□■ ロンリーバタフライ (1) □■


帰るところがなくなって、
あてもなく、ひらひらとさまよう僕は、
まるで迷子のちょうちょのようだった。



「や、待ってたんだ。一緒に帰ろ」
部活を終えて、「はらへったー」などど口々に言いつつ、皆でだらだらと部室を出てきた大輔は、正門のところで待っていた人影に思わず話すのをやめて立ち止まった。
「あ?」
かけられた声が自分にではなくて、きっと他の誰かを待っていたのだろうと思わず後ろを振り返る。
けれど皆は知らん顔をして、立ち止まった大輔を追い越して、そいつの前を通りすぎた。
それを「あれっ?」と見送って、それから涼しい顔で大輔に手を振っている相手の顔をもう一度見る。
「君を待ってたんだけど? 大輔くん?」
いぶかしむようにじっと見られたそいつは、少し困ったように肩を竦めてそう言うと、にっこりと大輔に笑いかけた。


別に嫌いとかいうわけもなく、だからむろん、避けたりした覚えもなく。
だいたい、別段理由はなくったって、小学校から中学になってクラスも離れ、部活もちがえばおのずから接する機会は減っていくものなのだ。
だから、いつのまにか廊下や階段で一瞬すれ違う時に、「あ」とか「お」とかいう短いあいさつ(?)を交わすくらいで、まったく話をすることがなくなってしまったからと言っても、別に相手が気に入らないとかいうわけじゃあない。
けれども、その程度に疎遠になってしまった人間に、いきなり不意打ちのように待ち伏せされてたりすれば、多少は「何かあるのか?」と疑いたくなるのも、そう不自然ではない気がした。
「んだよー。急に」
肩を並べて歩き出しながら、少しつっけんどんに大輔が聞く。
「いや、別に何ってわけじゃないけど」
「じゃあ、何で待ってんだ?」
「待ってちゃ、いけない?」
「いけなかねえけどさ。なんか久しぶりで、いきなりだったからよー」
「驚いた?」
「そりゃ、少しはな」
「・・・・・・おなか、すいたから」
「はあ?」
「何か帰りに食べてかないかなーと思って」
「はああ?」
ぽかんと口を開けて見つめる大輔に、タケルが困ったように笑う。
大輔は、意味もなく、ぼりぼりと頭を掻いた。
「だったら、おまえバスケ部の連中と行きゃいいじゃねえ。何もサッカー部終わるまで待ってねーでも」
「部活終わってから、ちょっとまだ用事があって残ってたんだよー」
「ふーん」
「そうしたら、ちょうどサッカー部が終わったとこで。君が見えたから」
「ふーん」
「久しぶりに話してみたくなって」
「そっかー」
「いやならいいけど」
「いや、別に嫌ってわけじゃねーけど」
「じゃあ、行こ。僕、おごるから」
オゴリと聞いて、なんとなくまだ納得いかねーなーというような大輔の表情が、ぱっと変わった。
「え? マジ?! オゴリ?! お、そうか! んなら早く言えっての! 行こう行こう! 俺もう腹へって死にそうでさー!」
「え? ちょ、ちょっと大輔くん!」
「おら、早く!」
「ええ? もお、現金だなあ・・」
いきなり上機嫌になってタケルの腕をぐいぐいひっぱって歩き出す大輔に、タケルは呆れつつも、どこかほっとしたように微笑んだ。


