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「流星ワルツ」 星を見ないかと誘ってみたのは、ほんの気まぐれに近かった。 夕食後に見たニュース番組で、双子座流星群の話題が流れた時。いつもは淡々とその内容を聞き、兄のコメントに相槌を打つだけの弟が、めずらしく反応を示したから。 「…流星群?」 「あぁ、今夜あたり見られるそうだな」 「流星って、流れ星のこと?」 「そうだが?」 兄の答えに、ロロがさも驚いたように瞳を丸くさせる。 続いた台詞は、いささかルルーシュを愕然とさせた。 「…流れ星って本当にあるんだ…」 ぼんやりと呟き、まだどこか釈然としない顔のロロに、待てと内心でルルーシュが焦る。 まさか童話やお伽話の中だけのものと思っていたのか…? いや、そんな筈はない。お前、授業でも習っただろう。 だが、ロロの特殊な育ちを顧みれば、それも致し方ない気がした。 幼少の頃から銃を持たされ、人を殺めることだけを教えられた子供が、どうして星の名を知ることができるだろう。 「見たいか?」 問えば、菫色の瞳がきょとんとなる。 「今夜と明日の昼までがピークだそうだ。お前が見たいというなら付き合うぞ?」 だが、ロロは兄の言葉に首を傾げ、しばし逡巡し、さも不可解そうな顔をした。 「どこまで行くの?」 「そうだな。グラウンドでもいいが、寝転ぶなら屋上だな」 「屋上って学校の? そんな近くで見られるの…!」 「おいおい、ロロ。まさか地球の裏側にでも行くつもりだったのか?」 「えっ、だって…」 そんなに簡単に見られるものだとは思わなかったから。 ロロの胸中がこそりと呟く。 「あ、でも天体望遠鏡とかいるんだよね?」 「あるにこしたことはないが。大丈夫だ、肉眼でも充分見える」 「そうなんだ…」 「もっとも租界の明るい空では、見える数も限られるだろうけどな」 「ふぅん…。あ。ところで、屋上行くのはわかったけど、でも鍵は?」 「ここにある」 「…兄さん、泥棒?」 「人聞きの悪いことを言うな。何かあった時のためにスペアを作っておいただけだって」 「…勝手に作っちゃったら同じだと思うけど」 悪びれない兄に、ロロが肩を竦めるようにしてくすくすと笑う。 夜にほんの少し、しかもクラブハウスと同じ学園の敷地内を兄と肩を並べて歩いているだけだというのに、ロロはなんだか妙に嬉しそうだ。 そういえば、ここしばらく、忙しさにかまけてあまり二人の時間を作ってやれていなかった。 ルルーシュがふと考える。 以前はあれほど弟を連れて外出していたというのに、最近ではめっきりそれもなくなってしまった。 実際、ゼロとして動き出したルルーシュにとって、そんな時間がないのは事実ではあるが。 もしや淋しがらせていたのだろうか? 無邪気に微笑みかけてくるロロの髪を、ルルーシュの手がくしゃりと撫でる。ロロはくすぐったそうに首を縮めた。 丁度良いかもしれない。 たまには必要だろう。弟のご機嫌取りも。 今やすっかり手の内にあるとはいえ、これからも傍らに置いて都合よく利用し続けるためには。 それが星を見る程度のことで済むのなら、易いものだと思う。 思惑を滲ませながら、コートの上から軽くロロの肩を抱き寄せれば、それだけで。菫色の瞳は、兄を見上げ、蕩けるように甘く緩んだ。 階段を登り、屋上の扉を開く。 ロロが数歩早足になり、中央へと踏み出した。そのまま驚いたように天を仰ぐ。 雲一つない夜空には、意外なほど多くの星があった。 冷たい澄んだ冬の大気が、不思議と空を近づけて見せる。手を伸ばせば届きそうな星空。 トウキョウ租界の上にもこんなに星があっただなんて、なんだか信じられない。 ロロが瞳を大きく見瞠らせる。 いや、見上げればそこに『空』がある。ギアス嚮団の地下施設で育ったロロには、それさえ最初は不思議な感覚だった。 