■ 特別な日 /月嶋海里さま
ねぇ聞いてよ。
今日は特別な日なんだ。
とてもとても特別な日……。
「ねぇ蛮ちゃん、聞いてるの?蛮ちゃんってば〜」
「へいへい、ちゃんと聞いてるって……」
そう言いながらも蛮ちゃんの目は競馬新聞に釘付けになっている。
―――絶対、聞いてない……。
もう、蛮ちゃんってば何時もそうなんだから。
俺が真剣に話してるのに、俺の方を見向きもしないで新聞ばっかり読んで
………ちゃんと俺の方見てよ!
「蛮ちゃ〜ん」
「煩ぇな、聞いてるって言ってんだろ」
嘘、ぜ〜ったいに嘘だ。さっきから俺が何言っても『あぁ』とか『そうだな』とかしか言って無いじゃんか。
もう、蛮ちゃんのバカ……
「ホントに、今度こそちゃんと聞いてね?」
「へぇへぇ……」
既に聞いてない様な気がするのは、俺の気のせいでしょうか、蛮ちゃん?
ちょっとだけ試してみようかな?
「あのね……むかしむかし、あるところにお爺さんとお婆さんが居たんだって」
「あぁ……」
「お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行ったんだよ」
「そりゃ大変だな……」
「………蛮ちゃん、聞いてないでしょ」
「そうそう、そうなんだよなぁ」
「……………」
もう怒った、俺ってば本気で怒ったんだから。
俺は蛮ちゃんの耳元に顔を寄せ、大きく息を吸い込んだ。
そんな俺に気付きもしないで、蛮ちゃんは競馬新聞に夢中になってる。
時々『あぁ』とか『うん』とか意味の無い相槌を打ちながら……。
「もう、やっぱ聞いてないじゃんかっ、蛮ちゃんのバカ〜〜〜ッッ!」
大声で怒鳴ってから競馬新聞を取り上げて、ビリビリの粉々に破いた。
「あ〜〜〜っっ、何すんだテメェッ」
それは俺のセリフでしょ〜!!
俺の話ちっとも聞いてなかったくせに。
そんな風に睨んだって、こっ、怖くなんか無いんだから。
怖くない、怖く………うわ〜んやっぱメチャメチャ怖いよぉ〜〜。
「だって……」
ま……負けるもんか、俺は怒ってるんだから。
蛮ちゃんが謝るまで許してあげないんだから。
「だって蛮ちゃんが……」
「俺が何だってんだよ?」
「蛮ちゃんが悪いんじゃないか、俺の話全然聞いてくれないんだから〜っ」
……言った、言っちゃったよ俺。
何か蛮ちゃんの目が、さっきより怖い様な気がするんですけど……
俺の気のせいだよね?
蛮ちゃんが怒ってる様に見えるのも、きっと俺の気のせい……だよね?
何か言ってよ蛮ちゃん、沈黙が気まずいよ〜。
突き刺さる視線が痛い、でも視線は外さない。
もしも今、蛮ちゃんから視線を逸らしたら、俺の負けになっちゃうもん。
俺は精一杯、蛮ちゃんを睨み返す。
その時、蛮ちゃんが困った様に溜息を吐いた。
「……ちゃんと聞いてるって言ってんだろ〜が」
「蛮ちゃんの嘘つき」
「即答かよ、テメェ……」
「だって嘘だもん、競馬新聞に夢中だったじゃんか」
「嘘じゃねぇよ」
まだ言うかな〜。
もう、素直に謝ってくれればいいのに。
蛮ちゃんってば本当に意地っ張りなんだから。
「それじゃぁ俺が何話したか言ってみてよ」
「あぁ、いいぜ」
絶対に言える筈が無い。
そう思ったのに、蛮ちゃんは得意気に笑って言葉を続けた。
「まず最初は『昔々あるところにお爺さんとお婆さんが居ました』だろ?」
「………うそ」
「んで次が『お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行った』だったよなぁ?」
「なっ…なんで?」
どうして当たってるの?
聞いてなかったんじゃないの?
ビックリしてる俺を見ながら、蛮ちゃんは満足そうに微笑んだ。
「最後は『蛮ちゃん、聞いてないでしょ?』だ、何か間違ってるか?」
「………間違って無いです」
う〜〜、完全に俺の負けだよぉ。
何時の間にか、完全に立場が逆転しちゃってる。
「で、誰が悪いんだって?」
蛮ちゃんが意地の悪い笑みを浮かべながら、俺の顔を覗き込んできた。
俺が困ってるのを見て、本気で楽しんでるんだ。
「蛮ちゃんの意地悪……」
何だか凄く悔しくなって、俺は下を向いた。
そりゃぁ、蛮ちゃんを試す様な事したのは悪かったと思う。
だけど俺が真面目に話してるのに、蛮ちゃんってば新聞ばっかり見てるから。
俺を見てくれなかったから………少しだけ淋しかったんだもん。
―――だって今日は特別な日だから。
きっと蛮ちゃんは気付いて無いんだろうなぁ。
っていうより、完全に忘れてるっぽいし。
そうだよね、普通は覚えてなんかいないよね。
特に蛮ちゃんは自分の時だって覚えて無かったんだから。
何となく分かってはいたけどさ、やっぱり少し淋しいよ、蛮ちゃん……。
「ったく、ホントお前は分かり易いよな」
呆れた様に溜息と共に吐き出された言葉。
放っといてよ、そんな事は蛮ちゃんに言われなくたって、自分が一番良く分かってるんだから。
バカで単純でドジで……蛮ちゃんが呆れるのも無理無いよね。
「ぎ〜んじ」
「………………」
俺ってば今、物凄く落ち込んでるんだから、話し掛けないでよ、蛮ちゃん。
「お〜〜い、銀次く〜ん?」
もう、話し掛けないでってば。
そんなに俺の事からかって楽しいの?蛮ちゃんのバカ、意地悪〜〜。
その後も何度も名前を呼ばれたけど、俺はその声を無視し続けた。
そうしている内に優しかった蛮ちゃんの声が段々と険しくなってきて、
「テメェ、いい加減コッチ向けって」
苛立った声と共に、いきなり強い力で引っ張られて無理矢理に上を向かされた。
蛮ちゃんの怒った様な瞳が目の前まで迫って来る。
「蛮ちゃっ…んぅっ…」
……あれ?
