君と願いと、そしてこれから。 
(私立荒磯高等学校生徒会執行部/久保田×時任)





一月一日。
神社の境内は、初詣客で溢れ返っている。
そんな中、一際目立つ集団が、やはり初詣にと此処を訪れていた。
高校生とおぼしき集団の中に、どう見ても高校生に見えない男子二人と、それから着物姿の一見"きれいなお姉さん"。



「うぜー」

「時任ー! あんたねえ! 真面目に拝みなさいよね!」
「なーんで俺様が、正月早々神頼みしなきゃなんねーんだよ! しかもよー。んーな長々と列作って並んでまで、拝んむような事あんのかー、桂木ィ!」
「校内安全祈願っ!」
「校内の安全は、俺達執行部が守んだろうが! カミサマなんぞ、関係あるかっての!」
「だったら、もっとお金がかからないように守ってよね! いったいあんたたちが壊した学校の備品に、執行部の予算どれだけ持ってかれてると思ってんのよ!」
「しょーがねえだろうが! んなこと言ったってよー!」
「しょうがないじゃあ済まないの! それにここの神社、金運にも御利益あるっていうんだから! とにかくしっかり拝むっ」
「桂木ー。金運ていうより商売繁盛だろ、ココ。いまいち主旨からハズれているような気が…」
「いいの、相浦くん!」
「…はいはい」

桂木の一声に、相浦があっさりと引き下がる。
なんのかんの言いつつ、コイツが一番桂木の扱いウマイんじゃねーだろうかと考えつつ、それにしても何だこの人の多さはよーと、時任が派手な溜息を落とす。
まあそれも、この際さして気にならないほど、後方はさらに最悪。
耐え切れずに、身体ごとぐるりと背後に向き直ると、時任は思いっきり不機嫌極まりない顔をした。

「まあ、それはともかくよー! なんで新年早々、コイツの顔見なくちゃなんねえんだ!? ああ!? 運も御利益も逃げるっつーの!」
「僕だって時任センパイの顔なんて、お正月早々見たくありませーん。僕はー、久保田センパイとー、ふたりっきり〜で初詣に来たかったんですから〜v」
言って、でれ〜と長身の久保田の腕にしなだれかかる藤原に、我慢出来ねえと時任の鉄拳が飛ぶ。
「藤原、テメエ! 久保ちゃんに気安くさわるなあっ!」
「ふぎゃ!!」
「あーらあら。相変わらず騒々しいわねえ、アンタはー! お正月くらいちょっとは落ち着きなさいよねぇ、時任くん?」
「うるせえ! テメーもだ、オカマ校医!! だいたい執行部の初詣に、なんで五十嵐センセーまで一緒に来てんだよッ! しかもなんだ、その気色悪い格好は!!」
「気色悪いとは何よお! アタシ、きれいよねえ。ね? 久保田くーんv」
藤原の反対側から、振り袖姿の五十嵐先生がこちらも負けじと久保田にしなだれかかる。
「はいはい。お着物、不思議にお似合いです。五十嵐センセ?」
「そうよねえv さっすが久保田くん、わかってるわねぇv」
「あ゛〜〜! 久保ちゃんに色目使うな! このオカマが〜〜!」
「うっさいわねえアンタはッ! この単細胞動物!」
「ん〜だとお!?」
「はいはい。時任ー。ほら、前あいてるよ。ちゃんと詰めてー」
のんびりと前を指され、時任が面白くなさそうに、抗議のような上目使いで久保田を見上げる。
「…くーぼーちゃんー」
「時任ー。とりあえず、前」
「…ちぇ」
それでも一応は大人しく聞き、ふてくされた顔のまま、前の桂木たちの後ろまで空いていた間隔を詰めて歩いた。

「まったく、年が変わってもうっさいわねえ、アンタたちはー」
「アイツらと俺様を一括りにすんな!」
「それよりさあ、前のアレ、何とかなんないのかよ〜」
「…まったくね―」
「アレって何だよ、相浦?」
「アレはアレだよ。ほら」
「ほらって… はあ?!」





「なあ? 何願うんだ、松原は」
「そういう室田こそ」
「…お前と、一緒だといいけどな」
「え…。室田」
「あ。いや、何でもない」
「室田…。僕も、お前と一緒だといいけど」
「ま、松原…」




