サンタのくる夜に (GetBackers/蛮×銀次)





『サンタクロースを見た人はいません。けれども、それは、サンタクロースがいないというしょうめいにはならないのです。
この世でいちばんたしかなこと、それは、子どもの目にも、おとなの目にも、みえないものなのですから』







「屁理屈だな」







「ばーんちゃん…」


2つ枕を並べて、夏実に貰ったクリスマスプレゼントの本を、一生懸命に蛮に読み聞かせていた銀次が、身も蓋もない言われようにうーんと唸った。

「ま、8つぐれーのガキを騙くらかすにゃ、よく出来た言い訳だわな」
「うわー、ひねくれてる」
「だって、そうだろうがよ」
「そんなことないと思うけどなあ、オレは」
「へーえ。ならオメー、サンタを信じてるってのか?」
「うーん。信じてるっていうより、"いたらいいなぁ"って思うよ?」
ぱたんと本を綴じ枕元に置いて、銀次が枕の上に両腕を置き、その上にさらに顎を乗せて蛮を見る。
蛮の方はといえば、仰向けで枕の上に両腕を組み、視線だけを動かせて銀次を見返した。

「あ? なんだよ、もう読まねぇのかよ」

「だって、蛮ちゃん。オレが読む度、いちいちケチつけるんだもん」
「だーってよ。妖精を信じるだの、愛がどーしただの、あほらしくって聞いてられるかっつーの」
「アホらしくないよー? オレ、結構感動しちゃってるのに」
「ばーか。んっとに、テメーはお手軽ヤロウだな」
「…もお。蛮ちゃんってば。素直じゃないんだから」
「あぁ? どういう意味だよ、そりゃあ」
「本当はさ、ちょっとぐらいは信じてるんじゃない? サンタクロースっているんじゃない?って」
「馬鹿言ってんじゃねえ。いてたまるかっての! だいたい、トナカイの引く橇がよー。イブの夜に空で飛び交っててみろ。危なくってしようがねえ!」
「ふが! 蛮ひゃん、いきなり鼻つままないでよっ、いだだっ! ああんもう、赤鼻のトナカイさんみたいになっちゃうじゃん! って。え? サンタさんって、そんなに何人もいるの?」
「そりゃそうだろ。でなきゃ、一晩で世界中のガキにプレゼントなんざ配れるかって」
「そうだけど、なんかそれじゃあ宅配便やさんみたいで」
「似たようなモンだろ」
「夢がないなあ、蛮ちゃんは」
溜息まじりに銀次が言う。
その言葉に、蛮は銀次から視線を外し天井を見上げると、少々真顔になってそれに答えた。
「うるせぇよ。オレはだいたい、そういう有りもしねぇモンを、さも有るかのように振る舞いやがる大人にムカつくんだよ。しかも、本当にそういう贈り物が必要なガキのとこほど、サンタなんて来やしねえ。そういうもんだろ? 
…クリスマスが大嫌いなガキだって、世の中にゃいっぱいいるんだよ」
蛮の言葉に、銀次がふいに瞳を翳らせて視線を落とす。
俯せたまま枕を抱いたので、声は少し籠もっていた。
「それは… そうだけど」
「ま、どっちにせよ、オレら無神論者にゃ関係ねえ話だろーが」
蛮はぶっきらぼうにそう言うと、くるりと銀次に背中を向ける。
銀次がそれに見、頷きかけ、ふっと枕元の本を見た。

