「こんな朝はいかがでしょう?」 by.松雪笙(様)
「おい、タケル、メシ出来たぞ!」
と、とりあえず、ベッドにいるミノムシ…つまり布団に包まって出てこないタケルに声をかけるが、全く反応はなかった。
とりあえず、とりあえず、考えていたとおりの反応だから、ヤマトはニヤニヤと、ちょっと人には見せられない笑顔を見せる。もちろんタケルにも見せられない、なぜなら怒られるから。
ついつい、昨日のことを、むしろ、今朝方にかけての夜のタケルを思い出して、口元に手を当てて笑い声を堪える。嬉しいというか、ちょっと恥ずかしいというか、そんな複雑な気持ちだったが、世界中で一番の幸せものではないかというくらいには、幸せだった。
ああ、幸せすぎて恐いくらいだ……等と、殊勝なことを考える日が来るとは!
どこか遠いところを見ながらニヤニヤするヤマトの顔を、布団の間からちらりと覗いたタケルは、思わず枕を投げていた。いつもは俊敏なヤマトがそれに気づかないはずもないのだが、今日はどう言うわけかまともに顔面に食らっている。それで、一体どう言う表情に変わるかと見守っていたが、飛んできた枕を手で受けたヤマトは、先ほどと変わらない、世にも幸せオーラを滲ませた表情で布団ミノムシのタケルをニヤニヤと見ている。
「ああ、やっぱりタヌキだったんだな?そうだと思ったぜ?」
ウっと、言葉に詰まったタケルは、とりあえず覗いていた隙間も布団で覆って、ヤマトから全てを隠してしまった。
しかし衣擦れの音と気配で、ヤマトが側に近づいてきたことが伝わる。
「オイオイ、メシ食わないと、体力持たないだろう?」
無言のタケルは、お約束のように布団の中で思い切り赤面した。人間、照れるとちょっと興奮する、そうすると体温が上がる、それなのにタケルは布団の中に頭からもぐって入り込んでいる。そんなわけで、熱くて熱くて仕方ないけれど、にっちもさっちもいかない理由で、とにかくこの布団から出ることは出来なかった。ヤマトもそれを分かっているはずなのに、そのタケルの反応を心から楽しんでいる。
「なぁ、おい、出て来いよ!」
バフッと言う音がして体の上に、重過ぎない程度の体重がかかってきた。どうやらヤマトが布団に包まったタケルの上に乗っているらしい。熱くて仕方ないというのに人肌のおかげで、さらに熱くなったけれどタケルは意地でも布団から出てくることはない。
絶対に、絶対に、何があっても出ない!!
固く心に誓うが、もちろんそんなことができるはずもない。多分考えているより簡単に布団の篭城は剥れてしまうのだが、それでも頑固なまでに抵抗を続ける。
「冷たいよな〜、こんな朝だってのに。長い月日と、誤解を経て、漸く夕べは身も心も……」
「ギャ〜〜!」
タケルらしからぬ叫び声に、さすがのヤマトも驚いて言葉を止めた。人間、いくら側にいると言っても、知らないことはあるようで、タケルのそんな叫び声を聞いたのは初めてだった。乗っかっていたタケルの上から体をどけて、まじまじとその姿…布団しか見えないけれど、を眺める。
「聞こえない!聞こえないもん!!」
しかし、それに続いた台詞はいつものタケルらしく、とりあえず大丈夫なのだろうとほっと溜息をつく。そして、そのままベッドの端に腰掛けた。
「聞こえないのはいいけど……体、痛いだろう?」
「いいいいい、痛いって?」
まともな返事になっているのかどうか、とりあえず布団に遮られてかなり不明瞭な返事が返ってくる。
「いや、ほら、日ごろ使わない筋肉を使ったわけだし」
「うわ〜〜!そんなの知らないよ!知らない!!」
とにかくタケルは取るもとりあえず否定しまくっているが、実は変なところ、太ももの裏とか、おしりとか、日ごろ使わないような筋肉が若干痛い上に……ちょっと言葉では言い表せないところが、いまだに熱を持っていて、それが昨夜の出来事を夢のままにしてくれない原因でもあった。
第一、熱いその手でぐいぐいと大切なところを刺激された上に、あんな……恥ずかしくて言葉に出来ないところに、体のどの部分よりも熱い熱を入れられるとは、考えてもみなかった。
抱きしめる腕も自分の中にはっきりと伝わる熱も、どこもかも熱くて、灼熱の炎にずっと煽られているかのようで、時折自分の居場所さえも見失っていた。
頼りになるのはすがりついたその肩と、いつものように耳元で囁く、それでもいつもと違う、掠れた低い、ヤマトの声。
知らない振りを決め込もうとしても、ジンジンと伝わる熱と、身体に刻み込まれた記憶が忘れさせてくれない。しかも、どう言うわけかヤマトの一挙手一投足が気になって、体が勝手にビクビクと反応してしまう。
今のタケルは過敏に警戒しすぎて、心がついていけないような状態であった。
しかも夕べはヤマトの新しい1面を思い切り見せられて、あんなことをされてしまったり、こんなことを言われてしまったりしたのだ!!タケル自身も、あ〜んなことをされまくって、こ〜んなことも言いまくっちゃったりしたので、とりあえず無事な共同作業ではあったのだが。
いつだって自分を許容して優しい兄が、あんなに強引なことを出来ると知ったのも、実は初めてに近かった。
さらに、自分があんなに、スケベだとは、思ってもみなかった。
舌打ちをした次の瞬間には、泣きたくなってしまったり、泣きたくなった次の瞬間にはついつい顔がにやけていたり、「ああ!自分のことが分からない!?」という状況でもある。
とにかく布団の中で、タケルさんは大忙しであった。
ああ、若いって、素晴らしいですね?
