■   誘  惑    ■

 

タケルは、ヤマトのベッドを背凭れにして、床に坐り込んで雑誌のページをめくった。

できるだけ、音をたてないように神経を使って・・・

けれど、視線は活字も写真も追うことはなく、机に向かっている兄の背中を見つめている。

日曜日の午後・・・・天気がいい。風もあたたかくて心地よい。

外を歩けば、自然と足取りも軽くなることだろう。

恐る恐る、その背中に声をかけてみた。

「ね。お兄ちゃん」

「ん?」

「お天気いいね」

「ああ」

「気分転換に散歩とかどう?」

「悪い。まだもう一教科残ってる」

「そう・・・」

短く答えて、残念そうに肩を落とす。

「コーヒーでも入れようか」

「さっき、飲んだ」

「そ・・か。あれ、お兄ちゃん、メガネかけてたっけ?」

「今」

「目、悪かった?」

「いや」

「じゃ、どうして」

「気分」

「形から入るタイプってこと?」

「集中できるから」

「ふうん、じゃあ・・・」

「タケル!」

「・・・・はい」

「ちょっと、黙っててくんねえか」

「あ。うん・・・ごめん」

突き放すように言われて、思わず身を縮ませるようにして膝を抱える。

確かに・・・・。明日からテストだから、勉強が大変なことはわかる。

「構ってやれないけどいいか?」と、泊まりたいとせがんだ時にもそう言われた。

バンドの練習に現を抜かして成績が落ちたと言われるのが嫌だから、テスト前は集中したい気持ちも

良くわかる。ゆうべからほとんど眠らず、机に向かっていることもよく知っている。邪魔しないように、

夜食を作ったりコーヒーを運んだりする以外は、極力話し掛けないようにもしてきた。本当は今週末

は、泊まるのをあきらめようとも思っていた。

けれどテストが終われば、ヤマトは今度はライブが控えている。練習で忙しくもなるし、電話する時間

さえままならない。

それにライブとなれば、結構人気のあるヤマトのこと。また、黄色い声援を送る女の子たちがたくさん

押しかけるに違いない。

兄が人気があるのはもちろん嬉しいことだが、自分だけの兄ではなくなる一時に、タケルはどうしても

孤独感と疎外感を感じてしまう。

――チラリと時計を見る。もう2時を大きく回った。

取材先から、母が戻ってくる時間が近い。帰らなければいけない時間が迫っているのに・・・

ふいにじんわりと、涙が滲んできた。膝を抱えて俯くと、涙を気づかれないようにサッと拭う。切ない

想いが胸の中に溢れてくる・・・。

唇を噛み締めてそれを堪えて、タケルはそっと立ち上がった。

(帰る。と言っても、今日は送ってもくれないんだろうな・・・・)

そう考えると、哀しい気持ちを通り越して、むしろ悔しい気持ちの方が勝ってきた。

(なんだよ、テストテストって!そんな一夜漬けみたいにしないで、僕のいない間に、ちゃんと勉強し

ておけばいいじゃないか! お兄ちゃんのバカ・・・!)

けれど、それは口に出しては言えず、代わりにちょっとした悪戯を思いついた。

“いいや、もう。どうせ帰るんだし”と半ばヤケクソ気味に意を決して、ヤマトに近づく。

そして、その椅子の背に立ち、そっと後ろからヤマトの首に腕を絡めた。

「タケル・・?」

驚いたように振り返るヤマトに、さらにぎゅっとしがみついて、今まで出したことのないような甘〜い

声でその耳に囁いた。

「・・・お兄ちゃん・・・・・・・したい・・・」

何を、と聞くまでもなく意味を察することは出来るが、突然のことに混乱するヤマトの手の中で、

シャーペンの芯がボキ!と折れた。

「え・・・?な、なんて・・・今」

さすがにうろたえる兄に、してやったりと嬉しくなったタケルは、もう一生言わないかも(?)しれな

い台詞を、可能な限り色っぽく、甘く小さく囁いた。

「オ兄チャンニ・・・・・・抱カレタイ・・・・」

「え?! だ、抱・・・・!」

さらに混乱して取り乱すヤマトを尻目に、タケルはその頬に軽くキスすろと、すばやく身を翻して

逃げを決め込み、アッカンベーと舌を出した。

「うそだよーだ!!」

そう言って、ヤマトの部屋を飛び出して行く弟と、バタンと勢いよく閉められたドアを見て、ヤマトは

呆然と溜息をついた。

「な、なんだったんだ? あいつ・・・」

 

