君と願いと、そしてこれから。 
(デジモンアドベンチャー02/ヤマト×タケル)




一月一日。
神社の境内は、初詣客で溢れ返っている。
そんな中、"選ばれし子供たち"も新旧取り混ぜ、やはり初詣にと此処を訪れていた。




「けど、"合格祈願"ったってなあ。ヤマトと空はもう確実だしなー」
「やーね太一。そんなの、まだわからないじゃない。どんな問題が出るかもわからないんだし」
「そりゃそーだけどさ。お前ら、俺と違って全然余裕だもんなあ」
「そう思うんだったら、お兄ちゃんももっと勉強したらいいのに」
「ヒカリー! やってるだろ? 俺だってさー」
「お兄ちゃんは、机に向かってる時間は長いけど、教科書や参考書見てるよりマンガ読んでる時間の方が長いんだもん」
「ええっ。なんでそんな事知ってるんだよ、お前!」
「バレバレだよ、お兄ちゃん。私が部屋に入ってくと、慌ててノートや教科書見るフリとかしてるけど、隠したマンガの本、机の引き出しからはみ出してたりするし」
「ははは、太一らしいな!」
「まったくですねえ」
「何だよ、ヤマト! 光子郎まで!」
「いいじゃない、ホントに太一らしくて」
「空ー」
「けど、太一は全然変わらないよねー。最初の冒険の時から」
「あら、丈センパイも変わりませんよォ。相変わらず、おっとりのんびり、どこかヌケてて!v」
「ミミくん、ひどいなあ」
「誉めてるんですよー。これでも」
「それ、あんまりほめてるって言わないんじゃない、ミミちゃんったら」
「えー、空さんまで! ほんとに誉めてるのになあ」

ミミの拗ねたような口調に、皆が一斉に笑い声を上げる。
初代"選ばれし子供"のリーダー格だった太一は相変わらず先頭を歩き、その後ろには空、その隣は光子郎。
そして、丈とミミがその後に続く。
先頭の太一の隣には、当然のようにヤマトがいたが、もっともそれもつい先ほどまでの事で、今はヒカリが太一の隣を歩いている。
何かの話題の時にふいに話を振られ、ミミの後ろにいたタケルの横から前へと、駆け上がるように行ってしまった。
そのまま太一の横が定位置になったらしい。
そのため、少し下がって光子郎が歩き、いつのまにか空とヤマトが並んでいる。


タケルはその二人の談笑する様から視線をそらせると、誰もいなくなってしまった隣をちらりと見た。
が、そこからもすぐ避けるように視線を泳がせると、顔を上げるなり目に入ってきた人の群れに、少々頭痛がしていることに気づく。
どうも相変わらず、人込みは得意ではないらしい。
人に酔ってしまうようなのだ。
誰かと話していると、それも紛れたりもするのだけれど。


「そぉか受験かー。センパイたち、大変だなあ」
「他人事みたいに言ってっけどさ。お前もすぐじゃん、京」
「やめてよー大輔! まだ2年だってばー。ああでも、考えたくなーい」
「いろいろあるんですね、中学ともなると。ねえ一乗寺さん」
「そうだね、伊織くん。僕たちも春から中学だけど、受験なんて本当に言ってるうちかもしれないしね。ねえ、大輔?」
「お? ヤメロよ賢ー。そりゃあ、お前は頭いいから、どこでも入れっし関係ねえだろうけどさー。俺なんて、小学生のうちから落ちこぼれてんのによー!」
「そんなの胸張って、いばって言うことじゃないでしょー! 大輔ってば!」
「ははは、本当だ」
「笑うなよ〜!」
「大輔さんは、中学行ってもきっとあんまり変わらないんでしょうねー。落ち着かなくて」
「はあ!?」
「っていうか、落ち着いた大輔とか想像できないもんねー。ね、伊織」
「まったくです」
「おーまーえらなあ!」
「まあまあ、大輔」
「賢! コイツらになんか言ってやってくれよー」
「まあ、そこが大輔のいいトコなんだから」
「フォローになってねえっ!」


「…………」

タケルの背後では、新"選ばれし子供たち"が、賑々しく話ながら歩いている。
前後にできる不思議な空間。
なんとなく、ドッチにも自分は属していないような。
なんともいいようのない浮遊感。
最近こうして、みんなで出かけたりすることが多くなって、ふと気づくと、こんな風に自分だけ宙に浮いているようになっている事がある。