「…まぁ、そうやって隠れててもいいけどさ。タケルのあんな顔も見れたし、あんな言葉も聞けたし……」
「うわ〜〜ギャ〜〜〜〜!」
まぁ、一度目って言うのは一回しかないわけだから、ということでとりあえずヤマトさんもただいまの状況をかなり楽しんでいた。
「ああ、あの掠れた声!今でも忘れられねぇぜ!」
「やだ〜〜〜!聞こえないよ!何も聞こえない!」
「つうか、またするしな?」
また、という言葉に反応して、必死に叫んでいたタケルの声がそして抵抗が、ぴたっと止まった。
また、ということは、またなのである。
すぐに今と言う訳ではないのだろうが、また、こんなにこっぱずかしい思いをしてしまうのである。
しかも近いうちに……。
考えて勝手に照れたタケルはボン!と音が出そうなほど赤面して、その勢いで思考が停止した。
また!
いいじゃないの!してもらいましょう!ドンと来いってんだ!
などと、タケルらしからぬ思考回路のまま、思い切り布団を跳ね上げる。
「うわッ!」
その布団がナイスな具合に舞い上がって、ちょうど横に腰掛けているヤマトの体を覆い隠すように被さってくる。
「おい!タケル?」
思い切り立ち上がったタケルは、ヤマトのパジャマの上だけを着せられているという色っぽい格好のまま、ずんずんと音の立ちそうな勢いで部屋を出て行った。
太ももの辺りが艶かしいのは、それはほら、みんな同じ。
「とりあえず、シャワー、浴びてくる!」
まるで捨て台詞のようなその勢いに、一瞬あっけに取られたヤマトは、次の瞬間には、大爆笑をしていた。
そうじゃなくちゃ面白くない!
タケルじゃなくちゃ、意味がない。
しかも、タケルに不利なことに、シャワーを浴びれば今の自分の状況に、体中に散らされた、初めてのピンク色の花びらに気がついてしまう上に、頭が冷えれば冷静になってしまう。
その上、冷静になった頭で考えれば、着替えを持って行かなかったことに気がつくだろう。気がついて、慌てて、またしても盛大に赤面して。予想のつく未来に、にやりと笑って幸せを噛み締めるのは、ヤマトのほうだ。
とりあえず、新婚家庭もかくや!と言うほどの、甘さを築くのに、遺憾はない。
そんなわけで、幸せは、2人の上に降り注ぐ。
照れまくっているタケルには、ちょっと不利かもしれないけれど。
まぁ、そんな状況ですから。
シャワーを浴びたタケルは予想通り頭が冷えて冷静になり、自分の体の惨状に思う存分赤面して、そしてもちろんこちらも予想通りバスタオルで体を拭いたあと、着替えを持って入らなかったことに今更ながら気がついた。
しかしヤマトに着せられたパジャマは汗で汚れていたから既に洗濯機の中、そしてパンツすらない。
思う存分赤面したあとに、さらに赤面して、完熟トマトより充分に赤くなってから、そっと廊下へと続く扉を開けた。部屋に行くにはキッチンを通らなくてはいけなくて、そこには先ほどからさんざん顔を合わせたくないと祈っている、ヤマトがいるはずだった。
何を言われようとこんな恥ずかしい朝にまともに顔を合わせたくないタケルは、怪しげな態度で部屋の中を伺う。
扉から顔を出したところで洋服を持ってニヤニヤしているヤマトと、ばっちり視線があった。うっ!と声を詰まらせると、近寄ってきて腕を取られ着替え一式を乗せられた。とりあえず、ありがとうと言う意味でお辞儀をすると、ヤマトもお辞儀を返してさっさときびすを返す。ホッとしたタケルは、大人しく脱衣所に戻り、もそもそと服を身につけた。
どうも変だけれど、その理由が自分にあるとわかっているけれど、どうしてもいつもの自分に戻れない、そんなジレンマがあった。
恐らく第三者がいれば、とっ散らかって気付くことのないタケルに「いや、ヤマトも充分変だから」と教えてあげただろうけれども。
それでも勇気を出していつものとおりにヤマトの前に立ち、それからいつもの朝のように食卓の席についた。ヤマトは無言で朝ご飯を用意してくれる。
イスに座るときに感じた下半身の違和感に、タケルは思わず赤面した。
もちろん初めてのことだから、何もかも分からなくてヤマトにまかせっきりだったけれど、まさかあんなことをされるとは思わなかった。
またしてもあの熱い状況を思い出してしまったタケルは、うっと喉を詰まらせる。
囁く声は、いつもよりやさしくそして聞いたこともないくらい深く響いた。
いつもと違う口付けに、いつもと違う言葉、いつもと違う体温に、いつもと違うヤマト。
