
3月18日(水)混ぜるな危険
辺野古の事故は、高校の対応がひどすぎるわけで、それは大いに批判されてしかるべきだと思いますが、しかし高校の対応がひどすぎることと、自然を破壊して基地を作ることに反対することとは、当たり前ですが、まったく異なることです。高校の対応がひどすぎるから、基地を作ることに反対することはひどすぎる、ということになるわけがありません。左翼の失敗を批判するのはいいとして、しかし基地を作ることに賛成なんかしてはいけないでしょう。基地を作ることは、人を殺すための準備をすることにほかなりません。
3月19日(木)市民的公共性
先週の土曜に亡くなったハーバーマスは、非常に多岐にわたる専門領域でそれぞれ第一人者であり、市民的公共性論においてもそうでした。ハーバーマスをバカにしていた連中ほど、自由な討議なんかよりも腹芸を得意とし、自由な討議をむしろ抑圧する側にまわったわけです。理由は簡単、自由な討議ほど大変なものはないからです。言論外のパワーにものを言わせることしかできない人は、ともかくでかい声でしゃべり息も切らずにしゃべることで自説を押し通す。しかし討議は、言葉による説得が求められるのであって、大声出そうが、早口でしゃべろうが、泣き声出そうが、言ってることに説得力がなければ、それらの音声は騒音にすぎません。
3月20日(金)なんとも間抜けなやり取り
イランに対する爆撃を事前に知らせなかったのはおかしくないか、といった趣旨の質問に対して、おまえらだってパールハーバーへの攻撃を事前に知らせなかったではないかと気の利いたジョークを飛ばしたつもりになって有頂天の不動産王がいるらしく、またそうした不動産王の対応をさすがだともち上げる靴ペロ人士もいるようですが、これ、そもそもおかしいでしょ。イランへの爆撃を事前に知らせないのは同盟国としてどうよ、と問うているわけですから。それに対して、不動産王の例は、敵対同士の関係ですよ。味方に知らせてくれなかった、という訴えに、おまえらは敵に知らせなかったではないか、と応えているわけで、なんとも間抜けなやり取りなわけです。こんなことでKGBを上回ることができるとは到底思われません。
3月21日(土)ずっと立ち止まってろ
「一度立ち止まって考えたいのです」系には、「一度立ち止まって考えましょう」も含まれますが、これは、かつて知り合いだったけれどいまは絶縁状態にあるご仁も、なにかと言うと使用したフレーズです。はいはい、冷静なあなたにはすべてが見えていて、興奮したバカたちが話をエスカレートさせているのがわかるのですね、立派ですね、とフレーズを使用されるたびに思ってました。討議の参加者だったくせに、突如、討議の観察者になれていると思い込めるその自信、大嫌いでした。
3月22日(日)暴走一番星
諸般の事情により封印していた宝塚往復暴走一番星を15年半ぶりに復活させてしまった。15年半前と比べ、車道を使わざるを得ない箇所はごくわずかとなり、代わりに信号が増えた気がした。以前はまだ、仮設住宅が残っていたと思うが、少なくともそこにあったと思っていたところには新築が建っていた。新築でもないかもしれないが。以前はぶっ飛ばしたので、刺激が強すぎて夜は眠れなかったが、いまはもうちんたらちんたらなので、ただただ疲労が増えただけで、死んだように眠れる。ぐーすかぴーひょろ。
3月23日(月)還元主義
自分の思うようにならなければ、発電所を爆撃するとか、いったいどうなっているのか。アメリカ国内では反対運動はないのだろうか。あるのに報道されないだけなのか、報道されているにもかかわらず、こちらが知ろうとしていないだけなのか。EUとして、とか、スペインをはじめ各国としてなら、不動産王を明確に批判したりする一方で、G7は、イランに戦争をやめるよう呼びかけるって、もうわけがわからない。やめるように呼びかける相手を間違ってませんか、という話だ。結局、資本主義のロジックで動けば、不動産王を批判できないということなのか。ほらほら、やっぱ戦争の理由は経済的利害一択じゃないですか。還元主義で合ってんじゃん。
