□*SugarSpot*2006




そうだ、忘れていた。
銀次は、確かに単純バカだが、簡単なヤロウじゃなかった。



フラれて恥をかかされたとなれば、普通はさっさと引くもんだ。
これ以上、傷つかねえためにも、な。
それか逆に、自分をフった相手を、憎んで逆恨みするとか。
だいたいはそんなもんじゃねえのか。

だが、しかし。それはごくごく一般的な思考の持ち主の場合なのだということに。後々になって、俺は気づいた。


銀次の感情の流出は、基本的に相手に向かって直球だ。
その上、相手の気持ちを受ける方も直球専門で、変化球を投げればあっさりミットをはじきやがる。
つまり、真意の捻曲がった感情を受け取るのが、極端に下手くそだっつー事だ。


「蛮ちゃん、俺は…!」


2、3歩足を踏み出して、それからその場に唐突に立ち止まる。
どうしたと思った瞬間。俺は、ぎょっとした。
大粒の涙がぽろぽろと、その大きな瞳から溢れ、路上の水たまりへとこぼれ落ちる。
そして、水たまりの中に自分自身の姿を映した後。
銀次は、やおら、きっ!と俺にまっすぐな瞳を向けた。

「俺は!」

スー、ハー。
深呼吸だ? 
なんで、深呼吸する必要がありやがる…?

と思った瞬間。
銀次のヤロウは、道行くヒトの視線が一斉に、ばっ!と集中してしまうくらいの大声で、とんでもねえことを叫びやがった。



「俺は蛮ちゃんと、えっちがしたいだけなのに〜〜〜!」



な、何をぉ!?
叫ぶな、しかも力いっぱい!
その上、電撃まで出すんじゃねえ!
ただでさえも、今の一声で大注目浴びてんのによ!



その後の俺の行動は、目にも止まらないぐらいに素早かった。
シリアスになんぞ、決めてる場合じゃねえ。
とにもかくにも、コイツをどうにかする方が先だ!
俺は銀次の首にがばっと腕を巻きつけると、半ばずるずると引き擦るようにして、強引に歩き出した。
冗談じゃねえ。
こんなところで、立ち止まってられるか。
つーか、足投げ出してねえで、テメエも歩け! 重えだろう!
そのためか、ズンズンと大股で足早に歩いている筈が、ちっとも加速がつきゃしねえ。
しかも、引き擦られている間も銀次のバカは休むことなく、とても往来のど真ん中で口にするような事じゃねえ話を喚き立ててやがる。

「もうどーしてわかってくんないんだよ、蛮ちゃんのバカ!どうしても、どーーしても! 俺は蛮ちゃんとえっちがしたいのに〜〜!」

「わぁ―った! わ―ったから、喚くな〜っ!」
セックスっつー語句は恥ずかしくて口に出来ねえくせに、"えっち"はそうじゃねんだな! よくわかった!
俺は、ソッチのがよっぽど、こっ恥ずかしい気がするけどよ。
「わかってないよ! 蛮ちゃんは、俺の気持ちなんか、本当に全然わかってないんだからっ!」
「あぁもう、うるせえ!」
「蛮ちゃんはさ、そんなに俺とえっちすんのがやなの!?」
「ああ!?」
「なんでそんなに、俺とえっちすんの嫌がるの? やっぱ俺、男だから? 男だから、キモチ悪いのっ!?」
誰もそんなことまで言ってねえだろうが!


「…昔はしたのに」


だーかーら! 余計なことまで、暴露してんじゃねえっての! 
こんな街中で、しかも人込みで。
さらには周辺の人間までもが、俺の返答に聞き耳を立て、まさに興味津々っつうこの状況で!
何を語れってんだ! ええ!?
"こんなに言ってんだし、してやりゃいーじゃん!"
などと、無責任なヤジが背後から耳に入り、思わず噛み付くように振り向き、怒鳴る。
「んだとぉ!? 見せモンじゃねえぞ、テメエら!」
威嚇のように睨みつけ、蹴散らしたまではよかったが。
それが、どうも今ひとつ迫力に欠けるのは、脇のお子サマのせいだ。こン畜生。
「もお、蛮ちゃんてば! 俺の話、全然聞いてな…」
「ぁあもう、テメエ! ちったあ黙れ!」
「痛ぁっ! なんで殴んの〜っ!」
「殴りたくもならぁ! そもそも、テメエといつそういう話になったよ!?」
「さっきからしてんじゃない! 蛮ちゃん、はぐらかしてばっかだけどっ」
「う」


…気がついてやがったか。
オメーにしちゃあ、鋭いじゃねえか。


「しねぇとか、したくねぇとかは言ってねえだろが!」
「じゃあ。えっと。…えっち、すんのはいいの? 今日がダメってこと?」
何だ。そりゃ。別にそんな都合なんぞねえが。

「あのなあ。俺はオンナじゃねえから、今日はヤバイとか、そういう事じゃねえ」
つーか、テメエもねえだろう? 無ぇはずだ。
いや、銀次の場合は、とにかく特異体質だから、そこんとこいまいちよく判らねぇが。


「じゃあ、やっぱ俺、今日がいいー。 ねえ、今日にしようよ、ねぇねぇ!」



「あぁもう、うるせえ! だから黙れっての!」