「DeepBlack 5」



出来たてのオムレツを皿にのせ、適当にちぎったレタスを添えて、焼けたトーストを別の皿に置いたところで、ベッドの上の丸く盛り上がった山がもぞもぞと身じろいだ。
相変わらず、食べ物の匂いには鼻が効く。
「……ん…」
美味しそうな匂いにつられて、つい微笑を浮かべてしまう寝顔に、蛮がくすりと笑みを漏らした。
ベッドの傍らに行く。
「どうやら、腹時計は正確みてえだな」
呟いてベッドに腰かけ、寝乱れた金色の髪をくしゃりと撫でてやると、また小さく身じろいだ。
ぴくりと動いたやわらかな瞼にそっと唇をふれさせれば、口許がやんわりと幸福げな笑みを浮かべる。
おっとりと、両の睫毛が持ち上がった。
「んあ…。おなかすいたー」
…おいおい。
「第一声がそれかよ。色気ねえな」
呆れたように言われて、銀次が目をしばたたかせる。
「あれ…? 蛮ちゃん…?」
「あれ、じゃねえだろ。メシ、出来たぞ」
「うそっ。蛮ちゃんが、朝ごはん作ってくれたの?」
「あぁ、この寝ボスケは、何がどうでも起きやしねぇからな」
「うわわ〜っ、ごめん! 俺、完全寝坊し…」
慌てて上体をがばっと起こしかけ、途端に下肢に走った何とも言い難い疼きと怠さに、うっと小さく呻きを上げる。バランスを崩しかけた身体は、蛮の腕に支えられた。
「…あ。ごめん」
裸の胸に抱きとられ、銀次の頬がほんのりと染まる。
と、次の瞬間。
疼くような痛みの生じた場所に気付いて、今度はぼんっ!と音がする勢いで、両の耳朶と首筋まで真っ赤になった。
好ましい初さに内心でほくそ笑み、蛮が訊ねる。
「メシ、こっちに運んできてやろうか?」
「え、いいよ、平気。テーブルまでくらい歩…うわあっ!」
「うるせえ、いちいち叫ぶなっての。いい加減慣れやがれ」
「って! だだだって、あの…!」
いきなり逞しい腕に抱き上げられ、今度は全身がかっと真っ赤に染まる。だんだんに赤みが全身に広がっていくあたり。なんとも目に愉しい。
ベッドからキッチンの小さなテーブルまでの僅かな距離を運ばれる間も、気恥ずかしそうにしながらも、銀次がおずおずと蛮の肩に腕を回して甘えてくる。
可愛いらしいしぐさに、つい唇を塞ごうとするなり。
まるで咎めるように、蛮のジーンズのポケットで携帯が鳴り響いた。
「うわ、びっくりした」
「んだよ、いいところで」
「っていうか、蛮ちゃん」
「あぁ?」
「電話、出ないの?」
「あぁ、テメエ、出ろ」
「え、出ろって。蛮ちゃんの電話だよ?」
「俺は今、手が離せねぇだろうが」
「…うーん」
俺を置いてから出ればいいのに、と口中でもごもご言いつつも、抱きかかえられたまま仕方なく、銀次が蛮のジーンズのポケットへと手を伸ばす。
どうにか携帯を手に取り、蛮を見るけれど、目で"出ろ"と合図され、仕方なく二つ折りのそれを開いた。
「よいしょっと…。もしもし。――えぇっと、あの…。うわわ、すみません、俺、蛮ちゃんじゃないんで! お、怒んないでっ。ち、ちょっと待ってください、今、代わりま…。えっ? 俺? あ、はい。そうです、銀次です…けど?」
瞳をぱちぱちさせながら電話に応じつつも、いかにも何か問いたそうな顔で、銀次がちらりと蛮を見る。
電話の相手が自分の名前を知っていたことにかなり不審げだった顔が、相手の名を聞くなり、すぐさまほっとしたように晴れやかになった。
「あぁ、なんだ、カヅッちゃんだ! 久しぶりっ!」
なーにが"カヅッちゃん"だ。顔も知らねぇくせに、慣れ慣れしく呼んでんじゃねえよと、内心で舌打ちつつ、蛮がゆっくりとテーブルの前の椅子に銀次を下ろす。
小さなテーブルの上には、既に朝食が並べられていて、電話の向こうに相槌を返しながらも、銀次の目が"おいしそう!"ときらきらと輝く。
蛮がそれに苦笑しつつ、コーヒーをマグカップに注ぐと、良い香りに銀次の腹がきゅう〜と可愛いらしい音をたてた。