「…寒いね」 キン…と冷たく張りつめた大気に、わずか数分でかじかみだした手に、ロロがはぁ…と息を吹きかける。外気の冷たさを教えるように、吐く息は真っ白だ。 「だから、マフラーと手袋をしろといったのに」 「だって、こんなに寒いって知らなかった」 「…まったく。言っておくが、あまり長い時間は無理だぞ。そんな薄着では本当に風邪をひく」 部屋着にハーフコートを引っ掛けただけのいで立ちに、ルルーシュが眉を潜めさせる。もっとしっかり重装備をさせるはずだったのに、ロロがともかく行こうと兄を急がせたからだった。 「ねえ、兄さん」 「ん?」 「流れ星はどこ?」 くるくると空を見回して、ロロが不満げに言う。ルルーシュが苦笑を漏らした。 「そんなに雨のように降ってくるわけじゃないからな。しかも、流れて消えるまで一瞬で…」 「あっ…」 確かに一瞬だった。1秒にも満たないかもしれない。 小さく叫んだロロの視界の隅で、きらりと光が瞬いて流れた。 「今のがそうなの?」 「あぁ、そうだよ」 「本当に一瞬なんだ…。僕、もっと大きくて、尻尾がこう…長いのかと…」 「尻尾?」 ロロの子供じみた一言に、ルルーシュが思わずくす…と笑みを漏らす。 「だ、だって尻尾みたいだし」 「あぁ、確かにな。ほら、お前がよそ見している間に、今、同時に三つ流れたぞ」 「ぇえっ、嘘…!」 言ってよ兄さん…!と唇をやや尖らせて、ロロが慌てて背後を振り返る。その瞳の中をまた光が過った。菫色が見開かれる。 「あ…っ」 「今度は間に合ったな」 「……」 だが、ルルーシュの予想に反して、ロロからは笑顔も感嘆の溜息も聞けなかった。 至極残念そうな、がっかりした溜息が漏らされる。 「どうした?」 「…間に合わなかった…」 「え…?」 「あんなに早くに消えちゃったら、間に合わない…」 微かな呟きに何がと問い返せば、何でもない…と曖昧に首を振って、やや項垂れる。 それでも失望した様子はほんの僅かで、すぐにまたキッとロロは顔を上げた。星空を睨む。 背後からちらりと見えた薄い唇が、星の流れに合わせて、何ごとかを唱えて忙しく動いた。 が、すぐにそれは小さな舌打ちとなる。 どうやら、失敗したらしかった。 星が流れる。 また唇が素早く動く。 今度は、悔しそうにきゅっと真一文字に結ばれた。 ――何となく、理解した。 どうやら、流星の存在を知らなかった割には、それに纏る極めて非科学的な事柄はインプットされているらしい。 【流れ星が消えるまでに、願いごとを三回、もし唱えられたなら。その願いは、成就する】 (…だが、物理的に無理だろう? 一回ならまだしも三回ともなると) ルルーシュが腕を組み、いったい誰からそんなことを聞いたのかと嘆息する。〈どうせシャーリーあたりか〉 だが、そもそも不可能だ。流れ星が肉眼で確認されるのは、せいぜい1秒前後なのだから。 「……っ」 だが弟は真剣だ。真剣そのものだ。 何度も何度も何度でも、諦めずに試みる。 しかし、うまくいかない。 必死のロロの眦が次第に赤みを帯び、やがて悔しさに薄く涙を滲ませた。 (……何をそうまで懸命に願う…?) ルルーシュが眉を潜ませる。 願いを唱える横顔を盗み見ながら、いったいそこまで何を願うことがあるのだ不審に思った。 注意深く、その唇の動きを見つめる。 『にいさん』と。 唇が形どったのがわかった。。 読唇術に長けているわけではないが、弟が「にいさん」と呼ぶときの唇の形は克明に記憶している。 確かに今、兄さんと言った。 ずっとにいさんの。 …そばに。 …いたい。 「……っ」 藍紫の双眸がはっと見瞠られた。咄嗟に息を詰まらせる。 意味を解して、ルルーシュの胸の奥が絞られるようにぎゅっと痛んだ。 ――ずっと兄さんの、そばにいたい…。 願いはささやかだった。あまりにも。 ロロの唇が、ルルーシュの瞳の前で、再び「にいさん」と呼んだ。声のないままに。 