―――クロス



「入っていいの?」

鍵かかってねーし誰もいねーし、第一悪さすんじゃねーからいいだろと、蛮ちゃんの遠慮ない手が扉を開ける。
しとしと降る雨。ぽたぽた落ちる雫は、ペタンコになった蛮ちゃんの濡れた髪。
右腕から流れる血。
「もし誰か来たって、『迷える子羊をお許し下さい』とでも言っとけ」

そこは教会でした。



「いってぇえええ! 染みるわヘタクソ!」
「んああ! 蛮ちゃん暴れないで傷が広がります!」
祭壇の十字架とステンドグラスの天使が見守る静かな空間、濡れた服を干す長椅子の上、消毒液片手にオレ達はぎゃあぎゃあ騒ぎ放題。
天使さまごめんなさい。
懺悔っていうのしたら許してくれますか?

えーと、オレ達奪還屋ゲットバッカーズ、仕事で裏新宿よりやって来ました。
紆余曲折支離滅裂もろもろありましたが依頼品は無事ゲット、でもバトルの末に蛮ちゃんがこの通りケガしてしまいました。深い傷でなかったのが幸いです。
てんとう虫くんが留守番してる駐車場まではちょっと遠く、雨宿り出来る場所なら手近にあると蛮ちゃんが言い出したのがこの教会。とても助かりました。
なのにちょっと、…いっぱい騒いでごめんなさい。
でも一時の通り雨、手当てして服乾かして、雨が止んだらすぐ出ます。だからその間はいさせて下さいね。
……コレちゃんと懺悔になってるかなあ。
許して欲しいことは、もうひとつあるのです。

散々騒がれながらも消毒液を塗って包帯をぐるぐる。蛮ちゃんはやっと大人しくなった。
「携帯救急セットなんていつの間に持ってたんだ?」
「夏実ちゃんが薬局のクジで当てたのを貰ったんだ。持ってて良かったよ、ハイ終わり」
「…ヘタクソ」
確かにオレ包帯の巻き方なんて知らないから、見た目ガタガタ。
「でもしないよりはいいでしょ」
「どーかなー。俺様無敵だし」
「無敵でもドジ踏んでケガしたし」
「なーんーかー言ったか〜?」
「そそそ空耳だと思います! タタタンクトップは乾いたよシャツはまだだねハイ着て!」
蛮ちゃんのコワイ顔に慌ててタンクトップを放って、オレも乾いたTシャツを潜らせる。
襟から頭を出した途端、もぐら叩きのようにボカリ一発喰らいました。
痛いよと顔を顰めながらも、いつもと変わらない様子の蛮ちゃんに、オレはちょっとひと安心。
元々ここに行くと言い出したのは蛮ちゃんだから、心配することは何にもないんだろうけれど。
神聖な場所独自の静かで厳かな空気。
魂、のような大きな何かが宿ってる気がする天使と十字架。
取り巻く全てがオレ達を、蛮ちゃんを見てる気がする。
「どしたよ銀次、妙にマジメな顔して」
「…ほんとに入ってよかったの、蛮ちゃん。ここ、教会だよ」
「ああ?」
「だって蛮ちゃん、魔女の……」

ふとそちらを伺えば、オレを見つめる蛮ちゃんの、きれいなふたつの眼。真っ白な包帯に隠した血。どちらも魔女のもの。
「へぇ。よく知ってたな、そんなの」
淡々と言う蛮ちゃんの薄い笑みが、返って苦しかった。
厭なこと思い出して、でも決して誰にも悟られないようにしてるの、わかるから。
「波児さんに教えてもらったんだ」
俯くオレの頭をくしゃりと撫でる蛮ちゃんの掌は、「気にすんな」と伝えてた。

神の記述。あの事件を起こしたルシファーの目的だったっていう、棺の女の子。多分龍華と同い年くらいの小さな子なのに、魔女達の生け贄にされたっていう。
その魔女も今は蛮ちゃんやマリーアさんを含めてもごく僅かしかいないらしくて。
魔女って何なんだろうって思うオレに、波児さんがひとつ教えてくれた。
魔女は昔、異端のものとされて滅ぼされてしまったと。
異端と見なし狩りを始めたのが、十字架を掲げる教会の人間。
じゃああの女の子は、そんな魔女の中でも更に異端な存在だったんだろうか。
蛮ちゃんには訊かない。魔女の一族じゃないオレが踏み入っちゃいけない気がするし、蛮ちゃんが言わないならオレも訊かない。
でも確かな疑問はオレの胸にあって、十字架やガラスの天使に問い掛ける。

魔女がどうして異端なんですか?
異端とそうじゃないものを分けるものは何?
違うって、そんなにいけないことですか?
オレが知ってる魔女の血を引くひとは、みんないいひとばかりなのに。

「ここじゃ狩りなんてやってねーよ、心配すんな」

それって他所ではあるってこと?
ふと思ったけど、眼を閉じてごろりと寝転がる蛮ちゃんはそれ以上言わなかったから、オレはやっぱり訊かない。
ただ波児さんもそう言えば、魔女狩りが行われたのはずうっと前の話だって言っても、「終わった」とは言ってなかったなって思い出して。