「おばちゃん、チャーシュー麺! 大盛り!! あ、おまえは?」
「え? えと、じゃあ、みそラーメン・・」
「はいよー」
とっとと注文をすませ、どうやら大輔のいきつけのラーメン屋らしい店のはじっこの席に、向かい合って二人で座る。
「んでもよー。なんかおまえとこうやってメシ食うのって初めてのような気がすんなー」
「メシ・・というか、いいの? ラーメンで」
「ラーメンで、たあ何だよー! ここのラーメン、すっげえうまいんだぜー!」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて」
オゴリと言ったから、安いラーメン屋にしてくれたのかな?とタケルは一瞬思ったが、そんなことに遠慮する大輔なわけはないかとすぐ思い直した。
自分としては、もう少しフンパツしてもよかったんだけど。
家で一人で食事をするよりは、ずっと楽しいし、うれしいのだから。
一人で食事をするなんて、もう慣れっこになってしまってはいるのだが、ちょっとした事情のせいで、ここ当分は出来る限り家で一人になりたくはないのだ。
運ばれてきたラーメンに狂喜して、大輔がぱきん!と割り箸を開いて、いっただきまーす!と頭の前で手を合わせる。
それを笑って見ながら、タケルも箸を取った。
汗をだらだら流しつつ、ズズズズ・・とさも美味そうに食べる大輔が、なんだか心の底からうらやましく感じる。
なんだか、「ああコレすっごくオイシイなあ!」と、何かを食べたのって随分昔のような気がした。
「うっめー!」
「うん、ほんとにおいしいね、ここのラーメン」
「だろー! あ? おっまえさあ、もうちょっと景気よく食えねーかあ。なんだか女の子が食ってるみてえだぜ。もっとさあ、こうズルズルと・・」
「こ、こう?」
「そうじゃなくて! もっとガバっとさ」
「が、がばっと?」
「そうそう」
そんなに一度にたくさん口に入れて、思いきりすすったりしたら、何だか吐いてしまいそうでこわい。
けど、なんとなく、元気な人と食事をすると自分も元気をもらえそうで、人選には成功したなとタケルは胸中でほくそ笑んだ。
それからクラスメートの話やら、部活の話やら、あの先公ムカつくーとかいう話に花が咲き、タケルは威勢よく食べてはしゃべる大輔の話に、にこにこと嬉しげに微笑んで相槌をうっていた。
大輔にはなんだかそれが妙に心地よくて、と同時になんだか不思議な感じもしていた。
こいつとこんな風に、メシ食って、話したことって・・・・初めてだよなあ?
そんなに別に気に入らないとか思ってたわけでもないというのに、あんまり二人きりで話した覚えがない。
一緒にデジタルワールドを冒険していた時も、なんだかタケルとは正面きって話したことがなかったような・・・?
まあ、ヒカリちゃんのことがあって、なんとなく「コイツ、気にくわねえな」程度には思っていたが、だからと言って、別段嫌っていたわけでもなかったし、学校の違う一乗寺賢とはちがって何と言っても当時はクラスメイトでもあったのだから、もっと普通にこうして話す機会があったとしても、よさそうなものなのに。
大輔の話に、笑って頷くタケルに、どこか以前の印象と違うものを感じて、話ながら大輔が考える。
こいつってこんな感じだったっけ。
なんだかあの頃は、デジタルワールドのことと自分のこと、それから一乗寺賢のことで手いっぱいで、他の誰がどうだったかなんて、正直あまり良く覚えていない。
特にタケルに至っては、時折、偶然視線が合っても、それとなく反らしてしまうようなところさえあった。
いやだから、本当に別に嫌いとか、避けてるとか、くれぐれもそういうことはなかったはずなんだけれども。
そう考えて、ふと疑問に突き当たる。
ところで、なんでそんな俺なのに、こいつ、いきなりメシなんて誘ったんだ???
サッカー部のヤツの中にだって、自分よりももっと仲のいいヤツとかいるんじゃないのか?などと思う。
聞いてみようかとも思ったが、せっかく機嫌よく自分の話に頷いてくれているタケルに、結構心地よいこの状況に、なんだか水をさすようで、まあどうでもいいやと思うことにした。
結果的には、次の話題で、充分に水をさすことになってしまったが。
いや、水をさすどころか、険悪と言ってもいいくらいな状況に。
「なあ。ところで、もーすぐ8月じゃん?」
「え・・ああ」
8月と聞いたとたんに、タケルの表情がさっと変わった。
が、気づかない大輔は無邪気に続ける。
「今年、どこに集まるかなー? 俺、連絡係なんだけどさ」
「・・・・なんの?」
「なんのって」
大輔が、ラーメンのスープを飲み干して、は?という顔をした。
「8月っていや、1日だろが。ほら、8/1計画」
「ああ、ソレ、確か大輔くん、8分の1って読み間違えたんだよねー?」
「うるせ! 余計なこと思い出すなっての。いや、今年はなんかみんな忙しそうでさー。なんかなかなか連絡とれなくてさ。あ、おまえは来れるだろ? ついでにヤマトさんもどうかって聞いといてくれよ」
タケルの、箸を持つ手がぴくりと震える。
あっというまに表情がこわばった。
「・・・どうして?」
「へ? どうしてって、おまえ会うだろ?」
「会わないよ」
