基さんへv 




■ 
炎の刻印
 





空間を仕切っているだけの実体のない通路は、ふざけてやがるのかと怒鳴りたくなるぐらいに終わりがなく、まるで永遠に続いているかのようだ。

普段なら、オレの隣を少し遅れて歩く銀次が、今はオレの数歩前を何かに導かれるようにして歩いている。
自分の手で辿り着くべき扉を探し当て開き、今ここに自分という存在が有る意味を知るために。
そこで待っているものをヤツの目で確かめさせてやりたい気持ちで、その背を見守って歩きつつも、オレの胸中は何かと複雑だった。



あの炎使いの女の言葉―





『あなたの愛していた、だからこそ、今度は逃がさない。
わたしのものにならないというなら、誰にも渡さない。あなたは私の手で・・。』



『私以外の誰も見て欲しくない・・!ふれてほしくない・・っ! でもあなたは・・!』
”オレはみんなと一緒にいたい! だから、キミとも・・”
『そんな半端な感情はいらない! 私が欲しいのは・・!』






―そんな半端な感情などいらない・・・か。


怖ぇよな、女ってヤツはよ。
執念深くて、何でもかんでも惚れた相手のことは独り占めがしてぇときやがる。

・・・たとえ相手を殺してでも。
それすら叶わないのなら、いっそその手で殺されたい。

あんな風に激しい愛情を叩きつけられたのは、たぶん初めてなんだろう。
前を歩く銀次の背中が、まだ時折、その余波を受けるように小刻みに震えている。

まぁな。
女にゃとことん甘い銀次も、これでちったぁ懲りるだろう。
甘くしてやりゃ、つけ上がる。
しかも、一度つけ上がると底がねえ。
心の一部じゃ我慢が出来ねえ、根こそぎ全部よこせと、そりゃあもう欲が深くて。

だが・・。
核心はついてやがるな。

その直情的な台詞に、本気で嫉妬しているオレはどうよ。
しかも、嫉妬は女そのものにじゃねえ。
あの言葉に、だ。
あれこそが、隠しようもねえオレの本心じゃねえのか。
あの女のように、愛情を凶器に変えて、オレも自分の感情を撃ちつけたかったんじゃねえのか。
銀次に。


オレ以外の誰も見るな。ふれることも許さねえ。

逃がさねえ、誰にも渡さねえ。
オレだけのものにならねぇと言うのなら、この手でテメエを殺してやる―




どうよ、美堂蛮。
これがテメエの本音だろうよ。

しかも。
あの女のように、潔くもねえ。

相手の気持ちなど後回しにして、無理矢理にでも束縛する。
相手が自分に惚れてようがいまいが、そんなことはお構いなしで。

なーんて、
まあ、そんなことが出来りゃ、さぞかし愉しいんだろうが。
こちとら、銀次に対してはそこまでエゴイストじゃねえらしい。

だから、尚更腹立たしいのかもしれねえ。
んなことを、なんの躊躇いもなく口に出来るあの女が。
もっとも、銀次の野郎を傷つける者にゃこちとら容赦はねえから、あの女も一歩間違えりゃオレの右手に喰われていただろうがな。




「・・ねえ、蛮ちゃん」

ふいに銀次が立ち止まった。
ゆっくりと、オレを振り返る。
「どうした?」
なんで、んな泣き出しそうな瞳をしてやがる?
「オレさ・・」
「ん?」
「・・・ううん」
言いかけた言葉を自分で否定するように、僅かに目線を落として、小さくかぶりを振って銀次が言う。
「ごめん。なんでもないよ」
「・・怖ぇのか?」
「えっ」
オレの言葉にまるで不意をつかれたように、銀次が驚いて顔を上げた。
「怖ぇのか? この先で、自分が生まれてきた、その本当の意味を知ることが」
「蛮ちゃん・・」
静かに問うと、また小さくかぶりを振る。
それからじっとオレを見、琥珀に光をたたえながら、その瞳のまま微笑んだ。
「ううん。あ、そりゃあ、怖くないって言ったら嘘になるけど。でも、今オレは1人じゃないし」
言って、更に微笑む。
なんとも言えないやわらかな笑みで。