切なそうな横顔。唇がぎゅ…と噛み締められる。寒さで鼻の頭が真っ赤だ。 いや、寒さのせいばかりではないかもしれない。 重く、瞳を伏せる。身体の横で、両の拳を握りしめた。 願うなら、星ではなく。 どうして俺に願わない…? そんなつらそうな顔をして。 胸で落とす。 だが、答えはわかっている。 ロロは、『そばにいたい』と、そう願った。 『ずっと一緒にいたい』ではなく。 つまり。 それが、一方的な想いだと知っている。 …だが、本当にそうなのか? 自身に問う。 「…ロロ」 「…なに、兄さん」 兄の呼びかけに、小さく鼻を鳴らして、振り向かないままロロが応える。 「俺は、一旦クラブハウスに戻ってくる。お前、少しの間、一人で大丈夫か?」 「…うん、平気」 やや不安そうにしながらも、わかったと頷いた。 兄が星に固執する自分に愛想をつかせたのではないか、とそんな不安が滲む背中。 「痴漢が出たら、大声を出して俺を呼ぶんだぞ」 「え? やだな兄さんったら」 そんな事あるわけないじゃない、と振り返って小さく笑む弟の冷たい髪をくしゃりと撫で、ルルーシュが笑みを含ませ、屋上を後にする。 一人、真っ暗な屋上に取り残され、ロロは寒さにぶるっと身を震わせた。 それでも、再び星を見上げる。 遠くの星の瞬きがこの地上に届くまでには、気の遠くなる時間を旅しているのだという。 何億光年の彼方から、やっと光が届く頃には、その星はもう滅びているのかもしれない。もうそこにはないのかもしれない。光だけを残して。 実体のない、星の輝き。 それはどこか、儚く淡い想いにも似ている。 決して届かない想い。 ロロの胸にも、同じものがある。 ――近くにいるのに、遠いあなた。 想いが届くまで、あとどれくらいかかるだろう。 僕の心臓は、あとどれくらい持つだろう。 もしかすると、やっと想いが届く頃にはもう。 この肉体は、なくなっているかもしれない。 命は果てているかもしれない。 それでも、いいんだ。 それでも。 たとえ、気付いてくれなくてもいい。 たとえ、どれだけ想っても、それが届かなくても。 それでも。 せめて。 最期の光を放つ瞬間まで。 そばにいたい。 僕が死んだ後に、やっと届く想いでも。 それでいいから。 最期まで、そばにいたいんだ。 ――ずっと兄さんのそばにいたい。 「…ねえ、いさせてくれるよね、兄さん……?」 「当たり前だろ? お前は俺の弟なんだから」 背後からかけられたルルーシュの声に、ロロがぎくりとなる。 いつのまに戻ってきていたのか、ちっとも気付かなかった。 慌てて振り返ろうとして、背後から不意にぬくもりに包まれる。ふわふわの肌触りのよいブランケットが、ロロの身体を包み込んだ。 「…あ。えと……?」 驚いた瞳で問えば、ロロの背に寄り添うようにして、肩を竦めてルルーシュが返す。 「長丁場になりそうだからな。いろいろ準備してきたぞ」 「へ…?」 「こんなところで、兄弟揃って凍死しては、まったく洒落にならないからな」 ほら、坐れと誘われて、言われるままその場に腰を下ろすなり、ブランケットを肩から羽織った兄の腕の中へと抱き込まれる。 「ひゃ…」 「こらこら、暴れるな」 「に、兄さん! 兄さんってば、ちょ、どうし…!」 「…しーっ、騒ぐと皆が起きるだろ」 叱るように言って、ロロの唇に指を当てる兄に、さっぱりわけのわからないロロの眉がハの字になる。 そんなこと、学生寮はここから離れているし、誰に聞こえるわけでもないのに。 思いながら、背中をぴったりと兄の胸にくっつける形で、ロロの身体がその長い手足に包まれ、上からブランケットでくるまれる。 …あたたかい。 俄に体温が上がる。頬が赤みを帯びた。 「仕方のないやつだな。こんなに冷えきって」 ロロの頬に自分の頬を寄せ、体温を確かめて、即座にマフラーをされ、帽子を被らされる。 真っ白な帽子はもこもこしていて、なぜか耳までついていた。 