□■ 星にきけばいい □■
「あ、落ちちゃった・・」
線香花火の火が落ちて、タケルが呟くように言う。
「それで最後だったか?」
「うん、最後の一本・・・」
名残惜しそうに消えた花火を見つめるタケルに、ヤマトがそっと笑いかける。
まだまだ夏はこれからなんだから、花火くらいいつでも出来るさと言って、兄は水の入ったバケツに消えた花火をほうりこんだ。
熱が水に溶けて、ジュワ・・と音を立てる。
しゃがみこんでいたタケルは、それを切なげに見ると、ゆっくりと立ち上がった。
マンションのテラスじゃあ風情もないし、花火といっても今ひとつ盛り上がりに欠けるのだが、今日は折りしも七夕で、さらさらと風になびく笹がおごそかに飾られてたりするから、普段のような殺風景な空間も何だか少しちがう気がしてしまう。
空は星空。
都会からは、その川はあまりに遠くて見えないが、今頃、織姫と牽牛は・・・・。
「今夜は会えてるよねえ。こんなに晴れた夜空だもんね?」
「ん?」
「織姫と彦星」
ああ・・と、ヤマトが気づいて笑う。
「今頃、天の川を渡って・・」
「よろしくやってるってか?」
「・・・・・お兄ちゃん・・」
ロマンチックに空を見上げているのに、それはないだろうと、横に並んだ兄をタケルが睨む。
肩をすくめてそれを受けとめて、ヤマトはまた空を見上げる弟の、青い瞳に映る方の星を見た。
今夜は、なんだか妙だ。
いつもと、どこか雰囲気が違う。
いで立ちのせいだろうか。
なんだか見ているだけで妙にそわそわしてしまって、星空を見上げるどころではないのだと、ついついそっちに目が行ってしまう。
小学校で夜行われる夏祭りに着て行きたいからとせがまれて、タンスの奥に眠っていたのをひっぱり出してきた、深い青の浴衣。
その下から覗く足が、星の光の下、透き通るように白い。
今のタケルと同じ年の頃に、島根の祖母から送られてきたものだが、まだほとんど袖を通さず残っていたのだ。
確か、そう。
自分も夏祭りに、一度着て行ったきりだ。
けど。良く似あってる。
自分が着ているより、なんだかずっとしっくりきている。
「ねえ、お兄ちゃん・・?」
「ん?」
「願いごと、書かないの? 短冊に」
「書いてるだろ?」
「・・・・オヤジのボーナスがいっぱい出ますように。・・・て、これ?」
「悪いか」
「現実的・・・」
「おまえは?」
「僕?」
「ウチのには恥かしいから書かないって言ったろ。自分ちのには何書いたんだ?」
「家内安全」
「それ、願いごとかよ」
「いいじゃない」
笑う兄に、つられて笑う。
願いごと。
一年一度の。
叶ったことは、今までに一度きりだけど。
それでも、叶うなんて思ってなかった。
それに、幼い頃は、毎年一生懸命考えて書いたものだけど、最近ではめっきり本当の願いは書かなくなった。
なぜって、親も見るわけだし、恥かしくて照れ臭くて、やはり何となく適当に書いてしまうのだ。
もっとも、本当のことを書いてしまったら、たぶん、間違いなく、大問題になるだろうし。
でも、もし叶えてもらえるものならと、何も願わずにはいられなくて、近くの保育園の大きな笹にこっそり短冊を一つつけてきた。
それはまあ、むろん兄には内緒だが。
・・・・・・そういえば。
小さい頃は、願いことより、お天気の心配ばっかりしてたっけ。
だって、一年待って、待って待って、やっと大好きな人に会える日なのに、雨だったらまた一年会えなくて待つなんて、そんなの切なすぎるから。
待って待って待ち焦がれて、やっと会える日に降る雨を、どんな恨めしい想いで見るのかと考えただけで、哀しくて泣きたくなった。
また今日からもう一年、待って待って暮らすのか。
そう思って、織姫と彦星はどんなに落胆するだろう。
だから、とにかく、お天気になって。
会わせてあげてよ、神様。
と、幼いタケルは、結構必死だったのだ。
天気予報を見て、夕方から雨だとか言われたりすると、ずっと空を見上げて祈っていた。
どうかどうか雨が降りませんようにと。
そういえば、笹に、てるてる坊主をいっぱいつるして、母に笑われたこともあったっけ・・。