「あ――の――」


だ――と砂を吐く3人にも気づかず、室田と松原は、完全に二人の世界だ。
時任が、思わず頭を抱え込む。
「アイツら、いつからあんなラブラブモードになっちまったんだぁ?」
「さあーねー」
「もう―。おちゃらけコンビだけで、充分頭痛いってのにー!」
「桂木ィ! 俺と久保ちゃんは、別に松原たちと関係ねえじゃん?!」
「自覚ないからなー、時任」
「はあ? んだよ相浦、ソレ」


――と。

一応、そう返してはみたものの。
時任とて、自覚がない、というわけでも実はなくて。
どちらかというと、最近しっかりあったりもするものだから。
どうも本人的にも、そのせいでさらにイライラの種が増えた気がしてならないのだ。


そんな時任の胸中を知ってか知らずか(いや、たぶん知っているハズ)、当の久保田は両側の腕を藤原と五十嵐先生に取られたまま、やれやれと困った顔でセッタをふかしている。


「ねー、久保田くぅんv」
「久保田せんぱーいv」


「だ―から! テメエら久保ちゃんに馴れ馴れしくくっつくなっつ――の!!」 


ああもう!
なんだっつーんだよ!!

だいたい、久保ちゃんも久保ちゃんだ!
なんで、アイツらの好きにさせとくんだっての!
俺様っつーもんがありながらよ!!


頭から湯気でも出そうな勢いで思い、時任がカッカしつつ、またフイと前を向く。


「ああもう、イライラすんなあ、畜生っ!!」


「いてえっ!」
「―あ?」


時任らが並んでいる20数段ばかりの石段を駆け下りてきた、"いかにも不良です"といった風のワルそうな高校生3人組の、そのうちの一人が時任と肩をぶつけ、ムッとしたように声を荒げた。
「なんだよォ、テメエ! ぶつかっといて挨拶もナシかよ!」
「あ゛? ぶつかってきたのはソッチじゃねえか!」
「んだとお!? 生意気言うじゃねえか、このチビ!」
時任の強気な台詞に、チンピラのように凄み返したその少年が、いきなり時任の胸倉に掴みかかる。
「ちょ、ちょっと時任」
桂木が慌てて止めようとするのを制止して、時任が自分の胸倉を掴んでいる手をぐっと押さえ、鋭く相手を睨み付けた。
「だーれがチビだって?」
相手が、ケッと唾を吐き捨てる。
「チビにチビっつって、何が悪いっつーんだよ! なんだテメエ、オレたちとヤろうってのか!?」
「あのなあ! 俺様はよ、今むっしょ――に機嫌が悪ぃんだ! そっちから売った喧嘩だ、どーなっても知らねえかんな!」
「なんだとお! この野郎――!」
挑発にのった形で、時任の顔を思い切り殴りつけようとした相手の拳は、だがあっさりと避けられ空を切った。
時任がそれを見、余裕の笑みでにやりとする。
「ハ! そーんなへなちょこパンチで、この時任様が殴れるかっての!」
「んだとォ、このクソガキが!」
「おーし、本物のパンチってのを俺様が手本に見せてやらあ! 行くぜ、うおりゃああ――! …あ?」


――が。

時任の鋭い拳が、相手の顔にヒットする直前で。
ひょいと猫のように襟首を捕まれ、久保田の手に引き戻されていた。


「お?」
「あ、あれ?」


状況が飲み込めず、きょとんとする時任に、久保田がいつもの口調でのんびりと言う。

「カミサマの前だしょ? 時任。バチあたるよー」
「だ、だってよ、久保ちゃんー!」
「ほら、次、お前の順番。はい、さっさと拝んで」
賽銭箱の前にちょんと立たされ、肩越しに時任が困惑気味に久保田を見上げる。
「って、けどよお!」
喧嘩の相手を奪い取られた3人組も、険悪ムードで久保田に詰め寄ってくる。
「なんだよ、テメエ! 邪魔立てすんだったら、テメエの方を先にのしてやろうか? あ?!」
それに何一つ動じず、変わりない口調で久保田が返す。