どうしてなんだろう。

むしろ、自分やヒカリが、新旧の橋渡し的存在になるべきなんだろうけれど。
ヒカリはともかく。自分にはそんなこと、とても向いていない気がする。
というより。わざわざそんな風に考えて、事を難しくする必要もない気もする…のだけれど。
ああ、それにしても、いつから自分は、こんなにまで不器用になってしまったんだろう。
前の冒険の時は、少なくとも。こんなじゃなかった気がする。
本当に。どうしてなんだろう…。



みんな、もっと自然にしてる。
僕も、自然にしていればいいのに。
でも、自然にって何? 
自然に笑えてた僕って、いったいどんなだったの?


ねえ、お兄ちゃん…。



地面ばかり見ていた視線を、兄を求めて少しだけ上げかけたが。
また下ろした。
兄と親密な空を見るのが、どうしてだかつらいような気がする。
こんな時は、殊更。
別に特別な仲でも何でもないよ、と兄は軽く笑ってくれたけれど。
兄はそうでも、空はちがう気がする。
きっと、たぶん――。



なんだか。


少し。
気分悪くなってきちゃった。


どうしよう…。










帰りたいな…。









「タケル?」

頭のすぐ上で聞こえた兄の声に、タケルがびくっとしたように顔を上げた。
「え…っ!」
見上げれば、いつのまにか兄がすぐ隣に来ていた。
タケルのあまりな驚きように、ヤマトの方も驚いた顔になる。
「な、なんだよ、そんなに驚くことないだろ!」
「お、お兄ちゃん…! いつのまに?」
「おいおい。さっきからいたぞ? 何ぼんやりしてたんだよ」
「え、別に…」
「俯いて歩いて、賽銭にする小銭でも落ちてねえかって?」
「そ、そんなワケないでしょ! お金ぐらい、ちゃんと持ってきてるよ」
「ムキになるなよ。冗談に決まってるだろ?」
笑いを含んで言われ、タケルの白かった頬に赤みが差した。
「え?」

「ばっかだなあ」
「もお…! お兄ちゃん!」



不思議だ――と、タケルが思う。

兄がそばにきてくれただけで、胸の奥に合った重いものが、まるで持ち上げられたみたいにスッと唐突に軽くなる。

いつもこんな風に。




「あ。でもお兄ちゃん、いいの?」
「え? 何が?」
「ここに居て。太一さんたちと話してたんでしょ?」
「ん? ああ、まあな――。別に大した話でもねえし。それに、ちょっと振り返ったら、なんかお前が一人でぽつんと歩いてたからさ。気になって」
「あ…! ごめん」

そんなところを見られてたのかと、タケルが内心ぎょっとする。
あまり格好いい場面でもないし、落ち込んでたところだから余計に。
それに、特にヤマトにはやっぱり見られたくなかった。

「別に謝ることじゃねえって。ただ、どうかしたのかって思っただけだよ」
「あ、そう…。うん、ちょっと、人込みに酔ったみたいになっちゃって」
「やっぱりそうか。顔色悪いなあって思ってたんだよ。…気分悪くねえか?」
「ん、ちょっと。あ、でも。そんなにでもないんだけど」
「悪い癖だぞ、タケル。そうやってお前、いっつもぎりぎりまで我慢するだろ」
「え。で、でも、本当にそんないうほどじゃないんだよ、お兄ちゃん」
「そっか? じゃ、風邪のひき始めかもな。唇の色も悪いし、目潤んでるし」
「え…。そう?」
「ああ。お前が熱出す前の兆候。ほら、手冷たいぞ。手袋してこなかったのか?」
「あ…。忘れた」
「しようがねえなあ。ほら」
「え…っ」

言って、ヤマトがタケルの右手を取り、やおら自分のコートのポケットへと突っ込んだ。
タケルが驚いて兄を見上げる。

「片方だけだけど。ちょっとはマシだろ?」
「あ…。うん」
「左手は、自分のコートのポケットに入れとけよ」
「うん」

だったら両方そうすればいいだけなんだけど…とタケルが思うが、それでも。
兄のコートのポケットの中では、まだ自分の手は、兄の手に繋がれたままになっているから。
だから、2重にあたたかい。
とても、とてもあたたかいんだ。



