!

いや、かわいいっていうより、かっこいい!
きゃあきゃあ騒いでる私たちに、案内のお姉さんは、夕食から戻ってくるまでには3つ目のベッドを用意しておくから、と言ってくれた。
(そして「カワイイ、カワイイ」と嬉しそうに日本語の発音を確かめていた(笑))

順番にバスルームで身づくろいをして(なにしろ3人とも汗だくで化粧もはげはげ、靴は砂ぼこりで真っ白になっていた)、なんとか夕食に出られるようなカッコにする。
今日の夕食は、地球の歩き方に載ってて、かつ、私が調べたミシュランガイドにも載ってたZI'NTONIOというレストランに決めて、崖沿いの道をぶらぶらとソレントの街中まで歩く。
夜だけど、シーズン中のリゾート地だし、同じように歩いて繁華街を目指す人たちが多いので危険な感じは全くしない。
10分ほどで、楽しそうな音楽が鳴り、にぎやかなタッソー広場に到着した。
歩行者天国には大道芸人もいたりして、ほんと、リゾート地ってかんじ!

目指すレストランはすぐ見つかった。
絵皿とタイルで飾られた南イタリアらしい店内に案内される。
なにはともあれ、スパークリングワインで乾杯。
この、ワインが、最高においしくて!
日中ポンペイを歩き回り、喉が渇いていたのもあったかもしれないけど、そんなにワイン好きじゃなかった私が、日本に帰ってワイン党になってしまったほど。
普段はまったくお酒を飲めないAちゃんすら、おいし~い!と一気にグラス半分空けていた。

前菜にカプレーゼ(トマトもモツァレラも、めちゃめちゃ味がこくてウマ~イ!)、


メインにロブスターのパスタ(まるごと一匹のロブスター。出汁最高!)。

(あんまりおいしくて写真撮るの忘れてちょっと食べちゃった;)

おいしい食事においしいワイン、会話もはずむ…と思いきや、アレ?喋ってんの、gucciとTちゃんだけですよ…Aちゃんは?
…と、ふと右を見ると…

そこには紙のように真っ白な顔色で目をつぶり、ぐったりしたAちゃんの姿が…。
大丈夫?と話しかける私たちに答える元気もないのか、ぶつぶつとなにかをつぶやき、しかも、ときどき生唾をゴクリゴクリと飲み込んでいる。

やっべええええ!こりゃ、吐くよ!!!(T_T)

Aちゃんがお酒に弱いのは知ってたけど、いつもは自制してほんの一口しか飲んでなかったのに!
こんな炎天下を長時間歩いて明らかに脱水状態のとこにアルコールを大量に(Aちゃんにとっては)摂取したら、そらアンタ酔いますがな!!
店員さんも、明らかに顔色のおかしいAちゃんを心配して、「彼女、大丈夫?」と聞いてくる始末。
慌ててTちゃんはAちゃんをかかえてトイレに連れて行き、私は一旦店の外へ出て、近くの商店でビニール袋とミネラルウォーターを調達。
うぇーん、なんで海外で酔っ払いの面倒なんかみにゃいかんのだ!っていうか恥ずかしいぞーっ。

ビニールと水を手に入れて店に戻ると、Aちゃんはトイレで少し吐いてきたらしく、ほんの少し顔色がよくなっていた。(でもまだ目はつぶったままグッタリ…)
私とTちゃんは、デザートのスイカとパイナップル(すっごい量!でもめちゃめちゃうまかった~vv)をそそくさと平らげ、店で呼んでもらったタクシーにAちゃんの手を引いて乗せ、ホテルへ直行。
なんとかAちゃんをベッドの中に叩き込み(心臓が止まってないかときどき脈を確認しつつ)、お風呂に入ってベッドにもぐりこんだのでした…。

あー大変な一日だった…(笑)