「ほらキミたちも、拝んだんなら、とっとと降りなきゃ。――そこ、邪魔」

「ど、どわああああ――!!」
言うなり、その表情からは想像もつかないような強力な蹴りが繰り出され、足を踏み外した3人組は、ごろごろと石段を転がり落ちて行った。

「はい、一件落着」

涼しい顔で背中に並んでくる久保田に、やれやれと苦笑して時任が言う。
「あのなあ。…てか、久保ちゃんこそ、バチあたんぞ?」
「いいの、俺は」
「なーんで?」
「お前があたらなきゃ、それでいいから」
「へ?」
「はい、じゃあ時任ー。お願いごとしようね」
「ん? く、くぼちゃん?」
長身の久保田が、二人の身長差を利用して、時任の背中にぴったりと重なるように並んで立つ。
そして、まるで二人羽織でもしているかのように、時任の後ろから腕を伸ばして、久保田が賽銭を投げ時任を促した。
「はい、前向いて。鈴鳴らして。二拝二拍一拝ー」
「お、おう」
そして時任の両手を掴むと、自分の手の中で一緒に手を合わさせる。
まるで背中から抱きしめられているような格好に、時任の頬に微かに朱に染まった。


「はい、"家内安全、ヨロシク"っと」


「へ? 家内安全?」
「大事っしょ?」
「いや、ま。大事っちゃ大事だけどよ」


「つーか、アンタたち! 肝心な事お願いしてないじゃない!」
時任とともに石段を降りてきた久保田が、桂木の抗議にあっさりと返した。
「ああ。それは、桂木ちゃんたちにおまかせしまーす。じゃ、帰るよ。時任」
「え? あ、うん」
「ええッ! 帰っちゃうんですかあ、久保田せんぱーい!」
「帰っちゃうのお? 久保田くぅんv」
「はい。コイツと、まだゆっくり"お正月"してないもんで」
「あーら、残念だわぁ。じゃ、また新学期になったら、保健室で待ってるから。久保田くぅんv」
「だーから、久保ちゃんに色目使うなっつってるだろうが、オカマ校医!」
「あーんたは、来なくていいわよッ」
「はいはい。じゃあ時任、行くよー。みんな、お先ー」
「って、うわあっ!! く、久保ちゃんっ!! 何すんだよ、下ろせっ!!」
「お持ち帰りー」
「お持ち帰りって、俺はハンバーガーか? ポテトかっ!? つか、久保ちゃん下ろせよっ! くぼちゃんって――!」

まだ五十嵐先生に絡んでいきそうだった時任を、ひょいと自分の肩に担ぎ上げ、久保田が飄々と皆に挨拶し、人込みの中をそのまま歩き出す。
肩の上では、時任がじたばたと暴れているが、久保田の方は一向にお構いなしだ。


それを呆然と見送って、二人の姿が人の波に隠されて見えなくなると、残された面々は疲れたように、一斉に肩を落とした。

「あ〜あ、行っちゃったぜー」
「ったく! 去り際だけは、いつも素早いわねー」
「久保田せんぱぁ〜い…」










神社の境内を出て、人の波も一段落したところで、やっと久保田は時任をその肩から解放した。
耳の後ろまできれいに真っ赤になっている顔を、久保田がなぜか満足そうに笑んで見つめる。すとんと地面に下ろされて、完全に怒っているような口調で時任が怒鳴った。

「ったく! 何すんだよ久保ちゃん〜! カッコ悪ぃじゃねえかよ!」

もっとも、いつも最初はそこそこ本気で怒っていても、いつのまにか口調が拗ねているだけのようになっていることに、本人は果たして気づいているのだろうか。

確かにかなり注目を浴びていたなぁとおっとりと考えつつ、それもまた見せびらかすようで悪くなかったと、久保田がほくそ笑みつつ、それに答える。
「だって、人込み嫌いっしょ、お前」
「だ、だからってよー!」
「この方が早いし? それに」
話しながら道の脇に反れて、コートのポケットからセッタを取り出す。
出店の並ぶ狭間で立ち止まり、休業している店のシャッターに凭れて一服する。
"煙草吸うから"という確認は取らなかったが、慣れているらしい時任はその横に並ぶと、久保田のコートのポケットの中に手を突っ込んでごそごそやり、携帯灰皿を取り出した。
こんな時でも持ってるなんて、相変わらず妙なところで律儀だと関心しつつ、久保田の前にそれを開いて"おら"と差し出す。
「ああ。サンキュ」
「――で?」
「ん? なんだっけ」
「言いかけてやめんなよ。それに―何だよ?」
久保田の肩に甘えるかのように顎をのせ、問いつめるように眼鏡の奥の細い瞳を見つめる。
その瞳が時任を見返してやさしげに笑むと、さすがに時任がちょっとどきりとしたような顔になった。


