クリスマスが近づいたある日。1本の電話が鳴った。

『ねえ、ヤマトって、ケーキとか食べる?』

「食べなくはないけど、甘いのは苦手」

『じゃあ、クッキーとかも駄目だよね』

「手作り?」

『う・・ん』

「プレゼントに?」

『っていうか、差し入れ、なんだけど』

 

「お兄ちゃんのこと,好きなの?」

もっと他に言い方があるというのに、こんな短い会話でさえ

堪えられなくなって、僕は尋ねた。

『そんなのじゃないよ・・・あ、でも・・・』

「でも?」

『そうなのかもしれない・・・』

遠慮がちな、やさしい声で、恥じらいながら、

でも毅然とした言い方で、そう答えた。

 

驚いた。

もっとショックを受けるかと思ったのに、そうじゃなかったから。

そうだよね・・・。

いつかはこんな日が来るって、ずっと前からカクゴだけはしてきたものね。

自分で思うより、僕は図太くて、したたかで、つめたい人間なのかもしれない。

 

だけど、“協力するから”となぜかそう言って、

その人がありがとうと言うのを聞いたとき。

胸の奥で、びりっと心が破れる音がした。

 

『ねえ、ヤマトはどんな色が好き?』

『どんな音楽を聴くの?』

『愛読書は?』

『好きな食べ物』

『休みの日は、どうしてるの』

『・・・・どんな人が好き?』

 

僕は馬鹿だった・・・。

人は、本当に哀しい時は、痛みが少しわかりづらい。

心が麻痺しているから。

痛みはあとからやってくるんだ。

少しずつ、少しずつ、切り刻んでいく。心を。

 

胸がぎゅっと苦しくなった。

痛くて苦しくて、しばらく声が出なかった。

涙がゆっくりと溢れてきた。

ああ、そうか。涙は一番最後なんだ。

電話だから、見えなくてよかった。少しだけ、ホッとした。

 

だけど、お願い。                                     

もう、それ以上聞かないで・・。

涙で目の前がぼんやり揺れて何も見えない。

鼻の奥も咽喉も痛くて、何を話しているかもわからないんだ。

もう、受話器からの声もろくに聞こえない。

 

なのに、僕は笑っている。笑ってきちんと答えている。おかしいよね。

 

いつか、きっと、こんな日が来ると、僕はずっとカクゴしていた。

もしも、あなたに恋人ができたら。

そうしたら、この想いは、

土に埋めるか、海の底深くに沈めるか、空の向こうに放り出すか、

とにかく失くしてしまわなくては、と、そう強く思ってきた。

 

もう、ふざけて、好き、だなんて言わないから。

もう、お兄ちゃんを、困らせたりしないから。

ああ、だけど。

もう少し、先ならよかったのに。

もう少し、あと少し・・。

せめて、僕が、この痛みに耐えられるくらい、大人になるまで。

 

 

 

弟から電話が入った。妙に明るい声で、聞きたい事があるから答えろと言う。

 

『ねえ、お兄ちゃん。甘いものって苦手だって言ってたよね?』

「ああ」

『でも、手作りのケーキとかクッキーだったらは?』

「おまえが作ってくれるのか」

『そうじゃなくて。もらったりすると、嬉しいよね?』

「おまえがくれるって、いうのならな」

『もう、真面目に答えてよ』

 

・・・真面目に答えてるじゃねーか・・・・

 

『じゃあ、好きな色は?』

「青と黄色」

『青と黄色、ね』

「おまえ、よくそういう色の着てるだろ?」

『だから、僕じゃなくて、お兄ちゃんの好きな色だよ』

「・・・それでいいって」

『じゃあ、好きな音楽は?』

「音楽? 特にねえなぁ」

『この前一緒に聴いたやつ、あれ、好きって言ってたじゃない』

「ああ、じゃあそれでいい」

『僕が決めてどうするの。じゃあ、愛読書』

「エロ本」

『お兄ちゃん!! 怒るよ,もう!』

「今度見せてやるよ」

『もう! いい。じゃあ、好きな食べ物』

「イカの塩辛ときりたんぽ」

『え〜? 本当に??』

「いいだろ、何だって」

『じゃあ、休日の過ごし方』

「ほとんど、おまえといるじゃねーか」

 

その答えに、タケルが“はぁ〜っ”と長い溜息をつく。

「だいたい、誰に頼まれたんだよ、そんなくだらねえこと」

どうも誰かに協力しているらしいタケルが腹立たしくて、許せなくて、

つい苛立って、棘のある口調になって言い放つ。

その言葉に、受話器の向こうから“お願いだから、ちゃんと答えてよ・・・”と、

頼りなげな、泣き出しそうな声が言う。

 

『じゃあ、もう一つだけ』

「わかったよ」

『どんな人が、好き・・・?』

「タケル」

 

「タケルが好きだよ」

 

間髪を入れず、短く答えて“真面目に答えたぜ”と念を押す。

           ・・ちなみにこれは、通算99回目の告白。

 

「そういうのじゃなくて・・・」

 

今度はこっちが、長い溜息をつく番だった。思わず、苦い笑みがこぼれてしまう。

いったい、いつになったら、この想いはこの幼い弟に届くのだろう。

 

100回近く告白して、それでもわかんないなんて、

だいたいちょっと鈍すぎるぜ? おまえ。

 

そう言いたいけれど、言葉にはできなかった。

言葉はおまえを縛る気がして、傷つける気がして、やはり時を待とうとそう思う。

この想いの深さは、果てがないから、底がないから、

まだ幼いおまえでは溺れるかもしれないから。

 

それで、いつかおまえに、もし、好きな人ができたなら。この想いは、

地中深く埋もれさせて、海の底深く眠らせて、空の果てなら砕け散って、

あとは遠くから、ただ見守るよ。

おまえがいつも笑ってるのを、

おまえがいつも幸せに笑ってるのを、ただ遠くから。

 

けど、時々ふざけて、好きだって言うくらい、

それぐらいは、許せよな・・・。

 

 

 カタオモイ


カタオモイというお話を書こうと思った時
先に出来ちゃった詩(詩・・なのか?)で
なんかもうこれで話が全部終わってしま
ったような気になってしまいました。
なんとなく、私のヤマタケの恋人(?)
バージョンを書く時のコンセプトのような・・・
ヤマトの想いはタケルのものより深くて、
タケルの想いはヤマトのものより強くて。
想いは同じなんだけど、なんだかどこか
いつも片想いをしているような気がして
みたり・・・
そういうの、結構好きなんですけど、私。
               (風太)








         モドル