Breathless Love







「そんなに死にたきゃ、殺してやろうか? 俺が今、ここで」

呟き、そっと眠っている首に両手の指をかける。
銀次は微動だにしない。
薄暗がりの部屋の中でさえ、それとわかるほど青白い顔をして。
…指先に力を込める。
「細せえ首だ。手折るのにゃ左手で充分だな」
こぼして、その言葉の通り、左手の中に細首を掴んだ。
指先が脈動を感じる。
紛れもなく、今、コイツが生きているという証の。

「おいこら、気持ち良くおねんねしてる場合じゃねえぜ。目を醒ませ。テメエは今、俺に殺られようとしてるんだぞ」

耳元に囁くように、告げる。
最後通牒だと言わんばかりに。
それでも身じろぎさえしない銀次にフ…と微笑を漏らし、先ほどから気になって仕方なかったその唇に、悪戯のように自分のそれを静かに寄せる。
一瞬だけ微かにふれた口づけは、なんともいえず切なかった。
相手の瞳が閉ざされたままだと、まるで死の接吻のようで。
僅かながら胸が軋む。

「…よう。童話の世界じゃ、姫君はキスで寝覚めるもんだがよ。無限城のお姫は、理想が高えのか? 邪眼の王の口づけにも靡かねえたぁ、いい度胸だぜ?」


言いながら嗤う。
まさしく自嘲の笑みだ。
柄にもなく、舞い上がってる。
欲しいものをやっと手に入れた、傲慢な子供のようだ。
自分の手の内に入れば、後はどうしようが自身の自由。
たとえば、煮て食おうが焼いて食おうが。
いっそ壊してしまおうが。

「…さて、どうすっかな」

独りごちて、首を掴んだ指を緩め、その鎖骨の上へとそのまま滑らす。
なめらかな肌。
正直、欲しいと思う。
他の誰でもなく、コイツが。
そういう欲をまさか本人にぶつける気は、今の今までなかったのだが。
焦がれた相手を、こうして目前にしてみれば。自制は効きそうにない。
自分の好きにしてみたくてたまらない。
これは、至極普通の感情なのだろうか?

しかし自らの意志で玉座を降りたとはいえ、気位の高そうな帝王が、果たして下賤の者に足を開くだろうか。

それでも欲が湧く。
いっそ無理強いでも構わないから、このまま――。




「…!」


蛮が、突如瞳を険しくさせた。
射るようにドアを睨む。
そして小さく舌打ちすると、銀次の上に傾けていた上体を戻し、ベッドを下りた。
ドアの前で、再びその紫紺がさらに険しくなる。
と、同時に、ガッ!とその扉を外に押しやった。

「うわっ」

その前にいた男が突然のことに驚き、まるで猫が飛びすさるように後退る。
いかにもサラリーマン風な出で立ちだが。
気質じゃないのは、一目瞭然。
蛮が眼光鋭くしてそれを睨み、不機嫌に低く言う。

「何だ」
「あ、いや」
「用か?」
「あ、ええっと! 美堂さんに、飛びきりレアな耳寄り情報をお持ちしたんですが。い、いかがです? 買っていただけません?」
今にも首の一つでも引きちぎられそうな殺気に、しどろもどろになりつつ男が言う。
身なりの通りの営業的な話し口調に、蛮がさらに不機嫌さを露にした。
眉を険しくさせる。

もっとも、こんな風貌ではあるが、蛮と面識があるくらいである。
おどおどしているのも実は演技で、裏社会では結構に有名な情報屋らしい。腕も立つとか。
が、蛮は基本的に男の情報屋とは取引をしない。
周知の事実である筈をそれを圧して、わざわざこんな夜更けに部屋まで訪ねてくるあたり、目的は別にあるようだ。

確かに、情報は評判通り、速く正確のようだ。
早々に探りを入れに来たか?と蛮が思う。
銀次が眠ってくれているのは幸いだった。

「間に合ってんぜ」
「あ、お話の障りだけでも少しいかがです? きっと興味を持っていただけるかと」
「興味、ねぇ。へえ、何だろうな?」
「無限城に関して」
「無限城? 別に興味ねえがな。つい先だって仕事で入り込んだがよ。どうってことなかったぜ。大して強えヤツもいなかったしな」
「ああ! そういや、あの"雷帝"を倒されたとかで! もうそりゃあ、同業者の間でも一時凄い騒ぎでしたよ!」
「へー、そうかよ」

「――で、その"雷帝"なんですが」
唐突に声が潜められる。
蛮は、仕方なく食いつく振りをした。

「あ? 雷帝がなんだって?」
「失踪したって話なんですよ」
「失踪だ?」
「ええ。無限城からいなくなったと」
「へえ」
「どこに行ったと思います?」
「さあ、ねぇ。興味ねえな」
「そうですか?」
「おうよ」

「――"雷帝"はあの後。かなりご執心だったようですよ、貴方に」

「何が言いてえ?」
「もしかしたら。貴方が、その行方をご存じなんじゃないですか? 美堂さん」
「俺が、ねぇ」

言葉に殺気が込められる。
それ以上言うと殺すぞという脅しにも、どうやら屈する気はないらしい。
出来るだけ穏便にお引き取りいただければ、それに越したことはないのだが、それも何やら難しそうだ。
コイツに何かあった時は、同業者が動く手筈になってるだろう事も、なんとなく予想がつく。
それでも敢えて、てっとり早くお引き取り願う方法を取るべきかと算段し、蛮がにやりとした。

「どーでもいいがよ。俺は今猛烈に眠くて、すこぶる機嫌が悪ぃんだが?」
「あぁ、そのようです、ね」
「テメエに、いざベッドに入るかってとこを邪魔されて、すげえムカついてる」
「あ、あぁ、なるほど」
ひきつり笑いの顔を凄みのある笑みで見つめ、ポキリとわざとらしく右手の指を鳴らした。
男の顔から、サァッと笑みが消え、血の気も引いていく。

「だからよ。今、ここでテメエが俺にブッ殺されても、文句は言えねえって…―!」

ひいぃ!と震え上がる男の頭を左手で掴み、説き伏せるように言いかけて、蛮がハッと目を剥いた。
情報屋も同時だった。
背後から、氷水を背中から浴びさせられたような凄まじい殺気と、ただならぬ強烈な気配。

と、前後して蛮の傍らをピシイィ…!と大気を劈いて、稲妻が駆け抜ける。
男は恐怖に震え上がりつつも、確信に満ちて、口元をへらへらさせた。気味の悪い顔だ。


狙い通り、探していた男はここにいるらしい。
間違いない。この電撃。

「や、やあ…。めずらしいですね、美堂さん。貴方が他人を部屋にいれるなんて。し、しかも今の、アレって、電気、ですかね…?」
「――テメエ!」


忌々しげに情報屋を睨み、それから室内を振り返ってぎょっとなる。
あれほど深く眠っていた筈の銀次が、いつのまにか上体を起こしてベッドに腰掛けていたからだ。


「お前…! 此処はあの中じゃねえんだ! いきなり電撃ブッ放すヤツがあるか!」
「…あ」


やおら起き抜けに怒鳴られ、銀次が驚いて呆然となる。
単に、自らのセンサーで危険信号を察知して、それに反射的に対応しただけのことなのだろうが。

しかし、場所と状況でいえば、タイミングは最悪だ。














この後、雷帝銀ちゃんは、美堂蛮に美味しくいただかれちゃいました…。