「絶対的幸福論。」
「……花火、やりたいな」
スバルに乗りながら、小さな公園を横切った時見つけた風景。
小さな子供が細長い棒からまばゆいばかりの光を散らし、はしゃいでる。
その子供を見て、優しそうに微笑む両親の顔は幸せそうだった。
□■□
「ぎーんじ、行くぞ」
「おかえり―蛮ちゃん…ってドコに行くの?」
「いいから来い」
「う、うん。それじゃ、波児さん夏実ちゃんまたね〜」
陽が傾きかけた頃、今日も一日仕事が入らなくて、
ホンキートンクでダラダラと時間を潰していたら、
「ちょっくらパチンコ行ってくるわ」
と蛮ちゃんが立ちあがった。
「いってらっしゃーい。お菓子たくさんとってきてね」
「おう!まかせとけっ」
歩く蛮ちゃんの背中に向かって声をかけたら、
こちらを振り向いてはくれなかったけれど、ヒラヒラと手を振ってくれた。
「銀次、何か飲むか?」
蛮ちゃんが出ていった後、波児さんが新聞を折りたたみながら、声をかけてくれた。
「蛮には内緒で奢ってやるぞ」
「わーいホント?それじゃねー」
入れてもらったアップルティーは夏実ちゃんおすすめのモノで
蜂蜜をちょっと垂らしただけで、ものすごく甘くて美味しかった。
それから蛮ちゃんが帰ってくるまで、アップルティーを飲みながら、
波児さんと夏実ちゃんといろいろな話をした。
話の内容は他愛のないもの(というらしい。蛮ちゃんに教えてもらった)ばかりだったけど、
とてもとても楽しかった。
「蛮ちゃん?どこ行くの?」
「……………」
店の前にエンジンをかけたまま置いてあったスバルに乗り込んだ途端、
蛮ちゃんはアクセルを踏み込んだ。
それから、陽の完全に落ちた世界をただ走りぬけた。
「今日はパチンコ勝ったの?」
「……………」
真っ暗な世界は苦手で、幾度となく蛮ちゃんに話しかけた。
けれど、蛮ちゃんは真っ直ぐ前を見据えたまま、何も答えてくれなかった。
手を伸ばせば、すぐ傍に、触れることができるのに。
そんな距離にいるはずなのに、なぜだか、蛮ちゃんを遠くに感じた。
沈黙が全てを支配してしまうのではないかという頃、スバルが急に動きを止めた。
「降りろ」
「……………う、うん」
着いた場所は見たこともない場所だった。
昨日横切った公園に似ている場所だったけれど、あそこにあった遊具はここにはなかった。
ただ、申し訳ない程度にベンチがいくつかと水飲み場があっただけ。
外灯もほんの少ししかなくて、蛮ちゃんの顔も霞んで見えた。
「ほら、銀次」
「え………」
名前を呼ばれて声がした方を向くと、何時の間にか蛮ちゃんが隣に立っていた。
そして、ボトっと、何かを俺の手の中に落とした。
何だろう、と見てみると、
「はなび………」
「そ、お前やりたかったんだろ?」
パチンコで取ってきてやったんだぜ、感謝しろよな。
呟くと同時に蛮ちゃんの顔をもう一度見ると、得意そうに笑っていた。
「ばんちゃ〜ん」
昨日、無意識に零してしまった声は蛮ちゃんに届いてしまっていたんだ。
それはなんだかとても恥ずかしいことのように思ったけれど、
それよりもすごくすごく嬉しくて、
「ありがとー蛮ちゃん。大好き」
俺は花火ごと蛮ちゃんに抱きついた。
「うわ!馬鹿銀次!こっちに花火向けんじゃねぇ!!」
「蛮ちゃんこそこっちに向けないでよー熱いったら!!」
花火なんてやったことなかったから、『正しい遊び方』なんて知らなかった。
「どうやってやるの?」
と真面目に尋ねてみたら、一瞬蛮ちゃんは驚いた顔をした。
でも次の瞬間には、何かよくないことを企んでいる顔になった。
「よーし。よく見ておけよ、銀次!」
きっと今から教えてくれるモノは『正しい遊び方』じゃないんだろうな。
そう思いながらも蛮ちゃんが愛用のライターで花火に火をつける光景に釘つけになった。
シュっと鋭い音を立て、たくさんの細長い棒に火がついた。
そして数秒後にはぱっと眩しいほどの花を咲かせた。
「綺麗……」