3月24日(火)『おもちゃ〜虐げられる女たち〜』
マ・ドンソクが出ていますが、あの手の暴力物ではなく、別の暴力物です。若い女性の俳優は、使ってもらうために監督の言うままに性的なシーンを我慢しなければならない。飲み会ではセクハラされなければならない。そして新聞社社主の性接待で奉仕しなければならない。実話をもとに作られた映画ですが、モデルとなった俳優は自殺しました。きっとこういう告発映画を観ても、女性は主体的に身体を差し出しているのであって、女性の主体性を無視するな、とか言ってのける自称フェミニストはいるでしょう。言うまでもなく、そんなものは「自称」にすぎません。
3月25日(水)いらない
組合に加わらなかったくせに、組合が経営者たちと対峙して勝ち取ったFA権をだれより早くに行使したうんこ野郎がいますが、どうしてそんなやつの話を聞きたがるのはわかりませんが、ともかく解説者として生計を立てているようです。そいつの今シーズンのセ・リーグ予想ですが、「全球団に優勝の可能性はある」ですよ。こんなもの、だれだって言えます。始まる前から優勝の可能性が消えている球団なんてものはロジカルにおかしいので、全球団に優勝の可能性はあるわけです。こんな予想をする「オレ」と、現役時代になにをしていたのか、ほとんどの人が知らない「小物」の高〇豊はいらない。
3月26日(木)なぞ表記

柴原口で工事が行われていて、1つの道だけを使用するように誘導されています。それでまあ、そのままその道を進んでも問題ないことを示すためなのか、「豊中キャンパス中央部」というなぞ表記が行われています。「中央部」が意味をもつとすれば、それは「周縁部」との差異においてでしょう。しかし道は1本しかなく、それは「中央部」へ続く道なわけです。ということは、ということは、あれでしょうか、「周縁部」へ行く道はないか、あるいは「周縁部」は存在しないか。後者の場合、「中央部」の意味が不明になってしまいます。前者の場合、たどり着けない「周縁部」が存在することになってしまいます。なんと、この表記にはこんな大問題が潜んでいました。
3月27日(金)バカ発見器
言うまでもないけれど、バトラー研究を行っていることそれ自体は、バカ発見器にはなりえないでしょう。『ジェンダー・トラブル』と言えば、真っ先になんちゃらクイーンの話をしてしまい、かつその他の話はできないとき、つまり結局『ジェンダー・トラブル』と言えばなんちゃらクイーンの話しかできないとしたら、そのことは十分にバカ発見器として機能していることになるだろう。本日は、第3回金曜ゼミ春期研究会を開催し、3人の優れた発表とそれを契機としたわくわくできる質疑応答を目の当たりにして、そういえば『ジェンダー・トラブル』と言えばなんちゃらクイーンのことしか口にできないバカがいたっけな、と思ったわけでした。
3月28日(土)破戒僧
党名に国名を含めているその政党は、実は暴力を否定していませんが、それに対してもうひとつ別の政党は、むかしから非武装中立を唱えており、以前に比べてはるかに規模が小さくなってしまいましたが、ひそかに支持してきました。男性中心主義であるこの共同体において、初の女性党首を輩出していたわけで、そうしたメンタリティにおいても、他の野党とは異なっていたはずです。そういう意味では、党公式のあの声明を書いたと言われるあの人は、見事な破戒僧です。
3月29日(日)悪名高き声明
イスラエル首相があまりにもひどく、いくらなんでもあそこまでひどいと反ユダヤ主義を喚起するのではないかと思えるほどで、ひょっとしたらハーバーマスの悪名高き声明は、ここまでのことを予想してなされたのではないかとすら思えてきます。パレスチナに対する言及がなかったことについては、もちろん弁解の余地はありませんが。
3月30日(月)いちころ
