□Addict





「時任ー?」



結局、なぜかリビングにも、時任の姿はなかった。
雑然とした部屋を、久保田がぐるりと見渡す。
この室内も、過去にはもっと整然としていた。
物が、もっと少なかったせいだろうか。
今や、足の踏み場もないといったところだが。



床には放り出されたゲームのコントローラー。
ソファの上には読みかけの漫画と、スナック菓子の空になった袋。
そして。
どういうわけか、倒れてひたひたと床を濡らしている缶のコーラ。


「…?」


見れば、ベランダ側のカーテンが引かれている。
夕日が眩しかった、にしては、どこか不自然だ。
完全に締め切られてはいない隙間から入ってくる風に、その端がひらりと揺れた。


「――…ッ!」


ふいに、ベランダから聞こえてきた小さく呻きのような声とガタッ!という物音に、久保田が眼鏡の奥の瞳をすうっと細める。


そうか、そういうことか…。


思い、心中深く溜息を落とす。
状況から見て、時任が迎えに出られなかった理由がわかった気がした。


恐らくは、久保田のチャイムの音に、慌ててベランダに飛び出したのだろう。
激しく痛む右手を、左手で押さえて。

そっか…。

胸で呟き、コンビニの袋をソファの上に落とすように置き、ゆっくりとリビングを横切る。
そしてカーテンの前まで来ると、その僅かな隙間からそっと呼びかけた。



「時任ー」



微かな呻き声が、それに答えるように耳に届く。
息を詰めるような気配。
痛みは、どうやら今がピークらしい。
それでも黙っているのも不自然かと、何事もなかったように声をかける。


「ただいま」
「…っかえり。久保ちゃ…」


苦しそうな返事。
睫の濃い影を落としながら、久保田が伏し目がちになる。
それでも口調は、そのまま。


「うん。あのさ。時任さぁ」
「久保ちゃん、カーテン…!」
「…ん?」
「開けんな、よ…っ!」
「……うん」


絞り出すような言葉に、久保田が小さく肩で息をつき、それからそのカーテンにクルリと背を向けると、ガラスに凭れるようにして床に腰を下ろす。
コーラの溜まりは、床の上でさらに大きく広がっている。
拭った方がいいのかもしれないが。
久保田の関心は、微塵ほどもそちらには向かなかった。


セッタをくわえ、手慣れた動作で火をつける。
吐き出した紫煙は、どうにも苦味を強く感じた。



背中越に、ベランダで身を丸めて痛みに堪えている時任の気配がする。
苦しげな息。
手負いの獣が唸るような、低い呻き。
溜まらず"ドン!とベランダの壁を蹴る音が、久保田の腹に重く響いた。