「早く、二人っきりになりたかったしね、俺も」


「え…っ!」
「それだけ」
「…そ、そう―。つか、俺"も"ってなんだよ!」
「だって、室田と松原見て、うらやましそーにしてたじゃない? お前」
「げ…! そ、そんなこたぁねえっつーの!」
「そう? あ、それに、妬いてくれちゃったりもしてたみたいだし?」
「ば、バカ! 妬いてなんかねえよっ!」
赤面して、ばっと久保田から離れる時任に、久保田がにっこりする。
実際、参拝に並んでいる時間を持て余しつつも、色々な時任の表情が見られて、久保田としてはかなりご満悦だったのだ。
つまりは、いつもなら丁重にお断りする筈の五十嵐先生の誘いも、普段なら完全スルーの藤原の粘着質な迫りも、好き勝手にさせておいたのは、全部そういうわけで。
むろん、そんな久保田の下心など疑いもしない時任なので(もっとも知ったところで、久保田相手なら"ったく、久保ちゃんはよー"で終わってしまうのだろうけど)、久保田は尚更可愛いとか思ってしまう。



「――ったく。くぼちゃんはよぉ…」


お決まりの台詞が出たところで、久保田が笑んで時任を見下ろす。

「ん? 何かなぁ」
「べーつに。何でもねー」
「そ?」
「ん」


「さて――と」

言って、久保田が携帯灰皿に短くなったセッタを揉み消し、パチンとその蓋を閉じてコートのポケットに戻す。
「じゃあ、帰ろっか」
「ん? ああ」
先にたって歩き出す久保田を追うようにして、時任もその隣に並ぶ。
それを待って、二人一緒に人の流れにのるようにして歩き出した。


少しばかり歩いたところで、時任がちらりと久保田を見上げて言う。
「なあ? 久保ちゃん」
「うん?」
「さっきの話だけどさ。そのー」
「さっきの?」
「あ、うん。――そりゃあ、さ。早く二人っきりーってのは、ちょっとぐれえはその…。俺も思ったけど、よ」
ささっと視線を反らせて、やや口を尖らせるようにして、なぜだか怒ったような表情になってしまうのは、時任らしい照れ隠しだ。
「そっか…」
久保田がその横顔をまじまじと見、そして嬉しげに、いきなりその腰のあたりに腕を回して時任を引き寄せた。
「うわ! 何すんだよ、久保ちゃんっ」
「そうだねえ。じゃ、とりあえず。早く帰って"二人でお正月"しよっか」
「ああ! ってそれはいいんだけど、手、おいっ! ちょっ…どこさわってんだよっ!」
「まーまー。いいじゃない」
「よくねえって!」
「あ。そういや、大晦日に買ってきたおせちの残りって、まだあったっけ」
「え? あったんじゃねえかあ? もう飽きちまったけどよー」
「もう飽きたの? って、まだ朝と昼しか食べてないんだけど」
「だって、あんまウマイもんとか入ってねーじゃん。朝・昼食えば充分だって」
「そうかな。じゃあー、なんか作る?」
「んー、そうだな」
「そういやぁ、"おせちもいいけど、カレーもね"って、昔のコマーシャルかなんかで…」
「く〜ぼちゃ〜ん! 正月早々カレーはもういいって!!」


久保田の肩に、甘えるように頭を傾け笑う時任に、久保田が口元を絶えず綻ばせてそれに返す。
そんな二人のやりとりは、どう見ても。
単に仲の良いトモダチ同士、というにはアヤシすぎて。



それでもまあ、お正月ということもあって世間の人は寛容なのか、それとも興味がないだけなのか。
大して注目されることなく、二人じゃれあいながら人の流れの中をくっついて歩く。



腰に回した手はさすがに払いのけられてしまったけれど、肩に回すのは却下されなかった。
久保田が、そんなことにさえヨロコビを感じている自分は、かなり重症だなと思う。
時任は時任で、人前で腰はさすがにヤバイだろ、と思いつつも、久保田に甘やかされることや触れられることを、素直に心地よいと感じている自分を、実は結構気に入っているらしい。



今年もまあ、きっとこんなカンジで、二人一緒でやってくんだろう。
たぶん、ずっとこのままで。







「くぼちゃーん、俺様、たこやき食いたーい!」
「はいはい。買って帰ろうねー」








END






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執行部は、初書きです!
みんなの話し方とか、これで合ってるのかなあとかなりドキドキですが、
書いててすっごく楽しかったです! 癖になりそう…(笑)
たぶん「執行部」の久保時も、これから徐々に増えてくるのではという気がします。
桂木ちゃんと藤原くんとか五十嵐センセとか絡ませて、またいろいろ書いてみたいですv




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