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飛び降り自殺を図ったショーンは、神のいたずらなのか命を落とすことはなかった。
 白い薔薇は真っ赤に染まり、人々は恐慌に陥った。
 
 ヴィゴはショーンの正体を実は何年か前に気がついていた。彼を飼っている貴族は力が強く、後ろ盾も多い。それだけ顧客が多いというわけだが、そういった貴族相手にいくら伯爵位を持っていても、おいそれと手を出せる相手ではなかったのだ。だからヴィゴはショーンを救うためにその貴族の周りから潰しにかかっていた。それも後もう少し・・・と言うところで、ショーンが「遠くへ行く」と言ったのだ。
 「遠くへ行く」つまり、売られる、と言うこと。ショーンの年齢を考えると仕方がないかもしれないが、酷く主人がショーンを気に入っていたからまだ時間があると思ったのはヴィゴの手落ちだ。その言葉を訊いたヴィゴは焦り、「売られる」先を聞き出そうとした矢先の出来事だった。
 (あともう少しだったのに・・・)
 ヴィゴは心の中で叫びながら静かな廊下を歩いた。
 ショーンはヴィゴの屋敷で療養している。もう彼をどこにもやるつもりはない。それだけの根回しもしてきたし、今の彼の状態では買い手がつかないのかもしれない。それともことが公になるのを恐れたのか・・・。驚くほど相手はショーンをあっさり手放したのだ。
 ショーンが飛び降りた時、突風が彼の身体を館の外壁に押し付けた。何度か外壁にあたりバウンドし、生垣に落ちた。あの時風が吹かなければ石畳に叩きつけられ即死していたに違いない。しかし、それでもあれだけの高さから落ちたのだ。無事でいられるわけがない。
 足の腱を切り、二度と彼自身の力で地面を踏みしめることが出来なくなった。頭を強打したせいで聴覚が弱くなり、医者の話ではまったく聞こえなくなるまで時間はかからないそうだ。右肩から背中にかけては外壁にこすり付けられた摩擦で酷い火傷の様な痕が残っている。
 そして何より・・・。
 「ショーン。ご飯だよ」
 彼の精神は死んだのだ。
 
 彼は白にすごく固執している。故に部屋の中は病院と見まごうほどの白一色だ。
 そして寝るのも忘れて見続けている白い薔薇。赤や、オレンジ、紫、黄色。白以外はすべて、ショーンにとって異質のものらしい。一度赤い薔薇を渡したら車椅子から転げ落ちて震えながら床を這いずり失禁した。紫を見せた時は、ベッドの上で、夜着を脱ぎ自慰を始めた。窓ガラスに頭を何度も打ちつけたこともあった。白だけが、彼を心から落ち着かせる色なのだと気付いてからは、この色以外彼に与えることをやめた。
 「ショーン口開けて」
 「・・・・・」
 薔薇をひたすら見つめながら、口をわずかに開ける。その隙間にオートミールを押し込んだ。
 もともと太っていたわけではないが、どこかふくよかな印象があった。しかし今はどんどん体重が減ってきている。本当はもっと高カロリーのものを与えるべきだが、彼がそれを受け付けないのだ。
 「おいしいか?」
 「・・・・・・」
 「ちゃんと飲み込めよ。まだ口の中にあるのはわかってるんだぞ」
 「・・・・・・」
 「ショーン?」
 「・・・・・・」
 「ショーン」
 「・・・・・・」
 「ショーン。すまなかった」
 「・・・・・・」
 「すまなかった・・・・」
 どんな言葉も彼には届かない。
 すべてが遅すぎたのだ。
 「すまなかった。ショーン」
 ヴィゴはショーンの頬を触りたかった。昔、彼は頬を包み込まれると幸せな顔をしていたから。
 優しく抱きしめたかった。昔、彼はヴィゴに抱きしめられると安心すると言っていたから。
 髪を撫でてやりたかった。昔、彼の髪を撫でるのがとても好きだったから。
 しかし今の彼には触ることが出来ない。男性に触れられるとショーンは絶叫し、酷い興奮状態になるからだ。
 彼を癒すはずの自分の手が、彼を追い詰める。
 もっと早く救えたのではないか?
 もっと強引にでもさらってしまえばよかった。
 もっと、もっと・・・・
 彼を救うためには何でもしようと思っていたのに・・・。彼の精神は遠くに飛び立ってしまった。
 ヴィゴは片手で目を覆う。それでも、ぽたぽたと受け止め切れない雫が床を濡らした。
 彼を愛していた。
 今でも愛しているんだ。
 その言葉さえ、伝えていなかった。
 そして、それを彼に伝えるすべが永遠になくなった事にヴィゴは嗚咽をあげた。



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うわぁあんもうショーンがかわいそすぎるーーーー!!vvvvv
きっとね、ショーンは夢の中でヴィゴと幸せなんだよ。
で、ときどきニコッと笑って「ヴィゴ…v」って言うもんだから、現実のヴィゴが切なくなったりしてるんだ。

こんなお話がもっと読みたいって方は、ぜひぜひドS仲間、遠矢さんのサイトへGO!!
遠矢さん、Sツボつきまくりのお話ありがとうございましたーー!!もっとやってvv(笑)