けど、一年に一度きりというほどのことはないにしても、会いたい人に、会いたくても会えない状況というのが自分とカブって、人ごとではなかったのだ。
今夜は、晴れて星空。
神さまの目を逃れて、コイビトたちは星の川をわたるのだろう。
ずっと、会いたくて焦がれた人の名を呼んで。
笹の葉が、風にさらさらと揺れる。
今夜は、神様も野暮なことはおっしゃるまい。
どんな形であれ、たとえそれが罪深い愛情だとしても、求めあうコイビトたちのお邪魔などされないだろう。
罪を問うことも、今夜は見逃してくださるだろう。
じっと、ものも言わずに、星空に思いを馳せる弟を見つめ、ヤマトはふいにその身体をひょいと両腕の中へと抱き上げた。
「お、お兄ちゃん?」
驚くタケルに笑って、それでも腕から離さずに、花火をするために明かりを消していた居間を通り、真っ暗なままの自分の部屋のベッドの上へと静かに下ろす。
「な・・・なに?」
「なに・・・って」
「だって、急に」
「急じゃ、いけねえか?」
実は、星を見上げるおまえが何だか夜空に消えていってしまいそうで、内心とても不安だった・・・。
なんてことは、「かぐや姫」でもあるまいに、あまりに非現実的すぎて、なんだか冗談にも口に出すのがはばかられた。
だから、少し、キザな台詞を言ってみた。
「そろそろ、俺たちも、星の川を渡りてえな・・・と思ってさ」
その台詞に、タケルがきょとんと目を丸くし、ベッドに横たわる自分の上にのしかかるようにしている兄を見上げる。
「・・・・・・・・・ぷっ」
吹き出すなり、くるりと身体を反転させて、枕に顔をつっぷして笑い出す弟を、言うんじゃなかった・・と赤面しつつ、兄が困ったように天井を仰ぐ。
その際に、ちらっと見えた窓の外は、都会にしてはよく星が見えている方で、なぜだか、それが「早く」とヤマトの中の何かをせき立てる。
今のうち、カミサマの見ていないうちに、早く、と。
ヤマトが、はっとしたように、弟を見る。
まだ、笑っている背中は、微かにふるえている。
Tシャツなんかを着ているよりも、少し多めに見える項から背中のラインに妙にどきっとさせられる。
乱れた浴衣の裾から見える足が、いつも以上に艶めかしい。
「こら。いつまでも笑っているな・・」
言って、その裾を少し開いて手を忍ばせると、タケルが笑うのをやめて、びくっと震えた。
「や・・・」
小さく言って、抵抗しようと身を返そうとするなり、するっと胸元からも、もう片方の手が滑り込んでくる。
「おにい・・・・ちゃ・・・!」
指先が胸の飾りにふれるなり、タケルが大きく反応して身を震わせた。
「あ・・・」
指と指の間に挟まれて、刺激を与えられると同時に、下から這い上がってきたもう片方の手が腿をたっぷりと味わって、下着の横から入り込んでくる。
「はぁ・・ああぁ・・・・・っ!」
手の中に握られて、刺激を与えられて、堪えきれずにタケルがその愛撫から逃れるように、片膝をつく。
それが身体とベッドの間に空間を生む形になって、余計ヤマトに好きにふれられる結果を招いているなんて、当のタケルにはわかるはずもない。
胸をいじられ、足の間を好きに弄られて、身を捩っているうちに浴衣がどんどんはだけていって、肩と背中の中ごろあたりまでが星明かりの下に剥き出しになる。
桜色に上気した肌の上を、ヤマトの唇が、項から背中へと下りて行く。
「ううぅ・・・・ん・・! あ・・・・ぁ・・・!」
衣を帯ひとつで身に巻きつけているだけの、ぴくぴくと感じてしなる白い身体は、薄暗がりの中、少年のものとは思えないほど艶めかしい。
普段の幼さ、あどけなさが嘘のようだ。
今夜はまた格段に。
色っぽい。
「はあ・・・あ、あ、あ・・・・!」
兄の手の中で昇りつめ、放つ寸前になってやっと裸にされて仰向けにひっくり返された下肢に、ヤマトが顔を埋めてくる。
一声大きく鳴いてのけぞり、タケルの手がもどかしげにヤマトの髪を掻き乱す。
すべてを絞りとるように飲み干すと、兄は顔を上げて、頬を真っ赤にして荒い息をついている細い身体の上に身を重ねた。
汗にびっしょり濡れているタケルの額にはりつく前髪を掻き上げると、けぶるような青い瞳が兄を映す。
頬をやさしく撫でてやると、少しはにかんで微笑む。
そういう顔、可愛いぜ?