昨日、「これは怪しいメールですので必ず開いてください」というタイトルをもつ不気味なメールが届き、さすがにこんなのに乗るわけにはいかないので、転送先の gmail はすぐに捨て、職場のメールへ行くと、最初の行が表示され、送信者もかつての学生だとわかった次第でした。このタイトルのメールじゃさすがに開かないよ、というようなことを伝えたら、次は「これは怪しくないので開いてください」というタイトルで、そのタイトルだとますます開かないよ、と伝えたら、なんと次は「美女からのメール」というタイトルで、これはいちころだとお伝え申し上げました。
3月31日(火)おだべり
混雑した山手線の車内でドイツ人にドイツ語で話しかけ、どこでドイツ語を学んだだの次の目的地へはどんなふうにして行けばよいかだの、ほのぼのとした会話を交わすことができたというポストがあって、ぶらさがっているものも、こういう話題がいいとかで、まあそれだけならどうでもよいのですが、これこそがハーバーマスの言うコミュニケーションだとかいう話になって、それはないでしょ、と思わずにはいられなくなりました。ハーバーマスの言うコミュニケーションは、第一義的には、利害調整なんですから、対立が前提されているわけで、ほのぼの系のおだべりとはまったく関係がないからです。
4月1日(水)過酷な営み
言うまでもなく、ハーバーマスのコミュニケーション論によれば、妥当要求をめぐって討議が行われるわけなので、そこにおいて批判はつきものであり、批判を経由してこその合意形成なのであって、合意すればいいんでしょ的な簡単な話ではありません。合意形成に至るには、説得力のある理由によって相手を納得させなきゃいけないのですから、それは非常に過酷な営みです。ハーバーマスが亡くなって、相変わらず西洋中心主義だのどうだのと言う人が吐いて捨てるほどいますが、討議理論の過酷さをご存じの上での所業なんでしょうね、きっと。
4月2日(木)俳優たち
デ・ニーロが「王はいらない」デモの先頭に立って政治的アピールを行っていました。基本的には民主党支持者でしょうが、これほど明確に態度表明を行っているのは、それほどひどい状況であると考えているということなんでしょうか。そういえば、とても民主党支持者には見えないメル・ギブソンも、また実際に民主党支持者ではないシュワルツェネッガーも、不動産王を批判していました。ただし、スーザン・サランドンのように、パレスチナとの連帯を口にする女性は、番組から降ろされ、映画にも出演できなくなるようです。やはり根底にはミソジニーがあるのでしょう。
4月3日(金)大量虐殺の合法化
パレスチナ人のためだけに法制化された拘置所での処刑。パレスチナ人囚人は、正当な形で、法律に基づいて、絞首刑に処することが許される。こんな法律が、国会で公式に決定された国家イスラエル。ナチスが夢見たことをイスラエルが実現し、ヒトラーの後継者はネタニヤフだと。現代において、まさかガス室が作られて大量虐殺が行われるなんてことはないだろう、とインテリたちは高を括っていたわけですが、ガス室すら作らずに大量虐殺が合法化されています。
4月4日(土)じいさんについて
ケーニヒスベルクのじいさんは、ある共同体が解散することを決定したとき、死刑囚は死刑に処してから解散しないと、あいつらは殺人の共犯者だと言われる、とか言ってます。まあ、死刑制度存置派のじいさんが首尾一貫して考えるのであれば、そりゃそういうことになるでしょう。だとすれば、逆に、死刑制度そのものが人権侵害だと考える場合には、死刑囚を死刑に処してから解散した場合、あいつらは人権を侵害する者たちだと、ずっと言われ続けることになるはずです。こちらからすれば、ケーニヒスベルクのじいさんは、人権を侵害し続ける人です。
4月5日(日)『パラレルライフ』
