□ HEAVEN □


光を瞼に感じて、銀次は少し身じろぎすると、ゆっくりと目を開いた。
カーテンを閉め忘れた窓から、朝の陽の光が室内へと差し込んでいる。
その眩しさに、腕でそれを遮るようにしつつ、ふと、まだ隣で静かな寝息をたてている男に気づく。
銀次は一瞬驚いたような顔をした後で、寄り添うようにそばにあるその体温に、ゆっくりと幸せそうな笑みを浮かべた。


ゆうべは確か、大晦日だった。
ってことは、今日は元旦。お正月。
新しい年が始まったんだなあ・・などと、銀次らしく感動してみたりする。


不思議だ。
あの無限城にいた頃は、時間の経過の仕方すら狂っていたのか、一年がこんなに長かったことはない。
命があるのが奇跡のような一日一日の中で、自分が本当に生きているのか、もしかしたらもう既に死んでいるのか、それすらもわからなくなっていた。
時間の流れも、止まっているのか動いているのかさえ定かではなかった。
(時々止まっていたとしても、誰も不自然に思わない。そんな処だ)
なのに。


蛮の隣に居るようになってから、時間の流れはあざやかなばかりだ。
何もかもが、輝いて見えるようになった。
道行く、見知らぬヒトたちの微笑みを見てすら自分の幸せと感じられたし、カラダ全部で「生きている」ということを実感できた。

「蛮ちゃん・・・」
すぐそばで無防備に眠っている男の顔を見ながら、ころりとうつ伏せ、枕の上に手を置いて、その上に顎をのっけて嬉しそうに小さく呟く。
仕事柄、熟睡したことなど今までに一回たりとないと豪語していた蛮が、いつのまにか自分の隣では深い眠りにつくようになった。
たぶん、蛮が自分以外の誰にも見せないであろう、コドモみたいな寝顔で。
それを上から覗き込もうと、ゆっくりとうつ伏せた上体を起き上がらせると、銀次の背中にあった蛮の手がぱた・・とシーツの上に滑り落ちた。
それを、あ?と肩越しに追いかけて、自分が何も身につけていないことにやっと気がつき、ギョッとした顔になる。

・・・・えっ?!

ええっと・・・。
ゆうべは・・。
あ、思い出した。

HONKY TONKで、しこたま酒をあおった(もちろんツケで)後、スバルに一端帰ったものの、あまりに蛮の運転が恐ろしかったため、近くの安ホテルにイキオイで泊まってしまったのだ。
おかげで、また有り金が・・。
3が日を過ぎたあたりから、また食料に困りそうなのは見え見えだ。

でも、まっ、いいか。

そんなその日暮らしの毎日も結構気に入っているし、蛮とともにする生活は何だって銀次には楽しいのだ。
それに安ホテルとはいえ、新年の朝に目覚めたこの部屋は、日当たりはよくて、きれいに掃除された室内は清潔で、車で寝るより比べようもなく暖かで。
そのうえ、時々泊まるホテルみたく天井も鏡じゃないし、浴室やトイレの扉も透けてないし、うるさいほどの演出も室内に施されてなくて。
またそれが、なんとなく、正月気分を煽ってくれて(?)ちょっとだけ嬉しい。

それはそうと。
転がり込むようにベッドに入って爆睡したはずなのに、さすがは蛮ちゃん。
することはしたんだなーと妙なことに感心しつつ、カラダの中に残る蛮の痕跡に気づいて、ぱっと赤面してみたりもする。
(自分では、どーも記憶がないのだけど)
ま、そういう結構スケベなところも含めて、大好きなんだけど。
思って、余計に赤面する。