―――ああ、でも。
まだ少し濡れてる蛮ちゃんの、黒い髪をそっと撫でる。
―――それはオレも同じことだよね。

オレだって電気ウナギとか「雷帝」とか、見るひとからすれば異端だし。
無限城との因縁や闘いは終わってないし。
オレ達お互い、踏み入れないものとか抱えてるけど、一緒に立ち向かうことは出来るよね。
訊かないこと、知らないことがあっても、もっと大事なことはもうオレ達共有してるもの。

「教会どーこーなんて二の次、手近の建物で雨宿りに最適だったから来ただけだぜ」
「うん」
「魔女の血統だからここは行ける、ここはダメなんてイチイチうぜぇしよ。第一魔女だ何だっつー前に俺は」
「無敵の男、美堂蛮! だもんね?」
蛮ちゃんの台詞先読み、してやったり! …と思ったら「様をつけろ、様を」と返された。
ニヤリと余裕で意地悪い、でも楽しそうに。
蛮ちゃんが楽しいならオレも楽しい。
オレが笑えば蛮ちゃんも笑う。
そんな当たり前のことが、オレはとってもとっても嬉しい。

―――だからここに入るの、本当はちょっとイヤでした。
蛮ちゃんを否定するものは辛いです。悲しいです。
異端を蔑むというなら、どうぞオレも。
せめてひとときの雨が止むまでは、ここにいるオレ達を許して下さい。

「…それでも俺ひとりだったら、教会なんざ入りたかねーって思ったかもしんねーけど。テメーがいたから、何かそういうの忘れてた」
「うん?」
「カミサマや誰が許さなくても、テメーは俺を許してくれんだろ?」

異端の、けれど誰よりきれいな眼がやっぱりニヤリと笑うから。
オレも笑って蛮ちゃんを許すのです。




十字架は、交差するもの。
魔女と雷帝、全く異なる人生送ってきた俺と銀次の道もクロスした。

「でも十字架は罪人を磔にする物、犠牲や負担の象徴でもある。crossにも不幸とか人を裏切るってぇ意味もあるしな」
「ふうん……神聖なものってだけじゃないんだね」
「何にだってそういう二面性はあるもんさ。テメーにもな」
「オレ?」
「アホの面とバカの面。あ、こりゃ一緒か」
「ばんちゃああん!」

「天野銀次」と「雷帝」という二面性。
オメーの場合は極端にわかりやすいだけ、誰だってふたつくらい顔を持ってるもんだ。
見るヤツによっちゃその程度じゃ済まねえ異端だろうが、俺にとってはそんなもん。

「俺もテメーもいろんなもん背負ってるだろ。そういうのを『重い十字架』ってもいう」
「…うん」
「で、テメーと俺はそれぞれの十字架を持ってるとしてだな」
「うん?」
「祈るならテメーの十字架に祈れ。俺もそうする」
「………」
「他の誰が俺らを異端だ何だって許さなくてもよ、俺らは互いの十字架に懸けて互いを許すんだ。何千何万の人間に否定されたって、少なくともひとりは許す存在がいること忘れんな。…な?」
「―――うん」

どちらからともなく身を寄せ合う俺達の、交差するふたつの腕。あったかいねと銀次は眼を閉じて。
こんな場所でこんな話することこそ許されざる、ってもんだろうな。何せカミサマもいらないと言ってるも同義だし。
なら憐れな子羊同士で許しあうまでだ。ただの傷の舐め合いと言われたって構わねえ。
銀次には俺がいて、俺には銀次がいる。それでいい。
けれど俺の右腕はずきりと軋む。
この身に流れる呪いの血は疼く。
俺の十字架はきっと、血染めの赤黒い色。

「オレ、蛮ちゃん許すからね。今もこれからもずっと、ずっ…――っくしょん!」

くしゃみ混じりじゃ有り難味ねぇよと笑いつつ、俺は密やかに思った。
どうか俺の十字架が銀次を裏切らないように。コイツの不幸とならないように。
どうか。
例え裏切られてもコイツは俺を許しちまいそうな気がするけれど。
今は祈りたかった。


せめて、この雨が止むまでは。




―――end.
























『クロのクロニクル』  クロ様vよりいただきました。

「カミサマや誰が許さなくても、テメーは俺を許してくれんだろ?」
クロさんの書かれるSSは、さりげない一言が、本当に胸を射抜かれるようにずしりときます。はわ〜・・。素敵です・・。互いに傷を舐め合うというよりは、互いにぬくもりを分かち合うような、与え合うようなそんな凭れ合ってる感じの二人がとても心に染み入ります。出会えてよかったね・・!と、出会いそのものにコチラが感動してしまえるような・・。さすが、クロさん・・!
ところで、このSSは、サイト再開記念ということでフリーにされていたのですが、パソクラでパソは入院という目に合われて、私は大層淋しかったですよ〜。帰ってきてくださってよかったよかったvv またたくさん大好きなクロさんの小説、読ませてやってくださいましね!

ところで、「クロのクロニクル」クロさんの「クロス」・・・。
なんだか早口ことばになりそうな・・。(笑) いえいえ!すみません! クロさんのことだもの! ウケ狙いなんかじゃないですよね・・。私じゃあるまいし!(汗)
素敵な小説をフリーにしてくださって、本当にありがとうございました!