何を思ってか、以前兄がロロのために買ってきたものだ。16歳男子が身につけるものとは、およそ思えないのだけれど。 「…これ、恥ずかしいのに」 「誰も見てないからいいだろ」 「…いいけど。でも」 「あぁ、よく似合う」 「…そうかな」 「可愛いよ」 「…うそ」 「嘘じゃない」 「笑ってるくせに」 「似合い過ぎるからな、逆に笑いたくなる」 「…兄さん、失礼だよ」 「おい、むくれるなよ」 「だって、兄さんが」 「はいはい、わかった。俺が悪かったよ」 ちっともそうは思ってなさそうに笑って、ルルーシュが傍らのポットを開ける。プラスチックのコップに中身が注ぎ込まれると、あたたかな湯気が上がった。 「…これ」 「シナモンティーだ。温まる」 カップがロロの前に差し出される。兄を振り返りながら、両手で受け取った。 「…ありがとう」 「熱いからな、舌をやけどしないように気をつけろよ」 「…うん」 肯き、そっと一口、こくんと飲み込む。シナモンの香りと、ほんのりした甘み。 「おいしい…」 ロロが小さく笑み、また一口、大事そうに口に含む。 兄が一度クラブハウスに戻るといったのは、どうやらこの用意のためのようだった。 ブランケットと、熱い紅茶の入ったポットと、傍らには淡くあたたかなオレンジの光を放つレトロなランタン。 「…まさか。キャンプでもするの? ここで?」 「まさか。だがまあ、近いか。今夜はとことん付き合ってやるよ、お前に」 「…兄さん?」 「するんだろ? 願いごと」 ロロの瞳が、はっと見開かれる。 やさしく励ますように見つめられて、やがて喜色を滲ませ、笑みを浮かべた。 「うん…!」 ロロが、みたび星空を見上げる。ささやかな願いを叶えるために。 だが、懸命さは薄れた。 ブランケットの下では、ロロの手が兄の手の中に包まれている。 そばに、と胸で願うごとに、それはロロの手指を開き、指を絡めてくる。痛いほど、強く。 まるで、『俺はここにいる。ほら、お前のそばにいるだろう?』と、ロロに教えるように。 深い安堵に満たされていくロロに、じわじわと睡魔が訪れる。 うとうとしながら、兄の体温に包まれて、ふう…っと息を吐き、眠りの誘惑に勝てず、菫色がとろんとなる。 ゆっくりと閉じていくロロの視界を横切るように、星が流れた。 (……ずっと……兄さんの、そば………) 「ああ、ずっと一緒にいような。ロロ」 まどろむ耳元で、低く甘い声が囁いた。 とろとろとあたたかな眠りに落ちていきながら、ロロが意識の片隅で考える。 (……ああ、届いたんだ……) くたりと兄の胸に全体重をかけていきながら、意識を手放す。 胸は幸福でいっぱいだった。満ち、充たされていた。深くから。 すごくあたたかくて、気持ちが良い。 今はもう、この温もりだけで。それが全部で。 そうして、すうすうと寝息をたて始めたあどけない唇に、そっとおやすみのキスを落として、やわらかな頬をそっと掌で包み、ルルーシュがフ…と目を細める。 安心したように微笑んでいる、そんな弟の寝顔がかわいい。 夜空を流れる星々に、無理を承知で、いっそギアスをかけてやりたいと思った。 弟の願いを成就させるため、その空でいつまでも流れず留まっていてやるがいいと。 空に両手を伸べて、今にも消えていってしまいそうな儚気な薄い背に、恐怖さえ覚えながら願った。 だが、願いを叶えるのは星じゃない。 人だ。 人の力。 強い想い。 だから、俺に願えと言っただろう…? 叶えてやるさ、たった一人の弟の願いくらい。 たやすいことだ。 お前をこうして、いつまでも手の中に置いておくためなら、いくらでも俺は――。 どこまでも悪びれる事のない己に苦笑を漏らし、そうしてもう一度。 可愛い唇に、おやすみのキスを。 (……そばにいてくれ。これからもずっと、俺のそばに……) 願うルルーシュの頭上で、星たちが降り注ぐように光の弧を描いた。 END |