ほぅとため息のように言葉を漏らすと、蛮ちゃんはまた得意そうに笑った。
「でも、蛮ちゃん」
「ん?」
「花火ってこんなに一度にたくさんつけるモノなの?」
昨日、ちらりと見た小さな子供の手には確か一本しか握られてなかったように思う。
でも蛮ちゃんの手にも火をつけてもらった俺の手にある花火も一本どころか数本ある。
すると、蛮ちゃんはカカカと高笑いをしながら、
「こいつは美堂蛮さま流の花火の仕方だ。豪勢でいいだろ?」
と云った。
やっぱりコレは『正しい遊び方』じゃなかったんだ。
それにこっそりとため息をついたら、
「うわ!熱いよー蛮ちゃん」
蛮ちゃんが束になっている花火を俺に向けた。
それに俺は飛ぶように、慌てて逃げた。
そんな俺を面白そうに追いかけてくる蛮ちゃん。
「うーなんだよ!もう!」
俺は反撃をするため、自分が持っている今にも消え入りそうな花火に、まだ火のついていない花火を近づけた。
シュっと音を立て、数本あるうちの一本に火がついた。
その火はあっという間に広がって、持っている花火全部に火がついた。
準備OK。
「うりゃ!蛮ちゃん覚悟!」
「ぬお!生意気に!返り討ちにしちゃる」
「それはこっちの台詞」
追いかけ追いかけられ。
俺と蛮ちゃんは花火を振りまわしながら、走りまわった。
後でこのことを夏実ちゃんに話したら、「危ないよ、銀ちゃん」と注意されてしまった。
でも、この時は本当に楽しくて楽しくて仕方がなかった。
「蛮ちゃーん。花火終わっちゃったみたい」
「あ?もう終わりか?」
「うん、あとこれだけ」
始める前はパンパンに膨れ上がっていた袋も今は元気なく萎んでしまっている。
それでもがさこそと袋の中を漁っていると、中から、柔らかい紙で出来た細長い花火が出てきた。
「これ、何?蛮ちゃん」
「ああ、そりゃあ『線香花火』だ」
「せんこうはなび?」
「そ、こうやって持ってな…んで火をつける」
差し出した束から蛮ちゃんは一本抜き取り、俺の右手に持たせてくれた。
そして、先端にライターの火を近づけた。
パチッと弾けるような音がした。
パチパチパチ………
「綺麗だね、蛮ちゃん」
「そうだな」
「さっきまでの花火とはまた違った感じだね」
「そりゃあそうさ。線香花火は締めの花火だぜ。他のやつとは情緒ってもんが違う」
「そうなんだ………あ」
座ったままの体勢が辛くなって動いたら、ぽとんと先端についていた小さな火の玉が地面に落ちて消えてしまった。
「蛮ちゃん、消えちゃった」
隣に同じようにしゃがんでいる蛮ちゃんに助けを求めると、
「線香花火はな繊細なんだぜ」
とまた束から抜き出し、新しい線香花火を持たせてくれた。
「いいか、銀次。絶対に動くなよ。動いたら負けだ。途中で終わっちまう。
線香花火をな最後までつけてられると最後にドカンと爆発すんだぜ」
「ほ、ほんと?」
「ま、確かめてみろや」
そう云って、にんまりと笑みを浮かべながら、蛮ちゃんが線香花火に火をつけた。
蛮ちゃんの云ったことは半信半疑だったけど、俺はじっと動かず、線香花火を持ちつづけた。
パチパチパチパチ
細長い紙の先で小さな火の玉が躍るように音を鳴らす。
パチパチパチパチ
「ねぇ、蛮ちゃん。後、どのぐらい?」
「んーもう少しなんじゃねぇの?」
声を出すだけでも落としてしまいそうで。
慎重に話しかけてみたら、蛮ちゃんの暢気な声が返ってきた。
パチパチパチパチ
そろそろまた体勢がつらくなってきた頃、なんだか線香花火の火が小さくなってきたような気がした。
「ねぇ、蛮ちゃん。消えちゃいそうだよ」
「ああ、そうだな」
「そうだなって、ホントに爆発するの?」
「まぁ見てろって」
「う、うん………」
なんだか蛮ちゃんの声が変わったような気がした。
いつもより少し低めの声。
火を落としてしまいそうだから、横を向くことは出来ないけど、
蛮ちゃんの視線はきっと真っ直ぐに線香花火に向けられている。
真剣は眼差しで。
やっぱりホントに爆発するのかな?
