□アメノチハレ





――今日の俺は、ブルーです。



Honky Tonkのカウンターの隅でコーヒーを飲みつつ、俺は誰にも気づかれないように、はあと声にならない溜息を落とした。
今日は、夏実ちゃんは、友達とお出かけとかでバイトはお休み。波児さんはめずらしく、古くからの知り合いの人が訪ねてきたとかで、その人のカウンター席の前に立って、楽しそうに昔話に花を咲かせてる。




―そして、蛮ちゃんはといえば。



ちらりと肩ごしに、奥の席を見る。
けど。
今回の依頼人さんである女の人と、何やら奥のボックス席で熱心に話しこんでいる蛮ちゃんは、俺のそんな視線なんて全然気にもとめてくれない。
ふう…っと、今度は心で溜息。



俺が今座っているのは、いつも蛮ちゃんと並んで座る場所じゃなく、一番扉寄りだから、当然その話の内容までは聞き取れはしないんだけど。
でも、なんかさ。


――すごく、楽しそう。


相手の女の人もずっと笑顔で楽しそうに話してるし、蛮ちゃんも、普段は依頼人さん相手に滅多に表情を崩すことなんてないのに。
めずらしく―。
笑ってる。
それを見るにつけ、俺の心は、さらにさらに暗ーい深海のブルーに…。


…はあ…。



ちなみに、今回奪還を依頼されたものは、彼女の愛車。
お母さんと大喧嘩して出て行ってしまったお父さんが、よりにもよって彼女の車を使って家出。
そのまま、車をねぐらにして生活しているらしい。
とりあえず、『父親は帰ってこなくてもいいから車だけは奪り還して欲しい』という、姉妹でのシビアなご依頼を、俺たちは今いち乗り気しないがらも受けることにしたんだけど。
(なんとなく俺も蛮ちゃんも、車なくなったら生活に困るだろうなあと、ヒトごとじゃない気がしちゃったから)

でもなぜか、最初に依頼の話を一緒に聞いた後は、俺は一切蚊帳の外っていうか。
その後、何度か蛮ちゃんの携帯にかかってきた依頼人さんからの電話も、どんな内容だったのか俺には教えてくれなかったし。
それに、いつもなら俺の隣で普通に電話してる蛮ちゃんが、彼女からの電話の時だけは、わざわざ車から降りて話してたし。
それだけでも充分、変だなって思うよね。

結局、彼女の車は、さんざん俺達が探し回った挙句。
どうにか無事見つかって。
お父さんとは何とかお話がついたから(お母さんに謝るそうです。やれやれ)、今日は、その報告と車の引渡しと奪還料の精算に来てもらってるんだけど。
一緒について来てた彼女の妹さんと俺は、なぜかカウンター席へと追い払われ、後のお話は二人だけでってコトになってしまった。



それって、どうして?
いったい何なのかなあって。
ちょっと勘ぐりたくもなるよねー…。
何を、二人でお話しなくちゃなんないんだろう。
もうお仕事は終わったのに。


俺のそんな物言いたげな視線に、蛮ちゃんがやっと気づいたようにコッチを見る。
どきっ。
けど、俺と目が合うと、蛮ちゃんは途端に不機嫌そうな顔になって。
「見てんじゃねえよ」と怖い目で睨まれた。





うっ。
な、なんだよ。
そんな、別に。
ちらっと見るぐらいいいじゃんかー。

ひどいよ。

だいたい、なんで怒るの?
俺、そんな怒られるようなことした?

…ねえ、蛮ちゃん。







「ねえー」
「えっ?」
ふいに、俺の隣でフルーツパフェを食べていた女の子が、長くて小さいスプーンの先をぺろりと舐めて、肘で俺の腕をつっついた。




「なんかさ。やけにイイ感じだよね。あの二人」










「浮気心」より。
銀ちゃんに浮気させようと頑張ったんだけどなあ(笑)