□あした天気になあれ |
奪還屋の仕事は――。 まず依頼人の話を聞くことから始まる。 仲介屋が間に介している時は、当然仲介料が発生する事になるが、それでも依頼内容や奪還料について、あらかたまとまっている話を聞く事が出来るので、そういう観点から見れば、まぁ楽といえば楽だ。 が、しかし。 街角で配ったチラシなどを見て、直接『Honky Tonk』を訪れる"一見さん"の中には、当然そういうことが苦手な人種もいるわけで。 いざ依頼の話を聞こうにも延々と沈黙する人や、はたまたやたらと喋りまくり、脈絡の無い話が果てしなく続く場合も珍しくなく。 1時間以上も、身の上話やら職場の人間関係やら恋人の浮気の話を聞かされた挙句、いい加減キレた蛮に怒鳴りつけられ、やっと本題に入ってみれば、恐ろしいことにそれまでの話はまったく関係なかった…なんてことも。 ――まぁ、ままあることで。 その週もなぜか、そんな手合いの話が続いて大概うんざりしていた蛮は、自分はカウンターから動かず、奥のボックス席で銀次一人に客の応対をさせていた。 無論。カウンターにいながらもチェックは入れる。 ブルマンを口に運びながら横目でちろりと、ボックス席にふんぞり返って坐る若い男を見遣る。 見るからに女関係の派手そうな、軽薄そうな男。 まぁ、顔立ちは整ってはいるが。 中身のなさが、滲み出ている。 もっとも、こういう軽薄そうなのに限って、寄って行くオンナも多いのだろうが。 「…いいのか?」 読みかけの新聞に落とした視線はそのままに、カウンターの中から波児が声をかける。 「何がだよ」 「銀次一人で話聞かせてよ」 「別にいいんじゃねえ? 一応話だけでも聞いてみようっつったのは、あのヤロウだしよ」 「そりゃ、そうだけどなぁ」 「何が言いてえ」 「どうせ、ロクでもねぇ話と思うがな」 「そんなこたぁ、わかってる。ハナっから、コッチは相手にする気なんざねえっての」 さらりと言ってのける蛮に、波児が肩を竦め、濃いサングラスの下で苦笑を浮かべる。 「何だよ」 「いや。お前はともかくとして。あぁいう手合いと相性が悪いのは、あっちも同じじゃねえかと思ってな」 「…あぁ?」 「案外、短気だろ?」 苦笑しながら、波児がボックス席で憮然としている銀次に向かって顎をしゃくる。 蛮が視線を流して銀次を見、フ…と瞳を細めた。 確かに。 「…まぁな」 それが面白くてよとは、さすがに声には出さず、低い笑いを返しただけだったが。 男の持ってきた依頼内容は、いたってシンプルだった。 『付き合っている女に、携帯を盗まれた。それを奪還して欲しい』。 あまりにわかりやすい話の中身と至極簡単そうな依頼内容に、それなりに構えていた(いかにも面倒なことを言いそうなタイプに見えたのだ)銀次の顔が、ほっと安堵を滲ませた。 が、その程度のことなら、わざわざ人に金を払ってまで頼むような事でもないだろう。 相手が判っているのであれば、その上親しい相手となれば、そこは当人同士の問題だ。自分で何とかすべきである。 そもそも、痴情のもつれに他人が首を突っ込むとろくな事にならねえ、と日ごろ蛮にも言われている事でもあるし。 ここはそう言って穏便にお引取り願うべきかなと、銀次が確認の意味を込めて視線をちらりと蛮に送り、"それでいい"との目での了承を得たところで、では、と男に向き直り、にっこりと営業スマイルをつくる。 「あのですね。そういうのは俺らが仕事として受けるより、キミから恋人にまず訊ねてみる方が先決じゃないかなーと思うんだけど。どうしてキミの携帯を持ってっちゃったかはわからないけど、ちょっとした悪戯のつもりなのかもしれないし、キミが返してって頼んだら、あっさり終わる話なんじゃ…」 ――が。 実際は、そう簡単な話ではなかった。 テーブルの灰皿に、まだ吸い終わっていない煙草をぐしゃっと揉み消した男は、あぁーあと肩で大きく息をつくと、さも面倒臭そうに言った。 「だからよ。聞きたくても、聞けねえから困ってんだろ」 「え、どうして?」 「携帯無いんじゃ、連絡の取りようがねぇじゃん」 「家の電話は?」 「そうじゃなくて。だから、相手の番号がわかんねぇの!」 「あ、そうなんだ。じゃあ、直接会ってみたら? 家とか、あ、家がもしマズいんなら、学校とか勤め先とかに行ってみたら」 「知らねぇよ、そんなの」 「え…!! じゃあ、ええっと。彼女の友達に聞いてみるとか」 「ナンパした女の交友関係まで俺が知るかよ。あんた、バカじゃねぇの?」 「バ、バカって…! あの、ですね。俺はそういうの経験ないんで、ワカんないんですけどっ。なら、えーっと。あれ? キミもしかして、その人の携帯番号とメールアドレスしか知らないの?」 「そ!」 当然だろと言わんばかりにあっさり返し、すましてコーヒーを飲む男に銀次が茫然となる。 それって。 果たして、"付き合ってる"とか言うんだろうか?? 「でもさ、話くらいするじゃんか。家族のこととか、普段どうしてるとか」 「知るか。興味ねぇよ、そんなん」 「ええっ!! けどさ。好きな人のことだったら、やっぱり気になるっていうか、聞きたくなんない?」 「はあー!? "好き"って、何だそれ!!」 さも驚いた、意外だ、有り得ない!というような反応に、銀次の方も驚いてきょとんとなる。 何か俺、変なこと言ったっけ?と、自問しているような顔。 「好きも嫌いもねぇよ、面倒くせぇだろ、そういうの!」 うんざりといった風に答えながら、男が新しい煙草を取り出して咥える。 それに火を付ける安っぽい百円ライターに、『使い捨て』という文字が、蛮の頭を掠めた。 「しあわせがいいなぁ…」より抜粋。 |