本筋よりも、数学者とゲーデルの話の方が断然面白く、リンカーンとケネディのこじつけ方までいくと立派だと思うほどだけれど、どちらの副大統領も同じ名前だったというのは結構面白い。こういうのも、陰謀史観の一種であって、こんなものをめでる者はアドルノに言わせれば権威主義的パーソナリティのもち主にほかならないだろう。とはいえ、アドルノのあのデータのとりかたには問題がないわけじゃないのではないかと思っている。
4月6日(月)ちゅうしんぐら 1
アホほど走っていると、血糖値が下がってくるからなのか、どうでもいいことを考えて、どうでもいいことに気がついてしまったりする。昨日、アホほど走っている途中で信号待ちをして、何の脈絡もなく、ふと「ちゅうしんぐら」について考えた。その話がくだらなすぎてどーでもいいと思ってきたからか、そのタイトルとがまったく無関係なままだった。つまり、なぜ「ちゅうしんぐら」なのかがわからなかったのだ。それが突如として、「ちゅうしん」って、忠なる臣てことか、と気がついたのだった。
4月7日(火)ちゅうしんぐら 2
じゃあ、「ぐら」にもなにか意味があるのか。「ぐら」って何だろう。これはきっと何かの符牒であって、知らないとわからないものだろうと思いかけたが、それでもしつこく「ぐら」「ぐら」「ぐら」と考えていて、「くら?」と漢字を思い出し、「蔵」がどうした、あっ、内蔵助か(実は、いままで、「蔵之介」だと思い込んでいた)、ということは、忠なる臣たる内蔵助のことか、と氷解した。なぁんだ。
4月8日(水)ちっとも笑えない
勝手に小学校や病院施設を爆撃しておいて、やーめた、って言って世界平和を実現したみたいな顔をしている人がいて、さすが狙撃されて耳に銃弾が当たったはずなのにまるで撃たれてなんかないみたいに驚異的な回復をしてみせるだけのことはあって、面の皮が10センチくらいの厚みをもっているのかもしれません。散々勝手に暴れておいて、このくらいにしといたるわという定番の笑いがありますが、このちっとも面白くない「ごっこ」では人が死んでいるわけです。とても笑ってすましてよい話ではありません。
4月9日(木)法の問題
不動産王が「石器時代に戻す」などと脅迫したことを批判する際に、その倫理性を問うのはどうなんでしょうか。もちろん、ここで道徳性を問うのも、同じようにどうなんでしょうと思います。言うまでもありません、国際法に反するとか違法とかせいぜい正義に反するとか、言ってもらいたいものですが、いわゆる国際政治学者と呼ばれる人にかぎって、不動産王の倫理性を問うのですから、ちょっと気反論としては絶望的です。こんなところで人類普遍の倫理なんかもち出したりしたら、シュミットに笑われるだけですって。
4月10日(金)「エンターテイメント」
イランが石器時代に戻るまでのカウントダウンが、あと何時間何分何秒みたいな形で表示されているイスラエルのテレビ番組がポストされていました。そんな「エンターテイメント」を実際のところどれだけの人が喜んで見ているのか、疑問に思わないわけではありませんが、しかし逆に、喜んで見ている人が皆無というわけではなさそうなことは予想がついてしまいます。もちろん前世紀において、世界中(?)がよってたかってユダヤ人を排除したことは事実でしょう。しかしだからと言って、その逆を行うことが許されるわけがないのに、まるで許されるかのようにふるまっている人がいるように見えます。
4月11日(土)記者のスタンドプレー
ある政党の記者会見でその党の体質が露呈してしまったと面白おかしく取り上げられていて、あまりいい気分がしない。もちろんその政党はおかしな方向へ向かいつつあるように見えるし、理論武装も何もとてもしているようには見えないちょっと政治にうるさいだけのコメディアンみたいなのを招き入れて、なんでまた、とは思うけれども、しかしあの記者会見は、ほとんどその政党のイメージダウンを狙うためとしか思えないような記者のスタンドプレーが際立つろくでもないものだった。政党の記者会見なんだから、政党関係者が仕切るのは当たり前だろうに、それを正義の味方みたいな顔をして、記者こそが主人公であるかのようにふるまうその姿は醜悪だった。