結局、タケルのおかげで眠気も醒めて勉強もはかどり、ヤマトはどうにか一段落と、ぐーんと伸び

して度の入ってないメガネを置いた。

別に丈のマネをしているわけではないが、以前友人が「メガネをかけて勉強すると、なんだか自分

が頭がよくなった気がしてはかどるんだ」と言っていたのを思い出し、馬鹿馬鹿しいと思いながらも

やってみただけのことで。効果はまあ、少しはあったか。

それよりタケル、と、ヤマトは部屋を出て、その姿をリビングに捜す。

「タケル?」

出て行った気配はなかったが・・・・。

もちろん出て行くようなことがあれば、すぐにでも追いかけるつもりではいたのだ。

「おいおい・・・」

リビングのソファのところで弟を見つけ、ヤマトはあきれたように肩をすくめた。

ソファの上で、猫のように丸くなって眠っている。

「人にあんなこと言っておいて、自分はこんなとこで高イビキかよ・・・・」

確かに自分に付き合って、ゆうべもほとんど眠っていなかったはずだ。小さな寝息をたてている

可愛い寝顔にそっと口づけて、“ごめんな”と頬を撫でる。

そして、腕に抱き上げて、自分の部屋のベッドへと運んだ。

「・・・う・・・・ん・・」

小さく身じろぎして、また眠りに落ちていく弟を見下ろして、さてどうしたものかと考える。気持ちよ

く眠っているところを起こすのはかわいそうだ。このまま寝かせておいてやろう。

やさしい兄はそう考える。

・・けれど、さっきの誘いは効いた。ヒトを誘惑しておいて、高イビキもないよな・・

第一、タケルからのお誘いなんて、滅多にあることじゃなし。ここは有難く、頂戴すべきか。今度は

“ヤマト”の胸中が一人ごちる。

「さて・・・・」

ヤマトはわざとらしく、腰に手を当てて考えてみるふりをした。

 

 

「ん・・・・・」

眠っていた意識が、ぼんやりと覚醒しだし、それと同時に下肢に疼くような感覚が走った。

ゆっくりと目覚めへと向かいながら、何が、と考える。

――誰かに触れられている・・・・

「あ・・・・っ」

甘くやるせないような感触が腰を這い上がってきて、タケルは思わず声を漏らした。

自分の声に驚いて、思わずはっと瞳を開く。見開いた瞳のすぐそばに、ヤマトの蒼い瞳があった。

「お目覚めか・・・?」

「お兄ちゃ・・・・ん・・・アッ!」

言い終わらないうちに声が出て、身体が意思とは関係なく、ピクンと跳ね上がった。

自分の置かれている状態がよく呑み込めないうちに、ヤマトの唇が降りてきて、深い深い口付け

を受ける。少しずつ、少しずつ、頭がはっきりしてくる中で、とりあえずは自分が不利な状況に置

かれていることだけは理解できた。

「息、とめるなって・・・」

ヤマトが苦笑する。息が苦しくなった唇をやっと解放され、兄を見上げたところでやっと自分の状

況を把握できた。

ベッドに寝かされた自分の上に、覆い被さるように兄がいて、シャツは胸をはだけられ、白い胸を開

かれている。下肢はヤマトの身体を間において大きく広げられ、最も敏感な場所は衣服の中で兄の

手に捕らえられていた。

(・―――!)