「お兄ちゃん」
「ん?」
「あったかい」
「…そうか」



兄のこのぬくもりは、いつも何かと不器用な自分を、包んで励ましてくれるようで。

お兄ちゃんががわかってくれているなら、こんな僕でもきっと少しは大丈夫――。
そんな風にさえ思えてくる。




「なあ?」
「うん?」
「母さん。仕事いつからだ?」
「今日から早速、お正月の取材の仕事が入ってるんだって。遅くなるみたい」
「そっか。親父も大晦日から休みナシだしなあ。初詣済んだら、みんなと別れてこのままウチ来るか?」
「え…! いいの?」
「ん?」
「だって、太一さんとかと――。新年会するんでしょ」
「何言ってるんだよ。具合の悪そうな弟、ほっとけないだろ?」
「でも」
「ふたりっきりで、兄弟水いらずの正月っていうのも、またいいしな!」
「お兄ちゃん…」
「明日から、俺もバンドの練習入ってるし。今日じゃないと、ゆっくりできねえから」
「…僕と?」
「他に誰がいるんだよ。"兄弟水入らず"って言ったら、お前だけだろ?」
「うん」


「――って。そうカッコつけても結局は、まあ…。お前とふたりっきりになりたい、ってだけなんだけどさ」


耳元で内緒ごとのように、ぼそっと囁かれた言葉に、タケルがぱあっと頬を赤く染める。
見上げた視線の先で、兄が照れたように、雪を呼びそうな色の空を仰いだ。
それにゆっくりと、タケルが瞳を細めていく。
兄のコートの中で、繋いだままの兄の手をぎゅっと握った。
ヤマトが驚いたように、タケルを見る。

「お兄ちゃん」
「…ん?」
「ありがとう」
「おう」

やさしげな瞳で見下ろされて、タケルがはにかんだように笑んだ。
それは、タケルが他の誰にも見せることのない屈託のない笑みで。
ヤマトが、"それが見たくて"、つい弟を甘やかしてしまう自分に気づいて、心中で苦笑した。


それでも。
それでも、お前が笑っていてくれるんなら。


「ねえ、お兄ちゃんもするの? 合格祈願」
「ま、そりゃ。一応な」
「じゃあ、僕のお願い事もそれにしようっと」
「は? 何だよ。自分のこと何か祈願しろよ」
「だって、特に思いつかないもん」
「まったくー。じゃあさ、お前は俺のこと祈願しろよ。俺、お前の代わりに願い事してやるよ」
「え…。僕の、って何?」
ちょっと焦り気味になるタケルに、ヤマトがその狭い額をちょんと指先でつついて、からかうように言った。

「"お兄ちゃんが高校に行っても、僕のこと忘れたりしませんように"とかさ」


「〜〜〜〜!」
真っ赤になったまま固まってしまった弟に、ヤマトがぱっと真顔になる。
単に、そう思ってくれたらいいという、自分の願望を言ってみただけなんだが。
まさか。

「まさか、図星とか?」
「え、えと…」

まっ赤になったままもじもじするタケルに、急に気恥ずかしくなってヤマトまで赤面しつつ、伸びきった自分の前髪を掻き上げる。
それにふと振り返った太一が気づき、人混みの中で大声で二人に叫んだ。





「おーい、そこの兄弟! 何二人して真っ赤になってんだあ? 風邪でもひいたのかよー!」









まだ冬の真っ只中で。
春はまだまだ遠いけれど。
それでも、兄弟でいるその空間だけは、まるで春の陽射しの中にいるように、ぽかぽかとあたたかかった。




兄を見上げて、タケルが笑う。
まだまだぎこちなさもあるけれど。
青い瞳は兄だけを映して、精一杯の笑みを浮かべた。

別に、上手に笑えなくっていいんだぜ?
お前は、お前なんだから。

タケルよりも少し深い色のヤマトの瞳が、弟を見守るようにその青にタケルを映して、やさしく告げると穏やかに笑んだ。









END

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久し振りの全員集合を書けて、大変たのしかったです!
わー、特に無印の面々がなつかし〜!!!
デジモンたちも、かければよかったんですが。
あまりに人数が多すぎて、一人一言ぐらいしか喋らせられなかったですー。
もったいなかったなあ。
タケルは、今回少し暗めのタケルで。
こういう無器用なタケルが、私的にはどうにも好きだったりします(笑)
そして、そんなタケルをお兄ちゃんだけがわかってくれる。
そういうのが理想だったりするのです…!



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