カラーンと心地良い音をたて、HONKYTONKの扉が開く。
「マスター、夏実ちゃん、お腹空いたよー」
片手を腹に当て、銀次が顔を覗かせる。
「いらっしゃいませー。お仕事終わったんですか?」
「んー、まだ途中なんだよね」
カウンターの定位置に腰を下ろし、出された水を一気に飲み干す。
「蛮はどうした?」
新聞を広げながら問い掛ければ、銀次は頬をテーブルに乗せる。
「蛮ちゃんと別々に情報収集中。ここで待ち合わせの約束したんだ」
「そうか」
「銀ちゃん、銀ちゃん」
「なになに」
ニコニコと話しかけられ、銀次は体を起き上がらせる。
「蛮さんと一緒じゃないと元気ないみたい」
夏実は人差し指を立て、片目を瞑った。
「へっ。そ、そうかな?」
「うん」
思いっきり頷かれ、銀次は苦笑するしかない。
蛮と行動を別にしてから、二日程しか経っていないのに。
夏実の言う通り、寂しいと感じる自分が居る。
テーブルに肘を立て、右手の小指を見つめれば、絡めた感覚を思い出す。
「待ち合わせはHONKYTONKだ。いいな」
「うん」
「気合いれてけよ」
「奪還料が入ったらお寿司食べようねっ」
「あぁ」
「蛮ちゃん」
「どした?」
「な、何でもない」
「・・・ほら」
「ん?」
「すんだろう」
「あっ・・・う、うん。蛮ちゃん、憶えてたんだ」
「忘れるわけねぇだろうが、てめぇの空っぽの頭とは違うんだよ」
「あっ、ただだだだだ・・・・痛いーっ」
「ほら、早くしろ」
「へへへっ。ゆびきり、ゆびきり」
小指を見つめ、銀次は小さく笑う。
何気なく口にした言葉を、蛮はよく憶えていたりする。
奪還屋は始めてから数ヶ月、最近は別々に行動する事が増えてきた。
その方が効率がいいし、素早く依頼を片付けられる。
理屈では分かっていても、ふとした時に感じる寂しさは事実。
側に居れば、触れたい時に手を伸ばせば届くし、名前を呼めば、振り向いてくれる。
寂しさなんてとうの昔に慣れた筈なのに、ぬくもりを知ってしまってからは、戻る事なんて出来ないし。でも、それを弱さだとも思わない。
本当の強さの意味を教えてもらったから。
初めて別行動をした日に感じた寂しさ。
それを口に出す事はなかったけど。
二回目の時に、無言で差し出された小指。
(蛮ちゃん?)
(明後日の七時に、西新宿公園で待ち合わせだ。いいな、約束だ)
(う、うん・・・えーっと、ゆびきり?)
(約束はゆびきりなんだろう。早くしろや)
珍しく早口な蛮の声が、耳に優しく残った。
「銀ちゃん、指に何かついてるの?」
夏実の問い掛けに軽く首を振り、ニッコリと銀次は笑う。
目には見えないけど、この小指が憶えてる。
カラーンと少し乱暴な音がして、銀次は素早くそちらを見る。
「蛮ちゃん!!」
勢い良く立ち上がり、その身体に抱き付く。
「おい、テメェ!離れろっ・・・あちぃだろうがっ!」
「蛮ちゃーん!!」
「ちっ・・・ったく」
ガシガシと銀次の頭を撫で、蛮はその身体を抱きしめる。
「うわっ!」
途端に驚いて離れるから、本当に可愛くて仕方ない。
「・・・なんで離れるんだよ」
「だ、だって!蛮ちゃん・・・・ぎゅ、ぎゅって・・するから」
「あーん?先に抱き付いてきたのは、オ・マ・エ」
蛮はニヤリ笑う。
銀次は頬を染めながら、もう一度小指を見つめた。
言葉は口に出してしまえば、空に消えてしまうけど。
絡めた指の約束は、見えない形で心に残る。
抱きしめられたぬくもりと同じくらいの威力で。
この指に、優しさが辿り着く。 |