「蛮ちゃんが、いてくれっから」


・・オメーなあ。
ついさっき、女からの大告白を受けたばかりだろうが。
しかも、見事にそれを振った後で。
いいのか? 男に向かって、んな台詞吐いててよ。

「・・アホ」

言いながらも、コッチも台詞と行動がバラバラだ。
微笑むその両肩をそっと引き寄せて、腕の中に大切に抱いた。
銀次が身体全部でもたれ掛かるようにしてきながら、呟くように言う。
「蛮ちゃん、オレね・・」
「ん?」
「火生留に嘘ついちゃった、かもしれないー」
「・・・あ?」
「オレはみんなと一緒にいたいって、そう言ったけど」
「その通りなんだろが? テメーの博愛主義には、さすがにオレも慣れてきたぜ」
「でも、本当は違うんだ・・」
「何が?」
問いかけるオレから僅かに身を離して、銀次が真正面からその両眼の琥珀にオレを映す。
初めて遭ったあの闘いのさなかの一瞬に、オレを虜にしちまった恐ろしく澄んだその色で。
「たった1人の人に、”誰にも渡さない、自分以外の誰も見るな、ふれさせたくない”って言われたら、きっとオレは他の誰もいらなくなってしまうと思う。それくらい、誰かに強く激しく愛されるのって、ちょっといいなって」
「思ってんなら今からでも、そう言ってやりゃあどうよ?」
”たった1人”が誰かは問わずに、言葉尻をすくうようにして返す。
銀次が、ちょっとばかり眉間に皺を刻んだ。
唇が僅かに尖る。

んだよ、その拗ねたようなツラ。

「火生留に、じゃない」

容赦ねえな。
ま、わかってるさ。
本気でもしそんなことを言いやがったら、目を覚ませとブッとばすところだ。
”誰か”が、もし”誰でもいい”っつーんならな。

その先を待つオレに、銀次が少し悔しそうに瞳を揺らす。

邪眼使いのオレが、初めて他人の瞳に魅入られた、美しい琥珀。
時折、こんな風に物言いたげにオレを見ては、刹那、同じようなオレの瞳と交わった。
一緒にいるようになって、まだ間なしの頃か。
まあ、その先は。結構早かったか。
まるで坂を転がり落ちるように――。

そう、交わったのは、視線だけじゃねえ。
身体全部で、深く濃厚に―。

さっきの炎使いのねーちゃんが聞いたら、間違いなく卒倒するだろうが。



――で?
 
オレに何を言わせたいよ?
ふっかけたのは、テメエだろう。
コッチにだって、テメエに吐きたい台詞は山ほどあるが、どれほど深く交わろうと一度もそれを口にしてこなかったのは、嘘くせぇ陳腐な言葉なんぞでお前を縛りつけたくないためと、意地でもそんな甘ったるい文句は口にしたくねえという、オレの自尊心みてぇなもんからだ。
しかも。
―今更だろが?
言葉にしなけりゃ通じ合えねえような、そんな間でも既にねえだろ。

思いつつも、だが言われるのは悪い気はしねえかなどと都合の良い事も考える。


「火生留にじゃない」

もう一度、銀次が言う。
おうよ、それはさっき聞いた。
オレが聞きてぇのは、その続きだ。


「蛮ちゃん、に」

やっと、と言う感じでそれだけ言うと、目元を真っ赤にしてぱっと視線をオレから外して小さく震えた。
可愛い告白。
自然と、オレの目が細められる。
きっと、とんでもなく優しい目をしていることだろう。

・・どうでもいいが、来栖のオッサンよ。
こういうトコ、監視カメラで覗き見なんざ、野暮なことはすんじゃねえぞ。


「銀次」

呼ぶ声が充分に甘さを含んでいるにも関わらず、ぴくっと銀次の肩がはねる。

こいつにとっちゃ、もしかして一世一代の大告白だったのだろうか。
よくよく思えば、確かにコッチも何も言わないまま来たが、銀次に強請られた記憶も、また無い。
だから、別にコイツにも必要ないことなのかと勝手に解釈していた。
言葉などなくても、充分に伝わっているものだから、と。
もしかして、そうじゃなかったのか?