そして、少し遠い瞳になると、どこか懐かしげに呟くように言った。




「でも、オレは――。ずっと待ってたなぁ」



銀次の言葉に、蛮が肩越しに、いぶかしむように振り返る。
「え?」
「無限城で。冬の空を見上げて。届けてくれたらいいなあって。…ずっと祈って、待ってた」
「――何を?」
「内緒」
「んだよ、ソレ」
銀次の答えに眉を顰めさせると、蛮が身を返して銀次の方に身体の向きを変えた。それをおだやかな琥珀の瞳で見つめ、銀次が微笑む。
「いいじゃない。信じるのって、オレはいいと思うよ。それに、サンタさんがくれんのは、何も目に見えるプレゼントばっかじゃないでしょ?」
「そうかよ?」
「そうだよ」
銀次が枕に頬杖をつき、ひどく満たされたような笑みで蛮を見つめる。
そして言った。
「ホンキートンクで、今日はクリスマスイヴだからってご馳走奢ってもらって、夏実ちゃんからこの本プレゼントしてもらって。帰りのコンビニで、蛮ちゃんが「ま、いっか。今日ぐれえー」って、オレの大好きなほかほかのピザまん買ってくれたし。今もこうやって、蛮ちゃんとお布団の中くっついて本読んで、ぬくぬくだし幸せだし」
照れ隠しに、ふてくされた顔で蛮が返す。
「…そいつは、サンタとは関係ねえだろが」
「でもさ。クリスマスだから特別ーってだけで、なんかもう、色んなもの貰った気になっちゃうじゃん?」
「…はー、そうかよ。冗談ヌキにお手軽だな、テメエは」
呆れたように言われ、銀次がそれに答えてニコッと笑った。

「うん! だから、えへへv ありがとう!」
「は?」
「オレのサンタさんは、蛮ちゃん!」
「…はあ?」

「んじゃ、明かり消すね! もう寝よー」
「…ちょ、ちょっと待て! ワケわかんねえ」
「いいの、わかんなくて!」
「って、あのなあ! オメーよー」
「おやすみー」
そのまま、蛮の布団に潜り込んでくる銀次に、蛮が隣に敷かれたもう一組の布団を指さして怒鳴る。
「つーかよ、テメエ! 自分の布団で寝ろや、いい加減!」
もっとも、銀次用のその布団が使用されたことは、この部屋に引っ越してきてから皆無に等しい。
「やだ。一緒のがゼッタイあったかいもんv!」
「何のために二人分布団買ったんだよ、意味ねえじゃねえか!」
「意味なくないよ、あったかいし!」
「そういうことじゃねえ! 余った布団がだなあ!」
「じゃあ、夏になったらまた別々に寝る?」
「…夏は、布団なんか暑っ苦しいし、メンドーだから敷かねえ」
「そんな断言しなくても。ま、夏は夏で考えればいっか。じゃあ、おやすみー」
「あーのなー!」
「…もう蛮ちゃん。うるさいっ。オレ、眠たいー」
「…あ? こら、オイ! 銀次っ、こら寝るな! とっとと自分の布団に…」
言いかけて、蛮がぎょっと固まった。
銀次が、もそもそと身を寄せてきたかと思うと、やおら蛮の腕を上げて、その中へとこそっと入り込んできたからだ。
隙だらけの自分もどうかと思うが、その素早さといったら…。
蛮が、思わず心中で盛大に"離れろ、このボケ、ドアホっ!"とがなり立てるが、それはどうしてだか実際口をついて出ることはなかった。

そのまま、本当にもう眠そうにしていただけあって、すぐに銀次の口元から、すーすーと気持ちよさそうな寝息が漏れる。


「――ったく」


舌打ちしつつも、銀次の身体を自分からひっぺがすこともなければ、隣の布団に運ぶなど毛頭考えもせず、蛮が腕の中でしあわせそうに眠っている銀次の寝顔を、溜息混じりに盗み見る。
ホンキートンクの帰りのコンビニで買ってやったピザまんを、「うわあオイシイ! ほっぺ落ちそーv」と、頬を染めてさも嬉しそうにほおばっていた銀次の顔を思い出した。
蛮の目元が思わず綻んで、やさしげな笑みになる。

――ぬくぬくと幸せなのは、こちらとて同じだ。


まあ別に、クリスマスだからどうこうってワケじゃなく。
コイツといたら、いつだってこんな風なんだが。




思いつつ、そっと唇をその顔に寄せかけ――。
何げに気になった。


蛮は、カーテンの開いたままの窓をちらりと見ると、それでも何となく落ち着かず、きょろきょろと辺りを見渡した。
ぼそりと呟く。

「…まさか。どっかで覗き見なんぞ、してやがりゃしねえだろーな…」

それが誰にあてて放った言葉だったのか、もし銀次が聞いていたら、かなり嬉しげにツッこむところだろうが。
今は気持ちよさそうに、くーくーと寝息をたてているだけのそのいとしい唇に、蛮は"聖夜"らしく、そっと厳かに口づけた。



今宵最後の、本人には絶対ナイショのプレゼント――。