イクタビカノ別れ
あれは3年前のこと。
1つの冒険が終わって、デジモンたちとのつらい別れがあって、オレたちは傷心のまま、用意された電車に乗り、デジタルワールドを後にした。
気がつけば電車は消えて、オレたちは、聖なる光に導かれながら、夜の空から舞い降りて、地上に待つ両親たちのもとへと帰り着いた。
親たちは子供らを抱き締めて、口々に無事を喜びその頑張りを褒め称えた。
母は、涙を流して2人の息子を抱き締め、父はオレたちの頭をぐしゃぐしゃに撫でて「頑張ったな」と涙ぐんだ。
そうして、やがてそれぞれの帰路につこうとした時、オレはふとタケルがヒカリを見ているのに気がついた。
幼い恋心かな?と検討違いのことを考えて“また会えるサ”とタケルの頭をポンとたたいた。
それからしゃがんでタケルの目線になって、つとめて明るく、
「じゃあな! 元気で頑張るんだぞ!」
と言って、そのやわらかい金のくせっ毛をやさしく撫でた。
明るく言ったのも短く言ったのも、それ以上言うと涙がこぼれそうだったから。
ずっといっしょだった小さな可愛い弟は、だけども今夜からオレの隣で眠ることはない。
宥めるように撫でてやったこの髪も、頬も、明日からはもう傍にない。
「おにいちゃんも」
タケルが小さな手でオレの頬にふれた。
ニコリと笑ったけれど、それはなんだかとても淋しそうで胸がズキンと痛んだ。
そうしてタケルは母に手をひかれ、オレは親父に肩を促され、静かにその場を離れた。家路を、反対方向に・・・。
少し行ったところで、気になってタケルを振り返る。“おまえ平気なのかよ。淋しくねえのかよ”と心の中で呟いた。
“オレはこんなに淋しいのに”
そう思った時、タケルもこっちを振り返った。
これって、ああ、3年前と同じだ。あの別れの日とそっくり同じ。
ただ1つちがったのは・・・
タケルが母の手を振り切り、一目散にオレのもとに駆け寄ってくる・・!
「おにいちゃん!」
そして、むしゃぶりつくようにオレの首にしがみついた。タケルの涙がオレの頬に伝う。
―― そっか・・・おまえ・・知らなかった・・・
本当につらい時は、声出さずに泣くんだ・・・
しがみついて泣きじゃくる小さな身体を、想いのありったけで抱きしめる。
―― どうして、どうして、どうして、どうして、
オレたちは兄弟なのに、こんなに幾度も
別れなければならないんだろう・・・
「夏休みはまだ長いからさ、タケル。・・・そうだ、プール行こう!それから虫とりも行って、花火も出来るし、ああ、夏祭り、一緒に行こうな! それからスイカも食べよう。おまえ好きだろ、こーんなにでっかく切って、さ・・・・」
親の前で涙を見せるのはかっこ悪いと思っていたけど、もうどうしようもない。
そんなこと、もうどうでもいい。
泣きじゃくるオレたちを見て両親は悲痛な顔をして、今夜はうちで寝るか、とか、明日4人でごはんでも食べようとか言ったけれど、そうして楽しく過ごしても、また同じなんだ。
別れなければならない時間が来て、タケルはまた同じ淋しい瞳をして泣くのだろう。
そうか・・・ヒカリを見ていたのは、兄の太一と同じ家へ帰っていく。それが羨ましかったからなのか・・・
いつのまにか、帰りかけていた仲間たちが、周りに集まってきていた。
みんな、デジモンたちと永遠かもしれない別れをしてきたから、別れのつらさはよくわかっている。
太一が、宥めるようにタケルの肩に手をおいた。
「泣くなよ、タケル・・ ヤマトとはまたいつだって会えるじゃないか」
「そうよ、タケルくん。私たちだって、いつでも会える。同じ現実世界にいるんだもの。・・そうだ。こう考えるのはどう? 別れることはサヨナラじゃなくて、その逆」
空の言葉を、丈が繋ぐ。
「むしろ、また会うために別れる、と」
「そうですね、別れることがなかったら、また会う喜びもありませんよね」
「そうそう! 元気出していこうよ! 笑うツノには福来たる!」
「ミミさん・・・それって、ツノじゃなくてカドですよ」
「・・・いいじゃない、どっちでも!」
光子郎の言葉にむくれるミミに、みんなが思わず吹き出した。
タケルもつられて笑顔になっている。
そして涙を拭きながら、オレを見上げて言った。
「そうだね。ボクたち、今度また会うために別れるんだよね。また会えるよね。たくさん会えるよね? おにいちゃん」
「そうだぜ、タケル。それに、ずっと一緒にいられなくたってオレはおまえの事ずっと考えてる。今までだって、そうだった」
「うん、おにいちゃん!」
オレの言葉に強くうなずいて、それから小さな手でオレの頬に触れ、もう一度ぎゅっと強くしがみついた。
離れる不安と淋しさを、言葉とその一瞬の抱擁に込めているようで、切なくて切なくて、胸が締め付けられるようだった。
―― そして、オレたちは帰路についた。
また、すぐ会えることを自分自身に言い聞かせて。
そうして、オレたちは、今も同じことを繰り返している。
会って笑って、泣いて別れて、また会うことを繰り返している。
それはまるで、寄せては返す波のように。
まるで永遠であるかのようにずっとずっと続いていき、そうして・・
お互いの存在を、より一層特別なものにしていった――
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