□その花にさわるな |
そう。 久保田は、彼が気に入らなかった。最初から。 時任に近づいた、ということを差し引いたとしても。 確か、一ヶ月ほど前。 "最近ゲーセンでよく合うヤツと、なんか親しくなっちまって"と、時任から話を聞いた時から、嫌な予感はしていた。 「ジュース買う金が十円足りねえから、貸してくれって言われてさ」 「へぇ。新手のナンパかな」 「なんでナンパなんだよ! 男だっつうの、俺様は!」 「どうかなぁ。最近の若いコは、見境無いって言うからねぇ」 「なんだ、そりゃ。つうか、ジジイか、久保ちゃん! 変わんねえだろ、トシ」 「いやいや、俺はもう、そんな元気ありませんって」 「何、枯れたこと言ってんだよ。てか、久保ちゃんはさ。もっとこう、たとえばオンナと遊ぶとかさ、そういうの思わねーの?」 「思わないなぁ。お前一人で、もう手いっぱいで」 「ば、馬鹿っ、何言ってんだよっ!」 「あら、不満?」 「そ、そんなことねえけどッ!!」 「お前こそどうなの? 遊びたいっていうなら、俺は止めないけど」 「俺は別にっ! つーか、俺も…。お前一人で充分手がかかるからっ、別にいらねーし、そんなん!」 それに。 ダチとかも、別にいらねーんだけどなー。 いらないというよりは、無い方がむしろ良いかもな、と。 時任は、そう言った。 どちらかと言えば、たくさんの友達に囲まれて、賑やかな輪の中心にいるようなタイプなだけに。 その発言は、久保田としてもやや存外で。 何となく、らしくない気がして聞き返せば、時任は、自分の革手袋の右手をじっと見つめて、にかっと笑った。 「だってよ、巻き込めねーだろ? お前以外」 さりげなく殺し文句。 瞠目して、それから暝目して。 久保田は、煙草を持った手で眼鏡の位置を少し直し、静かに笑んだ。 「そいつは、凄い光栄だぁね」 |