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SASANOHA‐ブルーム
〜不器用なボクらの願い事〜
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学校の用務員のおじさんと仲良くなった。 おじさんの家のことを聞いているうちに、おじさんの家に笹があることを知った。 −∞−∞−∞− 晴れた日。もうすぐ梅雨明けが近い。曇り空の隙間を太陽がかいくぐって顔を出す。木々や土、先々の家の壁にも、こもっていた水分がじわじわと蒸発され、外気は湿気を充分含んでいた。蒸すような空気の中タケルは歩いていた。 時折風が吹く。その度に耳元でザワザワと葉擦れの音が聞こえていた。節の目立つ枝を両手で持ちながら、少し鋭く細い葉がたまに髪や頬に触れる。 タケルが歩く度に、風が吹く度に、それはワサワサザワザワと賑やかな音を立てていた。 行き交う人々がタケルを振り返る。今日のこの日だけは、それが優越感。 手が切れてしまうから気をつけて持って帰るんだよ、と言われているのでたまに持つ手を替えて、その無事を確認する。 よし、大丈夫。 振り返って、水々しい青葉をたまに見ては道を歩く。心は少し浮き足だって。 −∞−∞−∞− 笹と少年はすっかり慣れ親しんだ家のチャイムを鳴らした。 迎えてくれる住人が顔を出すのを今か今かと待ち構える。ワクワクと。ザワザワと。 「――タケル!」 「こんにちは、お兄ちゃん」 「ど、どうしたの、ソレ?」 ヤマトは玄関から飛び出したタケルの笑顔と笹の葉の訪問に驚いた。 「もらった!」 タケルは興奮ぎみで入る。一緒に笹の葉もワサッと玄関に収まった。 「もらったって、誰に?」 慄きながらヤマトは笹の葉をしげしげと見つめて聞く。 「学校の用務員のおじさんから」 「へー……」 よくこの辺に笹なんてあったなあとヤマトは言いながら、物珍しげにその枝を見ていた。 「うん、いいでしょ。あれ?誰か来てるの?」 普段見ない靴が一足並んでいるのを見てタケルは言った。 「ああ、丈」 「へー!丈さん!」 タケルは高めの声を出して、廊下を抜ける。珍しい来客にタケルは胸を躍らせた。 ヤマトもタケルの後から笹の葉に視線を邪魔されながらリビングへ向かった。 「丈さん、こんにちはー!」 「やあ、タケルく……」 丈は握っていたシャープペンシルをコロリと落として、一瞬だけ固まった。 「見てこれ」 わざとわさわさと笹の葉を揺らせて見せながらタケルは自慢気にしている。 「――さ、笹?」 用務員のおじさんが上手にタケルサイズに合わせて小ぶりの枝をくれたようでも、いきなり笹が一緒に登場すれば驚くのは丈でなくてもヤマトでなくても普通の感覚である。 「そうでーす、笹でーす」 タケルはただもうルンルン気分で、リビングを進み奥の壁に笹を立てかけた。 「そっか、今日は七夕だったっけ」 丈はハッと声を出した。 「ピンポンでーす!」 タケルは両手を上げて答える。 「せっかくおじさんが笹の枝分けてくれたから、七夕飾りやろうと思って……」 言いながらタケルはバッグから折り紙だの色ペンだの取り出した。それをテーブルの上に置こうと思ったが、先客に気がついた。 「――思ってたんだけど、勉強中……だった?」 テーブルに散乱している消しゴム、シャーペン、教科書とノートを見ながらタケルは急に消沈した声でヤマトに聞いた。 「あー……、実は、うん。――明日から期末テストで」 ヤマトは苦々しげに言った。 「僕は明日で終わるんだけど、ヤマトに借り出されてヤマ当てを……」 丈も苦笑しながら言いにくそうにタケルに告げた。 「そっかー……」 タケルは俯いて折り紙を見つめた。 「ヤ、ちょっとくらいならさ、なあ?丈?」 ヤマトはタケルを気づかって丈に振る。 「僕は大丈夫だけど……?ヤマトは相当切羽詰ってたでしょ?」 丈はチロリと視線を投げて、ヤマトを制した。 「ぐ……」 いきなり丈に電話をかけて、泣いて脅してスカシてヤマかけをしてもらっていたので、ヤマトは即席ながらも丈に逆らえない状況にあった。 「大丈夫!二人は勉強続けて!」 タケルは顔を上げてヤマトに力強くそう告げた。 「けど、せっかく……」 ヤマトは煮え切らない様子で言った。 「うん、だから僕、お兄ちゃん達の勉強に付き合いながらここで七夕飾り作ってるから」 「タケル――」 すでにヤマトは泣きそうであった。 「でも、いいの?タケルくん」 丈がすまなそうにタケルを見る。 「平気、平気!さ、勉強続けて?