ごめんね、蛮ちゃん。俺、ちょっと疑っちゃった。
そんなことを思っていたら、シュっと小さな音を立てて、線香花火の火が消えた。
それはあっという間の出来事で、呼吸をするよりも早かったように思った。
「……………え?」
予想外の出来事に一瞬気が抜けてしまった。
これから、爆発するのかな?
蛮ちゃんの言葉を思い出し、身構えようとしたら、ぐいっと肩を抱かれた。
「え?蛮ちゃん?」
突然のことに驚いて、俺の手から線香花火が零れ落ちた。
右耳に蛮ちゃんの息がかかった。
「………俺が傍にいてやるから」
ぎゅっと抱かれている肩に力が入った。
「俺が傍にいてやるから、あんま淋しがんな」
言葉と同時に蛮ちゃんの唇が右耳に触れた。
「ばんちゃん………」
花火の正しい遊び方は教えてくれなかったけど、線香花火は爆発しないってわかってしまったけど、
蛮ちゃんのくれた言葉は嘘じゃないってわかってしまったから、涙が零れそうになった。
幸せそうな家族の姿を見て、『あれが幸せのカタチなんだ』と思った。
でもあれだけが『幸せのカタチ』なわけじゃないんだ。
俺の『幸せのカタチ』
それは蛮ちゃんが俺の傍にいてくれること。
「ごめんね……ばんちゃん」
判っていたはずなのに、求めてしまった。
違った『幸せのカタチ』を夢見てしまった。
「俺って、『幸せ者』だね。蛮ちゃん」
「馬ー鹿」
「うん…ありがと、蛮ちゃん」
俺は過去も現在も、それから未来もすべてをひっくるめて、「ありがとう」の気持ちを込めて蛮ちゃんにキスを送った。
「ありがと、蛮ちゃん。大好き」
そう云ったら、
「知ってる」
と少し照れたように蛮ちゃんは云った。
『三日月少年』 由槻あやら様vよりいただきました。
由槻さんのサイトさまで、暑中見舞い&残暑見舞いにフリーにされていたSSをいただきました〜vv
なんだか蛮ちゃんのヤサシサにじーんときて、それから花火をしてはしゃぐ子供っぽい二人をいっしょに思い切り楽しんで、最後に銀次の「幸せのカタチ」ということばに、胸をぎゅっと絞られるように切なくされました・・! わー・・素敵・・。
ごくごく普通の幸せの中に決して夢見てはいけないものを見てしまった後、それを察して「俺が傍にいてやるから、あんま淋しがんな」という蛮ちゃんの言葉に、本当の幸せを見る銀ちゃん。 思わずいっしょに涙してしまいました・・!
由槻さん、こんな素敵なSSをフリーにしてくださって本当にありがとうございましたvv
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