◆魔法使いの島◆



一輝は一人、島の崖の上から、遠く海の果てを見つめていた。
その先にある、はるか彼方の島にいる、たった一人の弟を想って。
会えなくなってから、もう2年・・・になるだろうか。
どうしているのだろう。
いつもいつも、そればかりが気がかりで、夜になると聞こえるでもないのに、ここに来て弟の声を、姿を探してしまう。
飯は、ちゃんと食っているのか。
俺がいなくても、毎夜、やさしい眠りにつけているのか。
いじめられて泣いてやしないか。
淋しくて、寒さにふるえているんじゃないだろうか。
修業がつらくて、病気にでもなっていたらどうしよう。
まだ幼い兄の心はいつだって、訓練のつらさよりも何よりも、小さな弟のことでいっぱいだった。
・・・ああ、なんてもどかしい。
6年といわず、力さえあれば、すぐにでも飛んでいけるのに。
この海を駆けていって、すぐにでもおまえを胸に抱きしめられるのに・・!
・・・だけど。それは叶わない。
約束だから。
6年間、この島で修業をつんで、資格のしるしを得たなら、そのとき初めて故郷の地を踏むことが許されると、日本を出発した時の約束があるから。
弟も、その日のためにがんばっているのだから。
”俺がくじけてなどいられない!”と、そう思い直して胸の内で誓いを新たにする一輝の背後で、ふいにふわぁっとやさしい気配がした。
「エスメラルダ・・?」
「こんなところにいたの? 一輝。こんな時間に、どうして・・?」
「君こそ、こんな夜中にどうしたんだ・・?」
「いなくなってしまったのかと心配して。とてもさがしていたの」
「そうか。すまない」
金の髪の、弟とうり二つの少女が、髪をふわっとさせて、ちょっとくすくす笑って一輝に言った。
両手を背中で組んで、覗き込むようにするしぐさは、まるで弟の癖そのもの・・。
「誰のことを考えていたの?」
「・・・弟、のことを」
「ぼ・・・じゃなくて、弟、さんのこと?」
「ああ。アンドロメダ島にいるんだ。俺と同じように日本から来て、魔法使いになるために修業している」
「ふうん・・。ところで、一輝は・・・。この島に来て何年になる?」
「2年だ」
「2年もなるのに、まだ、空を飛ぶこともできない?」
言いながら、くすくす笑うと、少女はぽん!と地面を蹴って、ふわふわと歩くように宙に舞い上がった。
驚く一輝を見下ろして、ニコリと得意そうにする。
ああ、こんなしぐささえ、弟そっくり・・・。
「エスメラルダ! 君、魔法が・・!」
叫ぶようにして言う一輝に、ふわっと宙から舞い降りて、少女がそっと一輝の肩に腕を回してしがみつく。
その浮遊したままの身体を抱いて、一輝はさっきとは別の驚きにどぎまぎしながら、首もとに甘えてくる少女を見た。
やわらかな髪。
やさしい香り。
・・・・あれ? 
でも、これは。
まるで。まるで・・・!
覚えのある感情が、そっと一輝の胸の中に溢れてくる。
少女が、小鳥がさえずるような声で言った。
「まだ、ぼ・く・が、誰かわからない?」
その言葉に、その声に、一輝がぎょっとしたように少女を見た。
“だって・・・”と、口をぱくぱくさせる一輝に、うふふっっと頬を染め、肩をすくめて、その小さな身体はいきなりその腕を離れ、トン!とその
前に着地した。
「まさか・・! 瞬!?」
「うん! 兄さん」
その言葉に、みるみる少女の金の髪は、糸をつむぎなおしたように碧のそれへと変わっていき。
いつのまにか、そこにいたはずの少女は、彼が会いたいと、会いたいと焦がれた、愛おしい愛おしい弟の姿になっていた。
・・・ど、どうなんてんだぁ? こりゃあ???
目を丸くする兄に、もう我慢できないと、瞬がその胸にしがみつく。
「兄さん! 会いたかった・・!」
強くしがみついて泣きじゃくる弟に、一輝がわけもわからず、だけどもそんなことはもうどうでもよくなって、夢中になって小さな弟を腕の中に抱きしめた。
「瞬・・! 瞬! 俺も、俺も会いたかった・・!」
ひとしきり抱き合って、再会を喜んだ後、”しかし、どうして!”と問う兄に、瞬はまたふふっと笑って、もう嬉しくて黙ってなんかいられない!と、大得意げに兄に言った。
「カイトスの大白鳥が来たの! それで今夜一晩だけ、僕は魔法使いの力があるんだよ! あ、さっきのは女の子になっちゃう魔法なの。兄さんも教えてほしい?」
「いっ、いらねえよ! そんなのは。だけど、カイトスの大白鳥が来たってのは本当なのか!」
「うん! もうすぐ、この島の火山にも来るよ! 二百年前に産んだ卵を孵化させに回っているのだもの!」
「そうか。カイトスの大白鳥を見たものには不思議なことが起こるっていうけど、それは本当だったんだな」