………あれれ?
この感触ってもしかして……?
ちょっ、ちょっと待ってよ〜。
いくら車の中って言っても、まだ昼間で明るくて、そりゃぁ人通りは少ないかもだけど……
絶対に外から見えるって。
「んっ…ふっ…ぅ…」
しかもしかもっ、舌まで入ってきたよ〜〜。
待って待ってよ、蛮ちゃん。
何?どこ触ってんの?
そんな激しくされたら、俺……やだやだやだ〜。
「ぅっ……ふ……ぁっ……?」
その時、俺の歯に何か固いものが当たった。
蛮ちゃんの舌の動きに合わせて口の中を移動して、歯に当たる度にカチカチと小さな音を立てる。
何だろうコレ?
飴じゃ無いよね、甘くないし。
そんな事をぼんやりと考えていたら、漸く蛮ちゃんが俺を解放してくれた。
でも蛮ちゃんのキスですっかりメロメロになっちゃった俺は、上手く体の力が入らなくて
そのまま蛮ちゃんの腕の中に倒れ込んでしまった。
口の中には、さっきの何だか分からない物が入ったままだ。
「蛮ちゃん……何コレ?」
「さぁな?自分で見てみろよ」
大きく口を開けて見せると、蛮ちゃんは可笑しそうに笑った。
「……?」
どうやら蛮ちゃんは、俺に教えてくれる気は無いみたいだ。
仕方が無いから、俺は口の中の物を掌の上に吐き出した。
「これって……蛮ちゃん?」
掌の上に現れたのは小さな銀色のリング。
別に高価そうって感じでも無く、普通に露店とかで売ってそうなシンプルなやつ。
「やるよ、ソレ」
「蛮ちゃん、どうして?」
「テメェがそれを言うかっ、さっきまで散々騒いでやがったくせに」
それって、もしかして………プレゼントって事?
「蛮ちゃん、覚えててくれたんだ……」
「バ〜カ、忘れるわけねぇだろ〜が」
「蛮ちゃん……蛮ちゃ〜〜んっっ」
嬉しい、凄く嬉しいよぉ。
プレゼントも嬉しかったけど、蛮ちゃんが覚えていてくれたのが、何よりも凄く嬉しい。
「ありがとう、蛮ちゃん大好きっ」
「ったく、安物の指輪一つで大袈裟なんだよ」
「そんな事無いよ、蛮ちゃんが俺の為に買ってくれたんだもん」
どんな高価な物よりも、俺は蛮ちゃんからのプレゼントの方が嬉しい。
これは俺の宝物だよ。
「銀次……」
優しく抱き締められて、耳元で優しい声が俺の名前を呼ぶ。
顔を上げると蛮ちゃんの綺麗な瞳が、俺だけを見つめていた。
「誕生日おめでとう」
そう言って蛮ちゃんがくれたキスは、今までで一番甘くて優しいキスだった。
今日は特別な日。
俺にとって、とてもとても大切な日。
そして一番幸せな日。
生まれてきて良かった。
蛮ちゃんに出会えてよかった。
ありがとう、大好きだよ。
だから何時までも傍に居てね?
来年も再来年も、ず〜っと一緒にお祝いしてね?
約束だよ、蛮ちゃん。
Secret Garden/月嶋海里さまよりいただきましたv
こちらは月嶋さんのサイトさまでお誕生日企画として、片崎みきさまのイラストとセットという出血大サービスでフリーにされていたSSなのです!
ああ、甘いです〜vvv この蛮ちゃんが、すっごく好き! 生返事をして全然銀次の話を聞いてやってないのかと思いきや、1つ残らずしっかり聞いてあげているところに愛情を感じてしまいますvv
「負けるもんか、俺は怒ってるんだから」の銀次がすごいすごい可愛くて〜vv そいでもって、ご機嫌とり蛮ちゃんの「お〜い、銀次く〜ん?」がもうツボで!!! 指輪キスも超萌えですー!! ほんとうに1つのお話の中にたくさんの美味しいシアワセが濃縮されてぎゅぎゅっと詰まってる感じで、堪能させていただきました! 本当にありがとうございましたー!v
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モドル
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