「blue season」
ぶるーでいず 
     





「ったく! しっつけえな、テメエも!」

無限城外ではあるものの、まだその支配エリア内の廃ビル群の一角で、やっと追いついた美堂蛮の腕を掴むと、銀次は荒い息を吐き出しながら、その紫紺を睨むようにして言った。

「もう一度、俺と戦え…!」

だが、必死の形相で告げたにも関わらず、返ってきたのは心底呆れたような声で。
「あぁ? もう決着はついただろうが。何度やっても、テメエはもう俺には勝てねえ」
「なんで、わかる…っ」
「見切ったからよ、テメエの力。攻撃パターンももう頭に入ってる。今のお前は、力に頼ってるだけだ。戦い方に、工夫ってモンが全くねえ」
「戦い、方…?」
思いもよらなかった答えに、銀次がやや呆然とする。
そんなこと考えたこともなかったというような顔に、蛮がやれやれと両肩を聳やかした。
「まあ、それで今まで負けたことがねえってんだったらよ。よっぽどテメエの運が強いか、相手の頭が悪かったか、ドッチかじゃねえの」
「…そんな」
「まー、バトルは力だけのモンでもねえし?」
「なら…。何なんだ…」
わからないという表情に、蛮が肩越しにそれを見返し、サングラスの真ん中を中指で押さえて持ち上げる。
「んなこたぁ、自分で考えな」
初めて真近で見る、きれいで深い紫紺の瞳。
銀次が答えるのも忘れて、それに見とれる。
「つーかよ。お山の大将が、こんなとこまで俺について出てきちまっていいのかよ?」
揶揄を含んだ言い様に、銀次がキッと両の瞳の光を強める。睨むようなそれに戻った。
「あんたと、もう一度戦ったら。―それで、戻る」
「へえ」
「だから、もう一度」
「やなこった」
にべもない返事に、琥珀が今度はかっと見開かれる。
「な…!」
「俺ぁ生憎、いつまでもテメエの相手をしてられるほどヒマじゃねえんだよ。第一、んな生半可な覚悟じゃ、何べんやっても一緒だっての」
「生半可?」
「おぅよ。ま、負けた理由が知りてえってのなら、教えてやらねぇでもねえが。またあの中にすっ込む程度の覚悟なら、理由を知ったところでどうしようもねえよ」
突き放すように言って、蛮がポケットから煙草のケースを取り出す。
一本を口に咥えて横柄に振り向けば、ちょうど陰りを映した琥珀が力なく俯いたところで。
蛮がその表情に微かに瞳を眇め、火を点けるタイミングを逃した。
「……それは」
答えようとして、琥珀が揺れる。語尾は掠れた。
「じゃあ、ヒントをやろうか?」
「え…?」
銀次の瞳が、問うように蛮を見る。
その予想外に大きな瞳に、蛮が内心で小さく驚きの声を上げた。
闘った時とはまるで違う一途さで、自分の瞳を無防備に覗き込んでくる琥珀の瞳。
そこには一点の曇りもなく。
ふいにそれに心奥で何かが揺らめき、瞳に取り込みそうになっている自分に気付くと、蛮は掴まれたままになっていた腕をいきなり乱暴に振りほどいた。
銀次が反動で、数歩後退く。


「笑わねぇお前は怖かねェ。何べんやっても負ける気がしねえ」


「…え」
「つまり、そういうこった」
「ど…どういう意味…?」
「さあて?」
「笑わない、俺…?」
「まぁ、考えてもワカんねえようならよ、とっとと自分のお城へ帰れや。カミナリ小僧」


意味がわからず、瞳をぽかりと開いたまま立ち尽くす銀次を背に、蛮がゆっくりとその場を離れるように歩き出す。
ふと口に咥えたままになっていた煙草に気が付くと、ようやく愛用のジッポを取り出し、その先に火を点した。
紫煙が風に流され、まだ茫然としている銀次の視界を白く掠めていく。
互いの存在を背で感じ合いながらも、自然と二人の距離は開いていった。