サンタのくる夜に (星矢/一輝×瞬)



『そうです、バージニア。サンタクロースがいるというのは、けっしてうそではありません。この世の中に、愛や人への思いやりや、まごころがあるのと同じように、サンタクロースもたしかにいるのです』





はぁ…と感嘆の溜息をついて、ぱたん、と本を閉じ、瞬がベッドの上を見る。
兄は、自分の両腕を組んで枕代わりにし、仰向けに寝そべって、さっきからじっと目を閉じたままだ。

素敵な本を、沙織さんからプレゼントされたんだけど、兄さんも聞いて?と読み始めたものの。
果たして、どこまで聞いていてくれたものやら。


「寝ちゃった? 兄さん?」

言いながら本を置くと、兄が寝ているベッドに近づき、瞬がその端に静かに腰を下ろす。
「素敵ないいお話だと思ったんだけど。兄さんには退屈だったかなあ…」
独り言のように呟くと、やや眉間に力の入ったその顔を見て、にっこりと微笑む。
そして、その顰められた眉間にある傷に、そっと指先をふれさせようとした直前で、ぶっきらぼうに兄が答えた。


「サンタなぞ、いるか。馬鹿馬鹿しい」


瞬が、ふふっと肩を竦める。
「…そういうと思った。兄さんなら」

言って、まだ目を瞑ったままの兄の隣にころんと俯せて、枕の上に顎を乗せる。

「でも。昔ね。まだ施設にいた頃に、友達がみんな"サンタなんて、そんなもの本当にいるわけないだろ!"って言う中で、僕ひとりだけが"サンタはいるんだ!"って言い張って。それでみんなにいじめられて、大泣きしたことがあったでしょう。…覚えてる?」
「――知らん」
「そう? そうしたら兄さんが庇ってくれて、"サンタはいる! 信じないから、オマエらには見えないんだ!"ってそういってくれたんだ。すごく嬉しかったな、あの時は…」
しみじみと、兄を顔を見つめて瞬が言う。
碧の瞳が、なつかしそうに遠くを見つめて細められる。

「あれから、余計信じるようになったんですよ。兄さんがそう言ってくれたから」

「くだらん」
「そう?」
「俺は、自分の目に見えるものしか信じん」
「昔、言ったことは?」
「ガキの頃の話だ。今は違う」
「…頑固だなあ、相変わらず」

本当は、そうじゃないくせに。
結構、ロマンチストなところもあるくせに。
そう思いつつ、瞬が小さく微笑む。

「兄さん、僕はね。確かに本当にサンタがいるのかどうか、そんなことは誰もわからないけれど。いるって信じたい人の気持ちの中には、いるんじゃないかなって。そう思うんですよ。たとえば、お父さんやお母さんが子供のために、夜中にひっそり"にわかサンタ"になるっていうのもね。そういう愛情の中に、"本物のサンタ"がいるんじゃないかなって」

枕に頬杖をつきながら、窓の外を眺めて言う。

そして、こんな風に兄の隣で、あたたかい気持ちで窓の外を眺めていたら、ふっとその視界の隅に赤い衣装が横切るんじゃないか、と。
そんな錯覚にすら捕らわれる。



「おかしいですか?」

「………いや」


短く答えて、片目だけ兄が瞳を開け、伸ばされた無骨な指先が、やわらかで滑らかな瞬の碧の髪を梳く。

「いいから、もう寝ろ」

兄の言葉にうんと頷き、瞬がベッドを降りて部屋の灯りを消し、またその隣に戻ってくる。
そうして兄の横に滑り込むと、逞しい腕の中に入ってぴたりとその胸に白い頬を寄せた。
一輝の胸に、弟のぬくもりが染み入るように深く伝わってくる。


「おやすみ、兄さん」
「…ああ」


身を寄せ合って、ふいのぬくもりを持ち帰ってくれた兄の胸に抱かれながら、瞬はその腕の中でそっと、睦言のように兄に告げた。
ひどく、ひどく幸福げに。





「サンタクロースがくれるものは、何もカタチのあるプレゼントばかりではない、ってことですよ、兄さん…」