「うん! 僕も苦手だった”空を飛ぶ魔法”がこんなに上手になったんだもの! でも、それも今夜だけ、だけど」
「白鳥の力とはいえ、一度出来たんだ。頑張れば、そのうち自分で力できっと出来るようになるさ! けど・・・。へええ、そうか・・・! そうなのか」
あらためて感動する一輝に、瞬が笑ってその腕をひっぱる。
「ね、兄さんも見に行こう! きっともうすぐこっちに来るよ!」
「ああ! あ、だけど。俺、まだ空を飛べねえんだ」
「平気。僕につかまって! 大丈夫だもん、兄さんひとりくらい、へっちゃら!」
うきうきと頬を染めて、瞬は兄の腕をとると、そのままふわり・・!と軽々と宙へ舞い上がった。
みるみるうちに、地面は遙か下の方になり、どんどん空高く舞い上がっていく。
「へええ! すげえな! 気持ちいいや!」
「でしょう?」
「けど、おまえ凄くなったな。高いところ怖くて、木登りもできなかったのに!」
頼もしげに弟を見る一輝の言葉に、ふいに瞬がはっとした。
少しだけ青ざめて、泣き出しそうな声になって言う。
「そうだった・・・。兄さん。忘れてた・・・。僕、高いところ・・・・」
「え?」
「どうしよう」
「どうしようって?」
「わぁーん、怖いよーーっっ」
「ち! ちょっと待てっ! うわあ、ばかばか、手を離すなーっ! わかった、わかった! しがみついてていいから、頼む、このまま飛んでくれー!」
いきなり首にしがみついていた弟に、バランスを崩して急降下しかけ、一輝が驚いて、慌ててその身体を抱きしめる。
何とかそれで魔法の効力は消えず、ぴたっと空中で止まってくれて、一輝はほっとしたようにため息をついた。
兄弟は、抱き合ったまま空を飛んでいた。
「下、見るなよ」
「うん・・」
胸の中にぎゅううっっとしがみついている弟を、一輝がしっかりと抱きしめてやりながら、行き先を瞬に告げて誘導する。
そうしながら、一輝はちょっとご機嫌に、あたりを見回した。
いつも訓練していた岩棚が、小さく見える。
そういえば、やっと手を使わずに、大きな岩を持ち上げて運ぶことを覚えたんだった。
けれど、大きな魔法はまだそれだけで。
早くしなきゃ、六年たっても、この島を卒業なんてできないぞ。
と、ちょっと焦るような気持ちで、一輝が思う。
夢なんて、まだまだ遠く。
いつになったら、かなうのだろう。
そう、彼と彼の弟の夢は、魔法使いになって、それを世界の平和のために役立てること。
魔法でならば、戦争など起こさずに、人との諍いを止めることも出来るだろう。
人々も、もっともっと夢を見られるだろう。
世界中の武器を、花に変えることだってできる。
だけど、同じように魔法使いになった人の中には、それを悪に使うヤツだっているから、そいつらとは結局戦わねばならないのだけど。
その矛盾に、時折目標を見失ったりもしたけれど、今はもう大丈夫。
信じることが出来たら、いつかきっと夢はかなうんだから。
そういつも自分に教えてくれたのは、やさしい心を持ったこの弟だ。
想いをめぐらす一輝の目に、遠くから少しずつ近づいて、こちらに向かっている大きな光の玉が映った。
間違いなく、こちらに向かって飛んでいる。
ーやっぱりそうだ! カイトスの大白鳥・・!
四百年に一度、火の山に卵を産んで、それを長い時間かけてそこで温め、二百年めに孵化させるべく、卵を産んだ場所へと舞い戻ってくる。
そして、そのはばたきを見たものには一夜だけ不思議な力がもたらされ、さらにその全長1000メートルものある翼から降り注ぐ金の粉を身にうけたものは、その夜に1つだけ、願いことがかなえられるのだという。
「瞬、ほら。見ろよ」
「わああぁ・・・・ きれーい」
遠くの空から星くずをちりばめるように、金の粉をふりまきながら白鳥がゆっくりと近づいてくる。
暗い空の一角を、光の抗体に身を包んで照らし出すその姿は、白い衣を纏った光の神様のよう。
兄弟は、頬を染めて、その光景に魅入ったあと、先回りするべく、火の山の火口へと舞い降りた。
そして、溶岩の陰に隠れて、白鳥が降りてくるのを息をつめて待つ。
「わ・・・・! 兄さん、白鳥が・・!」
興奮したように叫んで、瞬が感嘆のため息をついた。
白鳥が、その見事な羽根を折りたたんで、ゆっくりと火口へと舞い降りてきたのだ。
あたりは一面光の洪水で、兄弟はあまりの眩しさに気を失いそうになりながらも、必死で目を開け、白鳥の姿を見つめていた。
白鳥がマグマの中に身を浸すと、どくどくと脈打つ真っ赤なそれは、またたくまに澄んだ美しい水に変わり、まるで湖のようになってしまった。