・・・・なんてオレ、相当ヤバイよ・・・。
新年早々、蛮ちゃんにべた惚れだよー。

思いながら、微笑むと蛮の額にそっと唇を寄せた。
「へへ・・ 蛮ちゃん・・・。大好き」
ふれるかふれないかのところで唇を離したはずなのに、蛮がその微かな気配にゆっくりと目を開ける。
深い蒼い色の瞳。
深海の底のように、冷たく圧迫するような蒼さの時もあるのに、こうやって光の下で見るその色は、よく晴れた冬の空のように透明できれいな青だ。
それが、室内に満ちている光にちょっと眩しげに細められ、しばし、呆然と横上から自分を見下ろして微笑んでいる銀次を見つめる。
手をかざして、尚、眩しげに。
まるで異空間を見ているような目に、銀次がちょっと首を傾げる。
「・・・・? 蛮ちゃん?」
銀次の声にやっと我に返ったように、フッと蛮が笑んだ。
「おはよ・・・」
「おう・・・」
「あ、じゃなくて、おめでとうっていうんだよね? あけましておめでとう」
「・・・・そっか・・・・・元旦か、今日は・・・」
「うん!」
にっこりする銀次をちろりと見上げ、ふぁあああ〜!と大欠伸をする蛮に、銀次がくすっと笑いを漏らす。
それを片目だけ開けて、じろっと睨んで、蛮が思う。
正月だ元旦だと、今までどーでもいいと思ってきたが、そういう日にこの相棒のとっておきの笑顔に起こされると、なんだか世間並に、正月気分を味わってみるのもいいかという気になってくるから不思議だ。

「ねー、蛮ちゃん」
「あー?」
「お腹すいた」
「・・ったく、新年早々いきなしソレかよ。おめーはよ」
「だってー。ゆうべもお酒ばっかでさ、ご飯らしきものは食べてないよお」
「そういや、な。まだ、ちょっとぐれえ金あるからよ。後で、下のバイキングでも行くか?」
「ばいきんぐ?」
「知らねーか? まあ、正月だから、おせちとか餅とかもあんだろーし。テメエ、そういうのあんまし食ったことねえだろ?」
「え・・? いいの?! で、でも、お金もうそんなないし、明日からたちまち困っちゃうよ?」
「いーんだよ、また稼ぎゃいいことだし。オメーが食いたかねーんだったら別にいいけどよ」
「た、食べたい!! おせち料理も、お雑煮とかも食いたいよ、蛮ちゃん!!」
無邪気に力いっぱい言う銀次に、蛮が低く笑う。

・・・ったく、いつまでも食い意地の張ったガキみてーなヤツ。
ま、いいけどよ。
そういうトコ、素直で、かーいいから許してやる。

思いつつ、そっと手を伸ばして銀次の頬にふれると、蛮が少しだけ上体を起こし首を伸ばして唐突に、からかうようにチュ・・と軽くその唇に口づける。
銀次が、ばっ!と真っ赤になった。
「ば、蛮ちゃん!」
「・・・んだよ、キスくれえで大げさなヤローだな」
「だって」

だって、いきなしだもん!
なんとなく、そういう雰囲気になってる時じゃないと、そうそうキスなんてしてくんないし!
いや、今だって裸でベッドにいるわけだから、そういう時だといえばそうだけど!

1人でわたわたしている相棒に、蛮がおかしげにくっくっと笑う。
確かに、どこかに『相棒』と『コイビトモード』を分ける境界線みたいのがあって、蛮と銀次の関係はそこを行ったり来たりしている感じで。
性的に深い関係になった後でも、シャワーを浴びて洗い流して、飯を食べて腹いっぱいになってスバルに戻れば、また元の何にもなかったような相棒の関係に戻れてしまう。
つまり、セックスしてもコイビトというべたついた関係になぜかならない、そういう類い希な間柄だから、セックスがらみじゃないキスは、なんだか異様に恥ずかしいことのように思えてしまうのだ。
行くトコまで行っておいて、「蛮ちゃんとキスした!」と銀次が騒ぐのも、そういう妙な理由の所以で。

1人でめいっぱい驚いた後、ふいにそんな自分を見つめる蛮の、恐ろしくやさしい瞳に気づいてきょとんとなる。
銀次が人差し指で鼻の下をこすりながら、思いきり照れくさそうな笑みを浮かべた。
「へへ・・・」
「あんだよ、妙な笑い方すんじゃねえ」
ベッドの脇のサイドテーブルから煙草を取って火を点けて、また寝っころがる蛮を物言いたげに銀次が見下ろし、蛮がそれに睨むような目を向ける。
睨んではいても、どうしても銀次を見る時の自分の目には甘さがあると、さすがに最近は自覚してきた。
その瞳を真っ直ぐに見つめ返して、銀次が笑う。
「オレね」
「・・・・・ん?」
「オレ、蛮ちゃんの目の色、だいすき」
「・・・・・・・・・・あ゛?」
唐突な話題に、蛮があきれたように返す。
「アホ」
「・・なんで、アホなの?」
「だから、寝言は寝て言えっつーってるだろが、いつも!」
「寝言じゃないよ? オレ、本当に、蛮ちゃんの目大好きなんだもん。やさしくてあったかい、きれいな蒼い色してるから」
「・・・・・・・・・・・・・」

そりゃあ、その先にテメエがいるからだろうよ?
だいたいにして、この目はババアから受け継いだ忌まわしき邪眼の宿る眼で、母親にさえ忌み嫌われた・・・。
まあ、それはこの際どーでもいいが、今まで、そんなことをオレ様に言ったヤツは誰1人としていねーぞ?

