「シークレット・コード」



『ねえ、49。悪いけど、しばらくエリア11に行ってくれないかな』
『任務、でしょうか。嚮主V.V.』
『うん、そう。そんなところ』
『直々のご命令とあらば。勿論喜んで赴かせていただきます』

 幼い子供のままの面立ちが、眉一つ動かさず、じゃあよろしくとだけ告げる。目前で恭しく跪く少年など、まるで興味がないといった風に目もくれず。
 どこか不機嫌そうに見えるのは、少年の面立ちがよく知った『彼』と酷似しているせいだろう。
いや、酷似どころか。まるで同じ顔だ。コピーしたかのように作られた顔。
 技術面に於ては、この組織内ではさほど困難な部類の手術には入らない。もともと骨格も似ていた。いじる部分が少なくて済んだため、違和感はまるでない。
 だが、違う。
 『彼』は、そんな風に傅いたりしない。
 任務遂行のための命令には絶対服従とばかりに従うが、だが、命じてもいないのに自ら膝を折ったりはしないのだ。たとえ、嚮主の御前であっても。
――偽者め。
 侮蔑のように、V.V.が心の中で吐き捨てる。
 だが、そんな作戦の練り出したのも、実は嚮主自らだ。多少胸の悪い思いも、我慢の範疇かもしれなかった。愉しみのためには、この程度。口の端だけでにやりとする。
 さて、こちらの用意は整った。後は、機密情報局に回線を繋ぐだけだ。
 どんな顔をするだろう。
 命令が下された瞬間の顔を、直接この目で見られないのが残念でならない。指令室にも監視カメラを設置させるべきだった。
 まあいい。目的はどうあれ、『彼』に働いてもらうのは久しぶりだ。成果が楽しみである。
 嚮団の失態といえなくもない事実を告げれば、珍しく慌てたような顔を見せた可愛い弟のためにも。
(ロロには、頑張ってもらわなくちゃ、ね)





 元々気に入らなかったんだ。気にくわなかった。
 ――お前が。
 汗をかいたグラスに歪んで映り込む自分の顔を睨んで、内心で少年が呟く。開いたフォルダの中のデータと画像を照合しながら、画像の人物と寸分違わない顔で前髪を掻き上げる。
 かさついた細い指先が、怒りにまかせるように叩く『Enter』。
 下唇を、小粒の前歯がきゅ…と噛み締めた。傷つけ、と言わんばかりに。

 『ねえ、49。悪いけど、しばらくエリア11に……』

 【49】 識別ナンバー・フォーティナイン。
 それが少年のナンバーだった。彼である記号。彼の名前。ここに来たときから、もうずっとそう呼ばれている。
 生まれついての名があったかどうかすら、もう忘れてしまった。
 どうなんだろう。あったのかもしれない。なかったのかもしれない。
 だけど、もしもあったとしても同じことだ。拾われた時に棄てさせられる。
 実験用のマウスに、いちいち名前など必要ない。
 いらないものは何でもすぐに棄てたがるから。この組織は。
 人も、命も。こともなげに。
 だから名前を棄てさせるくらい、きっと造作もなく出来たんだろう。
 そして、拾われた時から、子供は皆、数字で呼ばれている。連なった数。時折それが歯抜けになるのは、もうそのナンバーを与えられた者がこの世に存在しないからだ。
 永久欠番のコードナンバー。
 唯一、死んでも尚与えられたままのもの。
 欠番ナンバーの数は、同時に実験体のギアスとの不適合の数を顕す。残しておく必要が有るからだ。そうでなければ、嚮団はそんな無駄はしない。
 他は取り上げるくせに。身ぐるみを剥ぐように、すべて研究データとして。

 だから。
 取り上げてやるよ。僕が。
 ロロ・ランペルージという名も、ルルーシュという家族も、日常もすべて。
 任務を一旦外れるということは、そういうことだ。
 こんな千載一遇のチャンス、誰が逃すものか。
 あいつを追い払って、ロロになりすまし、代わりにすべてを手にいれてやるんだ。
 もう、ナンバーで呼ばれるのは御免だ。
 これ以上、暗闇で生きるのは。






「着替えはこれだけでいいのか?」
「うん、大丈夫」
「あぁ、それと歯ブラシと、シャンプーと」
「シャンプーはあるって」
「本当か? ホテルとかそういう所じゃないんだろ?」
「うん。お寺に泊まるらしいよ」
「…あるのか。シャンプー」
「あるよ、先生がそう言ってた」
「いつも使ってるやつじゃないと、髪痛むんじゃないか? ふわふわのやわらかい猫毛だからな、痛みやすいんだお前の髪は」
「平気だってば。一晩くらいどうってことないよ」
「だといいが」
「兄さん、本当に心配症なんだから」
「そりゃ、心配だってするだろ。元々集団生活が苦手なお前が、他の連中と大部屋で一泊だなんて。そもそも俺が一年の時はなかったぞ、林間学校なんて」