あ、短冊くらいは二人にも書かせてあげるからね」 明るく言いながらタケルは折り紙を切り始めた。 「――じゃあ、ヤマト続けようか!」 タケルの様子を気遣いながら丈はヤマトに向き直る。ならば、ヤマトをしごくのをスピードアップさせなければ。 「ういーっす」 ヤマトはわざとだらけた返事をして、テーブルに向かった。 タケルは七夕飾りの作業をしながら、勉強しているヤマトと丈を見る。――こういうのも、なんだかおもしろくて嬉しい、と考えながら。 「そうだなー……、やっぱりこの辺かな。余弦定理」 「はーん」 「何、その「覚えがない」みたいな顔は……?」 「みたいじゃなくて、覚えねえもん」 「ヤマト!」 「おお、見ろ丈、新しい公式を編み出してしまった」 「え!?――――ちっがーう!これ、プラスとマイナスが逆!!」 そんなすったもんだの会話がおもしろくて、タケルは笑いが止まらなかった。そんなタケルにヤマトは「笑いごとじゃないんだぜ?」などとかっこつけて言うものだから、ますますおかしくなった。ついには丈に下敷きでひっぱたかれるので腹が痛いほどに笑ってしまった。 −∞−∞−∞− 「――じゃあ、これ、ここの問題やってみてよ」 「ういっす」 やっと問題演習にまでこぎつけた頃には丈はうっすら汗を額に滲ませていた。ふと見るとタケルはせっせと輪飾り作りに熱中しているようだった。 おふざけの時間は終わって、ヤマトが次第に真面目に勉強に取り組んできたので、タケルも自分の作業に集中してきたのだろう。 けして器用ではなさそうな手つきでタケルは折り紙の輪を繋げていく。その姿がほほえましくて、丈のそれまで奮起気味だった気分が和まされた。 「僕も、作ってもいい?」 丈は折り紙を一枚ひょいとつまんでタケルに笑いかけた。 「あ、うん」 タケルが座ってる側には折り紙細工が多数ころがっていた。丈は懐かしそうにそれを拾い見つめる。 「貝殻に、灯篭……タケルくん、よく作り方知ってたね」 「ああ、それ用務員のおじさんの奥さんに教わったんだ」 ふーんと、言いながら丈は水色の紙に鋏を入れる。 「じゃあ、僕も貝殻を一つ」 昔小学校でやったっけなあ…今はやらないのかな?などと丈は思いながら貝殻を作り上げた。 「できた」 「丈さん、上手!」 タケルが歓声をあげると、丈は少し照れた。 「そんなことないよ。タケルくんもたくさん作ったじゃない?」 「うん、枝はそんなに大きくないからこれくらいでいいかな」 タケルは完成した輪飾りや貝殻、灯篭、短冊などのいくつかの飾りを集めてほくほくしていた。 「けど、これどうやって吊るそう?輪飾りは引っ掛ければいいかなって思うんだけど、後のは……」 「針で糸を通せばいいよ」 実はいきあたりばったりだったタケルの笹飾り作りに丈は苦笑しながら言った。 「そっか!」 「おーれーもーやーる〜……」 背後に不気味な声を感じて丈は振り返ると、針と糸を持ったヤマトが目を光らせて佇んでいた。 「うわ、ヤマトびっくりした!」 「お兄ちゃん!」 タケルもヤマトの勢いに押されながら驚きの声を上げた。 「終わったぞ、問題」 ズイと埋まった問題集の見開きを丈の眼前に突きつけるヤマト。丈はそれを受け取って最初から最後まで目を通した。 「……全部合ってる。やればできるじゃない、ヤマト……」 「さあ、タケル!兄ちゃんが糸通してやるぞ?」 「本当?僕もやりたい」 素直に感心した丈はヤマトを褒め称えようとしたが、当の本人はあっという間にタケルと飾りを作り始めていた。 「ヤマト!」 思わず丈は声を上げてしまった。ヤマトはあっけらかんとしながら笑う。 「出来てるだろ?――ちゅーわけで、休憩なっ!」 「……まったく、しょうがないね」 休憩の言葉に最も反応したのはタケルだった。 「じゃあ、短冊書こう!ハイ、お兄ちゃん。丈さんも!」 言うが早くタケルは二人にお手製の短冊を渡す。 そうして三人はテーブルに向かって、短冊と睨めっこを始めるのだった。 −∞−∞−∞− 「うーん……」 三人同時に唸りながら短冊を見つめて早十分といったところか。一向に願い事は決まらなかった。 「何にしよう……」 タケルが腕を組みながら言う。 「ひとつだけだと難しいね」 丈もシャーペンを握ったまま手は動いていなかった。 「何枚も書いても有り難味がないだろうしなあ」 ヤマトは上唇と鼻の下にシャーペンを挟みながら天井を仰いでいた。 「丈は、あれだろ?」 突如、思い出すようにヤマトが言う。 「何?」 視線を短冊から離して丈が聞き返す。 「受験合格」 にししとヤマトはからかうように笑っていた。 「ヤマトこそ明日のテストのこと願った方がいいんじゃないの?」 