逃げ出そうとする身体を押さえ付けられ、その熱を煽られ、頭が白くなるほどに焼ききれそうな始めて知った自分の快楽。
眩暈とともに、生理的な涙で顔を歪ませた。
そのときを思い出すと、またしても居ても立ってもいられない気になる。
顔を覆って、どこぞのギャグ映画のように「キャー」と叫びたくなった。
さらに、こんなことばかり考えていると、自分のエッチ度が格段にあがってしまったような気がする。
思い出して俯いたタケルの前に静かにお皿が置かれた。顔を上げると、ヤマトが苦笑して見下ろしている。とりあえず、赤面していることは分かっていたが、それでも顔を逸らせなかった。するとヤマトが珍しくホッとした表情を浮かべる。
「とりあえず、飯にするか?」
飯と聞いて、体の熱は収まった。
ふとした言葉で、いつもの日常が戻って来る。
「うん・・・・」
それに答えるようにタケルのおなかが小さく鳴った。
2人にしては珍しくあまり会話の進まないまま食事が終わり、いつものように食べ終わった食器を洗おうとしたら、ヤマトが変わるという。なんでか分からずに見上げると、体が辛いだろと囁かれた。お約束のように赤面して、そして促されるままにヤマトの部屋へと向かう。それから先ほどまで寝転がっていたベッドにそのまま倒れこむようにして転がった。
緊張のせいか、初めての経験のせいか夕べはあまりよく眠れなかった。
なんとなく気が抜けてそのままうとうとし始める。
遠くで食器のカチャカチャという音が聞こえて、自分のすぐ近くに大切な人の気配がして、まるで春の陽だまりに包まれているかのように気持ちがよかった。
ふと気がつくとすぐ側に覚えのある気配がした。どうやら本当に眠ってしまったようで、ベッドに寝かされてそのすぐ横にヤマトが腰掛けている。どうやらベースの教本を読んでいるようで、ページをめくる音が静かな室内に響いていた。
何も変わらないような、変わったような。
あれほど深く人と交じり合ったのは初めてだったけれど、自分の中の何かを奪われて、その奪われたところに相手の何かが入ってきたような気持ちだった。
深い快楽のその奥に、本当の感情がある。
幸せというのは本当なこんな気持ちを言うのかもしれないと、タケルは小さく笑った。
そしてその気配に気づいたヤマトが、タケルの顔を見下ろす。
じっと見つめていると、ゆっくりとヤマトの顔が近づいてくる。それにつられるように瞳を閉じると、淡いキスが口元へと下りてくる。
その瞬間にはなぜか、全世界の人に感謝したくなった。
ここに居られることにどうもありがとうと。
きっと今、2人で同じ感謝を胸に抱いている。
小さく笑うその感情が、互いの唇から伝わってくる。
こんな奇蹟の朝は、きっともう二度と来ないけれど、こんな奇蹟はずっと続く。
そんな初めての朝だった。
(松雪さんからコメントを頂きましたv)
風娘さんへv
いつも遊んでくださってありがとうございます!こんな、拙作でも喜んでくださるのは、娘さんだけですようv
でも、いつもそんな励ましをくださって、本当にありがとうございますv嬉しいです。励みになります。
そんなわけで、以前当サイトのSS掲示板でなんであげることになったのか思い出せない(爆笑)「初めての朝の2人」を娘さまに差し上げますv
これからも、不肖の母と、遊んでやってくださいv
更に、わざわざサイトに飾ってくださって、本当にありがとうございますv
こんなもんで、いかがでしょう?あ、これもコメントに入ってるよッ!(基本のボケ)』
☆ ★ ☆ ★
松雪さん、ありがとうございましたー!!
ところでなんでいただけることになったのかな?と私も今考えていました。
たしか松雪さんのサイトの面白番号をとったら「こじつけリクしていいよv」権をいただいていたのでしたわ。そして私がゲットしたのはSS掲示板のカウントでしたが「1458」。「いいよ、今夜」ってことでどうです?と言ってみたらば(泣く泣く)オッケーしてくださったのでしたv やさしいなあv そして、今回いただくにあたって、加筆までしてくださいましたv うふふv タケルくん、スケベだったのか・・v ああ、鼻血が・・v
いやもう、本当にこのお話大好きなので、いただけてすっごく嬉しかったですv 『初めての夜』よりも、その朝や2回めに萌えポイントありvと作品で教えてくださる母雪さまにはいつも脱帽してしまう娘でございました。
(風太)