□ROLLIN' IN THE DARK





「ぐわぁああっ!!」
もんどりうって床を転がる男に蹴りを喰らわせ、掴みかかってきた男に続けざまに蹴りとアッパーを食らわせ、床に倒す。
とりあえず、目前の数人をなぎ倒して、俺は小宮の腕を取ると肩に回させ、無茶を知りつつ逃走を図った。
「アンタ。なんで、ここ… ごぼっ」
「いいから黙ってろっ!」
「け、けど」
「大丈夫だ。俺がお前を、ちゃんと久保ちゃんとこまで連れてくから!」
「な、なんで」
「なんでって、んなこと俺にもわかっかよ! ただ」
「…え」
「ただ、お前にこのまま死なれちゃ、フェアじゃねえもんよ! 俺、久保ちゃん好きだし! それに、久保ちゃんの腕の中で死ぬのは俺だけじゃねーとヤなんだよッ!」
「……はぁ? なんか、言ってる事、シリメツレツ、っスけど…」
「うるせえ! なんだよッ! この状況で、間の抜けたリアクションすんじゃねえっ!」



外に出るとそこは港で、倉庫みてぇのが建ち並んでいる。
ともかく、その隙間を縫って、連中の目を何とか逃れようと駆け出した。
開いている扉を見つけると、ともかくとそこに潜り込む。
どっちにせよ、重傷の小宮を連れてでは、戦うのも逃げ切るにも、相手の人数を見る限りでは不可能に近い。
荷物の影に小宮を坐らせ、上着を脱いで、せめてもとそれで止血する。
こういうの、俺、あんまよくわかんなくて。
久保ちゃんに、もっとちゃんと習っておけばよかったと後悔した。
いかにも無器用な手つきで布を裂いたりしてる俺を、不思議そうな顔でぼんやりと見上げ、小宮がふいに笑い出した。
「んだよッ!」
「チョウチョ結び、できねぇんだ」
「う、うっせえな! んなもんヤローが出来たって、何の自慢にもなんねぇだろ!」
ったく、ヒトがせっかく助けてやってのによー。
ぶつぶつ言う俺に、小宮はそれをまた物言いたげにじっと見つめ、へへっと笑った。
「…へ、へへ。アンタ、変っスよ。かなり」
「うっせえ!」
勢いよく返した俺に答えたのは、けど、かなり神妙な、つらそうな声だった。


「けど、俺。もう、やべぇから。置いてって、いいから」


重い言葉に、思わず目を見開く。
「…! 何がだよ」
「一人で、逃げ、ねえと。俺、一緒じゃ逃げらんない…っすよ」
「何カッコつけてんだよ! んな場合じゃねえだろ!」
「カッコ、つけてんの。そっち…っすよ。へへ。本当に俺、置いてってい… げぼっごほっ!」
「小宮ッ!」
多量の血を吐き出す小宮に、俺は気が焦った。
本当に、このままここから動けないんじゃ、コイツ、手遅れになっちまう。
「あぁもう、いいから、しゃべんなっ! くそ、久保ちゃんの携帯番号、ずっと前のまま変えてねえといいけど」
俺は、ズボンのポケットから、慌ただしく携帯を取り出した。
久保ちゃんは俺と出会ってから、携帯を買い換えて番号も変えてる。
けど、しばらくだけは前の番号も使ってたから、俺は幸運なことにそれも覚えてた。
だから、たぶん。
この番号で、久保ちゃんの携帯に…。
――かかってくれ…!


『……はい、もしもし?』


「久保ちゃん!? 小宮がヤバイんだ! 急いで来てくれ! 久保ちゃん、頼むっ!」


『…今、どこだ』
淡々とした返答。
その声の中に、焦りと不安があるのを感じられるのは、たぶん俺ぐらいだろう。
…なんて。
んな時に優越感に浸ってる場合じゃねえって。
あまり要領得ない上手くない説明だが、ともかく現在位置をどうにか告げ、電話を切る。
「アンタ…」
「あぁ、久保ちゃん来るって。もう大丈夫だから」
言うが早いか、近くに東条のヤツらが迫ってきてる声が聞こえる。
ここも、あまり長くは無理か。
けど移動するにも、どうやら人数が大幅に増やされたらしく、話し声も方々から聞こえる。
出ていけば、まさしく"飛んで火にいる夏の虫"、だ。畜生。

「確かに。テメエ連れてちゃ、色々面倒だな」

独り言のように呟いた言葉に、小宮が絞り出すような声で言う。
「だから、置いて行けつってるん…す…よ」
痛みは、相当酷そうだ。
これでは、到底動くのなんて無理だ。
それに動けば、当然出血も増える。もっとヤバイ。

「――だな」

つーことは、今取れる作戦は一つ。
決心して、立ち上がった。
「おし! 此処にいろよ」
「え?」
「ここならたぶん、もう少しは大丈夫だ。久保ちゃんが近くに来たら、これで呼び出せ。ほら携帯、貸してやっから。久保ちゃんの番号入ってる。つか、久保ちゃんの番号しか入ってねぇから、ぜってえ間違わねぇし!」
小宮の手に携帯を渡し、ニッと笑う俺に、小宮がみるみる蒼白になる。
「…アンタ、まさか!」
「ぜってえ、久保ちゃん来るまで此処動くな!」
「ちょ、ちょっと待っ…! アンタ、いったい何する気…!」


「俺が囮んなる」
「――!」


「出来るだけ、こっからヤツら引き離すから。いいか、じっとしてろよな!」
言って、駆け出す。
小宮が、俺の背中に叫ぶ。
「な、なんで! なんでそんなこと…! そんなの、イミないじゃないっスか! やくざモン、身体張って助けたって、アンタに何の得があるってんだよおッ――!!」
それに肩越しに振り返り、ニカッと笑った。
「あるぜ」
「えっ」

「お前が死んだら、久保ちゃんが泣く。心ん中の、自分も全然気がつかねぇとこで。いっぱい血流して、泣くんだ―」






そんなこと、絶対俺が許さねえから。












こんなお話ですが、ちゃんと久保時で、ちゃんとハッピーエンドですから(滝汗)