それに、今―
この先にある予測のつかない『答え』を前にして、最後になるかもしれない二人だけのこの時に、想いをオレに伝えておきたかったのかもしれない。

・・怖くねえなんて、そんなわきゃねえだろ?
誰しも、自分に『出生の秘密』があると告げられた時、たとえそれを知ることを強く望んだとしても、そこに恐れや怯えがない筈はない。
今まで生きてきた全部が、信じてきたものすべてが一瞬でガラガラと崩れ去り、それをもっかい一から新たに積み上げ組み立てていく、そんな途方もない作業が待っているかもしれねえんだ。
特に、銀次の背後にゃ、常に無限城がある。
その封印された過去に、『重さ』がねえわけはない。
新たに積み上げていける道が開かれりゃいいが。
もしも仮に――。
そこに絶望しかないとしたら――。


――馬鹿やろう。
最後になんか、させねぇよ。
オレが、必ずお前を守ってやるから。
誰にも、お前を絶対渡さねえ。

今、たった1つの、これがおまえの進む糧になるなら。
ちっぽけな自尊心ごと、くれてやる。
お前に。


「なぁ、銀次。気付いてたか?」
唐突に話の向きを変えたかのようなオレの口調に、はぐらかされたのかと落胆の色を移して琥珀が滲む。
「え、何・・?」
返事は宙に浮いた感じだ。
瞳が、どこに焦点を合わせていいか悩んだ挙げ句、自分の手のグローブを見る。

アホが。どこ見てやがる。
コッチ向け。
オレとて、一世一代の大告白だっての。
いいか、最後まで聞けよ。

「あの女に、嫉妬した」

そのオレの言葉に、確かにこっちを向いたはいいが、答えは間抜けだ。
ったくよー。
「誰が?」
誰がじゃねえだろ。
「他に誰がいるよ?」
呆れたようなオレの声に、ちょいと上目使いでしばし瞳をしばたたかせた後、おずおずと訊く。
「・・・もしかして、蛮ちゃんが?」
「おうよ」
「なんで?」
「なんでって・・」
そこまで言わせる気か、このニブチンが。
あーあと大袈裟にため息を落として、半分ヤケになってオレが答える。

「テメエを殺したいほど惚れてる奴がいて、そいつにオレが嫉妬するってことはよ―。どういうことか、そんくれえワカんだろうが? いくらオメーがアホでも」
アホは余計です。と、一応きっぱり反論してから、きょとんとしたように銀次が目を丸くする。
「それって、もしかして。蛮ちゃんが火生留と同じくらい、オレを好きでいてくれる・・ってこと?」
さらにおずおずと言う銀次の言葉に、思わずムッとして答えた。
「あの女と一緒にすんじゃねえ。オレさまに失礼だろうが」
「あ、じゃあ・・・」
ヒントを与えられて答えをもう知りつつも、信じられない想いが強いのか、銀次が躊躇いがちに言う。

「もっと・・・好きだって・・・こと?」

ますます瞳を丸くさせる銀次に、ニヤリと不敵に嗤ってオレが答える。

「ったりめーだろ」

「蛮ちゃん」
呼ぶ声が、微かに震える。
どんな顔をしていいかわからないというような、戸惑いと歓びの入り混じったような表情でオレを見つめた。
ああ、まったく。
今までさんざ深い関係になっときながら、オレさまをいったい何だと思ってやがったんだ。
気持ちもナシに、野郎にあんなこと出来っかよ。
「そん代わり」

「オレの見せる炎は、地獄の業火だ。あんな女のモンとは格がちがうぜ? テメエをも、とことん灼き尽くす。灰すら残らねぇ勢いでな」

オレのカッコつけの捨て台詞にさえ、戸惑いが徐々に消え、歓びだけの顔になって銀次が微笑む。
「それでもいいのかよ。それでも一緒に灼かれてぇか?」
「―うん! ・・だって」


「蛮ちゃんの炎はきっと、オレだけにはやさしいから」


殺し文句を逆に告げられ、思わず面食らったようにその瞳を見返す。
・・ったく、テメーは。
思うなり、フッ・・と不覚にも笑みがこぼれる。

そして、銀次の肩をもう一度両手に掴むと、そのまま通路の壁に押しつけるように立たせた。
鼻と鼻がくっつきそうなくらい至近距離で瞳を合わせると、邪眼でもかけられるとでも思ったのか、ぱちぱちと目をしばたたかせる。

