【続・カタオモイ】
ずっとほしかったもの(1)
“は〜っ・・・・”
思わず溜息が漏れた。
ああ、もう我ながら嫌になる。ここんとこ、ずっとこうじゃないか。
いったい、どうなってしまったんだろう、僕は。
冷たいシャワーを浴びた後、浴槽に身を沈めると、また知らずと溜息が出た。
まったくもう、いい加減、自分に愛想がつきるよ。
(でも・・・・)
考えながら、ぶくぶくと鼻の下まで湯に浸る。
(でも、お兄ちゃんだって悪い・・・ 思わせぶりなこと言ったって、でも結局今までと何も変わらないん
だから)
そう思うと悔しくなる。
あんなにつらい想いをして、やっと気持ちを言葉に出来て、同じ想いだと知って、天にも昇るような気
持ちだったのに。
“僕は…お兄ちゃんが好きなんだ・・・!”
一生口にすることなんかないと思っていた、この想い。
今となっては、よく言えたと思うけど、それは多分そこがデジタルワールドで、そしてはじまりの町だった
から。ヤマトに大事にされてきた幼い日のキオクを見せられたから。
“おまえが好きだよ・・・”
そう言ってくれて、抱き締めてくれた。おまえと同じ想いだったんだよ、と。
でもなんだか、少しちがう。どこがどうとは言えないけれど、想いのベクトルが少しちがう。
確かに重なっている想いはそこにしっかりとあって、安定していて、もう心の中の鬱さとか重さとか、ざわ
つくような苦しい気持ちとかはなくなって・・・。ほんわりとした幸福感に包まれている。
じゃあ、なんでこんなに溜息ばかりが出るんだろう?
自分はどうなりたいんだろう。兄にどうしてほしいんだろう。何を求めているんだろう。
(ど、どうして欲しい、って・・・・?)
考えた途端、カッと頭に血が昇り、タケルは耳まで真っ赤になってしまった。
頭の中がぐるぐる回って、のぼせかけているのか、それともあらぬ想像のためなのか、白い頬がどんど
ん赤みを増してくる。
どうしよう。こんなことを考えてて、いったいどんな顔をして浴室から出て行けばいいんだろう。
兄はいつも通り、キッチンに立って食事の用意をしてくれている。
きっといつもより風呂の長い弟に、早くしないとメシ冷めちまうぞとか思っているにちがいない。
でもね。やっぱり、もうちょっと普段通りの自分に戻ってから。うん。
変に思われても困るしね。そうしよう。もうちょっと。そうだ、なんか他のこと考えよう。
今日、学校で何があったっけ?
そうそう、大輔くんがさ、おっもしろかったんだよ。顔面でサッカーボールヘッディングしてさ・・・・・
「タケル?」
風呂から、かれこれ1時間以上も出てこない弟を心配して、キッチンからヤマトが声をかける。
シャワーの音も聞こえないし、返事もない。不審に思って扉の前に行き、もう一度声をかけてみる。
「おいタケル! メシ冷めちまうぞ?」
しかし、やはり返事はない。
「タケル! 開けるぞ」
一応断って扉を開くと、白い湯気がもうもうとあらわれ、それを手で掻きまわすようにすると、浴槽に
身を沈め、真っ赤になってぐったりしたタケルが今まさに、ぶくぶくと湯の中に沈み込もうとしているところ
だった。
「タケル! タケルッ!!」
慌てたヤマトは、濡れるのも構わず服のままバスルームへと入っていき、バシャッと湯の中からタケルを
腕の中に掬い上げた。そのままバスタオルで軽く身体を拭いてやり、とにかく自分のベッドへと運ぶ。
横たえられるや、タケルが小さく呟くように言った。
「お兄ちゃん・・・・ごめん」
「何、謝ってんだよ」
「だって・・・家の中びしょびしょ・・・・」
「いいって。ちょっとはきれいになるさ。あとでサッと拭いときゃな」
「うん・・・・」
冷たい水をグラスに入れて、頭を少し起こして口元に運んでやる。
それを一気に飲み干すと、タケルはふうと全身で溜息をついた。
「ったく、どうでもいいけどな。茹で上がるまで風呂に入ってるヤツがあるかよ。こんなに真っ赤になっち
まって。溺れでもしたらどうすんだよ」
「・・・・・溺れないよ。お風呂でなんか」
「溺れた子だっているぞ、新聞に載ってたことあるぜ」
「・・・もっと、小さい子でしょ。それって」
「だよなあ、普通は風呂でなんか溺れねえよなあ。小5にもなって!」
からかうように言って、ヤマトがくっくっと笑い、そうしながらも冷やしたタオルで額の汗を拭って、まだ濡
れている髪を今度はバスタオルで拭いてくれる。
その手がなんだかひどく心地いい。眠くなってしまう。
タケルは小さく欠伸をすると、甘えるようにヤマトの手のひらに頬を寄せた。
それをやさしい瞳が見下ろしている。
「しっかし、なんでまたそんなに長風呂してたんだ?」
ヤマトの問いに、しっかり眠かった頭が覚醒してしまった。思わず頬が赤くなる。
「か、考え事してたから・・・」
「考え事なら、風呂じゃなくたって出来るだろ?」
「・・・だって、お兄ちゃん、いるもん・・・」
遠慮がちな答えに、ヤマトが憤慨したように返す。
「なんだよ、俺がいちゃ困るようなこと、考えてたのかよ」
「そういうわけじゃ・・・・」
言いながらも、肯定しているような上目使いに、ヤマトが肩を竦めて立ち上がる。
「わかったよ、じゃあ俺は出てくから、ゆっくり何か知らねえけど考えてな」
その言い方が何だか怒ってるように思えて、タケルが慌てて身を起こす。
「ま、待ってよ!」
「ん?」
「あ・・・あの・・・・・」
「なんだ?」
「あ・・・あの、えと・・・」
ちゃんと伝えておこうと言い募るけど、しかしいったい、どう言えばいいんだろう。
お兄ちゃんと、どうかなりたいんです、とは口が裂けても言えないし、でもなんだか怒らせちゃったみた
いだし、とりあえず何か言わなきゃと、考えは頭の中を巡るのに、言葉が出てこず、口だけを酸欠の
金魚のようにパクパクさせる。
「タケル?」
不思議そうに弟を見下ろすヤマトに、やっと言えた言葉は実に間が抜けていた。
「あ。あの・・・お・・・おなか、すいた・・」
タケルの言葉にヤマトは満足げに微笑んで、
“じゃあ、こっちに運んできてやるよ。あっためなおすから、ちょっと待ってな”とやさしく言う。
ドアが閉じられて、ヤマトの姿が見えなくなったのを確認すると、タケルはどっと疲れたように肩を落とし
て、今度はは〜・・・っと、ひどく長い溜息をシーツに落とした。
本に載せたカタオモイという話の続編です。
いやあ、書いてみたいなあとずっと思っていたのですが。
続きモノになるし、ちょっとどうしよう?と迷ってたのです。
本読んでなくてもわかるように気をつけて書いていきますので、
お付き合いくださいましね。
<モドル>