驚きに声も出ないまま逃れようと身を起こしかけると、それを制するようにまた深い口付けを受ける。

首筋に顔をうめて、やわらかい肌をそっと吸う。

「お兄ちゃん・・・・・や・・めて・・」

小さく声を漏らすタケルに、ヤマトが耳に歯を立て、甘く言った。

「自分で誘っておいて、逃げるなよ・・・」

言われてはじめて、確かに自分の言った言葉を思い出す。あのまま逃げ帰るつもりだったのに、

どうして、こんなことになっているのだろう。

「あッ・・・・イヤ・・・・だ・・・」

広げられた足の間を蠢く指の感触に、身震いをして背を反らす。自在に自分を嬲る苦痛にも似た

快楽に、抗うように眉を寄せて低くうめく。その腕をなんとかしようと手を伸ばすけれど、空いたヤマ

トの片腕に両手首をまとめて頭の上へと押さえられた。

「う・・・っ」

「嫌・・・か?」

やさしい声で問われるけれど、答えられるはずもなく。

嫌なわけではないが、嫌じゃないわけでもない。

まだ、こういう快楽にさえ慣れるどころではないし、対等に愛し合えることなど到底先のように思わ

れる。けれど、溶け合う歓びは嫌いじゃない。

答えないタケルに甘くやさしく口付けながら、ヤマトの指が張り詰めたタケルを巧みに愛撫し、雫の

漏れる先端に触れる。

「アッ・・!・・・・・あ・・・ぁ・・」

思わず漏れる喘ぎに唇を噛んで、くっと声を押し殺す。頬を染めて、鼻だけで苦しそうに息をする

タケルに、ヤマトが小さく笑いを漏らす。

「我慢するなよ。鳴いていいんだぜ・・?」

その言葉に強情に首を振り、さらに唇に歯を立てる。そこから鮮血が溢れ出し、ヤマトは慌てて小

さな顎を掴んで口を開かせた。

「ああ・・・!」

追い詰めるヤマトの指先と、解き放ってしまった声に慌てて枕を掻き抱き、上気した顔を押し当て

る。くぐもった声が枕に吸い込まれ、やっと自由にされた両手で涙を拭った。

・・・・そんなしぐさが、まだ幼くていじらしい。少し兄としての胸中がチクリと痛む。

ヤマトは宥めるように、その目元にそっとキスをした。そして首筋から白い胸、細い腕へと、タケル

の身体中に赤いキスの跡を咲かせていく。いつのまにか裸にされたタケルの下肢を開いて、タケ

ルの幼い欲望を受け止めるべく、唇でそれを包み込んだ。タケルの身体が跳ね上がり、強い刺激

と同時に、身体の中に侵入してきた指に奥深くを蹂躙される。

「―――――ッ!」

泣くような叫びがタケルの咽喉から発せられ、白濁した意識の中で昇りつめて達した。

苦しそうに息をつないで、涙に潤んだ瞳がぼんやりとヤマトを映している。

膝の裏を持ち上げられ、腰を抱え上げられても、タケルは抗わずじっと身を硬くしていた。

足を大きく開かされ、受け入れるそこをヤマトの舌で丹念に濡らされても、恥ずかしさにどうにか

なってしまいそうになるのを必死で耐えた。まるで神聖な儀式を受ける前であるかのように、息をつ

めて大人しくしている。

「おにいちゃ・・・ん・・・・怖い・・・」

少し震える声に微笑みを返して、わかってると差し伸べてくる手をそっと掴む。指を自分の指と絡

め、シーツの上に静かに置いた。

幼い少年の身体はまだヤマトを受け入れるだけで精一杯で、快楽のすべてを自分のものにして味

わうだけの余裕はなく、それでも時折、昇りつめていく中で、心と身体がバランスを失ってバラバラ

になりそうで、遠くに意識だけが飛ばされて戻ってこれなくなりそうで・・・ そんな瞬間が未だに怖く

て、身体を繋ぐ時はいつもヤマトにそうしてもらう。強く指を絡めていれば、そこに兄がいるとわかっ

て、少し安心できたから。

ヤマトが身体に入ってくる圧迫感と衝撃に、堪えきれずに叫びが漏れる。

痛みからはもう最近では随分と解放されて、言いようのないもどかしさと、兄に深みを弄られる堪えき

れない快楽に、少しずつ、少しずつ慣らされてきた。

「ハァ・・・・アア・・・あ・・・」

身を沈めたヤマトの身体に揺さぶられ、逆らうことも出来ずに顎をのけぞらせ、背を弓なりにそらせ

て口付けを受ける。

「タケル・・・」

正気を失いかける耳に、ヤマトの声が甘く響く。

“愛している”とも“好きだ”とも言わないヤマトは、言葉には到底表せない深い想いをその名に込め

る。

「タケル・・・ タケル・・・・・」

「ア・・・・ お・・にい・・・ちゃ・・・ん・・」

大きな波に溺れそうになりながら、深く甘く、甘く、深く、口付けて、ヤマトはタケルの中に身を

溶かせた。

 

