「DAWN PURPLE」 瞬く間に戦闘は終了した。 蛮は、倒れ伏すベルトラインの男らを満足げに見下ろし、冷酷な笑みを浮かべると、まだ息のありそうな一人を背中から靴底に踏みつけた。 「よう―。ちょいと聞きてえことがあるんだがよ」 虫の息のその男から、低く咆哮のような呻きが漏れた。 「テメエらの仲間に、"ユーべル"って男がいるか? 片耳に、でけえ黒い石のピアスしてやがるんだが」 「…」 「どーよ。覚えあるか? おら! 答えろ!」 「ぐぅ…」 思い切り背中を踏みつけられ、少年とは思えないその力に男が白目を剥きながら微かに頷いた。 「そっか。あんがとよ――」 "今、楽に…"と右腕を振りかざし、しかし、それは止めた。 どういうわけか、瞳の奥に銀次の姿がちらついた。 チ!と舌打ちし、男の上から足を退け、ゆっくりと歩き出す。 それに、まだ利用価値はありそうだ。生かしておくことに。 考え、蛮はサングラスを中指で僅かに持ち上げると、その口元に企みの笑みを張り付かせた。 広場の端の瓦礫の下にあるシェルターの扉を見つけると、蛮はそこに屈み込み、拳で軽くノックした。呼びかける。 「銀次。いるか?」 内側からロックされているそれは、蛮の声に、ややあって、ロックを外した微かな音を響かせた。 もっともロックがあろうが無かろうが、この程度の扉を開くのは蛮にとってはたやすい事だったけれど。 まじない程度のモンだな、と思いつつも、その重い扉が開かれるのを待つ。 そして、数センチばかり開いたところを、上から取っ手の部分を持ち上げ、引き上げてやる。 琥珀の瞳が、蛮を見るなり心から安堵したように細められた。 蛮がそれに笑みを返し、その中を見る。 一畳分ほどの緊急避難シェルターは浅く、銀次はその中で、片腕に龍華を抱きしめ、もう片方の腕だけで扉を開いたらしかった。 きっと扉が開かれるまでは、二人で寄り添う雛鳥のように、彼女を腕に抱き包むようにして、この中で身を丸めていたに違いない。 蛮の胸の内に、チクリと嫌な痛みが走った。 同時に、暗い炎のような感情も。 それが何だとは、当の蛮にすら、理解し難かったけれど。 「バン、ちゃん…! 大丈夫!? 怪我は!」 「おう、片づけたぜ? 全部な」 「って、あのバケモノみたいなヤツも…!?」 「ったりめーよ。あれぐれぇ、大したこたぁねえ」 不敵に笑む蛮に、シェルターの中から腕を取って引き出され、銀次がその顔を凝視する。 「す、すごい…ね」 声が震えている。 蛮が、いぶかしむようにその瞳を覗き込んだ。 「あ?」 「な、なんかオレ――」 「おい、どうした?」 「オレ、オレ…」 言って、唇をぎゅっと噛みしめ、涙まで滲ませて顔を歪ませる銀次に、蛮が慌てたようにその肩に両手をかける。 「銀次? な、なんだよ…」 「オレ、逃げ出してきたものの、すごく心配で…! もし、バンちゃんが! どうかなっちゃったら、どうしよう…って!」 ぽろりと落ちる涙が、蛮の胸に染み入る。 誰かに泣くほど心配されたことなんて、過去になかったから、どう答えていいかわからない。 「―ば、ばーか。言ったろ? 普通のガキたぁ、ワケが違うんだよ、こちとらよー」 「でも、でも…」 「あぁ、もう泣くな! オメー、オンナの前でカッコ悪ぃだろうが! せっかくナイト様やってたのによー」 「…でも、オレ、何にも出来なくて…」 苦しそうに悔しそうに言う銀次に、その後ろからニコリとして龍華が声をかける。 「そんなことないよ! 銀次くんはいっつも、自分が盾になってでも、みんなを守ろうとしてくれるもん。今日だって、嬉しかったよ。私」 「龍華…」 驚いたように少女を振り返る銀次に、蛮がその額をこつんと拳で突っついて笑みを浮かべる。 「――だとよ。よかったな」 「バンちゃん…」 自分を見上げる琥珀の瞳と、一緒に見上げてくる少女の大きな黒い瞳に、蛮が居心地悪そうに視線を逸らす。 二人の瞳は、どこか似ている。 汚れのなさとか、潔さだとか――。 ふいに、その四つの瞳に見られている自分が、今しがたまで殺戮に興じていたことを思い出し、蛮はいたたまれない気分になった。 苦い思いのまま、銀次を離れ、踵を返す。 「さあて、と」 「え? バンちゃん?」 「嬢ちゃん、ちゃんと送っていけよ、お前」 「あ、うん。でもバンちゃんは?」 「オレは――。ちっと疲れた。まだ本調子じゃねえからよ。塒帰って、休まぁ」 「…あ、そうなの」 「お前も、今日はもう来んな。まだしばらくは、油断ならねぇから。大人の側から離れるな」 「うん…」 「じゃあな」 言って、蛮が銀次を見ないようにしつつ歩き出す。 胸の奥は、相変わらず痛んだ。 が、気のせいだと、自分を騙す。 片手を上げて去っていく蛮の後ろ姿をしばし見つめ、銀次がふいにそれを追って走り出した。 「バンちゃん、バンちゃん!」 「おう?」 いきなり呼び止められて、蛮が立ち止まる。 「なんだ、どうし…! うわあっ」 振り返るなり、駆け寄り飛びついてきた銀次に、蛮が度肝を抜かれたように瞳を見開いた。 咄嗟に抱き留めたはいいが、なおも強く首にしがみつかれて、あまりのことに思わず蛮の頬が熱くなる。 「ありがとう、ありがとう、バンちゃん! 来てくれて、オレ、すっごく嬉しかった!」 「ば、ばか、抱きつくな! 気色悪いだろうが、アホっ」 「だって、だって!」 「だってじゃねえ! お前なあ! オンナの前だぞ、ちったぁ憚れ!」 「えーなんでー? だって、本当に嬉しかったんだもんー!」 「だーから、オンナの前で、そういうことをだなあ!」 「バンちゃーん、大好きv」 「人の話を聞け〜〜!」 そんな二人のやりとりを、龍華はくすくす笑いながら、微笑ましげに見守っていた。 「DAWN PURPLE」 84〜86Pの抜粋です。本編152Pなので、ちょうど真ん中部分ですね。 いろいろあった末のこのシーンで、さらにこれから色々あります(笑) もっとらぶらぶなとこにしようかなーと思ったのですが、今回エロが入らなかったし(ちゅーはしてます、何回も)、そこ抜粋しちゃうと勿体ないかなあと(オオイ)。 というわけで。 龍華を守ろうとする銀次に、”片想い”気分の美堂蛮、これでも13歳(笑) なんで”バンちゃん”がカタカナなの?ってコトは内緒ですv ラストは、もちろんハッピーエンドですv |