4月12日(日)醜悪で悪質
あんなふうにふるまえば、相手方がどのように出るかはわかっているわけで、にもかかわらず半ば挑発的にそのように出るように仕向けたところが醜悪であり、ああしたふるまいがいったいだれを利することになるのかを考えれば、悪質でもある。あのコメディアンについては、嵐が過ぎ去るのをじーーーっと待っている姿が、これまで見たその人のパフォーマンスの中でもっとも面白かったという辛辣な批評も目にしましたが、そうかもしれません。コント赤〇号だって、残りのおふたりが面白かったですからね。
4月13日(月)劣化版カント
記者会見の途中で出て行った人についても、まあ、パフォーマンスがお好きですねとしか言いようがない。あるトピックに関して不安をもつ女性に対して、己の不安と向き合えと、劣化版カントのようなことを言った人です。構造が問題化されているのに、個人の内面の問題にすり替える、いつものやつ。だったら、党首に蔑ろにされたと思ってしまうその内面と向き合えば、万事うまくいくんじゃないですかね。左翼政党なら、もう少し唯物論的に考えてもよさそうなのに、大切なのは心なんですね。
4月14日(火)『コインロッカーの女』
あまり観てもいい気分にはならないことがわかっていたので避けていたのだけれど、まあ別にいい気分にならなくてもいいかと思って観たら、やっぱりいい気分にはならなかった。例によって大半を忘れていたので、えええーーー、そこまでしなくても、とまるで初見のような驚きと悲しみと痛みを誘うシーンが数々あった。設定をフツーのことのように受入れて観続けるけれど、実際のところ、臓器移植はあんなに盛んかつ安易に行われているのだろうか。
4月15日(水)承前
前回観たときは、女性版の『甘い人生』だと思ったけれど、しかし女性版の方がはるかに過酷で、イ・ビョンホンのものは文字通り「甘い」話に見える。話の展開は忘れていたけれども、前回もそんなふうに思ったことは覚えていた。女性版は、主人公が死ぬことはなく、むしろ「母」になっていくわけで、きっと「娘」に対して同じことを繰り返すのだろう。そこへ行くと、撃ち合いをして死んでしまう男性版は、なんとも甘っちょろいではないか。
4月16日(木)わんわんによる自治権の侵害
ある大学の学生が逮捕されました。「キャンパス付近」をナイフをもってうろついている者がいる、という善良な市民からの通報を受けて駆けつけたやつらが、「キャンパス内」で職質を行い、理由もなくナイフをもっていたので銃刀法違反で現行犯逮捕したとのことです。こんな報道が普通に行われているのですが、職質をしたということは、職権が行使されたということです。大学には自治権があるので、わんわんは勝手に職権を行使したりできないどころか、原則的には大学敷地内に立ち入ることも許されません。今回職質を行うにあたり、裁判所からの令状はあったのでしょうか。なければ自治権の侵害であり、大学はもちろん、報道する者だってまずはその点を指摘すべきだろうに、いったいどうなっているんでしょうか。
4月17日(金)承前
「でも、ナイフもったやつがうろうろしてたら怖いじゃん!」ということは、言うまでもなく、大学の自治権が侵害されることを正当化しません。したがって、「ナイフもったやつが捕まってよかったじゃん!」も、大学の自治権が侵害されることを正当化しません。もっとも、構内でコンビニの営業が行われ、そこに立寄所なんぞが設置されている職場に勤めている者は、エラソーなことは言えません。
4月18日(土)『ソボク』
