「Innocent Christmas」
      



一度、蛮の仕事中にマリーアに預けられた銀次は、その後の数度の来訪と、たびたび送られてくるプレゼントの山に魅せられ、すっかり彼女を信頼し懐いてしまった。(無論、蛮は面白くない)
しかも、蛮がクソババアと呼ぶのをどうやら真似たらしく、初めての呼称は、愛らしく「ばぁば」。 
蛮は、"こりゃあいい。名実ともについにテメエもババアだな!"と嗤ったが、当のマリーアはそんなことなどまったく耳にも入らない様子で。
とにかく、いや、それはもう、大変な喜びようだったのだ。
まだ気持ちも身体も若いのに、「おじいちゃん」や「おばあちゃん」などという年寄り臭い呼び方など言語道断、孫が出来ても絶対そんな風に呼ばせるものか!と言っていた人ほど、実際「おばーちゃんv」などと呼ばれた途端。
ころっと態度が変わるものらしいが。
…やれやれ。
魔女も例外ではないらしい。
そんなこんなで、じじばばとは、かくも厄介なものだと思い知る昨今である。
(まさか育児の大変さ以外に、そんなことまで身につまされる羽目になるとは思わなかった)

脱力する蛮の足元で、銀次がふと。
マリーアの脇に置かれた、細長い箱に気がつき、首を傾げた。
箱を指差し、マリーアを見上げる。
「ばぁば? こーれ?」
「んー? あぁ、それね、クリスマスツリーよ! どうせ蛮は買ってくれないだろうし、でも、銀ちゃんなら、きっと欲しがるんじゃないかしらと思って! 出してみる?」
「つり?」
「そうそう」
「オ、トト?」
「んー? あぁ、お魚釣るやつじゃなくてね。こういうのよ、ほらほら」
言いながら、一緒に持ってきたクリスマスの絵本を、マリーアが開いて見せるなり、銀次の頬がぱああっと真っ赤に染まった。
実は、こっそりひっそり。
胸の中で、あこがれていたものだ。

テレビの中でチラリと見た、きらきら光った飾りとか明かりの点ったきれいな木。
初めてニュースか何かで街角に飾られているのを見た時は、あまりのきれいさに一瞬ぼうぜんとしてしまった。
そして、胸がすごくどきどきしてきて。
ずずっと前に這い擦って行って、テレビにぺたっと顔を張りつかせたら、『こら、目が悪くなるぞ!』と蛮に叱られてしまったけど。

お外に行かないと見られないと思っていたのに。
おうちの中に持って帰ってもいいものだったの?
しかも。
こんな小ちゃい箱に入っちゃうの? 
木?

銀次が、大きな瞳をぱちぱちさせる。
マリーアが箱を開いて中のツリーを取り出すなり、わくわくとその瞬間を待っていた銀次の首が、そのまま、ん?と横に傾げられた。

…あれれ?
みどりの、ちくちくはっぱ?
だけ?
きらきらじゃない、よ?
どうして??

ギモンの瞳をしたまま、こういう時、銀次は真っ先に蛮を見る。
わからないことや知らないことは、みんな"蛮ちゃん"なら知っているからだ。
蛮が、その意味を察して低く笑った。
「飾りとか電球とかをよ。後でその木に飾ってくんだよ」
「ぴよ?」
「箱に一緒に入ってるだろうが」
「んん?」
「銀ちゃん。ほら、これとか。これ」
「あう?」
「こうやってね。引っ掛けてくのよ、枝に」
「うぉおおおお!?」
「これは電球。灯りがつくの。とってもきれいなのよ」
「ぴーーーっっ」
「で。これが、てっぺんのお星さま」
いろいろ箱から取り出されて説明されて、銀次の頬が興奮で真っ赤になる。
「蛮ちゃ!!」
蛮を振り返るなり、満面の笑みを浮かべた。
「おう、よかったな」
クソババアめと忌ま忌ましく思いつつも、笑顔の銀次にはかなわず、つい蛮が目を細める。
「さて。じゃあ、ばぁばと飾りつけてみるかなー?」
金の頭を、本当に小さい子にするように撫で撫でしながら、にっこりとマリーアが言った。
銀次が、少々困ったような顔になる。
「ーう」
「ん? どうしたの、銀ちゃん?」
顔を覗きこむようにされて、銀次がちらりと蛮を見る。
「蛮ちゃ!」
「ん?」
「蛮ちゃ、と!」
指差しとともに、意志の強そうな瞳で明解に答える。
マリーアが肩を竦め、くすっと笑んだ。
「あらー、フラれちゃったわねえ」
「……めんちゃ…」
さも申し訳なさそうな銀次の髪を、またやさしく撫で撫でとして、その耳元でこっそり、『いい子ねv』とマリーアが囁く。
そして、きょとんとする銀次ににっこりと微笑むと、わざとらしく声のボリュームを上げ、蛮に聞こえるように言った。
「いいのよ。私もその方が、蛮に恨まれなくてすむしねーv」
「んーだよ、その言い方はよ。誰が、ツリーごときで恨むかっての。ガキじゃあるめえし、馬鹿馬鹿しい」
「"ツリーごとき"では恨まれないでしょうけどねぇ。ねえ、銀ちゃん?」
「あぁ!?」
「ぴよ?」
二人同時に返ってきた返事にくすくす笑いながら、マリーアが立ち上がり、紙袋のうち、2つをキッチンへと移動させる。
「そうそう。いろいろご馳走作ってきたから、夜に蛮にあっためてもらいなさいね、銀ちゃん。あ、それとジュースも買ってきたわよー」
「わー!」
「あ。ケーキは蛮に買ってもらう?」
「けーき?」
どうしてケーキ?と思いながらも、銀次が瞳をぱちぱちとさせる。

そりゃあもう。
ケーキは大スキだけど!
蛮ちゃんのおたんじょう日に、いっしょにたべたけーきは、
おいしくて、おいしくて。
ほっぺがおっこちたけど!(それは大変)
おたんじょうびじゃなくても、けーきってたべられるもの?

思いつつ、銀次が蛮をちらりと見る。
その期待に満ちた瞳に、少々ふてくされた口調で蛮が答えた。

「あぁ。ケーキぐれえ買ってやらあ」