ちげーよ。アホ。

心で舌打ちながら、やおら銀次のTシャツの首に手をかけ、そこから胸にかけて、ビリ・・ッ!と一気に引き裂いた。
「ば、蛮ちゃん?」
銀次が驚いて壁から背を離そうとするのを押さえつけ、露になったその胸の心臓の真上めがけて唇を走らせる。
「・・・あ・・」
銀次が小さく声をたて、身を硬くした。
構わず、胸の突起の少し上辺りを、痛みが走るぐらいにさらに強く吸い上げる。
そう、まるで。
そこに刻印を刻むように。
胸の奥まで浸透する、決して消えない刻印を刻む。その心臓に。
「・・・・・う・・」
両の手首をオレに捕まれ押さえ込まれて、胸の上の滑らかな皮膚を咬むように吸われて、痛みと羞恥に銀次の反らされた喉の辺りがひくっと震える。
それ以上、もっとその肌に吸いついていたい衝動をかろうじて押さえ、ゆっくりと銀次の胸から顔を上げた。

こんな所じゃなかったら、もっと盛大に吸いついて、ついでにここで一気に押し倒すのによ。
まあ、カメラがあるのにゃ、とうに気がついているからな。
これ以上、銀次の霰もない姿をモニター睨んでやがるヤツらに晒すような、勿体ねえ真似をする気は更々ねえ。

「銀次」
「うん・・」
「テメエは、オレのもんだ。オレに勝手に、くたばることなど許さねえ」
「蛮・・ちゃん・・」

そして、右手の指の先でそっとその唇に触れてから、細い顎を手の中に掬い取るようにして、ゆっくりと顔を近づけていく。

「あ・・。蛮ちゃん、そこにカメラ・・」
「キスぐれぇ構やしねえ。見せとけ」
「え・・・。でも、ば・・・・」

銀次の長い睫毛が瞳を覆うようにして降りていくのを、夢を見るように見つめながら唇を重ねた。
銀次と交わす口づけは、男同士にしちゃあ、相変わらず恐ろしく甘美で。
このまま二人して永遠にバーチャルの世界に囚われてしまっても、もう構わないと思わせるほどに。
やわらかな唇の感触を存分に愉しんで、舌を合わせ、なおも深く口づけた。
一度離してもまだ名残惜しくて、何度も何度も角度を変えては、確かめ合うように口づける。


「蛮ちゃん・・」
「ん?」
「なんかオレ・・。すごく幸せ」
唇を離して、少しの間余韻を楽しんだ後、呟くように銀次が言った。
「・・そっか」
「うん・・」
「大丈夫だな・・?」
頬に手を添え問いかけるオレに、その意味を解して銀次が頷く。
「ん・・。行く。オレは・・・そう決めたから」
「本当にいいんだな?」
念を押すように言うと、銀次は笑ってそのオレの手の上に自分の手を重ねた。

「うん。これがオレの選んだ道だから。たとえ、どんな結末でも」
「そっか・・」


『なぜお前は捨てられ、ここで育ったのか。
なぜ雷帝は生まれたのか。
そして、なぜ再び無限城へと帰ってきたのか。
お前自身の存在の意味がここにある。
この先に答えはある・・・。』


「銀次」
「うん?」

「お前の望む答えを奪り還したら、必ず、オレのとこに還って来い。―いいな」
「蛮ちゃん・・」
「わかったな・・!」

抱きしめられた腕の中で、銀次がオレの肩口に甘えるように頬を寄せて強く頷く。
「うん・・!!」

そして、幸福げに微笑む銀次のその耳に。
オレは、求められた言葉を、誓いのように囁いた。



   こっから先。
   テメエは、オレ以外の誰の声も聞くな。誰も見るな。
   オレの示すもの以外、信じたりするんじゃねえ。
   誰にもふれさせはしねえ。

   銀次。
   お前はオレのモンだ。
   絶対に、絶対に誰にも渡さねえ――。


   


たとえ、おまえの身に、どんな厄介が落ちてこようと、どんな運命が待ち受けようと――
それごと、必ずオレがお前を抱きとめてやる。
必ず、な――。







END






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アニメ48話のネタバレSSなのです。
もう、火生留に「そんな半端な感情はいらない!」とかいわれちゃう銀ちゃんに激萌えー! 
でもって炎に包まれながらも抱きとめちゃう銀ちゃん、カッコいい!
それがまた、蛮ちゃんの目前でというのがもう! コーフンいたしましたvv
そんな銀ちゃんが心配でしようがない、過保護炸裂蛮ちゃんも、もうもう〜〜!!!vv
基さん、ダビング本当にありがとー!!!
こんなもんでお礼になるかどうかわかんないけど、よかったら貰ってやってくださいvv
ぷれぜんと、ふぉーゆーvv 大好き。ぎゅぎゅvv