そう言おうとしたが、なぜか言葉にならなかった。
今夜はなぜか、言葉じゃない気がした。
コトバより、カラダでいい。
そんな感じか。
ヤマトの手が、今更ながらに、帯をとく。
そして浴衣の前を両側に広げてタケルのすべてを露にすると、少しだけ眉を寄せて、見ないでよというように顔をそむけた。
恥かしがるのも、今更ながら・・・だが。
何度見たかしれやしないのに。
おまえのハダカなんて。
もっと恥かしいトコも、俺に見せてるじゃん。
けど、そういうとこ、いいよ。
変わらないでいて欲しいと思うのは、コイビトのエゴか?
俺がそういうの、好きだから。
なんて、これももちろんコトバにはしないが。(したら、きっと怒るだろうし)
キスをして、大丈夫だよと何度も怖がらせないようにキスをして、足を割ってカラダを繋げる。
痛みに心持ち歪む顔が、キレイだ。
深く繋がったことを確かめて、いきなりタケルの身体を抱き起こす。
突然、カラダを繋げたままで兄の足の上に抱き上げられて、タケルは小さく悲鳴を上げた。
驚いて怖がって思わず首にしがみついてくるタケルに、こわくねえよと、それだけはコトバにした。
「おにい・・・ちゃ・・・ん・・・」
かすれた声が呼ぶ。
「タケル・・」
熱い声で呼び返すなり、汗がヤマトの喉を伝った。
ゆっくりと動かすと、くぐもった悲鳴を上げつつも、タケルの内部が熱く絡みついてくる。
それに思いもかけず翻弄されかかり、そんな自分を戒めつつも、激しく求める想いがとめられない。
「はあ・・・・・あ・・」
どうしていいかわからず、けれども、いつもとは違う痺れが背を駆け上ってきて、タケルが激しく髪を打ち振った。
汗が、飛び散る。
開かれた内腿も痙攣したように震えながら、ヤマトの身体を締め付けるように力をこめた。
早くなって、途切れそうになるタケルの息に、甘さが次第に混じって行く。
思わず、律動に酔って背中から倒れそうになる細い身体を支えながら、ヤマトは烙印を押すように、タケルの白い胸の真ん中に紅く口付けの跡を残した。
まだ小さかった頃。
互いの住む距離が、まるで地の果てにあるように遠く感じられて、少しでも近くにいられたら、近くにいけたらそれでいいと願っていた。
数年がたって、幼い日の夢はかなえられた。
住まいを近づけ、そして想いまでも近づけた。
今、あんなに近づきたいと願ったのが嘘のように、これ以上ないほどに近づいている。身も心も。
願いはかなった。
嬉しかった。
そして、願いことはなくなった。
なくなったはずなのに。
でも。
あまりにも近づきすぎて、そこから引き離されることに怯えるようになってしまった。
だから今夜も、短冊に書けなかったその願いを胸に、星に届けと祈るしかない。
どうかどうか、この想いが消えてなくなったりしませんように。
互いの想いが、ずっと傍にあって、離れていったりしませんように。
それでももし、その日は必ず来るというのなら。
それはそれで、仕方がないけど・・・。
だったら、どうか、その日が来るのができるだけ遠くになりますよう。
たとえば、1日でも1時間でも、1分でも1秒でもいいから、少しでも長く、こうして傍にいられますように・・と。
END
ヤマトさんのロマンチック(?)なオフィシャル発言のおかげで、七夕はヤマタケデーとなりましたv
何かサイトでしたいな〜と思っていたはずなのに、本を出すのに精一杯で実はすっかり忘れてしました・・(おい)
でも、某サイトさまのお絵描きチャットに、少しだけだけど(しかも明け方だよ・・スミマセン・・)参加させていただけたおかげで、こうして頑張ってSS書くぞー!という気になれましたv 本当に嬉しかったですv
てなことで、七夕SSはユウキングさんに捧げたいです〜v ご、ご迷惑でしょうけど;;
本当にありがとうございましたv(ぺこり) また企画してください、ぜひぜひっ!!(風太)
tetettettetettetetetetetetetetetetetetetetetetetetetete