メッセージ、ありがとうございましたvv
「そばにいて」 ルルーシュがクラブハウスに戻ったのは、夕食の時刻を大幅に回ってからの事だった。 ひとまず自室に戻ろうとして、階段を上りながら額を押さえる。 やや頭が重い。 疲れているのは、以前と同じく『学生』と『ゼロ』という二重生活のためだ。 現在はさらに、此処に戻ってさえも監視の目がある。気が休まる暇もない。 さておき。 夕食をどうするか。 考えて、また頭を押さえた。 記憶を取り戻してからも、機情の目を誤魔化すため、食事は自炊を続けてきたのだが。 さすがに、今夜はもうフライパンを持つのさえ億劫だ。 冷凍庫に作り置きが何かあっただろうか。温めれば、すぐに食べられるようなものが。 階段を上りきって、一息つく。 そういえば、ロロはどうしただろう。 遅くなることは伝えてあったが、一人ででも適当に食事を――。 そこまで考えたところで、扉がスライドした。 中に入ろうとして、瞬時にはっと身構える。 誰かが、ベッドの端に腰かけた体勢で、上体だけを倒れこませるようにしてシーツに伏しているのが見えた。 「ロロ…? まさか…!?」 いぶかしむように口の中で小さく呟くなり、胸が嫌な予感に苛まれた。 「ロロ!」 呼ぶ声に答えはない。 さらに膨らむ予感に、ルルーシュの背が冷たくなる。足早にベッドへと近づいた。 「ロロ…!」 傍らに寄り、ひとまず周囲に誰かが潜んでいないか、血痕が飛び散ってないかなど、せわしなく視線を動かしてチェックする。 監視カメラには、今は偽の映像が流されている筈なので、動揺に気付かれることはない。 そして、異常なしを見てとると、ルルーシュは横たわっている制服姿のままの弟の肩をそっと揺すった。 「ロロ、ロロ…!」 「……ん」 微かに声が漏らされ、身体を丸めるようにする。 手には、愛用の緑の携帯。 肌身離さず持っているのは、携帯そのものより、ストラップとして付けられているロケットの方だ。 背がゆるやかに上下していることと、小さな寝息に気がつくと、途端に安堵したように全身から力が抜けた。 (眠っているだけか…。驚かせるな) 胸の内で呟いて、ふと逼迫していた自身に気付き、自嘲のような笑みを漏らす。 機情を欺かせていることに、多少なりとも罪悪感のようなものを持っているのだろうか。 フ…と紫の瞳を陰らせて、ルルーシュがベッドの上、ロロの頭の側に腰を降ろす。 どちらにせよ。 『ゼロ』の側についたことが知られたら、ロロの身が危険であることは間違いない。 考えて、胸がひりつくようになる。 そうなればいい、こんな偽者。 いや、違う。護りたいんだ。 いや、それも違う。 こいつは、俺を陥れたのだ。制裁は受けるべきだ。 だが。 ロロの事を考える時、ルルーシュの心はそんな風にいつも相反している。 どちらも本音かもしれない。どちらも違うのかもしれない。 苦渋に満ちた表情を浮かべながら、そっとロロの髪に手を伸ばす。やわらかなくせっ毛。 「ロロ…」 「……う……ん」 「起きろ。風邪をひくぞ」 「ん…」 だけども、微かに身じろぎはするものの、どうやら眠りは依然深いらしい。 あどけない顔で眠るロロを見下ろして、やわらかな髪を撫でつけ、無意識にルルーシュの瞳が細められる。 いっそ、心から憎めたら。 どんなにか楽だろう。 兄弟というのは偽りで、ただ監視のために傍にいたのだという事実を知ってからも。 ロロに対する感情は、憎しみだけでは片付けられない『何か』であると感じている。 憎悪を時に忘れさせるくらい、濃密な一年をともに過ごしてきたから。 認めたくはないけれども。 何度も髪を撫でてくれるやさしい手に気付いて、ロロがふっと瞳を開いた。 そして、まだ夢の見ているような頼りない瞳でルルーシュを見上げる。 「…兄さん…?」 「あぁ、起こしたか」 「僕、眠ってた…?」 「みたいだな」 「…あ」 「ん?」 「…僕が眠ってた間に何か問題は…?」 「いや、特に問題はない。変わらず、こちらの動きは察知されていない」 「…そう。よかった」 「お前は? 何か食べたか? 顔色がよくないぞ」 「…ごめんなさい。一人だと、おなかもすかなくて」 申し訳なさそうに言うロロに、やれやれといった兄の顔に戻ってルルーシュが肩を竦める。 「しようがないな。待ってろ、何か簡単に食べられるものでも」 「兄さん…!」 腰を浮かそうとするなり伸ばされた手に、ルルーシュが驚いたようにロロを見た。 待ってと腿にすがるようにされて、そのまままたベッドへと腰を戻す。 そして、自分の膝に甘えるように頭を寄せてくるロロに、困ったように息を落とした。 だが、自然と瞳はやさしい色になる。 こんな風に甘えられると、やはり可愛いのだ。どうしても。 「ロロ?」 「もう少し、こうしてて」 「ロロ…」 「少しでいいんだ。僕のそばにいて」 消え入りそうな声が懇願する。 「お願い、兄さん」 兄さん、と強請るように呼ばれて苦笑混じりに肯いた。 「――あぁ」 「ありがとう、兄さん」 感謝されるようなことじゃない、と返して、ロロの小さめの頭をそっとルルーシュの掌が包みこむ。 ぴくりと小さくロロの肩が震えたが、すぐに緊張は解かれ、心地よさそうにまた瞼が閉じられた。 「少し眠れよ、ロロ。疲れてるんだろ?」 「ううん、平気だよ」 「嘘をつくな」 ――そう。 最愛の兄を護るため。 今、ロロは周囲のすべてを欺いているのだ。 たった一人で戦っている。 疲労しない筈はない。 「でも」 「俺も、その方がいい」 「……兄さん?」 「こうしている方が」 心が落ち着くから。 胸で呟いて、ルルーシュが瞳を細める。 ロロのやわらかな髪を撫でつけていると、不思議なくらい、ざわついていた心が落ち着いてくるのだ。 ささくれだっていた神経までもが、やさしく宥められていく。 それが依存なのか、愛情なのか。 それとも、まったく別のものなのか。 今はまだ、互いに判じることは出来ないけれど。 「うん…」 小さく返して、ロロが微笑んだ。 甘えるように、瞳を閉じる。 お互いが、お互いの体温に、こうして癒し、癒されている。 互いにそこにあるという事実だけが、今は。 ――二人の真実かもしれなかった。 |