Knocker






「――うお! 久保ちゃん、地震!」





何の前触れもなく突然ぎしぎしと揺れ出した部屋の中で、ソファに腰掛けたまま、ゲームのコントローラーを操っていた手に無意識に力を込め、時任が喚いた。



――が。
並んでソファに腰掛けている隣の人から返ってきたのは、何とも気のない返事だけ。



「うーん?」



ガタガタガタと揺れに合わせて家具も軋むように揺れ、時任が気味悪げに天井を仰ぐ。
もっとも、それでどうなるというものでもないのだけど。






「……あ、おさまったか? なんか、結構長く揺れてたよなぁ」





ほっとしたように肩から力を抜いて、時任が、床に下ろしかけていたコントローラーを持ち直し、ゲームの画面を見る。
ゲーム画面のままだからわからないが、きっと今頃、どのチャンネルも地震情報のテロップが流れている事だろう。

…震度ナントカってよ。後から聞いたとこで、別にどうなるってわけでもねぇけどなー。

思いつつふと隣を見、時任は思いきりしかめっ面になった。



「―って、久保ちゃん!」
「…んー?」



生返事はともかく、眼鏡の奥の視線は、先ほどから熱心に開いている本に釘付けだ。
確かに本に夢中になると、こんなことも珍しいことではないのだが。
―に、しても。



「んー、じゃねえって! 地震!!」
「――ぁあ…。そういや揺れてたような?」



緊張感の、まるでない返事。
きっと本当に、あのかなりな揺れも久保田にとっては、そよ風が吹いたかな?程度のものなんだろう。



「〜〜あ〜のなあ! んな暢気なこと言ってる場合じゃ…! つーか、こういう時ぐらい本離せよっ」
「あら」
時任の手に、持っていた本をひったくられて、さすがに久保田が顔を上げる。
「ったくよー! お前さー、でかい地震が来ても、ぜってぇ気がつかねえで本読んでるだろ!」
「うーん、そうかも」
「そうかもじゃねえっ」
「でもまあ、ほら慌てて外に出ても、揺れてるのは一緒だし?」
「いや、そうだけどさ! それでもマンションが倒壊して、下敷きになっちまうよりはマシだろ?!」
「そうかなぁ」
「そうかなぁって…。あーあ。この分じゃ、俺様も一緒に逃げ遅れんだろうなぁ。…まーいいけどよ」
がっくりと肩を落として諦め口調でそう言う時任に、”はい、返してね”とその手から本を奪い返し、読みかけのページを開きながら、久保田がふいに不思議そうに返した。



「ん? 時任は? どうして逃げないの?」
「――はあ?」



本気で不思議そうにしている久保田に、時任がさらにさらにがっくりして言う。







「あのなあ〜…。久保ちゃん逃げねーのに、俺一人で逃げたって意味ねぇじゃん!」







当たり前の事を訊くな!というような口調の時任に、しばしそれをじーっと見つめ、ほとんど呟くように久保田が返した。
「あ。そうなの?」
「そうだろうがっ!」
「そうなんだー」
「何、しみじみしてんだよ? 今更」
じーっと細めた目に見つめられ、居心地悪そうに時任が言う。


「今更――ね」













――そうやってキミはいつも、
   放っておけば閉じようとする、俺の心のドアをノックする――。













「…な、何だよ」
「いや。えーっと。避難する時って、何がいるんだっけ?」
「はぁ? んだよ、いきなり。逃げねえんじゃねぇのかよ」
「ん? いや、俺が逃げないと、お前もマンションの下敷きになっちゃうっていうのなら。やっぱ、俺も逃げないといけないかなーと思ってさ」
「…はあ」
「何、持って逃げたらいいのかなぁと」
「――そりゃあ…。とにかく大事なモンをだなあ。金とか通帳とか、携帯とか、食いモンとか…。そ、そういうんでいいんじゃねえのか??」
急にそんなことを聞かれても、その程度しか思いつかない自分もどうだと思いつつ、すぐに考えるのが面倒になって返す。
「けどよー。んなもん常々用意してたってだなぁ! いきなり揺れたら、どうしようもねぇんだから! とにかく自分の身1つだけでも…って、ちょ、な、なんだよっ」
いきなり腕を取られて引き寄せられたかと思えば、久保田の腕の中に背中から抱き込まれ、突然のことに時任がカッと頬を染めてじたばたする。
「あ、こらテメー! なな何だよ! 離せよっ、久保ちゃん!」
「つーまーり」
「ぁあ!?」




「お前だけ担いで逃げたらいいって、そういうワケ?」



暴れつつも、それでも腕の中にすっぽりと収まったまま逃げていかない時任に、満足げな微笑みを浮かべ、その耳元で囁くように久保田が言った。




「だって、大事なモンだけ持って出たら、それでいいんデショ?」

「え…!」




「ね?」
「…お、おう――」



耳に唇を寄せられ、思わず頷きながらも、時任が耳たぶまで真っ赤に染める。
そして、久保田の腕の中で、その言葉をしみじみと反芻し――。

やがて、照れくさそうな笑みを浮かべると、低く小さく呟いた。







「…バーカ、久保ちゃん」









END






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らぶらぶだ、甘々だ…(照)


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