 

「もう、言わないから・・・・」

「ん?」

ヤマトの汗ばんだ胸に抱き寄せられ、力なく凭れかかってタケルが言う。

「あんなこと、もう絶対言わない」

「そりゃ残念だ。だったら尚更、今頂いといてよかったな」

意地悪な一言に、言い返すことも出来ずに口ごもる。わかっている、ベッドの上で口論したところ

で、いつもどうしたって、タケルの方が分が悪い。恥ずかしいことを言われる前に、挑発しないよう

にと気をつけるに限る。

「ゆうべ、できなくて、それでおまえ機嫌悪かったんだろ?」

「ち、違うよ! お兄ちゃんが構ってくれないから・・」

「同じだろ」

「ちが〜う!・・・もーいい。もう、真昼間からカーテンも閉めないで、こんなことして・・」

「よく見えてよかったぜ? 真昼間もいいな。おっと」

タケルの鉄拳を受け止めて、ヤマトが笑う。

「それよりいいのか? もう夕方だけど」

「え・・・?え?夕方? もう6時! もう母さん、帰ってる! 帰らなきゃ!」

言って慌てて起き上がりかけて、身体の奥を走る痛みにウッとうめいてヤマトの肩口に顔を埋め

る。

「寝てろよ」

「だって・・」

「電話しとく、俺から」

「何て?」

「タケル、今終わったトコで、ベッドから動けねえから迎えにきてくれって」

「え!? うそ! やめて!やめて、お兄ちゃん!」

服を身につけているヤマトに、上半身だけ起こして泣きベソをかきそうになって言うタケルに、“そん

なこと言うわけねーだろ、バカ”と笑って額をつつく。

「かわいい弟は、俺の試験勉強に夜中まで付き合って、夜食やらを作ってくれて、それで疲れて今眠

っているから、起きたらメシ食わせて送っていきます。って、これでいいだろ?」

言って、タケルの髪をくしゃっと撫でる。部屋を出て行こうとするヤマトに、タケルがちょっと申し訳な

さそうに言う。

「ごめんね・・・お兄ちゃん。勉強の邪魔して」

そんなタケルに、ヤマトが戻ってきて、もう一度、今度はやさしく髪を撫でる。

「こっちこそ、ごめんな。・・・泣いてたろ、さっき」

さっきというのは勉強中のこと。気づかれないようにしてたのに、気づいてたんだ・・・ 

そう思うと少し胸がきゅっと痛くなった。

「テスト終わったら、ライブの準備で忙しくなるけど、おまえとの時間はちゃんと作るから、心配す

んな」

これもお見通し・・

軽くキスをして部屋を出て行くヤマトの背を見送って、タケルはベッドの中でそっと目を閉じた。

(あんなこと言っちゃったけど・・・よかったのかな、かえって・・・)

―――オニイチャンニ・・・・抱カレタイ・・・・・

「ああもう! 忘れよう!二度と言わないからいいんだ、もう!」

と、誰に言うでもなく言って、それからあれ?と気がつく。

確か、でも・・・あのあと嘘だよーって言わなかったっけ、僕? ・・あれ?

なんとなくハメられているような自分にタケルが気づくまでに、さっさとメシの用意をしておこう、きっと

また鉄拳が飛んでくる。と、ヤマトは扉の向こうで小さく笑いを噛み締めた。

 

                                    ura topにモドル




実は、ヤマタケ初ヤオイ作品でゴザイマス。ってか、ま、もともとあんまりエロは書いてないんですが。
ヤマタケでは。年齢的に、いいのかしら?という気持ちがあって、ちょっとひるんでいたんですが、
書いてみたら、なかなか結構楽しかったv これも松雪さんのサイトさまに捧げさせてもらったものなの
です。ええ、もうエロの師匠ですから。これからもご指導よろしくねv(風太)

 誘 惑