あのね、蛮ちゃん。



いつか俺たちが、奪還屋を引退して、
4代目の誰かに、
Getbackersの名前を引き継いでもらう時がきたらさ。



そのあとも、ずっと。
俺、蛮ちゃんと一緒にいてもいい?
もう、GetBackersじゃなくなってもさ。





無限城のある裏新宿を離れて。
うーん、そうだなぁ。
たとえば、海の近くにおうち借りて。
波児さんみたく、一緒にお店とかできたらいいね。



あ、でも。
俺、ごはんとか作れないから。
ごはん作ったり、コーヒー淹れたりすんのは蛮ちゃんね。
俺は、ウエイトレスさん。

え、男はウエイトレスって言わないの?
あぁ、コーヒー淹れるのは、俺も頑張って練習するよ。
うん? 出来るよ、俺だって。

練習したらさ。
きっとレナちゃんぐらいには。
うん、彼女もさ。
最初は、すんごいオソロシイ味のコーヒー飲まされたケド。
今では、すっかり美味しいコーヒー淹れられるようになったしね。
俺も頑張る。




蛮ちゃんの作ったごはん、お客さんのテーブルに運んで。
下げたお皿をきれいに洗って。
時には、お客さんとのお喋りを楽しんで。
そんで、
「いつも二人仲いいねえ」とか、
時々ひやかされたりしてね。

え、キモチ悪い? 
ひっどいなあ。






とにかくさ。
運命とか宿命とか、そんなのに、
もう邪魔されずに。



蛮ちゃんと二人で、
毎日毎日、笑って穏やかに暮らしたいなあって。




ささやかだけどさ。
それが俺の夢、かな。
ずっと、ずっとまだ、先の。












うん。
わかってる。



それまでに、やんなきゃならないことが。
まだ、たくさんあるよね。





それに俺。
やっぱり、『奪還屋』が、
一番俺たちにぴったりくるなって、
本当、心からそう思うから。




蛮ちゃんと一緒に『奪還屋』できて、
ほんとにしあわせだなって。
うん、本当だよ。
本当に、そう思ってる。







ありがとう。蛮ちゃん。
蛮ちゃんに出会えて、俺、ほんとにしあわせだった。




いつもいつも、
蛮ちゃんに助けてもらってばかりだったね。
ごめんね。






だから。
今度はさ。


俺に助けさせてね。
俺に、蛮ちゃんを助けさせて。













二人で、海の近くでお店持つことは、
もうきっと、かなわないけど。



永い眠りの中で、ゆっくりと夢で見るね。
きっと、しあわせな眠りになるね……。









蛮ちゃん、大好き……。






俺、しあわせだよ…。
ずっと、しあわせだったよ…。
今、この瞬間も、とってもしあわせ。




















たとえ、自分がこのセカイにとって、
疎まれるべき存在だったとしても――。





















「DeepBlack 4」



「ねえねぇ、あれカラーコンタクトかなぁ!?」


ふと、近くでバイトの女のコたちが、何やらきゃあきゃあと騒いでいる声が耳に入る。
もしかしたら、しばらく前からそんな風に賑々しかったのかもしれないけれど、銀次自身も頭の中がかなり一人で騒々しかったため、まったく気がつかなかった。

「おいっ、お前ら。うるせーよ、仕事中だぞ」
声を潜め、長身の腰に手を当てて、さっきの大学生が入ったばかりのバイトの女の子たちを注意する。
「だって、エジマさーん!」
それでもちっとも懲りていない彼女たちは、さっき一人で入ってきた男性客が超素敵なので、誰がメニューを持って行くか相談して(競って)いたのだと言う。
彼のなかなかに男前の顔が、とんでもなく苦渋くなった。
「へー、そう」
「だって、ねぇ」
またきゃあきゃあ言い始める彼女たちに、一瞥をくれ、彼がはあと溜息をつく。

「あっそ。はい、天野。これ持ってって」

ぼけっとその様子を見ていた銀次が、いきなりメニューと水の入ったグラスをトレイごと押しつけられ、ぎょっとなる。
「え、あの」
「8番だってさ。持ってって」
「で、でも」
「ほら、早く」
ポンと背中を押され、女の子たちの抗議のような悲鳴を背に、銀次が指示されたテーブルに向かう。


やれやれ。エジマさんってば。意地悪しちゃって、もう。
ていうか、こういう場合。
後で恨まれるの、やっぱり俺だと思うんだけど。


あーぁと極小の息を落としつつ、一番奥の窓際の席へと向かう。
まあでも、仕事だしね。お客さんがカッコいいとかそんなことで、いちいち騒いでられちゃたまらないかも。
考えながら、にっこりと営業スマイルを浮かべて、テーブルの横に立つ。
――とはいえ。ちょっと気になる。


さて、どんなカッコイイ人なんだか。
って言っても、俺。
カッコいいって、蛮ちゃんしか顔思い浮かばないケドね。
いや、惚気じゃなくて、本当にね。


「いらっしゃいませ」
言って、丁寧にグラスをテーブルに置くなり、目前で苦笑が漏らされた。
何かしくじったかとぎょっとしていると、今度は半笑いの声が言う。


「何だよ、テメエ。まるで、七五三みてぇだな」
「へ?」


聞き覚えの有り過ぎな声に、まさかついに幻聴が聞こえるようになったのか?といぶかしみつつ、ゆっくりと視線を上げる。
「よう」
途端に、頬杖をついて自分を見上げる、やさしげな瞳と目線が合った。

「…えっ」

「それでもよく見りゃ、そこそこサマにはなってるか」
言われように、銀次の両の頬が一気にかぁあっ!と真っ赤に染まる。
「え、え、? う、嘘…っ」
「嘘たぁ何だ。せっかくヒトがサマになってるって、お世辞言ってやってんのによ」
返ってきた毒づきに、銀次が驚きを通り越して半ばパニックに陥りつつ、わたわたと言う。
「えっ! い、いや! そういう意味の嘘っ、じゃなくてですね! ていうか! な、何がっていうか、何でここにっていうか! え、え、え?? 俺、もしかして白昼夢見てるっ!?」
「何、一人でテンパってんだよ、バーカ」
「ば、ば、馬鹿って! ほ、本物っ!? 本物の蛮ちゃん!?」
「当たり前だろうが」
「ほ、ホントにホントに、蛮ちゃんっ!?」
「おうよ」
"しつけえ"と笑いながら言われて、じんわりと銀次の眦に涙が滲む。
赤くなってくるのが自分でもわかって、慌てて制服の袖でごしごしと拭った。
それを見上げる独特の色彩を持つ瞳が(それで、カラーコンタクト?と騒がれていたらしい)、やさしく細められる。
「アホ。泣いてんじゃねえよ、大袈裟な」
「な、泣いてないよっ」
「嘘つけ」
「嘘じゃないもん。もーお、蛮ちゃんっ」
「何だよ」
「今日来るなら来るって、ちゃんと電話くれたら、俺…」
「あぁ、泣くなっての。だーから、予定より一日早く仕事のケリがついたんだよ。で、金の受け取りの約束も、依頼主の事情で今日の夕方だったのが急遽今朝になったからよ。受け取ったその足で、新宿出てきた」
「…そう、なんだ」
「俺も、早く顔見たかったからよ」
「蛮ちゃん…」
銀次が、蛮の言葉に涙ぐみながら頬を染める。
その頬に軽く手を差し伸べ、青灰の瞳を細めて、包みこむように蛮が笑んだ。