その真ん中で優雅に白鳥が水を掻き、それから呼ぶように声を上げ、嘴を少しだけ水面に浸した。
それに答えるように、地球の底から湧き出たように、ぷくんと大きな丸い白い珠が浮かび上がってきた。
「もしかして・・・・。あれが白鳥の卵なの?」
「ああ、きっとそうだ」
少しうわずった声で一輝が答え、瞬がごくんと唾を呑み込む。
・・・なんだか、胸がドキドキする・・・
白鳥が愛おしそうに白い真ん丸の卵に嘴でキスをすると、その真っ白な表面にピピピ・・・・と細い亀裂が入り、そっとゆっくりとゆっくりと、それが広げられていく。
そして、そのわずかな隙間から、純白の、透けるような白さの翼がふわり・・・と金の光を放ちながら現れた。
「生まれたんだ! 白鳥が・・!」
可能な限り小さな声で、兄弟が同時に叫んだ。
そうして白鳥は、真珠の粒のような白い殻を取り去ると、この世に生を受けたことの歓喜に、バサッ・・と大きな羽根を広げた。
金の粉が、もう降りしきる雨のように、あたり一面を舞っている。
ぼんやりとその美しい光景に魅入っていた瞬が、自分の肩や髪にも落ちてきたそれに、はっとしたように兄を見上げた。
「そうだ、兄さん・・! 願いごと・・!」
「あ・・! そうか!」
瞬の声に同じくはっとなる兄に、瞬が首を傾けるようにして訊く。
「兄さんは何がいいの・・? この星を一周してみたいとか? どこかの国の大金持ちの王様になってみたいとか? それとも、めったに会えない人に会ってみたいとか」
「うーん。そうだな。一番の願いは、今ここにおまえがいることで叶えられちまってるし。どうせ、一夜のことなんだから・・」
「なぁに?」
顔をのぞき込むようにする瞬に、一輝が少し照れくさそうに言う。
「4年後のおまえに、会いたいな・・。きっと必ず会えるように。その時、おまえを見間違わないように。・・・おまえは?」
兄の言葉に驚いたような顔をして、それがすぐに嬉しげな笑みになる。
「うふふ・・・ 僕も、兄さんと同じこと、考えてた・・・」
「そうか・・」
「うん」
そうして、互いの手を取り合って、兄弟は、互いの胸で同じ願いことを唱えた。
すると。
二人の身体がいきなりほわ・・っとした淡い光に包まれたかと思った瞬間。
それは目もくらむほどの強い光になって、互いの身体を見えなくなるほどに覆い尽くした。
その中で、不思議な変化が起こっていく。
兄の背はぐんぐんと伸び、その身を強靭な男の体型へと変え、弟はやさしげな面立ちのまま、手足と、それから髪が伸びて、美しい少年へと姿形を変えていく。
そして、光が次第に小さくなり、ついには消えてしまった時。
兄弟はゆっくりと瞳を開いて、手を繋いだ相手の顔を見て息をのんだ。
兄はなんと逞しい。
見事な体躯を持つその雄々しさは、まるで神話の中の勇者の姿のよう。
そして弟は、兄が目をみはるほどに、清らかに美しく。
均整のとれたしなやかな身体は、まるで天から舞い降りた美神のように。
しばしの間。
互いの成長した姿に瞳を見開いて、ひどく魅入っていた兄弟は、やっと我に返ると、そっと互いの身体のそばに歩み寄った。
兄の手が伸び、瞬の美しい髪を撫で、その頬に手のひらでそっとふれる。
初めて聞く、太く低い声で兄が言った。
「驚いた・・・。おまえは、本当に俺の弟の瞬、なのか?」
「はい。でも、兄さんはすぐにわかりますね。小さい頃見せてもらった、お父さんの写真にそっくりだもの」
微笑んで、少しだけ大人びたしぐさで、いつものように小首を傾げる。
兄が、その言葉にやさしく笑んだ。
そして、そっと瞬の肩に手を回すと、その身体を抱き寄せる。
瞬も、逞しい兄の背に腕を回し、頬をそっと厚い胸へと寄せた。
そして、水面を戯れる2羽の親子の白鳥の、仲睦まじい様をうっとりと眺める。

そのあと、兄弟は、抱き合いながら空を飛んで、また長い長い時間の旅に出る、2羽の大白鳥を見送った。


それは星の降りしきる、長く長く不思議な夜の、夢の中のような出来事だった。





END





自分のかいた話とはいえ、何年もなるとほとんど覚えてないもんなんだなーと思いました。ま、魔法使い・・! 魔法使いになるために、島にいったのかキミたちは・・! と自分でびっくり。 なんか、キンパク感ないなあ・・。(笑)  あの師匠と魔法の修業をしてるのかと思うと・・。呪文とかかけるんだろうか? 「ピーリカピリララ・・・」とかいうのか、一輝が・・・・・・・・・・。う。
まあ、瞬はカワイイですよね、ホウキとかのってv どれみちゃんみたいの着てもきっと似合・・・・。(自粛)
しかし一輝が魔法使いって!(しつこい)
自分で書いたハナシのくせにー。