応戦するように丈が言った。 「あーうー……。そうだな〜……」 どうせ本心はこんなトコに書けやしないし、とヤマトも丈も思っている。 本心……と思い立って、二人はふとタケルを見た。 するとタケルはいそいそと短冊に向かって何をか書き始めていた。 「見ちゃダメ!」 二人の視線に気付くとタケルはパッと手で短冊を隠して威嚇する。 「……すいません」 慌てて二人は自分の短冊に視線を戻した。意識はタケルから放れてはいないのだが。 「……ちょっとトイレ」 やおらタケルは立ち上がって、書き上がったと思われる短冊を裏に伏せて席を立った。 「見ないでよね」 「んー……」 タケルの忠告に二人は生返事をして、あたかも自分の願い事を真剣に考えているように振舞った。そんな様子なのでタケルは安心してその場を離れた。 先に頭を上げたのはヤマトだった。 「なあ、丈」 「んー……」 丈は自分の短冊を見つめたままであった。 「気にならない?気になるよな」 「んー……」 「ちょっと見ちゃおうか」 「んー……、ええ!?」 丈はすっとんきょうな声を上げる。慌ててヤマトは口元に人差し指をあてて丈を制した。 「ばか、シー!」 「あ、ごめん」 思わず謝って丈は手で自分の口を抑えた。 「――よした方がいいんじゃないの?」 「でも、気になるジャン」 「バレたら怒るよ、タケルくん」 「一瞬だけなんてどう?」 ヒソヒソ声の攻防が続く。 「何て書いてあると思うよ?」 「さあ……」 顔を寄せて話し合う二人の視線は、伏せられた紅い短冊に注がれていた。 「『大好きなお兄ちゃんとずっと一緒に』とか書いてあったりしてな?」 ヤマトはニヤケ顔で呟いた。 「それはわかんないよ?『もっと丈さんと会いたい』とか書いてあったらドウスル?」 負けじと丈も囁いた。 「…………」 しばらく冷笑で見つめ合う二人。 「ええい、ご開帳!」 たまらず二人同時に紅い短冊をめくる。 −∞−∞−∞− 「――――」 その願い事を見た二人は、顔を見合わせた。 それから二人同時に、照れながら笑った。 まったく、君にはかなわない ヤマトも丈も、肩の力が抜けた。 全くそれまでの自分の恥ずかしさったら。 『お兄ちゃんと丈さんの成績が落ちませんように』 だからこそ、君がいとおしくてしかたない。 「どうせだったら、『成績上がれ』って書いてくれよなあ」 「ヤマト、がんばらないとダメだよねえ」 二人は同じ気持ちで笑っていた。 −∞−∞−∞− 「はふー……」 タケルが戻ってきたので、ヤマトと丈は慌てて短冊を裏返しにして自分の短冊を書き始めた。 「やや、や、やっぱり家内安全かな!?」 「そんなら、俺は世界一のバンドマンかな!?」 わたわたしている二人を見て、不信感を覚えたタケルは急いで自分の短冊をひったくって、顔を赤らめながら二人を問いただした。 「――見た!?」 「見てない、見てない!!」 同時に二人は頭を振った。 「……ほんとにィ?」 ジト目でタケルはヤマトと丈を代わる代わるに見つめる。 「ほんとほんと、なあ?丈?」 「見てないよねえ?ヤマト?」 不審な二人はそろって目を泳がせた。 「ほんとかなあ……」 タケルは未だ納得できない顔をしながら、自分の短冊を笹の枝は一番上の場所に吊るした。 「一番高い所に飾った短冊の願いが一番叶うんだって。僕ここね」 タケルは嬉々として言う。 ヤマトも丈も、その姿を見守っていた。 「二人とも書けた?書けたら飾るよ!」 「はいはい」 そうして三人分の想いをかけた笹飾りはベランダへと括られた。 −∞−∞−∞− 「わー……」 タケルはしばらく笹に見とれていた。 「良かったな、タケル」 「良かったね、タケルくん」 「うん!」 その笑顔に見とれる不審者二人。 「さ、て、ヤマト。勉強再開しようか?」 「マジ?」 うへえとヤマトは舌を出しながらすごすごとノートが開かれたままのテーブルに戻る。 「あ!お兄ちゃん、素麺ある?」 「あるけど?お中元でもらったヤツが」 タケルは喜びながら言う。 「七夕の日はね、織姫の糸になぞらえて素麺を食べるんだよ」 「へえ、よく知ってるね、タケルくん」 えへんとタケルは得意そうに笑った。 「僕、作ってあげるね、二人は勉強してて!」 「え!?」 ヤマトと丈は揃って声を上げた。 「待て、タケル!火は危ないんだぞ!?」 「タケルくん、お湯は熱いんだよ!?」 「失礼なっ!」 憤慨しながらタケルは台所へ消える。 かなり心配なバカ二人。 −∞−∞−∞− そのままで。 どうか君はそのままで。 不器用な僕らの願いは君だから。 ――――――――――――――HAPPY?2002.7.7. |