呆れるを通り越して呆然として、思わず煙草をぽろりと口から落としそうになってしまった。
「うお! あちち」
「うん?」
銀次がにっこりとして、蛮の瞳をじっと見つめる。
その、あまりに邪気のない瞳に、悪態をつこうとした蛮の口もさすがに休む。

何、考えてやがんだか。
このアホは。

じっと見つめられると、どうにもこうにも、自分の中の焦りを見抜かれてしまいそうで居心地が悪い。

・・待て。
立場が、逆だろうが。
邪眼使いのオレ様が、ヒトの目に『心を見透かされそうで怖い』と、目をそらせててどーすんだ?

しかし。
・・・さっき目が覚めた時は、マジで驚いた。
光が眩しくて、目がしっかり開かなかったせいだが。
そこで微笑んでる銀次の金色の髪が、光に透けて輝いていて、輪郭も白くぼやけてて・・・。
そんな気障っちいことを、口が裂けても言える柄じゃねーから黙っておくが。
・・・天国にきたかと思った。
天使が、目の前で微笑んでやがるのかと錯覚した。
いやさすがに、正月、目が覚めてすぐ天国じゃ、あまりに洒落にもならねーが。
ましてや、こんなガタイの天使がいたんじゃあ、ちょっとサムイ気もするしよ・・・。

それより何より、そういうことを自分で勝手に思っているだけでも、なんだかしてやられた気がして、むしょーに腹が立ってくる。
銀次のことは、確かに他の誰とも取り替えられない一番大切なヤツだと思っているし、アイシテルか?と問われれば「あ゛あ゛!?」としか答えようがないが、惚れてるだろう?と言われれば、ぎくりと反応してしまいそうな気さえする。
(別に誰に問われたからといって、正直にそれを言う蛮なワケはないが)

つまるところ・・。
んだよ!
早い話が、オレがベタ惚れだってことか?!
この脳天気な、アホに!

・・・・なんか、余計にムカついてきやがった・・。

「蛮ちゃん? どったの?」
黙ったきりの蛮に少しだけ、銀次が何か悪いことでも言ったのかなあという顔をする。
蛮は憮然と押し黙ったまま、唐突に、さっきと同じように腕を伸ばして、銀次の金の髪にふれた。
それからその手を滑り下ろし、手のひらで頬を包み込んでから、耳元と首筋を撫で上げる。
銀次がその感触に、思わず、ふるっと身をふるわせた。
「な。なに・・?」
ちょっと動揺した顔の銀次に、蛮が思う。

ムカつきついでに、思いきしイジメてやりたくなってきたぜ。

「・・・・・ん・・っ」
「なあ?」
「何・・? あ、ちょっと・・・蛮ちゃん・・・」
蛮の手の動きに、銀次がぴくっと肩をすぼめる。
「ゆうべはよー。てめえ、途中で寝ちまいやがってよー」
「・・・え? ・・・・・・と、とちゅう・・・・・って」
蛮のいきなりの台詞に、銀次がぎくっとした顔になる。
ゆうべのことって、本当に何1つ、ろくに思い出せないのだケド。
「覚えてねーんだろ。ったく・・! テメエ、ヒトが中で頑張ってんのによー。まだイってもねえうちに、がーがーイビキかきくさって・・!」
「え・・・・?  ええ?! ば、蛮ちゃん・・・・そ、それって・・・・」
想像するだに恐ろしい状況だ。
だらだらと冷や汗をたらす銀次に、蛮が『あー、思い出したらまた腹がたってきた!』と、ぶつぶつ言う。
「ば、蛮ちゃん、あの・・・」
「おーし、朝で元気も全開なトコで、新年イッパツめ、いっちょかますか」
「ちょちょちょちょっと、待って、蛮ちゃん、ちょっとねえ!」
がばっと体勢を入れ替えられ、上からのしかかられて、銀次が焦ってじたばたと抵抗する。
「んだよ」
「あ、朝御飯のバイキングはどうなんの?! 早く行かないともう、時間が・・・!」
「知るか、朝飯よかテメエを食う方が先だ!」
「お。オレなんかいつでも食えるよ〜! おせちのがいいよー!」
「うるせえ! テメエはどーしていつも性欲よか食欲なんだよ!」
「だって、お腹すいてちゃ、そういう気も・・・」
「おうよ! んなら、起こるか起こらねーか試してやらあ!」
「わーん」
言ってる間に組み伏せられて、強引にキスをされ、剥き出しの下半身をまさぐられる。
そりゃ朝だし、なんといっても裸だし、さわる相手が蛮だときたら、反応しない銀次なわけはない。