即答に、さすがの大輔もいぶかしむような顔になる。
「なんで?」
「なんでって。別に用がないから」
素っ気ない言い方に、思わず固まってしまう。
用がなくったって、今までしょっちゅう会ってたんじゃねーのかよ?と思うけれど、そう言えば、2年になってからはどうしているのか良く知らないし、だからといって、まさかコイツに限って今更ブラコンが直った・・・なんてことは想像つかねーよなーと、大輔が首を捻る。
「喧嘩でもしてんのか?」
無遠慮に聞いて、更にタケルの表情が険しくなった。
「してないよ。前に言ったことない? 僕、兄さんと喧嘩したことないって」
「それって相当不気味」
茶化すつもりで言ったから、「悪かったね」とかぐらいは言うかと思った。
けれどタケルは笑みもせず、こわばったままの顔で箸を置く。
さっきまでのおだやかな表情は、もうすっかりそこにはなかった。
「何かあったのか?ヤマトさんと」
さすがに、少し真面目な口調になって、大輔が聞く。
「ない」
にべもないというのは、まさにこんな感じだろう。
無表情に言われて、少しムッとなる。
そんな大輔を見ずに、タケルが「ごちそうさま」と立ちあがって、鞄から財布を取り出す。
その態度だけで、充分に「何かあった」と言ってるようなものなのに、それ以上の問いは完全に拒絶されたような感じだった。
「じゃ」
「じゃあって!おい!」
まだ丼の中に半分は残っているラーメンに、大輔が思わず声を荒げる。
「残すなよ!」
「もう食べられないから」
「もったいねえだろ!」
「だったら。君、食べといて」
「おい、タケル!」
「それから、兄さんには君が電話しておいてよね、君連絡係なんでしょ」
「なんで、おまえがしねえんだよ!」
「・・・・・面倒だから」
その言い用に、さすがに大輔がカッとなる。
ラーメンの残り食っておけだ?
面倒だから、ヤマトさんに連絡しておけだあ?
突然待ち伏せみたいにしてヒトを待っていたあげく、一方的にメシ食おうだの何だの誘っておいて、いきなりヤマトさんの話題になった途端、不機嫌そのものの面しやがって、そいでもってメシの途中で席立つたあ、そりゃあ、いったいぜんたいどういう了見なんだ!
俺のコト、なんだと思ってんだー?
「ラーメンはともかく、ヤマトさんにはおまえが電話しろ!」
「どうして・・!」
「おまえの言いなりになるのがムカつくから!」
「何それ!」
今度は、目に見えて、タケルがカッとなる。
あれ?
こんな風にカッとなんかなるヤツだっけ?と、大輔がどこかで冷静に分析しつつ、さっきもそんなことを考えてたことをふと思いだして、結局、本当にタケルのことなんかよく知らなかったんだと思い至った。
仲間だったはずなのに。
「兄弟で面倒なんつったら、ヤマトさんが泣くぜー。俺はしねえからな!当日、ヤマトさんが来ねえのはおまえの連絡ミスってことでいいじゃん!」
そうそう言うことなんか聞いてやるもんか!と、なぜかヤマトがらみということが尚の事ひっかかって、大輔が少しムキになって言い放つ。
「わかった、もう頼まない!」
声を荒げて大輔を見て言うなり、タケルが財布から取り出した千円札2枚を、だん!とテーブルの上に置く。
大輔が、その剣幕に押されて少しひるんだ隙に、タケルはとっとと鞄を持つと店の戸口まで早足に歩き、そこからくるりと大輔を振り返った。
「大輔くん、きみ」
「なんだよ、てめー!」
あまりな態度に、心底怒ったように大輔が答える。
タケルはそれに一瞬だけ哀しそうに目を伏せると、あとは無表情に、少し視線を泳がせて呟くように言った。
「夜中、突然目が覚めて、そこがプールの底だったりしたこと、ある?」
「・・・は?」
いきなり、わけのわからないことを言われ、まだ怒った顔のまま、大輔が問い返す。
「なんだよ、それ!」
それには答えず、タケルは店の人に会釈し「スミマセン・・」とだけ小さく言って、戸をガラッと開けるともう一度大輔を振り返り、強い視線を
投げつけて、それから静かに店を出た。
その背を見送って、大輔はただ呆然としていた。
ピシャッと戸が閉められ、はっと我に返る。
(に・・・・に、睨みつけやがったあ・・・?)
今までで知っているタケルの顔は、どれもなんとなく、おだやかなものだったと思う。
たとえ怒ったとしても、そんなにキレるようなこともなかったはずだ。(カイザーの一件はもちろん知らない)
何言ったって、へらへら笑ってるヤツだと思っていた。
まあ、それも、なんとなく思っていただけだが。
だから、このギャップは・・。いったい・・?
そこまで思って、むしょうに腹がたってきて、大輔はタケルの丼を手にとると、そこに残っていた伸びかけのラーメンをズルズル・・・・!と勢いよく箸で口の中にかきこんだ。
食べるものを残すのが嫌なだけだ、アイツに頼まれたからじゃない、と心の中で猛然と言い訳しながら。
後々これが、いろんなことのきっかけになるなんて、思いもしないで。
ただ、なんだかもう、腹が立ってしようがなかったのだ。
この時は、ただもう、それだけだった。
まだ、何も気づいてなんかいなかった。
まさかタケルが自分に救いを求めていただなんて、考える余裕すらなかった。