まともに生きるためにはいつか死ななきゃいけないとか、まともに死ぬためには生きなきゃいけないとか、途中まではなかなか面白くないこともなかったのですが、意味のある生とか、だれかのためになる生とか、自分らしい生とか、なにをどう粉飾しようとアイデンティティ・ポリティクスの話にしかならないセリフが増え始めて、一気に観る気が失せました。まあ、その俳優は、かつて阪ちんで監督と同じ大学出身だからという理由でルーキーイヤーからショートを守らせてもらっていた人と似ていて、あまり好きではないので、よく最後まで観たもんだと思いました。もちろんどんなふうに終わったのかは、すでに忘れてしまいましたが…。
4月25日(土)星に願い
なんと、あっという間に1週間が過ぎてしまいましたが、この間、あんなことやこんなことがあって、あんなところやこんなところからクレームがあって、謹慎していました、というわけではまったくありません。更新が滞ると、日々のふるまいから、あんなことやこんなことと結びつけてご心配くださる方もごくごく少数いらっしゃったりしますが、すみません、ただたんに多忙だっただけです。サバだともう少し時間がとれるものかと思っていましたが、この時期は、諸般の締切とかが集中していて、元来、いろんなことに時間がかかるので、まあ仕方ありません。今日も朝からいろんなことを片づけましたが、まだ半分くらいでしょうか。まさかこうしてサバが終わってしまわないことを星に願うばかりです。
4月26日(日)もーまんたい
中国籍の男性が「日本の人は笑顔だったから」と高齢男性を狙って「不同意性交」したそうですが、明確に拒否を口にしていても「そういうプレイ」と判断なさる健太郎基準でいけば、「笑顔」なら、けっして「不同意」なんてことになるわけがなく、きっとこの中国籍の男性は無罪でしょう。そもそも「不同意性交」なんて報道がなされるのが異例ですね。下着を脱がしたということは、腰を浮かせたんだろう、とか、当然言われてるでしょうね。もちろん笑顔で腰を浮かせたんですよね。
4月27日(月)健太郎に尋ねよう
なんと、下着を脱がしたりはしていません。股間をさわったそうです。検察は、「常習的犯行の一環であり卑劣で悪質。ほとんどの場合、途中で嫌がられたと供述しているのに犯行に及んでいることから、再犯を防止するには徹底した矯正教育が必要」と言ったそうですが、裁判長は健太郎基準を採用して、「嫌がられた」というのはプレイの一環であると考えられなくもないので、犯罪だと認めてくれることはないでしょう。嫌がられてもプレイの一環だと解釈する人の場合、いったいどのような「徹底した矯正教育」が可能であるのか、ぜひ健太郎に問い合わせてほしいです。ああ、あれでしょうか、死ぬほど抵抗しないといけないと教えられるのでしょうか。しかし飛び降りて骨折する程度じゃ「死ぬほど」にカウントしてくれないのですよね。健太郎、教えてください。
4月28日(火)こっちの健太郎
上述の健太郎基準の健太郎は、滋賀県立医科大学生たちに寛大なご配慮をなさった裁判官の健太郎であり、大阪地検の元検事正で部下の女性検事に性的暴行を加え(いったん認め、その後合意があったとか言ってるらしい)、そのことが公になったら死ぬと言っておきながら、まだ亡くなっていない方の健太郎ではありません。女性検事は第三者委員会の設置を求めたもののかなわず、検事をお辞めになってしまいました。ちなみに、この被害者のプライバシーをばらし誹謗中傷した副検事の女性は、死ぬと言っておきながらまだ亡くなっていないこの健太郎と深い仲にあるそうです。
4月29日(水)なにが面白いのか
不動産王が、アメリカがなかったらヨーロッパ諸国はいまごろドイツ語を話していただろうとか言ったのを受けて、世界に先駆けて囲い込みをやり工場労働者を虐待し植民地を拵えイスラエルをねじ込んだ島国の国王(21世紀にもなって国王!)が、自分たちがいなかったならあなたはいまごろフランス語を話していただろうと言ったとかで、一部では賞賛されているようです。しかしそいつらがいなかったら、先住民たちは虐殺されずにすんでいたかもしれないのですよ。そんなことにはまったく気がつくこともない、所詮は侵略者である白人同士のクソくだらない「ジョーク」にすぎません。どっちも滅んでしまえ。