・・・・・・・・その結果。

キスの合間に、それでも「おせちーおせちー」と喘ぐ相棒を、
蛮は新年早々縁起よく、
しっかりと隅々まで残さずにいただいたのだった。

「あー、満腹v」
すっかり、すっきり壮快大満足して、上機嫌になって蛮が笑う。


・・・なるほどな。
確かに目が覚めたところにあったのは。
まごうことなき、『天国』だったぜ・・。

蛮は、たっぷりと銀次を味わったその後で。
煙草をふかしながら、心の中でこそっとこぼし、ほくそ笑んだ。






ひとまず、END












「蛮ちゃんのバカ〜」
紅潮した顔を枕に突っ伏させて、銀次が「うえーん。おせち〜」と涙声で抗議する。
バイキングの時間は、とうに過ぎてしまった。
時計を横目で睨んで涙目になる銀次に、「テメエは、オレよかおせちのが大事かよ」とふてくされつつ、シャワーをすませた蛮がバスタオルで頭を拭いながら、ベッドで号泣(?)している銀次の頭をくしゃくしゃっと乱暴に撫でる。
「おら、いつまでも泣いてねえで、とっとシャワー浴びて着替えな」
「・・・・だってぇ・・」
まだ立ち直れない〜という顔で見上げる銀次に、蛮はしゃあねえな、と煙草をくわえて言った。
「別にバイキングじゃなくても、おせちくらい食えんだろが。ああ、この先にある和食料理の店でも連れてってやっからよ」
「本当!? わーい」
ばっと飛び起きて笑顔になる銀次に、まったく本当にテメエはよーとブツブツ言いつつも笑いがこみ上げてくる。
「いいから、早くしろ」
「うん!」
ばたばたと浴室に着替えを抱えて入っていく銀次を見送って、ベッドに腰掛け、まったくどこまでオレはアイツに甘いんだ・・と自分に呆れながら煙を吐き出す。

でも、ま、いっか。
そういうのも、悪くねえ。
今年もきっと一年、こんな風にアイツといるんだろう。

蛮は、光が満ちている窓に視線を送りながら、銀次が好きだといった蒼い瞳をやさしく細めた。




ふたたび、END




2003.1.06/海坂風太/アイツウシン














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お正月SSがこんなのでスミマセン〜
なんだか、意地っぱり蛮ちゃんと、食い意地のはった銀ちゃんという感じで新年がスタートしてしまいました。
どうにも色気のないお話で、ごめんなさい。
まだまだ蛮銀は書き出して間がないのもので、キャラの性格も模索中というか・・。
でも、蛮銀書くのは本当に楽しいですv 原作でもアニメでも、二人のやりとりが大好き。
銀ちゃんが蛮ちゃんのことを、「仲間」とか「コンビ」とか言うのがいいなあと思うし、蛮ちゃんも銀ちゃんのことを「連れ」とかいうの、イイですよねー。
きっとトモダチとか呼ぶよりは、もっと家族的な関係なのかなー?って気がします。
GBは、まだまだかけ出しのワタシですが、今年もいっぱい、そんな蛮銀を書いていきたいですv
あ、そうそう。ヤってる途中で寝ちゃう銀ちゃんというのも、また別の話で是非書きたいでーす。(蛮ちゃん、屈辱・・/笑)

一応、お正月企画ということで、サイトで取り扱いの3ジャンルで同じタイトルとシチュでSSに挑戦してみたのですが。
3つとも全然違うものになってしまいました。
わざわざ同じシチュエーションにする必要なかったんじゃあ・・・(う)
新年早々、反省する私でした。
こんなおバカモノですが、これに懲りずに、今年もどうぞよろしくお付き合いくださいませーv
楽しい一年になりますように。(海坂風太)






モドル