大輔と喧嘩したように別れて、そんな気持ちのまま、まっすぐ帰る気にもなれなくて。
なんだか、ただもう、何にでもいいから八つ当たりしたいような、そんな気分で。
ふらりと立ち寄ったゲームセンターで、3人くらいの高校生にからまれた。
いかにも優等生っぽいタケルが、一人でそんなところをうろついていたから、カツアゲでもしてやろうと思ったのだろう。
ひっぱられて、その店の裏につれていかれた。


「喧嘩、弱そうに見えるのかな・・」
ぼそっと、呟く。
拳に人を殴った感触がまだ残っている。
嫌だな。自分の防衛のためとはいえ、人に拳をふるうなんて。
だいたい、ヒトを殴ったところで、スカッと気が晴れるなんて、あるはずもない。
こんな重い、もやもやした気持ちを抱いたまま、また、今夜も、プールの底に沈むのだろうか?
いっそ、思いきり殴られておけばよかったな。
気絶するぐらいにね。
ズタボロに打たれた方が、もしかしたらスカッとしたかもしれなかったのに。
でも、それだと母への言い訳に困るから、まあこんなところでよかったか、とタケルは思うことにした。
自宅のマンションが近づいてくる。
タケルは、ぱたぱたと手で軽く制服の汚れを落とし、無傷のまま、すっかり真っ暗になった空を仰いだ。
今日の夜空もまた、鉛のように重く見えた。




つづく・・。





ついに初めてしまいました。連載です・・・。
なんか、続きものというのは今までやったことが、というか、やろうとしても続けられたためしがないので、「むいてない・・」と思っていたのですが、今回は最後の方まで話が出来上がってる(頭の中ではね)こともあって思いきって始めてみました。
なかなか重い話になりそうで、読んでくださる方はいらっしゃるのかなーと不安ですが、まあ、いつも甘いの書いてることだしね、ま、たまにはこういうのもねvということで、楽しんでいただけたら嬉しいです。
ちょっと今回は、「荒れるタケル」に挑戦です。
心の支えを失って、壊れていくというよりは、感情のコントロールが出来なくなって、喜怒哀楽が無防備に外にでてしまい、さらに自分のそういう所に混乱するタケル・・というのが書けたらなあと。兄は・・いったいどうしてるんでしょう・・?(笑) 
一応、めざせ総受けで!(カラダの関係は・・・まあ、あったりなかったり。いや!あったらマズイか・・) でも基本はもちろんヤマタケで! 
ちゃんと最後まで書けるようにガンバリマス。まったり連載ですが、よろしくですv(風太)


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